アサリは最後に爆弾のような言葉を投げた

 授業が終わりHRも終わり友達たちは部活に行ったので、アサリと篤飛露は二人で家に帰ることにした。

 友美と紗月、そして夏志は美術部であり、国江は暇だからと付き合って美術室に入っていった。篤飛露はどのクラブにも入っていないが、アサリは実は一年の時から紗月に誘われて美術部に在籍している。

 しかし何故か二人は今、当たり前にように二人っきりで教室から出ている。それを誰も不思議と思わず、アサリもある事をずっと考えていこれについてはて何とも思っていない。

 もう全てが終わったのに何でまだ篤飛露と一緒に帰っているのだろうか、と。

(結局、篤飛露の親戚の人に全てを任せたんですよね)

 あの日、太祥の祖父の祥銀司と実奈恵の祖母の絹小春は兄妹だとわかり、警察からは親戚のいざこざだと思われてしまったらしい。知り合いではないとは言ったが急に扱いが変わっている、多分信じられていなかったのだろう。

 太祥と衣佳実は『はとこ』の間柄らしいが、アサリは『はとこ』という単語を初めて聞いた。昔の人は知ってて当たり前らしいが、最近では親戚との関係が薄くなっている人も多く、知らない人も増えているらしい。

 しかしあの時の警察の人たちは『はとこ』を当たり前のように知っており、親戚ならばと警察は大事にしたくなかったようだと大雅は言っていた。

 警察もそうだが、それを聞いた大人たちの雰囲気も変わっていた。

 何でもアサリの元母については覚悟していたが、太祥が親戚だと聞いて躊躇してしまったようだ。

 大人になるとしがらみが大きくなる。篤飛露はそう言ったが、中学生であるアサリには理解できなかった。

 結局あの場所では篤飛露の親戚に任せるという事になり、姉兄と帰る事になってアサリは蚊帳の外に置かれてしまった。

 よく考えたらその事について聞くのは、今が丁度いいのではないのだろうか?

 そうアサリは思い、靴棚に到着すると中心ズバリを聞くことにした。

「あの人はあんな事をして、どれくらい刑務所に入る事になったんでしょうか?」

 靴に履き替えて、最初の一言目がこれである。

 二人はまだ校門を出でもおらず、下校中の生徒はまだ辺りにたくさんいる。

 ここは公立中学校なので生徒は言ってみれば、近所の人と言ってもいい人も多い。友達はあえて何も聞かないでくれていたが、アサリの事件の事を多少なりともも聞いた事がある人が何人もいるはずだ。

 これを聞かされた生徒はドラマの話と思ってくれたらいいが、この一言が原因で興味本位で聞いてくる人が出てきても不思議ではないだろう。

 そう思い篤飛露は靴を履き替えたアサリを抱えて一目散に校門を出た。

 二人が学校で村娘を強奪する山賊のポーズをするのは初めてだが、あまりにも篤飛露はの動きが速すぎて気がつかなかった人も多数存在したため、幸いにもこの光景は後年に学園七不思議の一つになったぐらいで済んだのだった。

 篤飛露は通学路から少しずれた道に入り、人気が少ない所でようやくアサリを肩から下ろした。

 何も言わずに運ばれたアサリは文句を言いそうになったが、それを制して篤飛露が口を開く。

「アサリ、何かを言う時は周りを少しは気にしてくれ」

「? まあわかりませんがわかりましたと言っておきます。それであの人はどれくらい刑務所に入っているんですか?」

「わかってないならわかったって言ったら駄目に決まってるだろ。……で、あの人って言うのはあの、太祥の事だよな?」

 その言葉にはアサリはとりあえず頷いた。

 多分伝わっていないだろう、う思いながらため息をついて、篤飛露は聞かれた事に答える事にした。

「まず、あいつは刑務所に行かない。大雅さんの出した要求をあのじじいが全部飲んで和解? でいいと思うけど、それになったらしい」

 そう言ってから篤飛露は歩き出す。それに慌てて小走りで歩いて追いつくと、アサリはさらに質問を続ける。

「捕まらないんですか、篤飛露にあんな事をしたのに!」

「あんな事と言っても血も止まってたしな、警察もあの場では大した事ないって判断したんだろう。大雅さんも被害届を出した所で不起訴で終わるだろうって言ってたし、被害届を出さない代わりに相手に要求を飲ませた方がいいって言ってた」

