森の中
セリは王都へと続く、辺りを森に囲まれた道をひたすら歩いていた。
王都の郊外は、敢えて殆ど開拓されていない。魔人族が侵攻してきた際の、自然の要害とするためだ。
とは言え、王都の膨大な人口を支えるために、複数の細道が引かれては入るが。
かれこれ、二、三時間は歩いただろうか。
体力を損耗しきったこの身体には、かなりきつい。だが止まるつもりはない。
その時だった。
正面に続く道から、鎧に身を包んだ兵士の一団が此方に向かってくるのが見える。
「あれは……?」
『逃げ出し《ルビを入力…》た監獄の関係者が呼びつけたのでしょうか』
セリ的には、全員殺し尽くしたつもりではいるのだが、あの規模の監獄だ。
少なからず、逃げ出せた者はいるだろう。
「
セリは自身の強化魔法をかける。
カルディナに教わって獲得したいくつかの魔法の中でも、最も上位の魔法だ。
様々な傷を負って、ぼろぼろの身体のセリが満足以上に動き回れる程のバフ効果がある。
影を兵士の一団に向かって、地面を這わせる様にして向かわせる。
粘液状の影が地面を這い回って高速で動き回る。
この加護の力も随分と使い慣れてきた。
もう既に、影を遠くに伸ばそうとも自分の身体の一部の様に動かすことができる。
突然の攻撃に対応する前に、兵士達は黒い影に飲み込まれていく。
「う、うおっ、な、なんだこれは……!!」
「う、動けないっ、ま、まずいっ!」
黒影に身体を包み込まれた兵士達は、抵抗も出来ずに飲み込まれていく。
兵士達の隊列の前から三分の一程度が完全に影に飲まれ喰われてしまう。
「た、隊長! こ、これは……!?」
後方で被害を被っていなかった一人の兵士が、この偵察隊の部隊長、アサラト・マスティールに声をかけた。
監獄で、"何者かにより襲撃を受けた"と報告を受け、王都駐屯軍の一部隊である第八中隊200名を派遣したのだが。
見ての通りの結果だ。
「焦るな。間違いなく、あいつが監獄を陥落させたみていいだろう」
アサラトは、二年前の魔人族侵攻を生き延びた精鋭の一人で、剣士としての実力は王国10本指に入るだろう。
魔人族との戦争で、圧倒的とまで言える冷静さを手に入れた。
他の兵士達が何が起こっているのか、分からぬまま混乱している中でも、しっかりと状況を把握しようとしていた。
(奴の能力の素性は分からない――しかし、あの影のようなもので、もう一度でも攻撃されれば、完全に敗走だ)
撤退するか? 奴の能力は全く不明ではあるが、一撃で兵士70名程を葬ったのだ。
手持ちの戦力で勝てる相手ではないだろう。
「俺が時間を稼ぐ。お前らは逃げろ」
部下は逃して自分は戦う。
「し、しかし、それでは……」
「お前らが勝てる相手ではない。いるだけ俺の邪魔だ。撤退しろ」
アサラトそう言い、セリがいる方へと歩みを進める。
「りょ、了解しました……」
渋々了承した兵士達は、後方へと退却していく。
「逃したんだ……貴方は戦うみたいだけど」
セリは、此方に向かってくるアサラトに影を伸ばす。
だが、アサラトの動きは影よりも早く、間一髪で影の触手を何度もギリギリで回避する。
「お前は何者だ。何が目的だ!」
アサラトは回避しながら、それもじりじりと距離を詰めてきながらも、話しかけてきた。
「話したくない。話すつもりはない」
セリはそれだけ、言って何度も影でアサラトを飲み込もうとする。
だが、彼も王国屈指の剣士。ギリギリながらも、何とか回避しながらこっちに迫ってくる。
「そうか。なら、殺すほかあるまい!」
気づけば、アサラトはセリの目の前にまで迫っていた。
魔法により、身体能力が一時的に向上しているセリは、アサラトの斬撃を間一髪で交わす。
「交わした……!? そこら辺の兵士なら当たっていたぞ!!」
セリは見る感じ、酷い怪我を幾つか負っており、アサラトの本気の斬撃を避けれる様には見えなかった。
「だがっ……」
アサラトの崩れた体勢を瞬時に起こし、セリが避けた方向に剣を横薙ぎに払う。
剣はセリの顔を掠める。
少しでも、避けるのが遅ければ顔の肉を持っていかれただろう。
次の瞬間、黒い影がアサラトを飲み込まんと周囲を取り囲む。
だが、アサラトの僅かな隙間から影の包囲網を抜け出す。
その動きは、人間の出せる速度の限界を超えていた。ここまでの速さで動けるのは、同格の他の連中くらいだ。
「
アサラトは、セリに向けて剣を振り下ろすと、四つに分裂した風の刃が襲ってくる。
「うっ……!?」
セリは、それを回避しようとするが風の刃は、身体能力が向上している状況でも満足には避けられない。
四発中二発が、腹部と肩を切り裂いた。
血が噴き出し、辺りの土や草を赤く染める。
「少し力は抜いたとは言え、胴体が真っ二つに切れないとは……魔法対抗力が随分と高い様だな」
アサラトはそう吐き捨てると、そのまま剣をセリの首に目掛けて振り下ろしてくる。
だが、影を壁の様に二人の間に展開させ、強制的に距離を取らせる。
「くそっ……あの影が邪魔だな」
影のせいで、アサラトはまともな接近戦ができない。油断しなければ、何とか影の攻撃は避けれるが攻撃に全く集中できない。
「
セリはその隙に、回復魔法で傷口を塞ぐ。
この手の回復魔法は、土系の魔法に一応は分類される。
しかし、原理で言えば人間の使える元素魔法から逸脱するものだ。
それ故に、扱える者は稀有だ。
もともとセリは回復魔法に適性がなく使えなかったが、要塞で影に喰わせた奴の中に回復魔法の使い手がいたのだろう。
しっかりと《捕食者》の加護で、魔法をコピーできていた。
しかし、傷口を塞いでも、流れた分の血は戻ってこないし、体力も完全に回復するわけでもない。
それに、欠損部位は治らないし傷跡は消せないのだ。
「
セリは、身体能力が僅かな時間低下する魔法を、アサラトにかける。
だがセリ程度の魔法では、アサラトには2、3秒程度で克服されてしまう。
しかし、ギリギリで影を回避していたアサラトにはそれが致命傷になった。
「まっ、まずい!」
黒い影にアサラトの右腕を飲み込まれてしまう。
アサラトは何とか張り切ろうとするが、影は決して離そうとはしない。
次の瞬間、黒影はアサラトを完全に飲み込もうと、津波の様に彼に押し寄せた。
「くっ、くそ……!?こ、こんなっ……たすっ!」
アサラトはそれでも、必死に抵抗していたがその声も影に飲まれてしまえば、もう聞こえない。
『今の男、それなりの実力者でしたね。セリの身体には彼の剣術、スキル、技能が模倣されたはずです』
セリは試しに地面に落ちていた、アサラトの剣を手に取る。
セリは不思議と、その剣を扱い続けた歴戦の戦士にでもなった様な気がした。
恐らく、アサラトの剣技の全てを模倣できている筈だ。
セリは先へと急ぐ。
今から、逃げ出した兵士達が王都へと知らせている筈だ。
追って殺そうにも、今からでは追いつけないだろうし、全能力向上のバフ効果もそう長くは続かない。
そうなれば、王都での戦いは避けられないだろう。
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