1.5日目〈sideシルファ〉

そろそろ湯浴みといった時間。メイドの1人、ニアがあたしの部屋に入ってきた。


「お嬢様、検問に異世界人らしき女性が現れたとのことで、主人様がお嬢様に留置所まで行って様子を見てきて欲しいとのことです」


 せっかく早く身を清めて、満月を眺めながらゆっくり読書でもしようと思っていたのに……でもお父様の指名があってはしょうがないわね。


「分かったわ。すぐに行くから出かける準備をなさい」

 

「畏まりました」


 そういってニアを下がらせる。正直言って異世界人とかあまり興味がない。あたしにとって異世界人は教科書に載っていてへーすごいのね、と思ったり新聞で活躍を見たりするくらいの距離感の存在だ。


 でも、お父様にそんな態度を見せると、クリストローファ家次期当主として異世界人に対する態度をどうにかしなさいといつも咎められる。今回あたしに視察に行かせたのも教育の一環なのかもね。


 全く乗り気はしないが、とりあえず用意された外套を羽織り、馬車に乗り込む。あたしは留置所には片手で数えるほどしか行ったことがないが、あのジメジメした感じと臭いが嫌いだ。この町で行きたくない場所ランキング第2位。ちなみに1位はダンスホール。あたし、踊るの下手くそだから。


 兵士に出迎えられて留置所に入っていく。ハイヒールなんて履いてくるんじゃなかったわ。足元が悪いのをすっかり忘れていた。階段を下って牢屋の前に立つ。兵士から渡されたランタンを鉄格子の方に近づけると……


「な、なんて美しいの!」危うく叫び出しそうになったが、なんとか胸の内に衝動を抑え込む。でも驚くのは仕方ないじゃない!ランタンの光を受けて艶やかに輝く長い黒髪も涙で潤んだ大きな目も服越しでも分かる豊満な胸も女の子座りをしているせいで余計に際立つ健康的な御御足も彼女の容姿の全てが私の好みドストライクの超一級品だ。


 そのいっそ神々しいまでの容姿からは有り余る母性を感じる。あたしのお母様は物心ついたときには既にこの世にいなくて、あたしはメイド以外から抱きしめられたことがない。


 ああ、彼女にギュッと抱かれたらどんなに幸せでしょうか。そして、彼女から愛情を注がれたら一体あたしはどうなってしまうでしょうか。今まで感じたことのなかった劣情と純粋な恋心が体の奥から沸々と湧いてくるのを感じる。


 もう彼女が異世界人かどうかなんて関係ない!一目会っただけで馬鹿らしいと思うかもしれないけど、今のあたしは彼女をどうしようもないほど欲しているの。


 彼女に出会ってからのあたしはそれはそれは必死だった。メイドを手配して早急に佳織様をお迎えする準備を整えさせて、あたしも震える喉を押さえつけながら自己紹介をしてなんとか佳織様をあたしの家にお招きした。


 彼女があたしの家にいることを考えるだけで心の底から喜びが溢れてくるけれど、重要なのはここから。当然異世界人には元の世界に帰る選択肢があるが、佳織様をこっちの世界にとどめて、あわよくば結ばれたら……なんて。


 ともかく彼女を説得しなければならない。どうやって説得しましょうか。いきなり告白をするのがまずいのは分かっている。でも、あたしにはなんの交渉材料もない。彼女をここで匿うにしても1ヶ月が限界だし、力尽くで止めるなんてもってのほか。


 どうしようどうしよう……頭の中が堂々巡りに入っていると、部屋の外から声がかかる。


「失礼します、お嬢様。佳織様を連れて参りました」


 もう来たの!?まだ考えが全くまとまっていないのに。でも外で待たせておくのは悪いし。


「ありがとね。佳織、いらっしゃい」


 なんとか平静を装って入室を促す。扉に背を向け深呼吸。赤らんだ顔を元に戻すんだあたし。


 「失礼します。お嬢様、こんなにも良くもてなして下さりありがとうございます」


 綺麗な声。聞く人の心が安らぐ落ち着いた声が耳朶を震わす。佳織のご尊顔を拝したあたしは、欲望に素直に向き合うことにした。


「あの、佳織……ちゃん。あたしのことはシルファって呼んで欲しいの。あとね、敬語もいらないわ」


 もっと距離を縮めたい、彼女の透き通った声であたしの名前を呼んでほしい。


「分かった、よ。えっと、シルファちゃん」


 あ、これダメなやつだわ。口元が緩んで変な声が出そうになる。佳織ちゃん、恥ずかしそうにあたしの名前を呼ぶなんて反則よ!


