転生 side:アレン

「アレンちゃーん、ちょっと手伝ってちょうだーい」

「はぁーい」


早い事で俺がアレンに転生してからもう5年の歳月が経った。

あの日、俺の身に何が起こったかはまだよく分からないが、

神様が俺の願いを叶えてくれたことだけは分かる。


俺は全てに置いて完璧だった鷹見健斗から超ど田舎の貧乏家族の長男、アレンに転生した。

俺が生まれたところは本当にど田舎で見渡す限り、畑と森と山小屋みたいな家しかない。

まぁ強いて言えば、遠くの方に雲に突き刺さるレベルの馬鹿でかい木が見えるけど、

かなり遠いので、あれをウチの村のものというには無理があるだろう。

ちょこっとマ……おっほん、母さんに聞いた話だとここはホイルンド王国という

国の端っこの方とのことだ。詳細な位置は母さんもよく知らないらしい。

お風呂もないし、トイレもぼっとんだし、家は狭いし、

普通なら最悪と言っていい条件下だが、俺にとってここは最高の環境だ。


これこそ俺の望んでいた環境。

ここから成り上がることこそ俺の夢だ。



「よっこらっしょ!」


そんな最近、あまり聞かなくなってしまった懐かしい言葉と共に

1人の女性がなんかの動物の茶色い毛皮を部屋の端っこに下ろす。

それに続いて俺も持っていたその女性と同様の物を隣に下ろした。

すると、次の瞬間、その女性が俺の後ろから俺の小さな身体を優しく包み込む。


「んー!アレンちゃんは本当にいい子ねー!!」


そう言って俺を抱きながら手で頭をよしよしとする女性。

腰まで伸びた黒髪と健康的なスタイルと穏やかな顔。

もし俺が前世と同じ年齢だったら正直、夢のような構図だが、

不思議なことに俺にそういう気持ちは全く起きない。


…………いや、別に不思議なことでもないか。

何故ならこの人は俺の今世での母親だから。


アミリア。それが俺の母親の名前。

さっき言った通り、穏やかで美人なお母さんだ。

ただ少し過保護なところがあり、事あるごとにこうして俺をよしよししてくる。


「マ、ママ、ちょっと痛いよー」


大きな胸が押し付けられ顔半分が埋まってしまっていた俺は

離れてもらう為にそう告げる。


「えっ、あら、ごめんなさい」


母さんはそう言うと俺に抱きつくのをやめて一歩距離を取った。

ふぅ。何がとは言わないけど、相変わらずスゴイな。


そうして俺が男の夢に感動していると、今度は違う方向から声が飛んでくる。


「なぁ、2人とも。俺の斧しらないかー?」


そう言って部屋をキョロキョロするガタイのいい男。

不審者……では無い。

まぁ、何となく分かるだろうが、この人が俺の父親、ドリーだ。

全体的に何というかデカく、岩を貼り付けたようなゴツゴツした身体には

最強を目指す者としてこう……、グッとくるものがある。


そんな筋肉が本体みたいなパ……おっほん、父さんだが、

その鍛え抜かれた身体を活かして普段は狩りをして一家を支えてくれている。

何でもこの村じゃ1番強いらしく、狩りではリーダーを任されてるらしい。

俺が目指すべき最初の目標だ。


「斧ならさっき自分で玄関持っててたよ?」


「あれ?そうだっけ?」


父さんは俺の助言を受け、玄関の方に目を向ける。

すると、やっぱりそこにあったらしく、安堵した表情を浮かべた。

この人、強そうだけど、時々おっちょこちょいなところあるんだよな。

だから狩りの時にドジ踏まないか心配になる。


ちなみにだが、母さんも父さんも俺が転生者だというのはまだ知らない。

言うべきなのかとも思うが、こういうのって言わないのがセオリーだし、

第一、言ったら母さんが悲しみそうなので、とりあえず、今はまだ言うつもりはない。

だから、俺は母さん達の前では5歳児のフリをするが、なるべく見なかったことにして欲しい。

ママ、パパ呼びもわざとだ。そう、わざと。


「それじゃあ、行ってくる」


そろそろ2度目の昼食が欲しくなって来た頃。

この時間にいつも父さんは狩りに出る。

帰ってくるのはいつも日が沈んだ頃だ。


「うん!」

「頑張って、あなた」


俺たち2人の激励を受けて、父さんは今日も張り切って家を出ていった。

そして、父さんを見送ると、母さんが今度は俺に目を向ける。


「それで、アレンちゃんは今日も遊びに行くの?」


「うん!」


5歳までは家を出してもらえなかったが、5歳になってからは

日が落ち始めたら絶対に帰ってくるという条件の下、外出許可が出た。

それから俺は毎日、家から出て外で遊んでいる……ということになっている。


「また森の近くのところ?」


「そう!」


「はぁ、こんな小さい子1人で不安だわ。

本当は私もついて行きたいんだけど…………」


「ママは畑のお仕事あるでしょ。僕は大丈夫だから」


ってか、ついてこられると俺が困る。


「んー、家の近くで遊ぶんじゃダメなの?」


あれ?いつもならさっきのワンターンで終わるんだけど。

昨日怪我して帰ったから今日はいつもより過保護だな。


