第3話 仲良し三人組と三回の電話
「……ねぇ辛夷ちゃん、あの電話何だったと思う?」
「転入生って聞こえたから、そりゃ転入生が来るんじゃねえか?」
「マジで?うちって転入生の受け入れなんかしてたの?」
ソウジュツは辛夷とカイカの二人がひそひそと会話しているのを見つけると、わざとらしく怒った顔で二人に近づく。
「やべえですよ辛夷ちゃん、ソウジュツちゃん怒ってる……」
「怒らせちまったか、お前罪な男だよな」
「何言ってんのさ、辛夷ちゃんも怒られてるんだよ?分かってる?」
辛夷とカイカは顔を見合わせて何やらお互いにじゃれあっている。
「あなたたち、人の電話を盗み聞きなんてだめだすよ。全く」
腰に手を当ててぷりぷりと怒るソウジュツ。
辛夷はその仕草をそっくりまねてソウジュツをからかう。
カイカは笑い声をおさえるように口元に手をあてた。
「おい、笑ったらもっと怒られるぞ」
辛夷の言葉のかいもなくカイカはついにこらえきれなくなり吹き出してしまう。そしてそれだけだは終わらず、ついには辛夷を巻き込んで大笑いする羽目になった。
「……こらっ、いたずらはやめなさい」
それから一緒になって、ソウジュツも笑った。
三人はひとしきり笑って。あまりに面白かったので涙をぬぐう。
ソウジュツは怒っているように見せかけていただけで、本当は別に怒ってなんていない。何でもない些細なことでこうやって笑うのは、三人にとってはいつものことだった。
それからしばらく、ソウジュツと辛夷たちは談笑し続ける。
「盗み聞きの杖があればもっと楽に盗み聞きできたのにな」
「あなた、反省してないでしょ。全く、もう一回怒ってもいいんですよ」
そうして三人が笑っていると、再び壁掛け電話が鳴る。
「はい?」
再び電話に出たのはソウジュツ。
相手は前と同じだ。
「……何で途中で切ったの?」
電話の向こうから不安そうな声が聞こえてくる。ソウジュツはその声を聞いてざまあみろと思った。
ソウジュツは父親である理事長には随分と苦しめられてきたから、少しでも仕返しになればいいと思ったのだ。
「さっきの話だけど、やっぱり駄目だって。聞いてた?」
「はいはい」
適当に返事をするソウジュツ。そのあまりの適当な返事に電話の向こうの声の不安さは増してゆく。
「やっばり、辛夷ちゃんがいいってさ。どうかよろしく頼むよ」
「はいはい」
「辛夷ちゃんじゃないと六君子が学校行かないって」
「はいはい」
ソウジュツは何を言われても半笑いで適当に返事をするだけだ。
「わかった?もう言ったからね」
そのうち、諦めたのか今度は向こうから電話が切れる。
(勝った……!!)
謎のガッツポーズを決めるソウジュツをカイカと辛夷は不思議そうに見守っている。
そしてそのわずか30秒後、また電話が鳴った。
「はい?」
ソウジュツは今度は叫びながら電話をとる。再三の電話にソウジュツは怒り心頭だ。
(要件は一回にまとめろや)
もちろん相手は同じ。理事長である。
「そうだ、大事な言い忘れてたんだけど。六君子の転入は今日だから」
「はぁ、今日?本当に今日、転入してくるんですか?」
「そうだよ。もうすでに東門のところで待ってるらしい。すまないが、迎えを」
そして、最早当たり前とばかりに途中で電話を切るソウジュツ。
なんということだろう。六君子はもう来ているのか。
ソウジュツは、六君子が来るのがもう少し遅ければ時間をかけて落とし穴とかを掘るつもりだったのにこれでは間に合わない。
今からできる簡単三分落とし穴作成術なんて本がどこかに落ちていたりしないだろうか。
「ソウジュツちゃんどうしたの?なんかさっきから電話多いね」
「あなたたちも聞いてたんでしょ?転入生が来るっていう電話ですよ」
「え?ほんとに転入生なんて来るの?どんな子なんだろうね」
ソウジュツは六君子についてどこまで話すか少し考える。けれどその顔が脳裏をよぎった瞬間に突然、怒りが抑えられなくなった。
「転入生は、理事長のコネ入学クソ野郎ですよ」
あまりに強い怒りから、普段のソウジュツからは考えられないほど大声が出てしまう。ソウジュツはあわてて口に手を当てた。けれどもう遅い。
「待ってソウジュツちゃん。いつもクソとかそんな汚い言葉使わないのに急にどうしちゃったのさ」
「カイカ、突っ込むところはそこで合ってるのか?いや、いろいろありすぎて混乱してきた」
普段からソウジュツは丁寧な言葉遣いを心掛け、暴言や汚い言葉はなるべく使わないように心がけていた。
ゆえにソウジュツのいつもと違う汚い言葉遣いに二人は困惑しているようだ。
(しまった……二人に心配をかけてしまった)
「すみません、突然叫んでしまって。少し疲れてるのかも……」
ソウジュツはばつの悪い思いをしていた。六君子とソウジュツとの間の因縁はこの二人には関係のないことだ。
「そうか……なんかあったら俺たちはお前の助けになるから。いつでも言ってくれよ」
「そうそう、俺たち仲間だもんね」
辛夷の言葉に、隣のカイカも首をぶんぶんと縦に振って同意している様子だ。
辛夷とカイカの優しい心遣いが、ソウジュツの心に突き刺さる。
(俺は怒りすぎ……なのか?)
理事長と六君子のことに夢中になって本当に考えるべき二人のことを考えられていなかったと、ソウジュツは静かに心の中で反省していた。
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