3日目上

新しい朝が来た。昨日はいい感じに絆されてしまった。シルファちゃんは魔性の女たらしなのかもしれない。これでも私に好きと言わせる勝負に受けて立った身。私はあくまでも友達として適した距離感で接するよう心がけるべき。流石に今日は添い寝ではなく、別々の部屋で寝た。


 それが寂しいようなそうでないような。いや、寂しくなんてない!気を取り直して、サッと朝の身支度を済ませてリビングに向かう。そして遅れてきたシルファちゃんに朝の挨拶をして、朝食のトーストとハムエッグをペロリ。

 

「佳織、今日は何をしましょうか?」

 

 シルファちゃんが今日の予定を相談してくると、側に控えていたニアさんが話に入ってきた。

 

「シルファ様。今日はケープ村の視察の仕事がありますよ」


「ムー。そうだったわね。……そうだ。佳織も連れて行きましょう!」


「私がついてって仕事の邪魔にならないの?」

 

 そういえばシルファちゃん、いいところの貴族様だったわね。すっかり忘れてたわ。

 

「いいのよ。むしろ案内したいと思っていたからちょうどいいわ」


「わー!昨日のブローチ、今日もつけてくれたのね!とても似合っているわよ」


 身支度を済ませてシルファちゃんと合流すると、真っ先にブローチに触れてくれた。


「当然でしょ。シルファちゃんもよく似合っているわよ」


「えへへ、ありがとう」


「そういえば、今日行くケープ村ってどんなところなの?」


 馬車の道中、気になったのでシルファちゃんに尋ねてみた。


「あたしの家があるマストールの北に位置する、農業が盛んな村よ。あたしは月に一回、今は王都にいるお父様に変わってクリストファの村と街に視察に行ってるの」


「そうなのね。他にはどんな町があるの?」


「マストールを中心に東に学術都市キーストフ、南に交易都市ナーベ、そして西に産業村ドーフね」


 ずいぶん発展しているな。私の乏しい漫画知識だと、王都以外の領に街は大体1つだった気がする。


「領内にそんなに村や町があるのね」


「クリストファは王都に次ぐ広さだからね」


 当たり前のように言ってくるが、これシルファちゃんって相当上の地位よね。一領主なのに公爵位を与えられているからおかしいなと思っていたが、産業に農業、学業に交易まで盛んな街を有するクリストファはかなり重要な領のはず。東京が王都だとするところの大阪といったところかしら。


「うふふ。あたしと佳織の仲睦まじいところを領中に見せつけてやるんだから」


 シルファちゃんが怪しく微笑んでいる。何やらぶつぶつ呟いているが、馬車の音で聞き取れなかった。


 そこそこ整備された道を抜け、一面に小麦畑が広がる地帯に入った。小麦が風に揺れているのが黄金色の絨毯みたいで綺麗だ。


「ケープ村に入ったわよ。もう少しで集落に着くはずよ」


 思えばシルファちゃん周り以外のこっちの人に会うのは初めてかも。というか、元の世界でも紗枝ちゃん以外とはロクに話さない生活を長く送っていた。その弊害で私は脳内の賑やかさに対して、会話が淡白になってしまいがちだ。俗に言うコミュ障ってやつ……


「少し緊張してきたかも」


 ポツリとこぼれ落ちた不安。


「大丈夫。優しい人たちばかりよ」


 自分でも気が付かなかった言葉をシルファちゃんは取りこぼさなかった。そして一拍置いて


「それに、もし佳織に何かあってもあたしが守るわ」


 安心させるような力強い口調で宣言して私の手を握ってきた。


「ありがとね」


 背中がチリチリする感じ。なんなんだろこれ。



======================================



「遠いところ、わざわざご足労いただきありがとうございます。村一同シルファ様を歓迎いたします」


 小綺麗な老人を視界に捉えた。どうやら村の集落についたらしい。馬車を降りて、人のいる方に軽く会釈する。訝しむ表情をする者もいたが、会釈を返してくれた者もいた。


「シルファ様、こちらの方は?」


 先の老人が尋ねてきた。


「佳織と申します。あたしの友達なので丁重にもてなしてくださいね」


 村の人と会話するシルファちゃんは、私と接する時とは別人のようなお淑やか全開のオーラを纏っている。いつも口調が敬語とタメ口混じりなのもこの名残なのだろうと思った。


「それはそれは。私はこの村の村長、カヌと申します。以後お見知り置きを」


 私は貴族でもなんでもないのに、村長さんに改まって挨拶されてしまった。慣れないな……


「先ほどご紹介賜った佳織と申します」


 シルファちゃんに倣ってスカートの裾を持ち上げて、私も精一杯お優雅に見えるよう努めた。しかし、付け焼き刃ではどうにもならない。自分でも全く様になっていないのはよーく分かる。


