虐殺-2

人類生存圏の北部に位置するオスト王国。



その王都の郊外に位置するリィスト監獄。



この監獄の監長である、リベロ・カルシュタインは職務室の片隅で恐怖に震えていた。




「なんで……なぜ、こんな……」




数十分前、一人の部下からある連絡が入った。



あの人類の裏切り者であるカルディナの弟子であるセリと言う少女が、蘇り黒い影を纏って監獄中の人間を殺し回っているとの事だった。




なんなのだ、そんなこ聞いたことがない。



死者がアンデッドになり復活することは、あり得ない話ではない。


ならば、あれはアンデッドの類なのだろうか。



本来人間は元素魔法しか使えない。あの様な黒い影を自在に操る魔法など聞いたことがない。



例外としては、神人の"加護"はその様なルールに縛られることはない。


しかしそれもまたあり得ない話だが。







扉の外から衛兵達の断末魔としての、叫び声が聞こえてくる。



「ひいぃ!!」




この部屋の外には、10名程度の衛兵達を護衛で配置していた。



彼らの断末魔が聴こえると言うのは、そう言うことなのだろう。



奴は、部屋の前まで迫っている。





暫くして、衛兵達の悲鳴が鳴り止んだ。



リベロには、この静寂が永遠のものと感じられた。




それから、扉がゆっくりと開く。



そこに立っていたの、ボロ布を纏った返り血で真っ赤に染まったセリの姿だった。




「ストレイルはどこにいったの? 言って」



セリは表情一つ帰る事なく問いかける。




「し、知らないっ!」


「そう」



セリは辛いため息を吐いた瞬間、リベロの左腕に黒い影が巻きつく。



黒い影は、リベロの左腕に食らいついた。




「い、痛だぁぁぁいぃ!?!!」



リベロは余りにも激痛に、床をのたうち回る。


腕は膝から先が、完全に無くなっており血が噴水の様に飛び出している。




「腕がなくなったくらいで煩いよ。私の腕を潰した時はあんなに楽しそうだったのにね」




セリの腕を斬り落としたのは、リベロとその部下だ。


ストレイルの指示とはいえ、随分と楽しそうにしていたのをセリは今でも覚えている。





それともう一つ思い出した。




腕を斬り落とされた日の夕食は珍しくハンバーグだった。

 

いつも腐った少量の食事しか出ないのに。



それが何の肉だったか、その報告を随分とこの男はうきうきとしていた。



思い返すだけで吐き気がする。腑が煮えくり返りそうだ。




なぜ、あんな事を楽しげにできるのだろうか。いや、そもそも真面な神経の人間はこんなところで監長なんてやらないのだろうが。




「お前とストレイルは仲良かったでしょ? 少なくともこの監獄で好き勝手にさせるくらいはね。居場所も知らない訳ないでしょ」



セリは、そう言うと黒い影に片目を喰らわせる。



「ぎああやゃ!! い、痛いぃ!!」



リベロの不愉快な叫び声が一段と大きくなる。




「次にストレイルのこと言わなかったら――分かるよね」



黒い影は、徐々にリベロの身体を覆っていく。


セリがその気になれば、直ぐにでも殺せる状態だ。




「うぎぃぃ、す、スト、ストレイル様は、あの裏切り者の魔女を焼き殺した広場に向かうと言ってましたぁぁ!」



死の恐怖を間近に感じた、リベロは知っている事を痛みに耐えながら全てをべらべらと喋った。



だが、それとは別にセリの怒りを買ってしまう。




「……裏切り者の魔女って、お母さまのこと?」



「あっ……べ、別にそんなつもりじゃ……」



その時リベロは口を滑らした事を、理解した。


激痛の中で、言ってはいけない事の判断が鈍ってしまった事、心の奥底から思っている事が口から出てしまった。



「許さない。何も悪くないお母さまを……!」




そうだ。何も悪い事をしていない。


それを陥れてきて、このいい様だ。怒りが心の奥底から煮えたぎってくる。




リベロに巻き付いてた黒い影が、どんどんと身体を覆っていく。




「た、助けくれるんじゃっ……!?」



リベロは訳の分からない事を言い出した。


助ける? そんな事言った覚えは頭の片隅にもない。



「そんな事言ってないけど。言わなかったら殺す、言っても殺す」



「そ、そんな……い、嫌だ。死にたくっ……!」



黒い影は、リベロを完全に影の中に引き摺り込んだ。






『これでこの監獄にいる人間は全て始末しましたね』




リベロを処理し終えてから、暫くの間を置いてレヴィンが語りかけてきた。



『でも、ゆっくりする暇はなさそうですね』



「広場に行かなきゃ、あいつが何をするかわからない」



あの性根が腐った男の事だ。カルディナの亡骸に更なる陵辱するのは容易に想像できる。




セリは窓から、外の様子を眺める。



辺りは、木々が生い茂った森の中だ。




視線を遠くに向ければ、王都の街並みが見える。



向かうべき場所はあそこだ。




ふと、室内に視線を戻すと、大きな鏡が壁に立てかけてあるのが目に入った。



その鏡に映るのは、当然自身の姿だ。





相変わらず、酷い有様だ。



片目は潰されて、左手は切り落とされている。


身体中には、拷問による深い傷跡が数えきれないほどある。

 

顔の顎下から上半身にかけて硫酸をかけられた醜い火傷の跡も。


セリは元の顔はかなり整っている方だ。しかし、この傷のせいで全て台無しだ。

 


しかし、こんな身体ではもうまともには生きて行けない。




前に進もうにも、復讐を終えるまでは進むことも戻ることもできない。




いや――



もうそれだけが残った生きる意味だ。

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