「……現行犯なので警察に言ったら逮捕して、裁判してから刑務所に行くんじゃないんですか?」

「小学校でその辺は習わなかったのか? 俺は小学校にあんまり行ってなかったからその辺がわからないんだよな」

「正直に言えば、結構忘れました。でも裁判については習いました。疑わしいだけでは駄目ですとか、証拠が必要ですとか」

 二人はゆっくりと歩きながら喋っている。遠回りな道をこうして歩いているのは、篤飛露が全部を教えようとしているからだろう。

「まあ詳しくはそのうち社会科で習うだろ、多分。とりあえず簡単に言うと、被害届を出さない代わりにこっちは慰謝料を要求して、あっちが飲んだんだよ。だから警察はもう関係ないんだ」

「……慰謝料って、誰が浮気したんですか? 全然関係ないと思うんですけど……」

「……浮気だけじゃなくて、事故とかでも請求するんだよ、慰謝料って」

 中学生のアサリは慰謝料と聞いても浮気しか思いつかなかったのだろう。

 しかし篤飛露からそう言われてアサリは手を叩いた。

「そうですね、確かに聞きます。でも篤飛露のケガはさっき自分で大した事ないと言ってましたよね。じゃあ慰謝料はあんまり高くないんですか?」

「この辺も小学校はやらないのか。俺も簡単に聞いただけだけど、慰謝料ってのは自由に金額を決めていいらしいんだ」

「自由にですか。じゃあ、百億円でもいいんですか?」

 そう言いながらアサリは少し笑っていた。冗談でそう言ったのだが、篤飛露は意外な事に肯定する。

「言ったろ、自由って。言うだけなら構わないんだよ。で、それが納得できないなら話し合いして、最終的に決まらなかったら裁判だ。これが民事裁判な。で、あいつには百億円とは言ってないけどそれなりの金額を言って、払うって言われておしまいになったんだよ」

 そう言われたが、聞いたアサリは納得できない顔になる。

 篤飛露をケガをさせておいて刑務所に行かないのに納得できないのだ。

「じゃああの人たちは、百億円を払ってないのにのうのうと暮らしているんですね」

「百億円が払える奴は世界で何人いるんだろうな。ま、のうのうとは暮らしてないと思うぞ。そもそもあいつらには借金があったらしいし」

「え?」

 借金と聞いてもアサリにはピンと来なかった。家や車を買う時のローンならアサリにも何となくわかるが、それ以外で借金をする事が理解できないのだ。

「あいつら仕事をしていないんだよ。前はあのじじいがあの男を使った時には払っていたらしいんだけど、俺達がじじいの計画を潰してからは使ってないから、収入が無くなったらしい。収入が無いなら働いたらいいんだけど、あいつらは絶対に働こうとはしなかった。働いてないから収入が無く、収入が無いから飯が食えなくなる。家にも住めなくなるんだけど、こうなっても働かないで知り合いに借りたり親戚に借りたりサラ金で借りたりして暮らしていたんだと」

「……何て言うかダメな大人ですね、すごいダメな大人です」

 その言葉に篤飛露も同意して、二人で頷き合う。そして篤飛露は頷き合った後も口を開き、話を続ける。

「ダメな大人でも当然借りたら帰さないといけないんだよ。で、あいつらは借金を返す為にアサリを連れていこうとした、だけど当然誰も許さなくてあんな事件を起こしたから、その分の慰謝料の増えた。だから借金も増えた」