 その後、彼女をここに止めるべく色々言ってみるが、帰りたがっている様子。でも、ここで折れてはダメよ!なんたって佳織ちゃんはあたしの初恋なんだから。


 そう決意してあたしは一世一代の愛の告白に踏み切る。佳織ちゃんの顔が赤い!もう一踏ん張りか!あたしはない頭で最後の一手を考える。


 っは!天啓が降りてきた。


「では、こうしましょう!あなたが帰るまでに、あなたに私のことが好きだと思わせることにしますわ!」


 そうだ。今はそんな気持ちがないかもしれないけど、彼女が帰るまで1ヶ月の猶予がある。それまでに佳織ちゃんを振り向かせればいいんだわ!天才ねあたし。


……とは言ったものの、これからどうしましょう。佳織ちゃんが退室して1人になった途端、今まで必死に押さえてきた羞恥心と後悔が這い上がってきた。


 会って早々愛の告白なんて……きっと佳織ちゃんあたしを痴女かなんかだと思っているに違いないわ。ムムム。ベットに体を埋めて1人反省会を始める。


 過ぎてしまったものは仕方ないけど。こうなっては全力で彼女に好きになってもらうべきか。シルファちゃん16歳。今までろくに同年代の友達ができなかったせいで距離感がバグっている。


 しかし、当の本人はそのことに気づく術はなく……ベット、夜……これだわ!今日の後悔は今日のうちに解消するべきよね。一緒に寝ようそうしよう!据え膳はなんとやらよ。


 またもおかしな方向に突っ走って行くのだった。


 

==============================================================


 

 部屋の前に来たのはいいけれど、ドキドキしてきましたわ。この扉の先には佳織ちゃんが……


「失礼するわ、佳織ちゃん。中に入ってもよろしくて?」

意を決してドアをノック。しばらく答えが返ってこなかった。


「いいわよ。いらっしゃい」


 無事許可が降りて安心する。


「お邪魔します。まあ」


 扉を開けた瞬間目に飛び込んでくる佳織ちゃん。ソファに腰掛けて髪を梳かしていた。貴族じゃないはずなのに1つ1つの所作が美しく見える。あたしよりも洗練されているまであるわ。


「えっと、なんの良い件で私の部屋に?」


 手を止めて小首をかしげる佳織ちゃん。


「もっと佳織ちゃんとお話がしたいなって」


「少しなら構わないけど、もう夜遅いわよ」


 時計は22時を回っている。確かにいつもならそろそろ寝る時間だ。


「なら、話はベットの中で……なんてどうでしょう?」


「え!?それはちょっと……」


 佳織ちゃん、あからさまに動揺している。でも、ここはひいちゃだめなところだわ!


「ダメでしょうか?」

 

あたしは屈んで佳織ちゃんの顔を上目遣いで見上げた。

 

「……いいよ」


「でも、ちょっと待っててね。まだ髪のお手入れが終わってないから」


「それならあたしがやってあげる」


「でも、悪いよ」


「いいからいいから。あたしに任せてみなさい!」


「分かったよ。じゃあ、よろしくね」


 上目遣いになって櫛を渡してくる。


「さあ、あっち向いて」


 間近にみる佳織ちゃんの髪。枝毛1つない流麗な長い黒髪は彼女の手入れの丁寧さが現れている。


 まずは手櫛で優しく梳かす。抵抗なくスッと入っていく。そのあまりのサラサラ具合にくすぐったくなる。髪を梳かし終わると、だんだん佳織ちゃんが船を漕ぎ始めた。


「眠いの?」


 返事は返ってこない。どうやら寝てしまったらしい。立ち上がって佳織ちゃんの顔を覗くと綺麗な寝顔見えた。本当はもっと話したかったけど、仕方ないわよね。きっと疲れたに違いないわ。


 でも、このままソファで寝たら風邪をひいてしまう。でもこんなに気持ちよさそうに眠っているところを見せられては起こすのは忍びない。ならば。


 あたしは佳織ちゃんの膝裏と背中にそっと手を入れ、彼女を優しく持ち上げる。体格差があるにも関わらず楽に持ち上げられた。軽い……普段何を食べているのだと心配になる程細い腰回り。起こさないよう細心の注意を図り、彼女をベットに寝かせる。そしてあたしも彼女の隣に潜り込む。彼女の規則正しい寝息が耳を幸せにする。あたしの意識は何度見ても見飽きることのない妖艶でありながらあどけなさを兼ね備えた顔に吸い込まれていく。


「おやすみ。また明日」


 そう言って、佳織ちゃんの艶やかな頬に唇を当てた。これからよろしくね。


 佳織が異世界から帰るまであと30日。


______________

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回はヒロイン視点でお送りしましたがいかがでしょうか。ラブコメは基本主人公視点で描かれるので、ヒロイン視点は読者の想像で補っていくのが読む上での面白さなのかもしれません。でも、私はヒロイン視点が好きなのでこの最序盤で挿入させていただきました。お頼みいただけたら幸いです。


今後とも⭐︎や♡、ブクマ等の応援をしてくださると嬉しいです。


後書き長くなりすみません。それでは失礼します。


P.S.次回更新は3月23日(土)にさせていただきます。




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