「大したものもありませんが、楽しんでいってくださいね」


 表情を変えずに村の方に手を向ける村長さん。スルースキルの高い方で助かったわ。


「視察と言っても何をするの?」


「んー適当に村を回る的な。仕事してる人の労を労う感じで緩くやっているわ。さあ、早く行きましょう」

 当然のように私の手を握ってくる。今日はやけにボディタッチが多い気がするな。


 村長との挨拶を済ませ、村を回り始めたシルファちゃんはすれ違う村人たちに手を振り、柔和な笑みを浮かべて挨拶をしている。その上品で人当たりの良い彼女の様子を見た村人たちもみな、穏やかな雰囲気で彼女に接している。


 時には小さな子供たちに囲まれて話に花を咲かせ、またある時には農家の人たちから作物をもらっている。シルファちゃんは遠慮しているが、村の人は感謝の気持ちと言って強引に押し付けてくるのだ。今の彼女からは普段私に向ける天真爛漫な感じとは違い、優しく人を包み込む聖女のような暖かさを感じた。


 対して私はというと、会釈や軽い挨拶こそすれ、会話にはあまり入らず一歩引いてしまっている。今のシルファちゃん、ちょっと尊敬しちゃうかも。


 村の中心を抜け、再び一面が畑で覆われ始めた。すると、シルファちゃんの元に1人の老婆が近づいてきた。


「ちょうどいいところに来てくださいました!シルファ様にお見せしたいものがあります」


 両手を結んで待ち侘びたと言った感じで話しかけてきた。


「なのでしょうか?」


 老婆の案内の元、畑道を進む。


「こちらなのですが。また黒点病が出てしまいまして」


 そこには所々に黒くなっているレタスのような葉野菜があった。


「お任せください。今治しますわね」


 シルファちゃんは屈んで、両手を野菜の方に突き出した。


「ヒールシャワー」


 ここは異世界だから、あるかなと思っていたが……これ魔法っぽいよね。彼女の手のひらから緑色の光点が出て野菜に降り注ぐ。


「いつもありがとうございます!なんと感謝申し上げればよいか」


「礼には及びませんよ。あなたたちのおかげで私たちは飢えずにいられるのですから」


 うーん。やっぱり聖女みたいだ。謙虚な姿勢が実に奥ゆかしい。


「なんともったいなきお言葉!」


 これにはおばあちゃんもニッコリです。


「では、失礼させてもらいますね。これからもお仕事頑張ってください」


「さっきシルファちゃんが出した光ってなんなの?」


「魔法よ。あたし、治癒魔法と水魔法の適性があるの」


 やっぱり魔法だ。私はアニメは漫画はジャンル問わずそこそこ見ていたので、魔法についてはある程度知っているつもりだ。ここは私の魔法の知識が使えるか確認してみよう。


「魔法が使えるだなんて流石ね、シルファちゃん!それって私でも使えるのかしら?」


「うーん。たぶん無理かな。魔法は生まれつき持っている魔力を使うんだけど、この世界生まれじゃない佳織は魔力を持っていないから」


 なるほど。体内に魔力がある系の設定か。


「シルファちゃんは治癒と水に適性があるって言ったけど、他の属性の魔法は使えるの?」


「えっと、魔法には火、水、風、土、雷の5元素属性に治癒とか闇属性とかの特殊な属性があるんだけど、人によって使える属性が異なるの。だから、基本的には適正外の魔法を使うことはできないのよ」


 おお、なんだかテンション上がってきた。非常に下手で新鮮味がないけど、身近に魔法があるってだけでワクワクする。ア◯アメンディとかエ◯スキーとか見れるのかな!?


「でもね。2属性の魔法に適性があるのは学園内でも限られているわ!」


 ない胸を張ったシルファちゃんが得意げな顔で自慢してきた。その仕草、無自覚そうなのやめてもらっていいですか。ん……学園?聞き捨てならないことを聞いてしまったぞ。


「シルファちゃん、学園って何?」


 今まで赤くなることはあれ、常に明るい表情を保ってきたシルファちゃんの顔が初めて真っ青に。肩が小刻みに震えていて焦りが見て取れる。


「あ、明日から学校が再開するの、すっかり忘れていましたわ〜!!」


「え!?学校はどこにあるの?」


 少なくともマストールには学校らしきものはなかった。


「キーストフです。あわわ、早く帰って準備しないとですわ」


 焦ると敬語になるということは、こっちが素のシルファちゃんということか。じゃなくて、シルファちゃんの焦り様が単に学校を忘れていただけじゃないような気がする。


「えっと、そんなに焦ることなのかな?」


「当然です!学園は寮性なので色々準備しなければならないのです。それに、あたしが学校に行ってる間の佳織の処遇をどうするか決めなければなりません!」


 そっか。シルファちゃんが学校に行ってる間、私は半ば異世界に放置されるのか。家主不在で屋敷にいるのは少し気まずいな。


「今はとにかく残っている仕事を早く終わらせましょう」


 流石に仕事は放棄できないか。


 その後のシルファちゃんは急いでいるが気品を損なわない絶妙な仕事ぶりを発揮するのだった。


 シルファちゃん、実は結構おてんば姫だったりする?



___________________

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます!


面白かった! 続きが気になる! という方は⭐︎や♡、ブクマをしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


今後ともよろしくお願いします。


P.S. ここのところ体調がすぐれない日が続いています。

  季節の変わり目、皆さんもお身体ご自愛ください。


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