説得 side:アレン6

「オラァァァァ!!!」


父さんはそんな雄叫びと共に息子の俺に対し、容赦なく斧を振り下ろす。

俺はそれを剣で真正面から受け止めると、父さんの身体ごと斧を弾き返して、

すかさず父さんの首元に剣を突きつけた。


「はい、今日も俺の勝ち」


「ぐ、ぐぬ…………」


俺が勝利宣言すると、敗者である父さんはなんとも言えない顔をする。

俺はその顔を見て勝利の余韻に浸ると、剣を下ろして、鞘に収めた。


「あれから一年、いや、二年。どんどんお前との差が開いていくな」


二年前、俺は父さんとの勝負に敗れて、その場でリベンジを申し込んだ。

そして、それから一年後、俺は見事リベンジを果たし、狩りの同行も認められた。

…………のだが、今度は逆に父さんがリベンジに燃えてしまい、

そこからほぼ毎日、俺達親子はこうしていつも剣を交わしている。


ちなみに今ので俺の269勝115敗。

最近は勝率も安定してきて、殆ど負けなしだ。


「まぁ、俺は最強になる男だからね。いつまでも父さんに手間取ってはいられないよ」


「あのなー。ちょっとは10歳の息子にやられる父親の気持ちにもなれよなぁ」


父さんは地面に腰を下ろして、項垂れながらそういじける。

俺は成長期でぐんぐん成長するが、父さんは歳を取って身体が重くなっていく一方。

当然、思うところもあるだろう。


「でも、父さん、手加減したら怒るじゃん」


一度、父さんが狩りでケガをした次の日、少し手加減をしたら

メチャクチャ怒られたことがあった。


「当たり前だ。手加減されて勝ったって何の意味もない」


じゃあ、どうしろって言うんだよ。

やっぱりこの人、ちょっと天然入ってるよな。


俺はそんないつまでも変わらない父さんを見て、少し微笑むと用意していた水を口に含む。

すると、俺と同様に水で喉を潤した父さんが突然、こんな質問をしてきた。


「そうだ。そういえば、お前、何になりたいかは決めたのか?

