2日目下
着いたわ。ここはクリストファ領で1番大きな街、マストールよ」
シルファちゃんに手を取られ馬車を降りると、ヨーロッパ風の石造りの建物が並ぶ立派な街が広がっていた。私は感嘆の声を漏らしていた。
「すごくオシャレな街ね」
あっけにとられて語彙力が小学生並みになる。
「そうでしょ。マストールは流行の最先端を行く街よ。ここで流行ったものが王都に逆輸入されるケースも往々にあるほどよ」
「あたし、佳織に案内したい店があるの、こっちよ」
シルファちゃんが半ば私をひきづるように突き進んでいく。
「歩くの速いよ!」
私は小走りになってシルファちゃんの隣に並んだ。
「2人きりで手を繋いで街中を行く。まるでデートみたいですね」
私が言い淀んでいたことをストレートに言ってくるシルファちゃん。相変わらずの破壊力だ。
「デ、デートなんて……友達ならこのくらいするでしょう?」
「友達……あたし達、友達?」
友達という言葉に反応したのか、小首を傾げて聞いてくる。こんな距離の詰め方をしておいて友達かどうか気にするなんて変な子ね。
「あったりまえよ!」
シルファちゃんの顔がパァと明るくなった。
「そうよね。あたし達友達よね!」
曇りが晴れた明瞭な声が爽やかな秋風に溶けていく。
「これまたオシャレなお店ね」
連れて行かれたのはガラス張りのブディック。店前には色とりどりのドレスが飾られていた。
「この街1番のお店よ。佳織もきっと驚くわよ」
「いらっしゃいませ、シルファ嬢」
この世界に来て初めての東洋風の顔立ちをした女性。
「そちらの方が私に紹介したい方ですか?」
「ええそうよ。この子は白瀬佳織。今日は佳織のお洋服を見繕いにきたの」
シルファちゃんが私を紹介すると、店員さんが一瞬驚いたような表情を見せた。
「そうでしたか。私の名前はミサ。この店の店長をやってます」
「佳織です。この店の服すごくセンスがいいですね!」
不思議なことに、この店に置いてある服は元の世界で見たことのあるようなデザインばかりだ。
「シルファちゃん。少し佳織様をお借りしてよろしいでしょうか?少し彼女と話したいことがありまして」
「ええと、どうかしら佳織?」
「私は別にいいけれど」
「ありがとうございます。佳織様、ついてきてください」
ミサさんに店の裏まで連れられた。
「それで話したいこととは?」
「くれぐれも内密にして欲しいのだけど、あなた日本人よね?私も日本人なの。名前は金堂美沙希」
「ええ!そうなのですか!?」
衝撃のカミングアウト。まさか異世界生活2日目にして日本人に会えるとは……
「あなたの名前をシルファ嬢から聞いたとき、すごく驚いたわ」
「わ、私もです。でも、なぜ身分を偽っているのですか?この世界では異世界人は手厚く保護されるようですし」
「詳しくはいえないのだけど、私、南の王国から逃げてきたのよ。私が異世界人だからと言って人攫いに連れて行かれそうになってね……」
顔に影を落とす金堂さん。おそらくあまり思い出したくないことなのだろう。
「話を戻すとね。あなたをここに呼んだ理由は正体を明かしたいってのもあるのだけど、本題はあなたのアドバイスを送るためね」
「アドバイスですか?」
「そう。あなたは自分が異世界人だと明かしてしまった。特にこのクリストファ領では、異世界人がきたのは初めてってことになってるからね。あなたが何か面倒ごとに巻き込まれないか心配なの。私からのアドバイスは2つ。1つは元の世界に帰るにしろ帰らないにしろ、信用できる仲間を見つけなさい。って言っても、あなたにはもう信頼できるパートナーがいるようだけどね」
「シルファちゃんですか。まだ会って2日も経ってないからなんともいえないですが、確かに彼女は信頼に値する方だと思います」
「そうね。私は彼女と3年くらいの付き合いだけど、素直でいい子だと思う。2つ目は、あなたの容姿よ。佳織ちゃん、自覚あるか分からないけどあなたは女の私から見ても惚れ惚れしちゃうものを持っているわ。くれぐれも男には気をつれることね。この世界の男は元の世界の奴らより強いから。1人で行動するのは避けるべきね」
初対面だけどもう金堂さんが優しい人だってよく分かった。慈愛溢れる顔で私を心配してくれている。
「心配してくれてありがとうございます」
私は彼女に深々と頭を下げた。
「いいのよ。それと敬語はいらないわ。何かあったら遠慮なく私を頼ってくれていいし」
金堂さんのおっとりとした容姿に相まって、包容力に当てられてしまいそうになる。私に姉がいたらこんな感じだったのかな。
「敬語を外すのはちょっと……できるだけ努力します」
