『願望』

苺香

第1話 カフェアンビティオ

 表参道のカフェアンビティオの看板を包み込むようなおだやかな太陽の光を、阪口祐樹は少し眩しそうに眺めながら「OPEN」の札を看板の隣に立てかけたその瞬間、穏やかな朝の陽ざしは瞬く間にどこか遠い世界の出来事となる。

 目に留まるのは、まるでドンドンと地面を鳴らすがごとく、一歩一歩踏みしめ、闊歩してくる女がひとり。

…なんだ、あのおばさん。

ウェーブがかかった長い髪が女性の視界を遮る。前髪を掻き揚げながら。 

…まったく、ソバージュっていつの時代のヘアだよ。

そんな考えなど吹き飛ばす勢いで、祐樹の前に立ちはだかる。     

「ちょっと、ダビデどこにいるのよ!!」

祐樹はこのような女に真正面から対峙しようものなら、疲れっ切ってしまう事などとっくに学習済みである。

「社長は現在、店舗には不在です。何か要件はございますか」

心のうちの動揺など、つゆとも出さず、冷静に、かつ礼儀正しく対応するのがセオリーだ。

「はあ。要件!?とにかくダビデの居場所を教えなさいよ」

そのおばさん、いや、妙齢の女性は、目の前に仁王立ちになる。

「申し訳ございませんが、社長の個人的な所在はお教え致しかねます」

「悠長なこと言ってんんじゃないわよ。連絡が取れないのよ。全くもう、使えないわねっ」

目の前の男が役に立たないとしるやいなや、女性はやってきた方向に戻ろうと祐樹に背を向けが、

「お客さまぁ~。お名前を…」

慌てて、引き止める祐樹。

「うるさいわね!!この役立たず!!」

…あぁ。また、社長のお遊びが過ぎたのだ。

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『願望』 苺香 @mochabooks

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