成長 side:ウィル5

エルド兄さんの戦闘スタイルは魔法と剣、両方使う魔法剣士スタイルだ。属性適正は風と水。

学園主席ということだし、エルド兄さんが学園でどこまで成長したのかは知らないが、

3年前ははっきり言ってそこそこという感じだった。

剣の腕も魔法の腕も歳の割には凄いが飛び抜けてはいない感じ。


…………それがこの3年間でどこまで成長したのか。

まずはお手並み拝見といくか。


『炎魔法 炎槍・氷魔法 氷槍』


俺は開始の合図とほぼ同時に魔法を発動する。

槍の形を帯びた炎と槍の形を帯びた氷の二重魔法。

当初の作戦とは真反対、防御ガン無視の先制攻撃だ。


その攻撃に対し、エルド兄さんは回避行動に移る様子はなく、迎え撃つ体制に入る。


ん?回避体制に入らない?

回避から反撃をしてくると予想してたのに。


俺はエルド兄さんの行動に少し驚きつつ、何があっても対応できるように準備しておく。

すると、エルド兄さんの左手から出現する無数の大きな泡。

それらは辺り一帯の空間を埋め尽くするようにぷかぷかと宙に滞在する。

そして、その泡は俺の放った炎槍と接触するとパチンッと音を立てて俺の攻撃を相殺した。


「っ!?」


マジか。炎槍を掻き消した?

全力ではないけど、まぁまぁの質力は出してたのに。


てか、なんだ、この魔法。学園で習った新しい魔法か?

少なくとも基本とされる魔法じゃない。

オリジナル魔法か、俺の知らない上級魔法か。


「やるね、エルド兄さん。でも、」


…………氷槍はどう防ぐ?