敬語を外さないと言ったところ、悲しそうな顔とされたので善処しますという魔法の言葉でお茶を濁す。
そうしていると、店裏に繋がる扉が開けられた。そこには不機嫌そうに眉間に皺を寄せたシルファちゃんが仁王立ちしていた。
「長いですわね。あなたたち、いったいそこで何をコソコソしているのです?」
どうやら痺れを切らしたようだ。長い間話し込んでしまったらしい。
「シルファ嬢。私は佳織ちゃんにこの店のモデルになって欲しいって頼んでいました」
金堂さん私の目を見て話を合わせるように言外に伝えてきた。
「そうなの。シルファちゃんはどう思う?」
「ダメですよ。佳織はあたしのものだから」
凄いこと言うなシルファちゃん!あたしのものだなんて……あんな怖い顔もするのね。
「ごめんなさい。佳織ちゃん、運がいいのね」
「運がいい、ですか?」
思わず聞き返してしまう。
「そうよ。こんな可愛い子があなたにゾッコンなのよ。もうこっちに残るしかないわよね」
隣を見ると真っ赤に熟れたシルファちゃんと目が合う。
「本題に入るわよ。今日佳織を連れてきたのは、彼女に服を買ってあげるためよ」
シルファちゃんが表情をコロコロ変えながら用件を伝える。
「それはいいわね。私とシルファ嬢で服を探すから、佳織ちゃんは試着室で待っててね」
手を叩いてやる気を見せる金堂さん。私に決定権はないのですか。
それからはというもの私は、2人が持ってくる服を着ては褒められ、また着替えては褒められと、とにかく誉め殺しにあった。終わり際なんか噂を聞きつけたミーハーたちが店に押し寄せてそこらじゅうから黄色い悲鳴が漏れていた。褒められる分には悪い気はしなかったが、私見せ物じゃないんだけどな〜。
「今日はありがとねー。いい目の保養になったし店の宣伝にもなったよ」
金堂さんがやり切った顔でお礼をしてくる。
「あたしも楽しかったよ!でも佳織の可愛いところみんなに見られたの、ちょっともやっとしたけど」
笑顔で言ったかと思えば、次の瞬間には曇り顔に変わるシルファちゃん。
「喜んでくれて何よりだよ。でも、次からはもっと優しくしてね」
私も着せ掛けショー楽しかったが、すごく疲れた。
「その言い方はずるいです」
シルファちゃんが顔を背けてしまった。なんとなく耳が赤いような……
「ああ、お礼ってわけじゃないけど、今日来た服全部持ち帰っていいよ」
あっけらかんとした感じで手を振りながら、とんでもないことを言ってきた。
「え、ホントですか!?」
「うん。でも、もしその服どこで買ったんですか?って聞かれたら、私の店で買ったって宣伝してくれたら嬉しいかな」
「そのくらいお安い御用ですよ!」
全部で20着くらいある洋服が無料でもらえるなんて……
「服はシルファ嬢の屋敷に送っておくね」
「よろしくお願いします」
これからは金堂さんには頭が上がらないな。
「では、あたし達はこの辺で。今日はありがとうございました。金堂さん」
「これからもご贔屓にね。シルファ嬢に佳織ちゃん」
挨拶を済ませて店を出ると、前を歩いていたシルファちゃんが振り向いてきた。
「えっと、今日は付き合ってくれてありがとね。とても綺麗だった、佳織」
いつにもなく言葉が辿々しいシルファちゃん。後ろで手を組んでモゾモゾと動かしている。すると、隠していた手を私の方に突き出してきた。手にはブローチが乗っていた。
「これね、今日に記念品っていうか、プレゼントっていうか……あたしね。お揃いに憧れてたの!だからこれ、あたしとお揃いのやつ」
そう言ってシルファちゃんは、頭から自分のブローチを外して隣に置く。
「もらってくれるかな?」
上目遣いでねだる様に聞いてきた。私の答えは決まっている。
「嬉しい!早速つけてもいい?」
「うん」
私はブローチを手に取って彼女と同じ場所にそれをつけた。
「似合ってるわよ」
「ありがと」
お互いに顔を向け笑い合う。心が少し通じ合った気がする。
「帰りましょう」
「そうね」
どちらからでもなく手を繋ぎ、来た道をゆっくりと戻る。藍色の宝石が2つ夕日を浴びて、マジックアワーの様な藍錆色に輝いていた。
私が異世界から帰るまであと29日。
______________________
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かった! 続きが気になる! という方は⭐︎や♡、ブクマをしていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします!
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