二年前はまだ具体的には決まってないって言ってたが」


「あぁ、あれね。勿論、決めたよ」


あの時、あの質問に答えられなかったのメチャクチャ悔しかったからな。

あれから俺は本気で『最強』になるにはどうしたらいいか考えた。

で、出した結論は…………、


「俺は騎士団に入って、平民初めての騎士団長になる」


「ブゥゥゥゥ!!」


父さんは口に含んでいた水を勢いよく吹き出すと、

立ち上がったそのままの勢いで俺に詰め寄ってくる。


「お、おま、お前、正気か!?」


失礼な事をいう。無論、俺は正気だ。


この国を守っている騎士団。

それを纏めているのが騎士団長。それに俺はなる。

過去、平民でその地位についた者はいない。

騎士団には貴族とかも入団しているから揉め事を防ぐ為らしい。

だが、みんなに認められればそんなことは関係ない。


「騎士団の団長だぞ!?この国のトップだぞ!?」


「うん。最強と言われる為にはそのくらいならないとね」


俺に詰め寄り、質問攻めにする父さんに俺は冷静に対応する。

なにせ、もう決めてしまったことだ。

今までと同じ。誰になんと言われようと諦めるつもりはない。


俺が一度決めたら諦めない性格だということを分かっている父さんは諦めと共に肩を落とす。


「…………はぁ、分かった。お前が本気なのはこの二年間見てきたからな。

やれるところまでやってみろ」


「うん、ありがとう」


心配半分、応援半分といったところか。けど、今はそれで十分。

少なくとも父さんにとって現実味のない夢を応援してくれてるだけでありがたいというものだ。


「それじゃあ、一旦、家に帰るか。その後は狩りだ、狩り」


「うん。今日はイノシシ鍋が食べたいからレッドボアを捕まえたいな」


「おっ、いいな、それ」



◆◇◆◇



「うん、うん。それでさ、レッドボア倒したら今度は巨大オークが出てきてさぁ」


「あぁ、あれはビビったな。とんでもねぇデカさだった」


夕方。


狩りから家に帰ってきた俺達は今日とったイノシシもどきを使った

イノシシ鍋を囲みながら今日の狩りであった出来事を母さんに話していた。


「気をつけないとダメよ?アレンちゃんがいなくなったらママ生きてけないんだから」


「アミリア、お前は心配しすぎだ。アレンはもうそんじょそこらの魔物にはやられない。

今じゃ、まぁ若干、若干だが、俺より強いんだからな」


あまり負けを認めたくないのか葛藤して、けど一応、負けを認めてそう告げる父さん。

偉い、偉いよ、父さん。ちなみに俺なら絶対認めない。

二年前、負けた後なんて数日家に帰らなかったからな。


「強いとか弱いとか関係ありません!愛する1人息子を心配するのが親心なんです!」


「「はぁ」」


母さんの言葉に俺達、男2人のため息が重なる。


全く。母さんの親バカ加減にも困ったものだ。

もう10歳になるというのに息子離れをする気配が一向にない。


「…………というわけでアレン、お前は明日から留守番な」


「ん?何の話?」


俺は突然、父さんにそう言われて、その言葉の意味が理解できずに首を傾げた。

すると、そんな俺の様子を察して、父さんは言葉の意味を説明する。


「お前には言ってなかったんだが、実は明日から遠征をすることになってる」


「えっ!?」


遠征。この村で遠征というと一択しかない。

狩りのメンバーで村を離れ、その離れたところから森に入り、

魔物を狩りながら1〜2週間かけて村に向かい、森を進行していくことだ。

目的は村の近隣の森に魔物を誘き寄せることと、

森に異変が起きてないかの調査、あと、新しい素材の確保なんて目的もある。


ただ年に何回もやる行事ではなく、やるのはワールドカップと同じくらいの頻度なので、

俺はこの遠征を密かに楽しみにしていた。


のに!


