学び side:ウィル2

「————様、起きてください。ウィルミス様」


「ん…………。あと少ししたらねー」


起こされてるのは分かっているが、起きたくない。

その一心で俺は俺を起こそうとするメイドを跳ね除ける。


「ダメです。ご当主様からお昼寝は1時間だけと申しつかっておりますので」


そう言って俺から布団を取り上げるメイド。

身をひりつかせるような冬風が俺を襲う。


「うぅ、寒い。言っとくけど、それ不敬だからね……?」


俺は出来るだけ身体を丸くして寒さを凌ぎながら、

公爵家の三男という権力をフルに使い、布団を返すように命令する。


「残念ですが、これはご当主様からの指示です。なので、ある程度の乱暴は許されています」


「…………いや、メチャクチャ嘘つくじゃん。

今まで貴族社会で生きてきたオルトス父さんがそんなの許すはずないから」


「いえ、ウィルミス様。冗談じゃなく、ガチです」


「えー、ガチかよ。じゃあ、布団なしで寝るわ」


「ダメです」


そう言ってメイドは俺の足を引っ張って布団から引き摺り出すと、

寝ぼける俺を直立させて、服を着替えさせ始める。

…………いや、いくらなんでも流石にここまでは許されてないと思うんだけど。

まぁいっか。怒るのもめんどくさいし、楽だし。


「はぁあああ」


転生してから8年が経った。

俺は何度でも言おう。俺が望んだのは知識チートのスローライフルートだ。

なのに、何故か最近、どんどんそこから離れていってる気がする。

公爵家の三男として、無理やり社会勉強させられたり、パーティーに出席したり、

本当は金稼ぎに興じたいのに公爵家の勤めを果たすのが忙しくて全然取り掛かれていない。

この間に誰かが新しいアイデアを出しちゃったらどうするんだよ。


まぁ、でも、それでもまだ社会勉強やパーティーはマシな方だ。

将来、金を稼ぐ為に色んな知識やコネクションを作っておいて損はないしな。

けど、俺が今現時点で何よりも嫌なのは…………、



◆◇◆◇



「炎魔法 火球・水魔法 水球」


俺が魔法を発動すると左手からは火の玉が右手からは水の玉が放たれる。

そして、その魔法はそれぞれ用意された的のド真ん中に命中した。


『パチパチパチパチ』


魔法が命中すると、それを側で見ていた黒スーツ丸メガネ細目男が拍手で俺を讃える。


「流石、ウィルミス様。二重魔法もバッチリですね」


「……………………………。」


これが俺が今現時点で1番嫌なこと。

2年前からやらされている家庭教師による魔法学の勉強だ。

この家庭教師は俺があまりにサボるから……という理由もあるが、

何より監視役であったエルド兄さんが13歳になって学園に入学するからという理由で俺につけられた。

エルド兄さんがいた頃はちょくちょくサボれてたのだが、家庭教師の前じゃそうも行かない。

この男は完全にオルトス父さん側なのだ。

いなくなって感じる兄の偉大さ。ごめんね、エルド兄さん。

3年前から今まで裏切り者だと思ってて。


ちなみに俺についた家庭教師は『ルネス』という名の男だ。

あんまり聞いてなかったが、自己紹介で冒険者をやっていて、確か仲間もいるって言ってたかな?

兎に角、Bランク冒険者ということは分かっている。逆に言えば、それ以外何も知らん。

オルトス父さんには豊富な知識量を買われて俺の家庭教師に選ばれたらしい。

だから、この男の授業はほぼ座学ばっかり。

お陰で別に付けなくていい知識がどんどん増えてしまっている。


例えば魔法師の3項。これは魔法師の強さを図る3つの項目という意味だ。

まず1つ目。これは前にも言ったが、魔法属性の適正。

これは一般的には多ければ多いほど強いと言われるが、

中には少ない属性適正数でそれを極めて強くなったという奴もいるし、

属性適正数が少なくても希少な属性を持ち、一騎当千の猛者となった奴もいるらしい。

だから一概に多ければ強いってわけでもない。


そして、2つ目が魔力量。

魔力とは魔法を使うにあたり必要となる原料のようなものだ。

これが無くなれば魔法は使えない。

魔力量は属性と同じく生まれたその時に決定する。

そこから減る事も増えることもない。一回きりのガチャだ。

まぁ、これも属性適正数と一緒で多ければ強いって事でもないのだが、

多ければ多いほど便利だ。多ければそれだけ魔法を発動出来るからな。


で、最後の3つ目が魔法を扱うセンス。

いや、そりゃそうだろと思うかも知れないが、

これは最初に言葉を考えた人が大雑把に言っただけだ。

詳しく言うと、センスというのはズバリ魔法の発動速度。

魔法発動は大体3段階で構成されているのだが、

1段階目が出現させたい場所への魔力の集中。

2段階目が魔法を発動するイメージ。

3段階目が放出といった感じだ。

よく漫画やアニメとかである詠唱のようなものは必要なく、

これらをどれだけ素早く正確に出来るかが魔法師のセンスに直結する。


…………この説明を聞いた時、俺は思ったよ。

あぁ、多分、俺には最強になれる素質があるってね。

歴代最高の属性適正数を誇る男だ。1つ目は言わずもがな。

そして、2つ目の魔力量も遺伝のお陰かなんなのか、俺は充分に兼ね備えていた。

その証として4年前に行った魔力保有テスト。

異世界ものでよくある魔力を測る水晶のようなもので測ったところ、

俺が触れた水晶は金色に光った。これは人類最高クラスの魔力量だそうだ。

で、最後の3つ目、魔法を扱うセンスだが、

これは日々妄想を欠かさなかった俺にとって非常に楽勝な課題だった。


前世の知識と生まれ持った才能。そして、親の英才教育。

これはあれだ、まごう事なき、チートというやつだ。


「二重魔法はAランク冒険者でもなかなか成功しない高度な技術なんですけどね。

この歳でいとも簡単に成功してみせるとは驚きを隠せませんよ」


本音か、はたまたオルトス父さんに褒めて伸ばすようにとでも言われているのか、

必要以上に俺を褒めるルネス。

それに対して俺は退屈感を全面に押し出しながらこう答える。


「こんなの簡単じゃん。あらかじめ魔力を右左で分ければいいだけなんだから」


魔法の発動段階を間違えるから失敗する。

1に集中、2にイメージ、3に放出。

この手順さえしっかり守れば簡単に出来る。


「ハハ……。そこが難しいんですけどね…………」


そう言って乾いた笑みを見せるルネス。

その反応だけで俺がどれだけ反則じみてるかが窺える。


はぁ。どうしてこうなったかなー、俺の異世界生活。

力なんて生活を豊かにできるくらいの程々で良かったのに。

力を分け与えられたりとかできればもっと正義感のある奴に分けてやりたいよ。


『ゾワッ』


「っ!?」


な、何だ、今の悪寒。

誰かが俺の噂でもしてんのか?


「ん、どうしました??授業を続けますよ」


「ごめん、ルネス。俺、病気みたいだから部屋で休んでるわ」


そう言って俺は風魔法を発動する。


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください、ウィル様?ウィル様ー!」


あぁあ、いつになったら俺はゆっくり出来るのやら。

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