紋常時大雅は大人なので最終的には頼りにした

「アサリちゃん、何も無かった、大丈夫だった?」

 部屋に入るなり実奈恵が駆け寄ってアサリを抱きしめる。あんな事があったのに姉と兄に任せてしばらく離れていたのだ、やはり母としてはアサリの事が不安になっていたのだろう。

 抱きしめられたアサリは、もう中学生だからと母親に離すように頼むが実奈恵は全く離れそうになかった。

 しょうがないか。

 そう思い直し、アサリは離してくれないのはすぐに諦める事にした。

 ここは警察だから色々とドラマチックな事もよくあるんだろう、だから見られている警察の人にとってはこれぐらい普通の事だ、だから別にこんな所を見られても別に恥ずかしくはないはずだ。

 そう思って自分を納得させた。

「紋常時君、巻き込んでしまって本当にすまなかった」

 そんな母子を見ている篤飛露に東明が声をかけてきた。この事件に巻き込んでしまったと思っているのだから、父親としては謝るのは当然だろう。

 それは篤飛露にも理解できるが、実は真相は逆であると篤飛露は思っている。

 自分がこの家族を巻き込んでしまったと思っているのだ。

 もっと前に気がついていれば、捕書が逃げ出すような事が無かったら、こんな事は起きなかったはずだと思っている。

 しかしその事を言うわけにもいかずどう返事をしようかと悩んでいると、いつの間にかアサリを放していた実奈恵も声をかけてきた。

「紋常時君、アサリちゃんを助けてくれて本当にありがとう」

「……いえ、むしろ昨日と言い今日といいあんな事をしてしまって、すいませんでした」

 篤飛露が昨日にやった事を一言で言えば、アサリを誘拐したのだ。少なくとも篤飛露はそのつもりで行動している。彼にとって謝るのも当然だろう。

 しかし東明はそんな篤飛りを首を振って否定した。

「最初は俺も怒ったかもしれないが、あいつらから離す事でアサリを安全で安心できる場所に連れて行ったと思ったら、むしろありがたい話だよ。あのままあそこに居たらあいつらがいつまでいたかわからないし、家にいてもずっと不安だっただろう」

「そうそう、連れていかれて気分を変える事ができただろうし。実際今日会った時には昨日とは考えられないぐらいすっきりした顔だったし」

 確かに、アサリは香奈実と紅山に夢中で全てを忘れていたようにも見えた。その気は無かったが幼児二人はアサリの心を癒すのに一役買っていたのだろう。

「それはそうと、さっき紋常時君の親戚というか、保護者と会ってね。今は警察の人と話をしているけどもうすぐ来ると思う」

 いつの間にか篤飛露の隣にいたアサリがそれを聞いて思い浮かべたのが、今日に分かれたばかりの厚典の顔だった。

「さすがに申し訳なく思います。あんな早くに仕事に行ったのにこんなに早くに警察に来てもらうなんて。私もちゃんと責任を取りますって言わないといけません」

 そう神妙な顔をしておかしな事を言っていたが、来たのは別の人だと篤飛露は言った。

「多分、大雅さんだと思う。元々あの人が来る予定だったからすこし早くなっただけだ、気にする必要は無いと思う」

「? 来たのはお義父さんじゃないんですか?」

「前に少し話した、弁護士をやってる人が元々来る予定だったらしいから。どうせ来るなら保護者役もやってるんだろうな」

「……神主じゃない親戚の人の事ですよね?」

 そう話していると、東明がアサリへの説明に加わる。

「前にお世話になった人でね、色々と知ってるから今日会う約束をしていたんだよ」

「言ってみれば、俺の保護者の保護者だな。それであの幼児二人には、おじいちゃんって呼ばれているんだよな」

 あの二人におじいちゃんと呼ばれている人と聞いて、アサリはそれはぜひ会ってみたいと思ってしまった。

 同時にあのノートを最終的に誰に渡せばいいのかも大体の予測はついた。

「それで、会った時に君の事を話して謝ったんだけど、何と言うか、その……」

「怒ったんですね、俺の方に」

 だからノートについて篤飛露と話して確認しようかと思ったのだが、アサリより先に東明が篤飛露と話し始めている。

 娘の邪魔をしているのに気がつかない父。いざという時には頼れる父かも知れないが、いざという時じゃなければ色々と気がついてくれない父だ。

 我慢ができずに顔を膨らませるが、父はそれすらも気がついてくれなかった。

「状況とかを説明したんだけど、どうにも聞いてくれなかったみたいでな。何と言うか……」

「俺に向かって怒ってるんですよね、それについては予想通りです。……それよりも、アサリの三年生の時の大まかな事については昨日、本人から聞きました。それと、実は大雅さんがアサリの件で関わっていたという事も知っていました」

「そうか、アサリから聞いたのか。……あまり喋らない方がいい話なんだが、それはもういいとして。知っていたという事は、あの人から聞いてもう全部知っていたという事か?」

 アサリと会う前から知っていて、だからアサリと仲良くしていたのか?

