闇と光

「見たか、あの支配人の顔。超驚いてやんの!」


「ギャハハハハハ!!見た、見た。確かにあれは傑作だったぜ」


辺り一帯に終わりの見えない平坦な道が続く広大な大地。

そんな場所に火の灯りを中心として響く複数人の男の声。


彼らは奴隷商が目をつけた高級な奴隷を誘拐し、

そして、それを他の奴隷商に高値で売る犯罪者集団。


「そんで、今回の獲物は高く売れそうなのか?」


そう言って男達の中の1人が今回誘拐した奴隷へと目を向ける。

そこにいるのは鎖に首を繋がれた紫色の目と髪が特徴的な幼い少女。

身体つきは細く、正気を感じないその顔からはどこか不気味さが感じられる。


「さあな。ただあそこの支配人がこんな貧相なガキを丁寧に扱ってやがった。

そんなの明らかにおかしいだろ。少なくとも、他のゴミと同じってことはないだろうぜ」


「なるほど。実は生まれがいいのか、もしくは……、貴重な魔法属性を持っているか」


「あぁ。どんだけ高値がつくか、楽しみだ」


「「「「「………………………………けど、その前に」」」」」


少しの静寂が訪れた後、全員が口を揃えて、そう告げる。

これから始まるのは彼らの毎度の楽しみ。


「俺は10だ。それ以上は出す気がしねぇな」


「いや、いや、身体細ぇが、顔は悪くねぇ。俺は20出すぜ」


「だったら、俺は25だ。最近、長旅で溜まってんだよ」


ある男がそう言ってからその後に続く声はない。


「チッ。25かよ。あんなガキに出し過ぎだろ」


「バーカ。もしかしたら、コイツが何百、何千ってなるかもしれないんだぜ。

そう考えれば25で一発できると考えたら安いもんだ」


「分かった、分かった。ちゃんと払えよ、このロリコン野郎」


「あぁ、街に着いたらな」


そう言うと何かを勝ち取って満足気な男は鎖に繋がれた少女に近いていく。

そして、少女の前まで来ると、膝を曲げて、少女と目線を合わせた。


「ハハッ、やっぱり俺の好みどストライクだぜ。

その何もかもに絶望した表情が堪らねぇんだよなぁ」


そう言って男は顔に笑みを浮かべると、首に繋がれた鎖を手に持つ。

———その時だった。


『バタッ』


「おいおい。ここで始めんな…………よ……」


近場でした音に呆れて1人の男が振り返ると、

そこにはさっきまでピンピンしていた男が真っ白な顔で倒れていた。


「…………は?」


我慢できずにもう始めたのだと勘違いをしていた男は突然の事態に混乱する。

そして、数秒経ってようやく事態を飲み込んだところで気づいた。

自分と少女を除いた全員がもう既に息を引き取っていることに。


「お、おい、ゲルタ、マルホス、シオン、ヘンリー。なんかの冗談だろ?」


男は揶揄われてると思い、いや、そう信じて1人ずつ声を掛ける。

しかし、その声に反応はない。


「あなたは……」


「っ!」


さっきまで喋らないどころか、表情も変えなかった少女が突然、男に向かって喋り出す。


(なんとなくは分かっていた。けど、)


「…………お、お前が、これをやったのか?」


状況的にそう判断をした男は少女に対してそう質問する。


「あなたは、飲まなかったの、水」


ただ言葉だけを並べるようにカタコトで喋る少女。

そこには感情の起伏も人らしさも何も感じない。


(水?それって、さっき配った水のことか?)


