第2話 木魚バックミュージック

電話に出たソウジュツは、どうしようもなく憤っていた。


それは、単なる一本の電話で終わるはずだった。


それなのに、平穏なソウジュツの日常を壊すだけの威力を持っていた。


「よく聞いてくれ。君の腹違いの兄弟である六君子くんを我が校に転入生として迎えることになった」


(腹違いっておめぇの子供じゃねぇか、何を人ごとみたいに言ってんだ)


ソウジュツは実はこの学校の理事長の子供。世間一般には私生児と呼ばれるもの存在であった。


そして、これから転入してくる転入生の野郎も理事長の子供である。


つまり、察して余りあることである。というか全部この理事長とかいうやつのせいである。


この理事長とかいうやつが人の道をお外れなさったのが全ての始まりなのだ。


(俺、あいつ大っきらいなんだよなぁ)


ソウジュツは六君子のことが排水口のヘドロよりも大嫌いだった。


はじめてソウジュツが六君子のことを見たのは、総会の時だ。


ソウジュツの家は年に一回総会という名の馬鹿パーティーを行っている。


それは理事長本人と理事長の本妻、子供。


それに加えて愛人、そしてその私生児までが一同に集結するトンチキパーティーだ。


めちゃめちゃすごい数の美女の人たちが、子供を連れて行列をなす姿はまさに圧巻。


本妻はそれはもう太ましい角を頭に生やしまくり、そのたびに会場は毎回異様な空気に包まれるのだ。


(まじで何なんだ、野生動物でもこんなことするか?)


そのおかしなパーティーの中でも特に異様なのがスピーチタイム。


本妻の息子が日頃の成果を壇上で発表するというイベントがなぜか恒例で行われるのである。


「ぼくの今回のテストの成績はソウジュツくんよりも30点高かったです」


真っ黒の死んだ目で高いところから謎のマウントをとってくる男。


それが六君子である。


もちろんソウジュツにとって六君子との苦い思い出はこれだけではない。


むしろそれこそが因縁のはじまりと言っていいだろう。


とにかく六君子は正妻の子供なのでどんなことをしても許されたし、反対に私生児であるソウジュツはそれに意見することすら許されなかった。


だからその時のソウジュツはパーティーの間中、ひたすら持参した木製の打楽器をぽくぽくと叩くのに専念していた。


そのうち、悟りとかを開けたらいいなと思ったのだ。


木製の打楽器の音をバックミュージックに人を馬鹿にするためだけのスピーチはいつまでも続く。


そのハーモニーは聞く人全てを滅するとソウジュツは今でも勝手に思っている。


(思い出すだけでムカムカしてきた)


走馬灯のように思い出が蘇る。あの日見上げた馬鹿にするようなあの顔がどうしても忘れられない。


(あ〜、何とかして退学にできないかな〜)


耐え難いものを耐えようとして、ソウジュツの心はどうしようもなく怒りに染まってゆく。


ソウジュツにとって、この二人。それだけでなく本部役員、委員会の仲間たちはかけがえのない居場所だったから。


だからこそ。六君子がここに転入してくるのがすごく嫌だった。


それでも荒ぶる心とは裏腹に、ソウジュツの出す声はまだ平静を保ったままだ。


「転入生……ですか?」


「できれば辛夷くんに案内をしていただきたいと。六君子はそう、ご所望だそうだ」


「……」


(おめぇに選択権とか、ねぇよ!!)


あまりの激情に、喉の奥に何かが詰まってソウジュツは言葉を吐くことができない。


「わかるよ。六君子は、とんでもない男になってしまった。それは私のせいでもある。育て方を間違えたのかもしれない」


人から聞いた話だが、六君子はすごくグレたそうだ。それはそうである。


むしろグレないほうがおかしいほどの環境があまりにも揃いすぎている。


「……君の気持もよく分かるけれどね、どうか何とかしてくれないか。親孝行だと思ってさ」


ソウジュツはそれを聞いて、反射で電話を切ろうとした。


(何が親孝行だ、ふざけるな)


一度は完全に怒りに呑まれ、けれどすんでのところでそれをやめる。


「ええ、わかりました……。案内は、それは私ではダメなのですか?」


(辛夷にあのカスを近づけるわけにはいかない)


理事長がうんと言うかはわからない。それでも言ってみないことには仕方がない。


きっと、六君子は怒るだろうが。関係がない。


ソウジュツの頭の中には、ふつふつとマグマのような怒りと、理不尽に抗うための闘志がみなぎる。


「君がか……ちょっと待ってくれ」


電話の向こうから書類をガサガサする音が聞こえる。


六君子は二人に背を向けて、息をひそめて向こうの応答を待つ。


「あ……確認したけどやっぱりダ」


最後まで聞く前に、ソウジュツはめちゃくちゃすばやく電話を切った。


その素早さは、もし電話早切りコンテストなどがあればの話だが間違いなく優勝できるレベルだった。


ソウジュツの目には覚悟に満ちた勇気のような、蛮勇のような光が宿る。


それは、雨の降る窓にしっかりと映っていた。


(ぜったい……私が守って見せる)


悔しげに噛みしめる歯が、それがソウジュツにとっては現状に対する精一杯の抵抗だった。

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