第2話 魔法少女の話


 わたしはスマホのアラーム音で目を覚ました。時刻を確認すると、朝の七時。

 今日は休みの日だから早く起きる必要ないけれど、決まった時間に寝て決まった時間に起きるのは、健康な体を保つための習慣だ。

 わたしは起き上がって着替えると隣の部屋へ向かった。ドアの前には『朔夜さくや』と私が書いたプレートが飾ってある。

 ――朔夜との決着がつき、世界に平和が訪れてから一ヶ月が経過した。

 朔夜との戦いで死にかけたことも辛かったこともたくさんあった。でも命懸けで戦い、ぶつかったからこそ、わたしの想いが伝わってこんな夢みたいな日々を送れているのだから、今ではそんな出来事も悪くはないと思ってる。

 掴み取った勝利を噛み締めながら、わたしはドアを開けた。

 朔夜はまだ寝ているようで、近くに行くと寝息が聞こえた。

 こうして寝顔をみていると朔夜は普通の女の子に見える。とてもじゃないけど、世界を滅ぼそうとした悪者には見えない。

「朔夜、おはよう」

「……ああ、おはよう」

 まだ眠いのか、寝ぼけ眼でこちらを見ている。寝癖で髪の毛がぐしゃぐしゃだ。

 なんだか小さい子供のようで思わず笑みがこぼれた。

 本来ならば朔夜は睡眠する必要はないのだという。しかし先の戦いで無理したせいか魔力を変換する能力が半減してしまったらしい。だから魔力の回復を効率よく行うために私に合わせて睡眠をとるようになった。

「朔夜、髪の毛ボサボサだよ。直すからこっち来て?」

「いい、大丈夫だ」

「もう、女の子なんだからそんなこと言わないの! いいからここに座って」

 朔夜はわたしに気圧されたように、しぶしぶ言われた通りにする。

 綺麗な黒髪で羨ましいなぁなんて思いながら、丁寧に櫛を通していく。

 のんびりとした時間が流れた。こんな何気ない日々が幸せで、このままこんな日々が続いてほしいと思う。でも現実は物語のように上手くいかないことを知っている。

「私は元の世界に戻ろうと思う」

 朔夜は淡々とした声でそう言った。

 あまりにも唐突でその言葉を聞いた瞬間、ピタリと手が止まった。

「私はここにはいられない」

 そして朔夜はそう言って、私の方へ振り向いた。その瞳には強い意志が宿っている。

 朔夜がここ最近ずっと難しい顔でなにかを考え込んでいたことは知っていた。だからいつかこんな日がくるんじゃないかって覚悟はしていた。

「……そっか」

 間が空いてしまったのは、止めるべきか迷ってしまったからだ。

 正直言えば本当は引き止めたい。『行かないで』って強引に引き止めてしまいたかった。

 だけどそれは出来なかった。こんな真剣な表情で言われてしまったら、止めることなんで出来ないじゃないか。

 奪った命はもう戻らない。だから朔夜がどんな罰を受けたとしても贖罪にはならないだろう。だけど朔夜はそれを分かった上で、悩んで答えを出したんだ。

「寂しくなったら戻ってきてよ、いつでも待ってるんだから」

 だからわたしが言えるのは気軽にこちらの世界へ戻ってこれるような言葉をかけるのが精一杯。

「ああ……」

 朔夜は頷いた。だけど朔夜のことだ、戻ってくるつもりなんてないだろう。

「私はお前と出会えてよかった。私は間違えてしまった。だが、お前が魔法少女でよかった」

 朔夜はそう言って微笑むと、漆黒の扉を作り出した。

「じゃあ、優輝。元気で」

「朔夜もね」

「ああ、今まで世話になった」

「いってらっしゃい」

 わたしは笑顔で朔夜を送り出す。

 そんな朔夜は軽く手を振ると、後ろを振り向くことなく行ってしまった。あまりにも呆気ない別れに、少しだけ寂しくなる。

 朔夜らしいといえばらしいけれど。

 わたしはベッドに腰を下ろすと、魔法のステッキを取り出した。

 本当は魔法少女をやめるつもりだった。もう、わたしの存在は必要ないと思っていたから。だけど敵がいなくても、魔法少女の力が誰かの役に経つのなら誰かの幸せを守りたい。

 全てを守るなんて出来ないけれど、力があるのなら可能な限り守りたいと思う。それがたとえエゴだとしても……わたしが魔法少女でよかったと言ってくれた人がいるから、魔法少女を続けていられる。

 この先もずっと――




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Last Story kao @kao1423

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