「家の周りじゃみんなの邪魔になっちゃうでしょ。それにあっちの方が広いし」


「んんんん……、でも、いや、んんん…………、はぁ、分かったわ。

けど、約束はしっかり守るのよ」


母さんの中で長い葛藤が行われた末、冒険心を優先させる親心が勝ったようで

ようやく許可が降りる。あとはもういつも通りだ。


「うん。夕方には帰ってくるし、森には絶対に入らない」


「絶対よ?結界があるから魔物は森から出れないけど、森に入ったら結界は効かないんだから」


「うん、絶対」


そう言って俺は母さんと小指を結び合わせる。

どっちの世界でも約束の仕方は同じようだ。


「じゃあ、僕も行くね!」


「気をつけるのよ」


「うん!」


こうして俺も父さんに続いて元気よく家を飛び出したのだった。



◆◇◆◇



俺の目的地はいつも決まっている。

村から少しだけ離れた森付近の更地。

ここが俺の遊び場兼、訓練場だ。


これも母さんと父さんは知らないが、俺はここで毎日、強くなる為に修行している。

かれこれ5歳になってから3ヶ月ちょい。毎日、欠かさずだ。

具体的には剣をひたすら振り続け、今はとにかく剣というものを身体に馴染ませている。


「今日はいつもより少し重めにしてみるか」


『生成魔法 木剣』


俺は手に持った木片を魔法で変化させて木剣を作り出すと、それを強く握りしめる。


驚いただろうが、まぁ、この世界じゃ別にそんな驚くようなことでもない。

この世界には魔法や魔物、異種族。そういったファンタジー文化が普通に存在している。

当然、俺も最初は驚いたが、俺が望んだのはこういう世界だったのですぐに受け入れられた。

自身の内にある魔力を使い、魔法という力を行使する。

それをどれだけ上手く出来るかがこの世界で最強になる上で大事になってくるってわけだ。


…………そう、わけなのだが、ここで1つ大きな、大きな問題が発生した。

その問題とは魔力があればどんな魔法が使える、というものでもないということ。

難しい言い方になってしまったが、つまり、魔法には属性というものがあり、

その属性の適正がないと、その属性の魔法は使えないということだ。


例えば炎属性の魔法が使いたい場合は炎属性の適正がないと使えない。

そして、これは努力でどうにかなるもんじゃなく、生まれた時に決定している。

それは他の属性も同様だ。

どんなに水魔法が使いたくても炎属性の適正しかなきゃ水魔法は使えない。

そういう結構、シビアな世界なのだ。


ちなみに、この世界には無数の属性があると言われてるが、代表的な属性は7つ。

炎、風、土、雷、水、光、闇。この7つが多くの所有者がいる有名な属性達だ。

他にも氷だったり、結界だったりと色々な属性があったりはするが、

殆どの人がこの7つのどれかの属性を授かる。

また、別に属性は1人1つという決まりもなく、2つ、3つ、

過去に実在した大賢者なんかは炎、風、土、雷、水の5つが使えたらしい。

とまぁ、要はどれだけ多くの属性を授かれるかが大事になってくるということだ。


いやでも、ほら俺、転生者だし?最強になる男だし?大丈夫だろ。

…………そう思っていた時期が俺にもありました。

けど、いざ使ってみたら俺が授かった属性は物質の形を変化させて新たな物質を作り出す

『生成魔法』という7つの属性でもない、かと言ってそんなに珍しくもない、

そこそこありふれたこの属性の1つだけだった。


絶望したよ。スタートでこれだけ盛大に躓いたら立ち直れない。

じゃあ、何故、俺は今こうして剣を振り続けられているのか。


その理由はコレ。


『無属性魔法 身体強化』


俺が新たに魔法を使用すると、身体が一気に軽くなる。

これが俺が最強を諦めずにいれた理由。無属性魔法だ。


無属性魔法とは魔力があれば誰でも使える魔法のこと。

なんかゲームとかでよくある性能イマイチな無料配布みたいな感じがするが、

実はそんなこともなく、この無属性魔法、結構有用で色々やれたりする。

これがなかったら俺は本当に諦めていたかもしれない。

ちなみになぜ無属性魔法だけ誰でも扱えるかは分かっていないらしいが、

俺が考えるに無属性魔法は自分の中で完結する、

つまり他の魔法のように魔力を放出しないというのが鍵なんだと思う。

他の無属性魔法、耐性や千里眼なんかもそうだ。


兎に角、剣主体で戦う俺にとって自己強化系の無属性魔法が扱えるのは非常にありがたい。

正直、これだけあれば何とかなる。


『ブンッ!ブンッ!』


剣を振り下げるごとに辺り一帯に風を切る音が響き渡る。

毎日素振り5000回。これが俺が自分に課したノルマ。

魔法が使えないならその分、剣を振ればいい。


もっと早く、強く、鋭く。


「まだだ、まだこの程度じゃ全然足りない」



辺境の村、クラリア。この場に英雄の卵が生まれたことを今はまだ誰も知らない。

…………って自分で言っちゃってみたりして。

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