「……聞いていたんですけど色々と払えないですよね。払えないならしょうがない、でいいんですか?」

「もちろん駄目だ。で、慰謝料であいつらの借金を増やした大雅さんが払えるように仕事も紹介したんだよ。会社に入れてそこの社長が一旦全部を肩代わりして借金を一本にして、働いて毎月の給料で無理なく払えるようにしたんだってさ」

「……その人もいい人なんですか? 篤飛露の親戚ですか?」

 いつの間にかアサリの中で『親切な人=篤飛露の親戚』という法則ができてしまっていた。

 もちろんそれはアサリの頭の中だけの法則なので、篤飛露は普通に否定する。

「親戚じゃないな。歳も遠いから友達でもないし、言ってみれば知り合いだな。昔にちょっとした事で知り合って、そこから大雅さんとも知り合って。で、人手不足ってよく言ってたらしいから紹介したんだよ。向こうは人手が増える、こっちは慰謝料をきっちりもらえる、あいつらは借金はあるけど家と仕事を紹介してもらって、しかも結構給料がいい」

 そう言っている篤飛露は平然としていたが、聞いていたアサリには釈然としないものがあった。

 アサリを連れて行って何をさせようとしたのか、それについては簡単に予想はできたが具体的には何も言っていなかったので、それについては不問になっても仕方が無いと思っている。

 しかしやはり篤飛露をケガさせた事については、どんなに小さくてもアサリには許せそうになかった。

 あいつらは篤飛露にキズを与えたくせに最終的には就職してしまっている。慰謝料は払うかもしれないが、やはり納得ができなかった。

「じゃあやっぱりのうのうと暮らしているじゃないですか。篤飛露にはそれでいいんですか、怒って怖い目に遭わせて夜中にトイレに行けなくなるぐらいにはしなくていいんですか!」

「いい歳した大人をそうするのは面倒だから、あんまりしたくないんだよな。それにのうのうと暮らしてはいないと思うぞ。島から出れないし」

 できるんだ。そう言いそうになったがその後に引っかかる言葉を言われたので、アサリはそっちについて聞くことにした。

「島から出られないという事は、まさか島流しなんですか? 磔して獄門して島流しなんですか?」

「アサリ、意味が分かってなくで何となくで使っただろ。単純に働く所が遠くにある島なんだよ。その会社が島を買って工場を建てて、働く人は基本的にそこで暮らしているんだ」

 確かに、アサリが言葉の雰囲気だけで言った事については間違いなかった。

 なので今篤飛露から聞いた内容を考えて、その上で結論を出す。

「……つまり、島流しですよね?」

「……まあ、そう言う奴はいるけどな」

 島に行って働いているなら島流しでもいいんじゃないだろうか。普通に生きていたら島流しは使う事が無い言葉なので、アサリはそんな事を考えてしまう。

「でもそれなら借金から逃げ出したりして、また家に来るかもしれませんよね?」

 だからそうも考えてしまう。

 真面目に働くような人間なら、この前のような事は起こらなかっただろう。借金がなくなれば新しい借金をして、同じような事を起こすのではないだろうか。

 そう思っていると、篤飛露がはっきりと否定した。

「それは無理だな。借金が残っていたら船で出るのは禁止だし、島は結構遠いから泳いでは出れないからな」

 船を使うにも免許がいるが、今まで海と関わっていないあいつらは当然持っていない。無免許運転で動かそうとするかもしれないが、車とはまったく違うのだ。仮に動かすことができたとしても、海には道はない。

 船で出るのは自分の命をかけているのと一緒である。

「でも、結局お金を返し終わったら帰ってくるんですよね」

「それはそうだけど、いつになるかはちゃんと返すかどうかだな。返す事だけしか考えなかったら五年、普通に返せば十年、最低限しか返してなかったら二十年らしい、島から出るのは」

