オークの集団 side:アレン7

風が冷たく、まだ日も登り始めていない早朝。

村の北口の方に集まる計17名の男達。


「アレンちゃん、絶対に無事で帰ってくるのよ」


母さんは目に涙を浮かべながら俺にそう告げるとそのまま俺を強く抱きしめる。

状況だけ見れば親が戦争に子供を送る前のような感じだが……。


「いや、大袈裟だよ、母さん。2、3週間したら普通に帰ってくるから」


そりゃあ、危険がないかと言われたら否だが、やることはいつもと変わらない。

ちょっと遠出をするだけである。みんなもいるのに、恥ずかしい。


「おい、アレン。そろそろ出るぞ」


俺が母さんにされるがまま抱きしめられていると、

さっきまで村長と話していた父さんが向こうの方で俺を呼ぶ。


「だって、母さん。行ってくるよ」


「うん…………」


俺を離して小さく返事をする母さん。

少し罪悪感を感じるが、ここは心を鬼にして、俺は母さんから離れていく。

母さんも息子離れをするいい機会になるだろう。


「それじゃあ、出発だ!」


「「「「「おぉぉぉぉぉ!」」」」」


そんな村でまだ寝てる住民達を全員起こす勢いで

響き渡る父さんの声とみんなの掛け声で俺達は村を出たのだった。



◆◇◆◇



まぁ、遠征といっても森に入るまでは殆どやることはない。

何日間か掛けて森に沿って北上し、リーダーである父さんが

そろそろいいだろってところで森に入る。そこからがスタートだ。

だから、それまでやることといったら途中で休憩を混ぜながらひたすら歩いて、

たまに森から飛び出して来た魔物を狩るくらい。


「遠征って結構、暇なんだね」


「ハハッ、そう言ってられるのも今のうちだぜ、アレン。

森に入ったら野宿するにも神経張り巡らさなきゃいけないからな……」


俺が言った言葉に対し、父さんは乾いた笑みを混ぜながら遠い目をしてそう告げる。

確かに遠征から帰ってくると毎回、ボロ雑巾みたいになって帰ってくるからな。

…………森の中にはどんな楽園が待ってるのか。


「お前、なんで今の話聞いて楽しそうなんだよ」


俺がニヤニヤしてるのを見てこれでもかと引く父さん。

しまった。知らぬ間に頬が緩んでしまったようだ。


「あっ、ごめん、ごめん。この遠征でどれだけ強くなれるかと考えたらつい」


「「「「「……………………………。」」」」」


「…………俺はもうだんだんお前が分からなくなってきたよ」


俺の言葉に父さんどころか、後ろにいた狩りのメンバー達まで静まり返る。

そんなおかしな事言ったかな?


