Last Story

kao

第1話 終わった物語のその後の話


 "悪者"の私は、敵である"魔法少女"と対峙していた。目の前に倒さなければならない敵がいる。

 ここにいるのは私を含めて二人だけ。周囲の建物は崩壊していて、この惨状を見れば生きている者がいないのは明らかだ。もし、仮に生き残りがいたとしても避難しているだろう。

 この惨状を作り上げた当事者に近づこうとする間抜けがいるはずもない。

 お互いに時が止まったかのように微動だにせず対峙していたが、先に動いたのは私だ。

 いくら待ったところで敵の魔法少女――シャイニングホワイト――が隙を見せることはない。だったら先手必勝。

 移動しながら両手に魔力を込めて黒い短剣を作り出した。

 魔法少女の魔力の量は私とは比べ物にならないほど多い。つまり長期戦になればなるほど私にとって不利な戦いになる。

 一撃で決めるつもりで私は魔法少女との距離を一気に詰めた。

 身にまとっている黒マントがなければもっと速く動けるのだが、これには色んな魔法が付与されており、ないと攻撃力や防御力が壊滅的に下がってしまう。鬱陶しくとも外すわけにもいかない。

 ――キィィンッ!

 金属音が響く。私の刃を魔力の壁が遮った。魔力によって作られた魔法壁ではなく、ただの魔力の塊で攻撃を止められた。

 魔法少女は勝ち誇った笑みを浮かべると、

「シャイニング・シャワー!!」

 そう言って魔力を放出する。

「しまっ――」

 防御魔法が間に合わない。

 今度はただの魔力の塊ではない。攻撃の意思を持った魔法だ。全身をズタズタに引き裂かれるような痛みが襲う。

「カハッ……!!」

 マントの防御魔法のおかげでなんとか死は免れたが、百メートル離れたビルまで吹っ飛ばされた。

 圧倒的な戦力差。何度もこの魔法少女と戦っているのだ。最初から勝ち目のないということは分かっていた。

 正攻法では私が魔法少女に勝てるはずない。

 だが正攻法で駄目なら、正攻法じゃなければいい――だって私は"悪者"なのだから。

 そう……私はどんな手を使ってでも彼女を倒さなければならないんだ。

「きゃっ」

 体勢を立て直していると不意に短い悲鳴を聞こえて、私は声の方へと顔を向けた。

 そこには小学生くらいの女の子がいた。瓦礫の影から怯えた表情で顔を覗かせている。

逃げ遅れてしまったのだろう。残念ながらここ居て助かる可能性は無いに等しい。

 ……恨むなら、己の運の悪さを恨め。

「クソッ」

 私は悪態をつくと、痛む体を無理やり起こして立ち上がる。

「ひっ……」

 私が近づくと少女の顔が恐怖に歪んだ。

 私の姿は見るからに怪しいのだろう。そりゃあそうだ。怪しい面を被り、真っ黒なマントを羽織っている怪しい者。

 だが私が一番力が出せるのがこの姿なのだから、変えたくても変えるわけにはいかない。

 どう見ても正義の味方には見えないけど、これでいい。私は正義の味方ではないのだから。

 私はゆっくりと少女に近づくと、手を伸ばす――しかしその瞬間、鋭く尖った光の刃が私の手を貫いた。

「ぐっ……」

 たまらず右腕を押さえる。さらに続けて光の刃が私の胸を貫いた。

「グハッ……」

 吐血し胸を押さえる。これくらいで死ぬほど私の体は脆くはない。だけどこのダメージだと回復するのにしばらくかかってしまうだろう。

 一旦引いた方が賢明だ。でも私には引けない理由がある。

 顔を上げると、魔法少女は余裕の表情で足取りで少女に向かって行った。

 少女はキラキラした目で魔法少女を見ている。そこにはもう恐怖の表情はなかった。

 少女にとって魔法少女は正義の味方で、私は悪で倒されなければならない敵だ。それは幼い頃から人々に植え付けられてきた共通認識。だけどそれは――

「さようなら」

「――えっ」

 少女は魔法少女の言葉が分からないといったようにキョトンとした表情をして首を傾げている。

 そんな少女に魔法少女はにっこりと笑みを浮かべた。その笑顔を見て、少女は自分が抱いた疑問は些細なものだと切り捨てた。

 ――ダメだ、ダメだ、ダメだ。このままではっ……!

 私は拳を握り締め、叫んだ。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 痛い痛い痛い。全身がバラバラになりそうだ。でも今、動かなければ後悔する。

 動かない体を叱咤し、僅かな可能性に賭けて走り出す。

 間に合えぇぇぇぇぇぇ!

