Auf der Heide blüht ein kleines Blümelein

Auf der Heide blüht ein kleines Blümelein…荒野に咲く一輪の小さな花


 1941年11月。ウクライーネの大都市キエフでソ連軍主力を撃破した枢軸国軍は、南部の要所クリミアへと迫っていた…。 

――――――――――――――――――


 滑走路に並ぶ4機のシュトゥーカ。

シュネー大尉の乗機の傍に、軍用オーバーコートを羽織った1人の女性が居た。

 彼女は※女性補助員であり、コートの丈も男性型コートより少し短い。

(※女子補助員…国防軍に勤務した女性隊員の事。)

トゥーフロック空軍の制服に身を包み、ボーイッシュな髪型の彼女は、男装の麗人にも見える。

 「大尉さん…発動機エンジンはバッチシ動きました。之からは発動機の始動に熱湯が必要らしいですがね。…貴方も熱湯ぶっかければ、体が温まりまると思いますよ。」

「いや、遠慮する。Dankeありがとう.」


 大尉相手に軽口を叩く女性補助員だが、その場の誰も咎める様子は無い。

そればかりか、周囲は暖かい目で二人を眺めている。


「…大尉さんの帽子、いつ見ても可愛いですね。」

「この制帽が?」

 …シュネーの被る制帽は、両側が極端に凹んだ不格好な形をしていた。

制帽前方の白い針金を抜き、形を崩しているのだ。

この形は親衛隊・国防軍・突撃隊問わず、当時のドイツ軍で流行ったファッション。

つまり"流行り・・・"である。

 彼は流行りに直ぐ乗っかるタイプで、NSDAP国民社会主義ドイツ労働者党がドイツを席巻した時も、今まで支持していたDNVPドイツ国家人民党から直ぐに鞍替えした。

 彼が乗らない流行りと言えば、パンツァーチョコレーテの錠剤、すなわち覚醒剤ぐらいであろう。


「ええ、可愛いですよ。」

「…可愛い…。」

 シュネーの顔には、滅多に見られない笑みがあった。

…彼女だけが、彼の表情を引き出す事が出来る・・・・・・・・・・・・・・・のである。

故に、誰も彼女を咎めなかった。



――――――――――――――――――



 煌めく内海に、4つの影が映る。

高度約3kmを飛行する爆撃小隊は、黒海上空で獲物を発見した。

 狙うは、ソ連海軍の高速魚雷艇である。

海面で反射する※ジュラルミンは、荒れ狂う白波を穿つが如く進んでいた。

(※ジュラルミン…アルミニウムの合金。この場合はソ連の高速魚雷艇G-5を表す。)


「洋上、12時の方角に小型艦艇発見、我に続け。Ende.通信終了。


 …小隊は緩やかな・・・・降下を開始した。


 垂直尾翼に鍵十字ハーゲンクロイツを輝かせた大鷲は、空気の上を滑る様に加速する。

添えられた左手により、速度計の針が進むと共にスロットルが絞られ、

操縦桿を握る右手は、本能的に※トルクを抑えながら動かされる。

(※トルク効果…プロペラの回転と共に、航空機が僅かに逆回転する現象。)


 それは本能的な狩りの動きであり、まるで己の手足を動かすかの様であった。



 …しかしながら。

何故、彼は自らの手足に、鈍足なシュトゥーカを選んだか。


 "シュトゥーカには…他機とは一線を画す魅力を有している。

それが一体何たるかを知覚するには、この世に生を受けたその時から、

遺伝子的に植え付けられた本能が存在せねばならない。


 そして私には、それが存在していた・・・・・・・・・。"


…それが彼の考え、もとい思想である。


 シュネーの右胸で金に煌めく※スペイン十字勲章は、正にそれを証明していた。

(※スペイン十字勲章…スペイン内戦に参加したドイツ軍兵士コンドル軍団に送られた勲章。)

コンドルの様に舞い降り、地に這いつくばる戦車を穿つ。鳴り響くサイレンの中、彼は風防の内側で、己の脳に運命的な電撃・・・・・・を覚えたのである。






 …―――魚雷艇に向けて翼内の20mm機関砲が放たれ、4機のシュトゥーカが颯爽と過ぎ去った後。

洋上に残ったのは、腐りかけのジュラルミンと燃え上がる重油のみであった。



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