 父としてはそのつもりで聞いたが、篤飛露からは首を横に振って否定された。

「いえ、あの人は何も教えてくれませんでした。かろうじて、昔の仕事で自分と似ている境遇の人が居る、そう聞いただけです」

「……弁護士だから、詳しくは言わないのが当然か。何でそれがアサリだって?」

「状況が少し、似ていたので……」

 二人はそうやって話を続けていて、アサリは口を挟めなかった。二人の話が終わらないというのもあるが、シリアスな雰囲気に入れそうになかったからだ。

 もう全てが解決しているのに、何であんなに真面目な話をしているのだろうか。

 アサリは中学生だから、警察が入ったら全てが終わりだと思っている。

 いっそ無理やり父と篤飛露を引き離そうか、そう思っていると音を出しながらドアが開かれて、男性がずかずかと篤飛露へと近づいて行く。

 男性は髪に白髪が混じっており、歳はおそらくアサリの祖父ぐらいの年齢だろう。鋭い目をしており、少し見られただけでアサリは視線から離れて篤飛露に隠れてしまう。

 その行動には何も言わず、男は視線を篤飛露に向けると開口一番に。

「何でケガなんかしてるんだ、お前は」

 紋常時大雅は威圧するような、鋭い声でそう言った。

 アサリには責めているように聞こえたが、篤飛露は実はそれが素だと知っているので平然と言葉を返せる。

「すいません、これが一番いいと思ったのですが」

「そんなわけがあるか、一番いいと考えた時点でそれは一番ではない。状況はつねに変化すると言っているだろう。全ての変化を感じ、考え続けろと」

「朝にああなるとは全く予想をしていなかったので、現状を理解するので精一杯でした」

「……ならば先ずは、お前がケガをすればいいというその考えはいいかげん止めろ。そうなった時の他の人間の事を考えろと言っているだろうが」

「はい……」

 言われるがままになっている篤飛露を、アサリは初めて見た。言葉はきついと感じるが、話を聞く限りでは責めているというよりは叱っているという感じだ。

 篤飛露の親戚は皆いい人、それを証明されてしまったかも知れない。

「それで今朝の件についてですが、渡す物があります。これを」

 話の最中に一瞬言葉が止まったので、その隙に篤飛露がノートを渡した。

 受け取った大雅は一瞬怪訝な顔になったが、すぐに中身も見ずに納得したような顔になる。ノートを懐にしまうと説教を止めると篤飛露からも視線を移し、姫芝一家に向けた。

「実は今回の、白賀川太祥の祖父が来ていまして。あなた方に謝罪をしたいと言っているんですが、どうしますか?」

「謝罪というのは、その……」

 そう言われたが、東明は返事ができないでいた。

 こんな事があったのだから、相手が太祥の祖父だとしても何を言われるかわからない。会いたくないのは当然だろう。

 しかし弁護士である大雅からそう言われたら、断る事で不利になってしまうかもと考えてしまう。

 そう思って言いよどんでいると、大雅は助け舟を出した。

「その人は老人なので何かをできませんし、何かをしようとしても篤飛露が止めます。それと責任はとるとも言っています、無理にとは言いませんが」

 それを聞いた家族はどうするかを話し合う。住所は既に知られているのだから、こっちの顔は簡単に調べられるだろうし簡単に引っ越すわけにもいかない。

 ならばこちらも相手を知っていた方がいいだろう。最終的には東明がそう結論を出した。

「それじゃあ、ここでなら」

 それを聞いて大雅が警官に頼むと、すぐそばで待っていたのだろう、待つ事無く老人を連れてくる。

 現れた白賀川祥銀司は姿を現すなり頭を下げようとすると、足が支えきれなくなったのかそのまま膝を落とし両手で体を支えるようになる。

 そして立ち上がろうとはせずに、そのまま何度も謝り続けた。

 老人にこんな事をされてはどっちが悪者かわからなくなる。それを見たほぼ全員がそう思ってしまう光景だった。

「大雅さん、何故こいつがここに?」

 予想していなかった知っている顔の老人を見て、篤飛露は聞かずにはいられなかった。もう二度と合う事は無いと思ってたし、相手も会いたくはなかっただろう。

 なぜわざわざ篤飛露の名前を出したのか、言葉にしなかったが不思議に思っていた。しかし呼ばれて出てきた相手を見て納得ができた。

「だから、あいつの孫が太祥だ。前に言っていただろ、手伝わさせた奴がいると」

 つまり、太祥が捕書に取りつかれたのは手伝っているその間というわけだ。

 事件とは意外なところでつながっている、それはよくある話であった。

 とりあえず、どこで取りつかれたかについては調べる必要が無くなったわけだ。

「前の時にはあれが孫だとわからなかったんですか?」

「あの子の時は名前を気にしてなかったからな。保護するのを優先してたし、主に母親を相手にしていたからな。それに名字についても、親父がいたからこそ前に思い出したわけで、親父がいなかったら聞いても珍しい名字だぐらいしか思わないな」