 少女に手を伸ばし触れる直前で、グチャリと嫌な音がした。

 びちゃびちゃと流れるように少女から溢れ出す赤。

「どうして」

 幾度となく繰り返した問い。

「なんでっ……魔法少女が……」

 理由は分かる。けれど理由を知っていたとしても、問わずにはいられなかった。

「こんなことをするんだっ……!!」

 魔法少女は人々を守り、希望を与える存在だ。こんな魔法少女の在り方は間違っている。

「知ってるでしょ? もう人を守るべき理由がないから」

 そう言って彼女は歪な笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「むしろ私にはなぜあなたが人間を救おうとしてるのか分からないよ」

「それは……」

 私がこの世界へ来た最初の目的は滅ぼすことだった。無じゃない場所が目に付くことが腹立たしかった。自分は無しかないのに。そんな身勝手な理由――そしてそれを身勝手だと自覚することなく、滅ぼそうとしていた。

「人は身勝手だからすぐに裏切るんだよ。あ、裏切ったのは妖精も含めてだっけ? じゃあ人だけじゃないね」

「……私だって身勝手だ」

「そうだね。滅ぼそうとしてたのに、今は私から人を守ろうとするんだもんね――って、それは私も同じか」

 そう言って自嘲気味に笑う魔法少女。

 彼女は――優輝ゆうきは最初からこんな冷たく、残虐な表情をする人ではなかった。

 昔は「みんなを笑顔にしたい」と屈託のない笑顔浮かべていた。敵の私にでさえ、手を差し伸べる人だった。そんな彼女だったから何も無かった私は満たされたんだ。

 でも私は彼女の側にはいられなかった。私は"悪者"で"魔法少女の敵"だから。

 全てが終わった後、私は自分の世界に戻った。何もない無の世界に。

 会えない苦しさと切なさは心に秘め、無の世界で孤独に過ごす。それでもよかったんだ。これが今まで犯した罪への罰だったから。だけど一年の時が過ぎ、会えない時間がこの想いを膨らませた。彼女に焦がれついどうしても彼女に会いたくてたまらなくなった。そして、この世界へ足を踏み入れてしまった。

 もちろん会うつもりなんてなかった。ただ幸せに過ごしている彼女を一目見ることが出来ればよかったんだ。

 それなのに――




「私はもうお前と戦いたくなかった」

「それは私も同じ。私もあなたと戦いたくなかったよ」

「だったらもうこんなことはやめてくれ……そうすれば私はもうお前と戦わなくてすむんだっ……!」

「それはこっちのセリフ。あなたが私の味方してくれたら戦う必要なんてないのに。ねぇ、私の味方になる気はない?」

 全てを諦めたような表情で微笑む。

 私はシャイニングホワイト――否、優輝ゆうきのことが好きだ。彼女が望むのならば、私はそれを叶えるべきなのだろう。

 でも、それは出来なかった。だってこんなの違う。

 今の優輝を見るのは苦しくてたまらないのだ。彼女がしていることは自分自身を否定している。その先は何も残らない、虚無しかない。

「……それはできない」

「あなたならそう言うと思ったよ」

 彼女は魔法のステッキを構え、戦闘態勢になる。続く彼女の声は穏やかだ。

「結局、私達は敵対する運命なんだね」

「どうしても戦わなければならないのか……」

 声が震える。こんなときなのに泣きたくなった。挫けてしまいそうで、ここから逃げたくてたまらない。

 私はいつからこんなに弱くなってしまったのだろうか? 

 昔の自分には守りたいものなんてなかった。だから何もかもを犠牲にできた。全てを消し去り破壊することが出来た。

 でも私はたとえ今の自分が弱くなっていたとしても、昔の自分に戻りたいとは思わない。心の温かさを、心の虚無を埋めることの喜びを知らないなんてもったいないから。

 ――もしも私が優輝の傍にいたなら、こんなことにはならなかったかもしれない。そう何度も考えて後悔していた。私はいつだって後悔ばかりだ。

 だけどいくら後悔しても、もう遅い。壊れてしまったものを取り戻すことはもうできないし、過去に戻ってやり直すことも不可能だ。

 だから彼女を倒すことでしか救えない。

 ――いい加減覚悟を決めろよ。

 唇を噛み締め、真っ直ぐに彼女の目を見た。

 魔法少女は人の想いによって強くなる。

 だからこそ優輝は強い。そしてその強さのせいで守るべき人に裏切られた。

 だからどんなに頑張っても私が勝てる見込みはないだろう。

 それでも私は諦めることは出来ないのだ。だって優輝が泣いているから。涙は流してはいないけれど、私にはそれが分かるから。

 優輝が姿を現すのは決まった時間だ。それはかつて私がこの世界を壊そうとした時間。

 それはきっと、彼女は私に止めて欲しいからのだろう。

 私は短剣を構えるとすーっと息を吐いた。回復は間に合っていない。魔力の残量もあと半分。今の私の力では到底彼女の力には及ばない。だが、私にはまだ奥の手が残っている…………できれば使いたくはなかったけれど。