張り巡らされた泡を突き破ってエルド兄さんに迫る氷の槍。

回避すればまた俺のターンが続くだけ。

剣で防げばまた俺が追撃を放つ。

どちらにせよ、エルド兄さんにターンはやってこない。


さぁ、この状況、どう…………、


その瞬間、一瞬だけ俺の思考が止まる。


さっきまでエルド兄さんに向かってた氷の槍。

それがそのままそれを放った俺に帰ってきたのだ。


「ッ!!!?」


『結界魔法 練』


俺は俺の顔に向かってきた氷槍を慌てて『練』で防ぐ。

すると、『練』とぶつかった氷槍は俺の顔の前で弾け飛んだ。


…………っぶねぇぇぇぇ。

まさか、魔法を発動した左手で俺の氷槍を掴んで、それをそのまま投げ返してくるとは。

多分、時速150キロ近くは出てるのに。

そりゃあ、魔法は使ってるだろうけど、だとしても、人間業じゃないな。


魔法師に対して1番効果的なのは常に攻撃側に回ることだ。

何故なら魔法には発動に明確なイメージが必要となるから。

このイメージが少しでもズレると魔法は上手く発動しない。

だから、魔法師と対決する際には何でもいいから常に嫌がらせをすることが大事となる。


3年前まではそういう嫌がらせとかしてこなかったんだけど、

とうとうエルド兄さんにも反抗期がやってきたか。

少し悲しいような、嬉しいような。複雑な弟心だな。


「その魔法発動スピードと正確さは流石としか言いようがないね、ウィル。

それに二重魔法も、いつの間に覚えたんだ」


剣を持つ右手を使わずに凌がれたし、すぐに攻撃してくると思ったが、

エルド兄さんはすぐに反撃はせず、一息置いて話かけてきた。

何かの罠かと思ったが、そんな様子もないので俺はエルド兄さんの話に乗ることにする。


「エルド兄さんこそ、魔法の腕も多分、剣の方の腕も3年前とは見違えたね。

そんだけ強ければもう学園内には敵がいないんじゃない?」


少なくともそこら辺の騎士団員レベルなら軽く超えてるだろう。

実際、ギャラリーの騎士団員達も驚いて声を失くしてるようだし。


「いやいや、そんなことないよ。学園内には先輩もいるし。

まぁ、でも、確かに同学年と後輩には負けたことないかな。

だからこそ、ウィルに緩んできてる気を引き締め直してもらえればと思って」


なるほど、それが戦いたかった理由か。

気なんて緩めたままにしとけばいいのに。

相変わらず、真面目だなぁ。


「まぁ、もう俺じゃタレント不足かもしれないけどね」


「ハハッ、それはないよ。だって僕は本気も出してないウィルにまだ一回も勝ててないんだからね」


そう言うエルド兄さんの笑顔は珍しく偽物だった。

笑っているようで目の奥にしっかりとした闘志が宿っている。


なんだ、本当の戦いたかった理由はそっちか。

兄として弟に負けたままじゃカッコつかない。

俺も前世で弟いたからな、その気持ちは分からなくもない。


「…………大丈夫。多分、もう油断できる余裕はないから」


「そっか。それは良かった…………」


話が途切れ、俺とエルド兄さんの間に静寂が訪れる。

その静寂を破ったのはエルド兄さんの方からだった。

空中で泡が破裂したのを合図にエルド兄さんは低姿勢で俺に突っ込んでくる。


凄まじいスピード。

だが、その程度で突破を許すほど俺も甘くはない。


『氷魔法 氷槍』


さっき跳ね返された氷槍。俺はそれを10等分に細くしてエルド兄さんに飛ばす。

これなら泡に邪魔されることも、さっきのように跳ね返すことも出来ない。

ただやはり小さくした分、当然、威力は落ちる。

エルド兄さんは次々に襲い掛かる氷槍を意に介すことなく、

全くスピードを落とさないまま剣で払い落としながら進む。


チッ、やっぱりダメか。

なら、


『土魔法 土壁』


俺は俺とエルド兄さんを隔てるように土で出来た大きな壁を出現させる。

しかし、エルド兄さんはこれも一瞬で剣で切り裂いて見せる。


「まぁ、狙い通りだけどね」


『風魔法 螺旋』


俺はエルド兄さんが土壁を突破してきたタイミングに合わせ、

小さな竜巻を前方に起こす『螺旋』という魔法でエルド兄さんを攻撃する。

これは流石に回避のしようがなかったエルド兄さんは後方に吹っ飛ばされた。


『氷魔法 氷槍』


宙を舞って無防備なエルド兄さんを俺はすかさず魔法で追撃する。

だが、これは足から風魔法を発動することで回避して見せた。


「「「「「おぉお」」」」」


息の詰まるような攻防に思わずギャラリー達が感嘆の声を漏らす。

つか、お前ら、ずっと見てないで働けよ。


「ハハッ。まともに近づけさせてもくれないか」


ハリウッド俳優のような着地を決めながらそう告げるエルド兄さん。


「そりゃあ、近づけされたら魔法師は終わりだからね」


…………とは言ったものの、思ってたよりエルド兄さんが成長してる。

そして、多分、このままだと負けるのは俺の方だ。


今、俺の魔法はあまりエルド兄さんに効いていない。

理由は明白。俺の魔法に制限が掛けられているからだ。

成長したエルド兄さんにはBランク魔法じゃ役不足。

その上、Bランク魔法で唯一、エルド兄さんをやれる可能性がある炎魔法も

エルド兄さんのよく分かんない魔法によって防がれてしまってる。


まさに詰みってやつだ。


まぁ、でも一応、本気出すのが約束だし。

形だけでもやれることをやっておくか。


『雷魔法 雷槍』


俺が新たに魔法を発動すると、手から槍を形取った雷が放たれる。

炎や氷の槍よりも速い雷の槍。

見た目ヤバい割に殺傷能力イマイチだけど、スピードだけならそこそこ。

ハッタリくらいにはなるだろ。


エルド兄さんに向かってまっすぐ向かっていく槍。

これはおそらくエルド兄さんでも目で追えていない。

だから、エルド兄さんが雷槍で驚いた隙にもう一回魔法を…………。


そう考えていた俺だが、雷槍はエルド兄さんに当たる前に呆気なく消え去る。


「…………は?」


何が起こったか理解出来ない俺。

見えたのはエルド兄さんの前に移動した一つの泡。

それと接触した瞬間、炎槍同様、雷槍も泡に相殺されてしまった。


「っ!」


なるほど。そうか、この泡達は俺の雷魔法の対策でもあったのか。

魔法で生み出される水は不純物が全く入っていない謂わゆる、超純水。

だから雷を通さない。魔法だからこその自然のガードというわけだ。

一つの魔法で炎と雷、あと水。3つも魔法も封じるなんてすごいな。


俺は素直にエルド兄さんの魔法に感心する。

そして、同時に理解する。


……って、あれ?これってマジで詰んでないか?

エルド兄さんは俺の懐に一回でも潜り込めればほぼ勝ち確。

けど、俺は制限のせいでエルド兄さんを倒せる手段がない。


「……………………………………。」


やっぱ詰んでんじゃん!!


あと、あるとしたら遠距離を捨てて、近距離からの魔法ブッパだが、

エルド兄さんに対して近距離戦はリスク高すぎるし…………。


あー、早速だけど、なんかもう疲れてきた。

つか、もうよくねー?ある程度、本気でやったし。

あとはもうエルド兄さんの大技のタイミングに合わせて、やられたふりして…………、


「あっ、そうだ。ウィル、言い忘れてたことがあったんだけどさ」


俺が敗北に向けて動き出そうとしたその時、

エルド兄さんがいきなりそう話しかけてくる。


「言い忘れてたこと?」


なんだ、こんな時に。


「うん。昨日言おうと思ってたんだけど、

アイゼル兄さんと父様にルネス(家庭教師)を推薦したの、僕なんだよね」


「…………え?」


こんなタイミングでエルド兄さんからされた突然のカミングアウト。

俺の思考が一瞬、止まる。


「いやいや、だって、それはアイゼル兄さんがって…………」


だからこそ、俺が怒ったわけだし。

こうなってるわけだし。


「うん。けど、それは家庭教師をつけたらどうって言っただけでしょ?

ルネスを紹介したのは僕なんだ。ほら、僕、冒険者にも何人か知り合いいるし」


うーん。なるほど、なるほど。

つまりはエルド兄さんが余計なこと言わなければ少なくとも座学ばかりの授業にはならなかったと。


何故、エルド兄さんがこのタイミングでそれを俺に言ったか知らんが、

とりあえず…………、



殺す!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る