1日目下

私が通されたのは客間。今日はここに泊まっていいそうだ。何から何までありがたい限りだ。こんな高待遇、何か裏があるのではと疑ってしまうけどね。


「あの、つかぬことをお聞きするのですが、なぜ皆さん私をこんなに良くしてくれるのですか?」


 つい、案内してくれたメイドさんを呼び止めて尋ねてしまった。


「それは、異世界人がこれまで私たちによくしてくれたからです。実は異世界人自体は年に数回現れるのですよ。彼らは私たちにさまざまなものを教えてくれました。例えば、暦や曜日、時間といった概念は昔来た異世界人が普及させてくれたものなのです。だから、我々は恩返しではありませんが、迷い込んだ異世界人を積極的に保護しようと決めたのです。それに、クリストファ領に異世界人が現れたのは初めてなのも理由かもしれませんね」


 そんな歴史があったとはね……


「では、もう1つ。言葉が通じるのも彼らのおかげですか?」


「そうですね。10年ほど前に来たカトウさんが翻訳機なるものを作り出し、世界中に広めてくれたのです。今やどの領地にもあるくらい普及していますよ。……お嬢様がお呼びですね。上着はこちらで脱いでお嬢様の元に参りましょう」


「分かりました」


 思ったより楽に過ごせそうだ。先達には感謝せねば。


「失礼します、お嬢様。佳織様を連れて参りました」


「ありがとね。佳織、いらっしゃい」


 いきなり名前を呼び捨てですか。相変わらず距離感がバグっていらっしゃいますわ。


「失礼します。お嬢様、こんなにも良くもてなして下さりありがとうございます」


私が入った途端モジモジしだすお嬢様。こっちを向こうとせず表情は伺えない。


「あの、佳織……ちゃん。あたしのことはシルファって呼んで欲しいの。あとね、敬語もいらないわ」


 注文が多いお嬢様ね。名前呼び捨てにタメ口……初対面にしては距離が近すぎじゃありませんか?でも、ツインテールを指でくるくる巻き始めて耳を真っ赤に染めたシルファちゃんを見てしまっては断れそうにない。


「分かった、よ。えっと、シルファちゃん」


 言った!言ってしまった。脳内では何度もシルファちゃん呼びしていたが、いざ声に出してみると恥ずかしさが込み上げてきて頬がカッと熱くなる。しかし、言われた当の本人はこちらを振り向くと満面の笑みを浮かべてきた。可愛いかよ。


「詳しい話は聞いたかしら。貴方をここで匿うこととか」

 一晩だけじゃないのか。でも、他に泊まるところもないし、ほんとありがたい限りだ。


「ええ。どうも異世界人が保護対象だからとか」


「それもあるんだけどね……その……」


 さっきよりも顔が赤いシルファちゃん。耳だけでなく、顔全体真っ赤っかだ。一体「その……」の先に何を言おうとしているのか。


「あたし、あなたに一目惚れしたの!そのキリッとしていてでもどこか優しい感じがする目とか吸い込まれそうなくらい綺麗な黒髪とか瑞々しい唇とか長い手足に立派なむ、胸とか。それにね、ウエストはきゅっとしまっているのに出るとこは出てるとことか……それにねそれにね」


 呪文を詠唱するかの如く、早口で語り出すシルファちゃん。拳を顎の下に持ってきて目をギュッと瞑りながら私を口説く彼女の熱意にあてられて、私まで恥ずかしくなってしまう。


 要するに、彼女は私に一目惚れしたということか……女の子、それもこんなに可愛い子に告白されたのは流石に初めてだ。


「え、ええとその。なんと言いますか。気持ちは嬉しいし、シルファちゃんは可愛いのですがね。私たちまだ出会ってから数時間しか経ってないのにいきなり告白というのは……返事に困ると言いますか」


 なんて言い淀んでいると、正気に戻ったシルファちゃんは目を見開いて確信をつく一言を告げる。


「つまり、あたしと付き合うのが嫌というわけではないのよね?そうよね?」


 全然正気じゃなかったぜシルファちゃん……しかし、私の口は勝手に動く。


「そ、そうね。今後次第では考えられなくはない、かも?」


 え、何言ってるの私は!?ここは「いや、付き合うってのはちょっとね……」とか言って、お茶を濁すところでしょ!ま、まずい。ここままでは彼女の暴走を止められないどころか更に薪を焚べているような状況だ。


「で、でもね「そうと分かったらあなたは帰さないわ!あたしに振り向いてくれるまで諦めないからね!」


 私の弁明はシルファちゃんの情熱的な宣言の前に完膚なきまでに叩き折られる。


「って帰さない!?それは困るわ。私、来月には元の世界に帰ろうと思ってたのだけれど……」


「ムー……」


 膨れっ面になって抗議してくるシルファちゃん。でも、流石にこれだけは譲れない。私はできれば元の世界に帰りたいのだ。後ろを振り返って、扉のそばに控えるメイドさんに助けを求める。


「お嬢様、あまり佳織様を困らせてはなりませんよ。彼女が帰りたいというなら帰らせてあげるのがこの世界の約束事でしょう」


 優しく諭されるが、一向に引こうとしないシルファちゃん。唸り声をあげてその場をクルクル回りながら何やら考え込んでいる。


「では、こうしましょう!あなたが帰るまでに、あなたに私のことが好きだと思わせることにしますわ!」


 頭上の豆電球をピカピカ光らせてしたり顔で宣言する。今日の私はどうかしていた。いつもならこんな提案受けるはずもないのに、彼女の可愛さにあてられてか……


「いいわ。異世界から帰るまでにあなたが好きだと思わせてみなさい!」


 私が異世界から帰るまであと30日と4時間。



__________

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます。


次回から本格的に物語が動いていきます。


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今後ともよろしくお願いします。

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