 息を吸い、止め、駆け出す。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 速く速く速く。さっきよりも速いスピードで距離を詰めた。

 短剣をクロスするように首を狙――と見せかけ短剣を投擲する。そしてそのまま胴体を狙い、右足で回し蹴り。二箇所を同時に攻撃する。

 それでも私の攻撃は届かないだろう。

 ――だったら、届かない前提で攻撃をすればいい。

 予想通り、魔法の壁が私の攻撃を防いだ。彼女は余裕の表情を浮かべている。そして無駄だと言いたげな表情でステッキを構えた。

「シャイニング・フラッシュ」

 すぐに魔法の壁を展開するが防ぎきれずに

 彼女との距離が空いてしまう。短剣を投擲。

「シャドー・チェーン」

 地面に手を当て、地面を伝って魔力を流し魔力を変換して地面から無数の漆黒の鎖が彼女を襲った。

「――今だッ!!」

 私は"もう一人の魔法少女"に向けて叫んだ。と、同時に漆黒の鎖は呆気なく破壊された。足止めにすらならない。だけどそれでいい。一瞬でも彼女の足が止まったのならば。

「なッ……!?」

 優輝は突然瓦礫の影から現れた青い魔法少女に困惑する。困惑するのも当然だろう。彼女は魔法少女はもう自分しかいないと思っていたのだから。

 ――バンッ

 銃声が響く。青い魔法少女が放った攻撃――青い光が彼女の胸を貫いた。すかさず私が優輝の胸に触れトドメを刺す。

「ブラッド・デストラクション」

 ――パリンッ

 硝子が割れるような音がして優輝はその場に崩れ落ちた。

 優輝は仰向けに倒れている。いくら強いと言っても、魔力の変換するための機能を破壊されれば魔法は使えない。

 いつの間にか青い魔法少女の姿は見えなくなっていた。どうやら私が言った通りにすぐに撤退してくれたようだ。

「はは、二対一とか卑怯でしょ……」

「卑怯でいい……私は正義の味方なんかじゃない、悪だ」

「そっかぁ……」

 負けたというのに清々しい表情で笑う。

 もっと他にいい方法があったんじゃないかってずっと考えてた。でも見つからなくて、こうなってしまった今でもいい方法はないのか? と考えている。

 だって、こんなのあまりにも彼女が救われないじゃないか。

 大好きなんだ。幸せになって欲しかったんだ。それなのに死ぬ間際にならなければ笑えないなんてあんまりだ……。

 なぜ、彼女だった? 彼女じゃなければならなかった?

「……なぜお前だったんだ。こんな……なぜだなぜなぜなぜッ……!!」

「なんで……か。なんでだろうね。わたしのことを想ってくれる人がまだいたのに、止めることが出来なかった。こうすることでしかわたしは自分の心を保てなかったんだ…………ごめんね」

「謝るな……」

 優輝は雲一つない青空を見て、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「正義の味方でいたかったなぁ……」

「っ……!」

 言葉が出てこない。なんて言えばいいのか分からなかった。言葉は出てこないのに、感情だけは胸を締め付けるくらい溢れて止まらない。

「あなたは悪者なんでしょ? だったらそんな顔しないで、よ」

 「ふふっ」と、おかしそうに笑う彼女を見ていたら嗚咽が込み上げてくる。

「――ありがとう、朔夜さくや

 最期に彼女は私の名を呼んだ。そして心の底から嬉しそうに笑う。幸せであるはずなんてないのに、幸せそうに笑うのだ。

 私はこんな幸せ認められない……認めるわけにはいかないんだッ!

「うわあああああああああああああああッ!!」

 叫んだ。ただただ感情のままに、もう声を出せるような力なんて残っていないのにそれでも叫び続ける。だけどそれも長くは続かない。

「はぁはぁっ……うっ……」

 息は荒くなり、血を吐き出した。

 もう体が限界だった。彼女の手を握りしめたままその場に崩れる。無理をしたせいで魔力を操る器官がズタズタだ。もう回復魔法も使えないだろう。

 命をかけてでも彼女を止めるつもりだったのだから、死んでも構わない。否、最初から自分の命を犠牲にしてでも止めようとしていた。

 空を見上げると太陽が眩しかった。

 私は太陽に向かって伸ばす。手を伸ばせば太陽に届きそうな気がしていた。だけどいくら手を伸ばしても届かない。闇はどう足掻いても光にはなれないのだ。

 薄れゆく意識の中で思う。


 ――もし私が悪ではなく、正義の味方だったのなら本当の意味で彼女を救えたのだろうか? 

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