「……凄い差ですね、何がそんなに違うんですか?」

 誕生日が来ていないアサリはまだ十三歳なのだ、五年はまだしも十年二十年は想像もできない。

「一度給料を渡してから返済するようにしているらしい。で、一応毎月の返す額は決めてるけど、当然それよりも多く事ができれば、少なく返す事もできるんだそうだ」

 そう言われて、アサリには疑問が上がった。

「でも、普通は多く返しませんか? そうしないとずっとそこに居ないといけないんですよね?」

 借りたものは返す、それが当たり前だ。そしてなるべく早く返す方がいいに決まっていた。

 その疑問に篤飛露は、テストで答えを教える先生の様に言う。

「最初はみんなそう言うんだ。だけど借金するような奴らはな、少なくできるならどんどん少なくしてすぐに最低限しか返済しなくなるらしい。あそこはネットが繋がってるから買い物もできて、すぐに返済より買い物に使ってしまうんだって言ってた」

 そう言われたが、アサリには理解ができなかった。

 だからこれについては置いておいて、もっと気になっている事を聞くことにした。

「じゃあ、泳いで出たりしないんですか?」

「無理だな、泳ぐには遠すぎる」

「遠すぎるって、どのぐらいですか?」

「鹿児島から沖縄まで泳いで行く、ぐらいだな」

 それは遠いですね。そう言いながらふと思う。

「篤飛露はできますか?」

「できるよ」

「何でそんなにはっきりと言えるんですか?」

「もっと遠い所を泳いだからな」

 言われても信じられないのが普通だが、よく考えたら相手は篤飛露なのだ。

 アサリはその答えにまったく疑っていない。

「やった事が有るんですね。確かにこの間みたいに飛べば楽ですからね」

「それがな、あの頃はまだできなかったんだよ。あれで疲れたから空を走れるようにしたんだ」

 言い方がおかしい気もしたが、篤飛露が関わるとそれが普通のような気もして、アサリは気にしない事にした。

 とりあえずあの二人とはもう会わないという事は確認できた。ならばそれでいい。

 そして改めて思う、二人でこうして帰っているのか、と。

(あれ?)

 思ってからおかしい事に気がついた。二人で帰っているのは別にあいつらの事を用心しているわけではなかった。

 あの口裂けテケテケ女の事を用心していたからだ。だから二人で帰る事を篤飛露が決めたのだった。

「つまりこれが、人生万事塞翁が馬、何ですね」

 急に何を言い出したんだ、篤飛露は顔でそう言っていたがアサリは気にしない。

 あの時に篤飛露が助けてくれたのは、一緒に帰っていたから。

 一緒に帰っていたのは罰ゲームで篤飛露がそう決めたからで、罰ゲームをしたのは勝負をしたからだ。

 そして勝負をした事については色々あったが、元をたどれば化け物に襲われた事まで遡れる。

 つまり、化け物に襲われたからこうなった。『人生万事塞翁が馬』という言葉がこれほどふさわしい出来事は、多分アサリの人生でももうない気がする。

「よくそんな言葉を知ってたな」

 嫌味や皮肉ではなく、純粋に感心した言葉でそれは言われていた。

 そう思ったアサリは嬉しそうになりながら、しかしそれは悟られないようにする。

「まあ、これぐらいは常識ですよ」

「クラスにも知らない奴が多そうだけどな」

 自慢げに話しながら道を曲がり、いつもの通学路へと戻った。

 その道に入ると、アサリはすこそ断念に思ってしまう。アサリの家はもうすぐだ。だからあの事を話すならもう言わないといけないからだ。

 話しながら、アサリは改めてある事に気がついた。

 そうかもしれない、それだったらどうしよう、それだったらいいな、そうに違いない。

 心の中でそう変化していったそれは、まだ話すべきではないだろうか、そうも考えた。

 しかし今言わなければ心にできたこのしこりは、ずっと残ったままだ。

 それに言われた篤飛露の様子についても好奇心がわいてきた。

 アサリは篤飛露に何をやってもいいのだから。

 そう心で決めたアサリは少し駆けて篤飛露の前に立ち、振り向いて何かを含んだ笑みを浮かべて、爆弾のような言葉を告げる。

「篤飛露は、私の事大好きですよね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る