男は少女の言葉を受け、さっき自分が全員に配ったコップ一杯の水に目を向ける。

すると、自分以外全員、水を口にしたのか、自分以外の全てのコップの水が減っていた。


「っ!まさか、」


男はある可能性に気づく。

しかし、その時にはもう既に遅かった。

水から少女に目を戻した瞬間、男は何かに飲まれ、やがて仲間同様、息を引き取ったのだった。



自分以外、1人残らず死に絶え、1人になった少女はまず自分に繋がれた鎖を解く。

そして、目の前の悲惨な光景を目に焼き付けると、広大な大地のどこかへと消えていった。



◆◇◆◇



ホイルンド宮殿。

それは歴史ある大国、ホイルンド王国で最も大きな建物。

そこに住むは…………、


「表を上げよ」


豪華な一室に用意された玉座に腰をかける男が目の前で跪く1人の男に対してそう告げる。

跪く男はこの国の王子・王女に魔法を教える指南役を任せられるケレン・ワーズという男。

そして、玉座に座る男は言うまでもなく、この国の王、

ルシウス・エルサレム・ホイルンド13世だ。

口元に蓄えた白い髭。堂々とした佇まい。そして、頭の上で光り輝く王冠。

その姿からはまさに大国の王様としての貫禄が伝わってくる。


そんなルシウスの命令に答え、ケレンはゆっくりと顔を上げる。


普通は一国の王が一対一で対応することなどあり得ない。

しかし、今回は国王が自ら秘密裏にケレンに出した極秘任務という事でこの場が設けられた。

その極秘任務とは『今後、国の脅威となりうる者の偵察』という非常に重大なもの。


「それで、ケレンよ。オルトスの息子同士の対戦はどうであった」


ルシウスは無駄な前置きは置かず、率直にそう質問する。

これこそがルシウスが与えた任務の詳細、建国して以来の逸材で神童とも

呼ばれるウィルミス・フォン・シュタインの実力調査だ。


「はい。オルトス様のご子息、エルド様とウィルミス様の勝負は、

接戦の末、エルド様が勝利を収めました」


「ほう、次男が勝ったか。これは驚いたな」


「えぇ。エルド様は学園に通い始めたことでかなり成長なされたようです。

ですが、ウィルミス様の方にはいくつか制限が掛けられていたようでした。

詳細はよく聞こえませんでしたが、ウィルミス様はかなり苦言を呈されていたので」


「なるほど、制限か。お前の予想でいい、その制限とはなんだと思う?」


「おそらくはAランク以上の魔法の使用禁止かと」


「Aランク以上の魔法禁止?だが、それは…………」


ルシウスはケレンの予想に納得しない表情を見せる。

しかし、それも当然のこと。


「えぇ。Aランク魔法は本来、子供が使えるような魔法ではありません。

騎士団に所属する魔法師でも使えるのは数十人程度でしょう。

しかし、ウィルミス様はBランク魔法を容易く扱われていた。

おそらくAランク魔法も使用可能でしょう。もしくは……、それ以上も」


ルシウスはその言葉を受け、思わず、席を立ち上がる。


「バカな!それ以上だと!?」


国王が驚くのも無理はない。

魔法のランクは有用性によって決まると言われているが、

攻撃魔法は人を殺せるか、殺せないか。または、何人殺せるかで分類される。

例えば、Dランク魔法は当たってもダメージがない程度。

Cランク魔法は当たったら傷がつけられる程度。

Bランク魔法は当たれば気絶する程度。

Aランク魔法は当たれば人を殺せる、または複数人殺せる程度。

と、こんな感じにだ。


そして、これがSランクともなると、『一発の魔法で城が半壊する程度』にまで脅威度が跳ね上がる。


「だからこそ、Sランク魔法を扱える者など早々現れない。

それを、あんな幼子が使用可能だというのか!?」


シリウスは驚きを隠しきれず、ケレンに詰め寄る。


「落ち着いてください、陛下。これはあくまで私の予想です。

Sランク魔法はおろか、Aランク魔法もまだ使えると決まったわけではありません」


ケレンはルシウスを落ち着かせる為、事実だけを伝える。

すると、それを聞いたルシウスは冷静になり、再び、玉座に腰を下ろした。


「そうだな。少し取り乱した、許せ」


「いえ」


「ただ、やはりそうなってくると、もしその力が他国に渡れば確実にこの国の脅威になってくるな」


「えぇ。それは間違いないです。既に魔法の発動スピードと正確さだけでいえば、

私をゆうに超えてましたから。正直言って、あれは化け物クラスです」


王子、王女の魔法指南役を担う男だ。

その実力は騎士団の隊長にも劣らないと言われている。

だからこそ、ケレンの自分より上という言葉は重い。


「オルトスによると、三男は非常に自由気ままな性格で型にとらわれない男と聞く。

長男、次男の方は心配ないだろうが、

三男がこの国の為に尽くしてくれるかは半々といったところだろう」


「…………となると、」


「あぁ、アイツを呼んでこい。私から話があると」

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