「ちょっと、留守番ってどういうこと!?」


「そのままの意味だ。お前は遠征に行かず、この村で留守番してろ」


『がーん』とそんな効果音が俺の中で聞こえた気がした。

お、俺のこの村での楽しみが…………。


「な、なんでよ、父さん!まだ俺の実力に不満があるっていうの!?」


「いや、実力に不満があるっていうか、俺は寧ろ、連れて行きたいんだが…………」


「じゃあ、なんで!」


と、言ってはみたが、言った瞬間に俺は理解した。

それは父さんが唯一、説得できない人物。


「当たり前でしょ、アレンちゃん。アレンちゃんまでいなくなったら私は

2週間も1人ぼっちになっちゃうのよ?そんなの耐えられません!!」


「……………………………。」


俺は父さんの目を見て、『なるほど、そういうことか』と確認をとる。

すると、父さんはその通りと言わんばかりに大きく首を頷かせた。


なるほど。今回の敵は父さんじゃなくて、母さんの方だったか。

…………これは困ったことになってきた。


父さんならまた実力で黙らせればいいと思ったが、

母さんがごねてるとなるとまた話が違う。

もっとこう、ガツガツ言ってくる母親なら反抗してとか、無断でとか、

色々とやりようがあるんだが、そことはまたちょっと違うタイプというか、

もし俺が無断で遠征に行きでもしたら俺を追ってついて来かねないんだよな。

しかも、この人はタチが悪いことに真っ向から行けば自分の意見を絶対に曲げない。


「あ、あのさ、母さん……「ダメです!」


俺が説得を試みると母さんはその内容も聞かずにシャットアウトする。


「そ、そこをなんとか……「ダメです!」


やっぱり。

説得するチャンスすら与えてくれない。


「なぁ、アミリア。遠征はアレンにとってもいい経験になると……「ダメです!」


一度は諦めた父さんも援護射撃をしてくれるが、それすらもシャットアウト。

これは想像以上に難敵。このままでは本当に遠征に行けなくなってしまう。


この一年間、狩りをしてみてやっぱり実戦の経験というのは大きなものだと身に沁みて思った。

だから、きっと遠征も俺の将来にとって大きな財産になるはず。

それに俺は3年後にもう学園に行くからこれを逃せばチャンスはない。


…………なんとしてでも説得しなければ。


その為にはまず、話を出来るところまで持って行かなければならない。

今の母さんは何を言ったところで『ダメ』と一蹴するだろう。

だから、最初の一言にまず母さんが興味を持つ言葉を持ってくる。


といっても、俺、母さんが好きなものあんま知らないんだよなぁ。

こんな世界じゃ娯楽も限られてるし。

うーん、母さんが好きなもの…………。


『んー、美味しい!!』


母さんが好きなもの…………。


『こんな美味しいもの作れるなんてアレンちゃんってば、天才!!』


…………はぁ。やっぱりこれしかないか。

ちょっとめんどくさいんだけど。


「チョコレート」


「!?」


俺が一言、その言葉を口にすると、母さんは強い関心を見せる。

やっぱり喰らい付いてきた。そして、次はこれ。


「ココア」


「!?」


うん、こっちもいい反応。


「どっちもこの前、出したあげたよね。あれ、美味しかった?」


「…………お、美味しかった……けど、何…………」


なんかの罠とは勘付きつつも俺の質問に答えてしまう母さん。

よし、よし。いい調子だ。


「あれの原材料、カカオって言うんだけど、この辺じゃ取れないらしいんだよね。

村長に聞いたら隣の村が送ってくれたものなんだって」


「ふ、ふーん」


興味ないふりをしてるが、確実に歩み寄り初めている。

そして、ここで更に手札登場だ。


「ねぇ、父さん」


「な、なんだ?」


「この前の遠征から帰って来た時、遠征の途中で隣の村に行ったって言ってたよね?」


「あ、あぁ」


「もしかして、今回も寄ったりする?」


「そ、そうだな。たまにお世話になってるから寄るのもありかもな」


俺はその言葉を父さんから引き出すとニヤリと顔に笑みを浮かべる。

そして、母さんに見せられない笑みからニコニコの笑みに表情をチェンジすると、

母さんの顔を見て、最後のひと推し。


「ね?どうかな、母さん」


父さんは狩りのリーダー。当然、遠征でも指揮を取ることになる。

そのリーダーが隣の村に寄ると言ったんだ。この言葉は重い。


「…………ん、んん……、で、でも、」


「あっ、そうだ。チョコレートケーキも作ってみたかったんだよね。

この間はチョコが少なくて作れなかったけど」


「チョ、チョ、チョコレートケーキ!?

そ、それって、もしかして、チョコとケーキを合わせちゃったり?」


「さぁ、どうかなぁ。それは見てからのお楽しみ。

あっ、でも、カカオがないと作れないから見る機会もないかもなぁ」


「…………………………………。」


ここに来て母さんが黙り込む。

どうやら頭の中でメリットとデメリットを考えているようだ。

もう少し追撃を加えようかとも考えたが、これ以上やると逆に冷めてしまいそうな気もする。

ここは下手に触れずに母さんの答えを待とう。


「…………ほ、」


ほ?


「他にもそのカカオを使った料理はあるの?」


っ!!!!


照れ臭さと納得いかないのと色々な感情が混ざってそうな表情でそう聞いてきた母さん。

俺はその質問に勝ちを確信しながらこう答える。


「勿論だよ!」


「…………わ、分かった。なら我慢する」


よっっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

勝った。完全勝利!!


「でも、怪我一つでもして帰ってきたら怒るからね」


「うん!」


まぁ、怪我しないで帰ってくるのは流石に無理だと思うけど。

こんなの言ったもん勝ちだ。帰ってきた時のことは帰って来た時に考えればいい。


「ってことで、父さん!明日からは俺も行くから!」


「あ、あぁ。…………わりぃ奴だな、お前」



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こんにちは。読んで頂いてありがとうございます。

新しく『異能警察アストラ』っていう作品と『社会不適合者のハナコさん』

っていう作品を投稿しました。

どちらも現代を舞台とする王道ファンタジーです。

面白いと思うので良ければみてぜひ見てみて下さい。

よろしくお願いします。

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