俺は自分の言動を振り返ってみる。

その時だった。


「「っ!」」


俺は真横の森から変な気配を感じ取り、足を止める。

俺と父さんがいち早く気づき、それに続いてみんなも一斉に足を止めた。

すると、そこから飛び出してきたの計5体の魔物。

昨日も遭遇した『オーク』の集団だった。


「敵襲!」


父さんは5匹のオークを確認すると、そう声を上げる。

オークはここら辺で出る魔物ではまあまあの魔物。

遠征はまだ序盤。ここで怪我人を出すわけには行かない。


俺は剣を鞘から抜くと、1人集団から抜け出る。


「おい、アレン」


勝手に前に出た俺に対して注意しようとする父さん。

しかし、今説教を受けてる暇はないので俺は簡潔に話を終わらせる。


「大丈夫、俺は冷静だから。父さんとみんなで2匹頼むよ。

…………あと3匹は俺で片付けるから」


「ったく。分かった、怪我はするなよ。じゃないと」


「俺がアミリアに殺される。でしょ」


「あぁ」


大丈夫だ、そんな心配はいらない。


オークが走って向かってくるので俺は逆にゆっくりと歩いてオークに向かっていく。

そして、そのまま先頭2匹を通り過ぎると、3頭目を薙ぎ払いで一刀両断。

それを見た後方の2匹は俺を恐れ、慌てて方向転換して俺達の村方向に向かって逃げて行った。


「あっ、逃げた。ちゃっかり5匹とも仕留めちゃおうと思ってたのに。

…………まぁ、いっか。言った3匹は仕留めたことだし」


俺がそう言うと、その言葉に追従するように、最初に通り過ぎた2匹が倒れる。

通り際に2匹とも首の動脈を切断した。

普通に走り続けるから斬れてないかと思ったけど、ちゃんと斬れたようで安心した。


そして、村の方に逃げた2匹も…………、


「おい、アレン!逃がすなら後ろに逃がせぇ!」


そう言いながらも逃げた2匹のオークの先に先回りをして仕留めていた父さん。

流石にベテランなだけはある。


これでオーク5匹討伐完了。

呆気ないが、森に入る前の肩慣らしくらいにはなった。

このオーク達は今日の夜、美味しく頂くとしよう。


あっ、そういえば、色々忙しくて言ってなかったが、

俺の剣は色んな金属が混ざった模造剣『クラリアの剣』から、

鋼100%(柄以外)の本物の剣『クラリアの剣・改』に進化した。

…………まぁ、進化っていうか、もう全くの別物だけど。

ちなみに肝心の剣の種類だが、試行錯誤の結果、刀に落ち着いた。

余計な装飾は避け、速さと強さに全振りしたスタイリッシュな刀だ。


そんなおNEWな刀で斬ったオーク達はとりあえず、横にずらーっと並べてみる。

一体だけでも成人男性より重いオーク。


「流石にこのオーク、全部は持ってけないよね?どうするの?」


「必要な肉だけ切り取って後は燃やす」


「それって大丈夫って……、大丈夫なのか」


前にもしたと思うが、この世界には寄生虫や細菌による食中毒の心配がない。

身体が魔力に守られている為である。そして、それはカビも例外じゃない。

だから、常温で持ち運ぶことも可能だし、長期の保存も可能だ。


「ほんと便利だよなぁ、魔力って」


「何当たり前のこと言ってんだ、お前」


俺がふと呟いた言葉にそうツッコむ父さん。

はぁ、それが当たり前じゃないんだよな。

俺の元いた世界がどれだけ食中毒対策に苦心していたことか。


「…………なぁ、ところでよ、アレン」


「ん?なに?」


俺が魔力のありがたみに再度感動していると、

父さんが俺の横でオークの死体をじっくりと観察しながら眉を顰める。

気に掛かることがあるようだ。


「気のせいかもしれないんだが、このオークの集団、なんかおかしくなかったか?」


「え?」


俺は父さんにそう言われてオークとの戦闘を振り返ってみる。

別に特別強いわけでもなかったし、強度も普通。

個体の大きさでいえば寧ろ、少し小さいくらいだ。


「んー、そう?」


「あぁ。なんか俺達に仕掛けてきたってより、森から逃げてきたみたいな」


っ!


「…………たしかに。この人数差で攻めてくるのはおかしいかも」


「だろ?」


その視点はなかった。

オークは5匹。一方、俺達は17人だ。

いくらオークの知能が低いとはいえ、武装している俺達に仕掛けてくるのは変だ。


「となると、考えられるのは…………」


俺は森へと目を向ける。


「かもな」


どうやら父さんも俺と同じことを考えたらしい。


オークがビビるほどの相手か。

身が震える。


「…………行かないぞ?」


「えっ!?なんで!?」


すっかり心は森の方へと向かっていた俺は父さんの言葉にショックを受ける。

冷や水をぶっかけられた気分だ。


「当たり前だろ。今は遠征中なんだから」


「けど、森に異変が起こってるなら確かめないと!

それに、この先には村だってあるし!!」


「村には結界が張ってある。魔物はそうそう立ち入れない。

それに異変を調べるだけなら帰りでも遅くはないだろ?」


「えー」


それじゃあ、魔物がどっか行っちゃうじゃん。

まぁ、異変を調べるだけならそれが理想なんだろうけど。


「えー、じゃない。狩りでは俺がリーダーだ。

俺の指示が聞けないなら村へ帰ってもらうぞ」


「…………はぁ、分かったよ」


こうなったら帰りに遭遇できることを願おう。


「それじゃあ、とっととオーク捌いて、燃やして、先に進むぞ」


「はぁーい」



◆◇◆◇



「ほら、ポン!ポン!」


「ダハハハハハハ!!それ、最高!!」


女性がいないことをいいことに服を脱ぎ散らかして腹踊りを披露する男と

さっき少し立ち寄った村で貰った酒を片手に大爆笑する男連中。


長い1日を終え、辺りはすっかり暗闇に包まれた。

そんな中、焚き火を中心にしてみんなは肉を頬張り、酒を流し込み、大騒ぎ。


「えらい盛り上がってるね」


酒を飲めない俺はみんなのテンションについていけず、苦笑いで父さんにそう告げる。


「まぁ、毎回、最初の夜はこんなもんだ。

村だとこういう事はやりたくてもやれないからな」


あぁ……。なるほど、そういうことね……。

村のパワーバランスは男<女<村長(男だけど女の味方)だからな。

縛るものがなくなれば弾け飛ぶというものか。


「みんな、明日の遠征に響かなきゃいいけど」


俺がみんなを見ながらそう呟くと、突然後ろから誰かにガッと肩を組まれる。

明らかに力加減を間違えた強さで肩を組んできたというか、もうもたれかかってきてる

その男は、かつて俺と父さんの決闘の審判をしたキュロットという男。

だが、そこに元の面影はなく、髪は乱れ、口からは強い酒の匂いを放ち、顔は真っ赤っかになっている。

どう見ても飲み過ぎだ。


「ヒック……。大丈夫らって、アレンちゃーん!俺っちたちを誰だと思ってるんねー!」


いや、もう既に大丈夫じゃないし。

つか。アレンちゃんって呼ぶな。


「どうらい?アレンちゃんもおっぱい」


一杯な。


「俺、未成年だし、やめとくよ。それに明日も朝早いし。先に寝とこうかな」


「えー。アレンちゃん、つーめーたーぃぃー」


ダメだ。このままここにいればダメになる。

俺はその一心で肩にのしかかったキュロットを遠くの方へ投げ飛ばし、

1人早く寝床につくのだった。


『ドンチャン!ドンチャン!』


「「「「「ギャハハハハハ!!!」」」」」


…………う、うるさくて寝れねぇ。



◆◇◆◇



翌朝。

用意した寝床にも入らず、火も消さず、まんま昨日のまま眠りのつく一同。

もう既に出発時刻は過ぎている。

のに、準備が出来てるのは俺、ただ1人。


「…………ふっ。俺はこうなるのも予想してたけどね」


やっぱりこのバカ達には村の女性陣が必要だ。

帰ったらチクるとしよう。

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