鶏あえず生で

北 流亡

とりなま

 私は、この特有の「とりあえず生」を強要する文化にうんざりしていた。私がアメリカ生まれアメリカ育ちだからそう思うのかもしれない。

 しかし、多様性、コンプライアンス、ハラスメント、そういったものにうるさい昨今において、いまだに個々の食事に介入する文化が蔓延っているのは、おかしな話だと思う。


「おい、ウィル。お前もとりあえず生で良いか?」


 宮川はさも当たり前のように言う。私は露骨にため息を吐く。


「宮川、君はそのトリアエズナマが当然の文化圏で育ってきたから知らないのかもしれないが、全員に同じメニューを強要すると言うのは、世界中探しても類を見ないおかしな慣習だぞ」


「まーた、始まった。じゃあどれにする?」


「レモンサワー」


「レモンサワーね……ったく、女みたいだな」


「その発言も男女差別をな」


「わかったわかった、俺が悪かった。レモンサワーな。すみませーん」


 宮川が手を挙げて声を上げる。すぐさま店員がやってきた。


「ご注文は何になさいますか?」


「とりあえず、生と中ジョッキとレモンサワー、あと枝豆と冷やしトマト」


「冷奴」


「冷奴もお願いします」


「はい、かしこまりました!」


 店員は、快活に返事をすると店の奥に向かった。かすかに、厨房に注文を伝える声が聞こえる。


「なあウィル、郷に入らずんば郷を得ずって言葉が日本にはあってな」


「それを言うなら、郷に入れば郷に従え、だ。君が何を言いたいかはわかるが、俺はふざけた慣習に付き合うつもりは無いぞ」


「たかが食事の順番なんだがなあ……」


「それに生が体質に合わない人間だっているんだぞ、無理矢理勧めて命に関わったらどうするんだ」


 宮川は肩をすくめると、それ以上追求してこなかった。私は同調圧力に屈するつもりは一切無い。私だって命は惜しいのだ。


 注文した品は程なくして運ばれてきた。加熱が不要なものばかりとはいえ、他店と比べて注文から運んでくるまでが早い。小さいながら、なかなか良い店だと思う。


 宮川がを右手に鷲掴みにする。私はレモンサワーのグラスを左手に持つ。


「それじゃ、久しぶりの再会を祝って、乾杯!」


 宮川はそう言うと、生の鶏肉にかぶりついた。

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鶏あえず生で 北 流亡 @gauge71almi

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