 そう二人が話しているが、祥銀司は一向に立ち上がろうとしない。祥銀司は老人のだ、立ち上がらないわけではなく立ち上がれないかもしれない。

 そしてこのままでは何も始まらない。そうと思い、篤飛露を除けば自分が一番の被害者だろうと考えてアサリが老人に近付き、手を差し出した。

「とりあえず、立って下さい。これでは話ができません」

「いや、しか……」

 言葉が途中で止まり、祥銀司はアサリの顔を信じられない顔でまじまじと見つめる。

「どうしたんですか、立ち上がれないなら椅子に座りますか?」

 祥銀司は太祥の祖父だが、アサリにすれば初めて会う老人である。

 アサリは目の前にいる人物が口裂けテケテケ女の事件の犯人とは知らないので酷い事をする気は無いし、そもそもいい年をした大人が責任を老人に取らせるのもどうかと思っている。

 なのでつい優しく言っているが、それが祥銀司の記憶から一人の人物を思い起こしていた。

「……絹、小春……、絹小春なのか!?」

 妹の名前を言いながら、祥銀司はすがるようにアサリの手を掴む。

 信じられないが、信じたい。そんな声で。

「絹小春さんですか? 私はそんな名前ではありませよ」

 アサリからすれば老人から人違いをされただけで、歳を考えたら無理もない、その人に似てるんだろうか。そのぐらいしか思っていなかった。

 掴まれた手はそのままにして、誤解をとけば離してくれると思っている。

 しかし篤飛露はアサリの手を掴む祥銀司をどんな理由があろうとも決して許す気は無かった。

「じじい、自分でその手を放すかそれとも両手の骨を分解して無理やり放させるか、好きな方を選んでいいぞ」

 その声にアサリのすぐ後ろに立った篤飛露の顔が見えて、反射的に祥銀司は手を離して尻もちをつき、座ったままで後ずさった。

「な、宗太郎のひ孫! なぜお前がここにいる!?」

「お前の孫の被害者だからに決まっているだろ。警察から聞いてないのか」

「お前が被害者になぞなれるものか。警察からケガをさせたとは聞いていたが、お前ならトリックを使っているに決まっている、お前はケガをできない体になってしまったと宗太郎からも聞いているぞ!」

「失礼なじじいだな、ちょっと頑丈なだけだ。やろうと思えばケガだってできるに決まっているだろう。わかったらもろもろの責任を取って残りの一生をお前の孫と一緒に座敷牢に入ってろ」

「孫がやった事の責任はとる。責任はとるが……、正直被害者が宗太郎のひ孫というのは納得が……」

「いいかげん俺の名前を言え、いやもう会わないだろうから言わなくていい」

 いつもとは違う篤飛露の様子にアサリは驚いてしまう。以前クラスメート達は大人っぽいと言った事もあったが、今はとてもそうは見えない。

 そんな篤飛露が新鮮でアサリはしばらく眺めて見ようかと思っていたが、何かを思い出したような顔で実奈恵が祥銀司に声をかけた。

「絹小春のというのは私の祖母の名前です。それで白賀川と聞いて思い出したんですけど、ひょっとして祖母の兄の白賀川さですか?」

 その声に二人は言い合いを止め、祥銀司は実奈恵を見る。

「……絹小春の孫、か? 確か、久藤、だったか」

「そうです、旧名は久藤実奈恵です。祖母の葬式でお会いしましたよね」

「申し訳ない、あの時はあまり覚えていなくて」

「もう二十年ほど前ですから。……あれ、という事は……」

 そう言うと急に考え出し、何も言わなくなる。

 その代わりとでも言うように、さっきまでの会話を聞いていた拓南が尋ねる。

「この人がひいばあちゃんの兄なら、今日捕まったあいつは母さんの親戚って事? って言うか今回の事件は全員親戚って事になる訳?」

 そう言われて全員が、そうなるな、といったような顔になる。

 それを補足するように大雅が追加した。

「確かに、祖母の兄になるので大伯父か、子供から見たら曾祖伯父 。普通は使いませんな」

「何歳なんだろこの人。何て言うか、寿命がすごい」

 春菜が感心するようにそう言って、何やら和やかな雰囲気になってしまった。

「……親戚かぁ……」

 それを知った東明もそう言ってしまった。

 衣佳実については覚悟はしていたが、太祥も親戚とは思っていなかった。それにこの老人は実奈恵は知っている相手らしい。

 やはり顔を知っている親戚が相手だと、どうしても躊躇してしまうのだろう。

 それは大雅にも伝わっている。なのでこの場を収めるために一つの提案をする事にした。

「ここは、私に全てを任せてもらいます」

 アサリの家族は全てを許すわけにはいかない。しかし何か償いをさせるにしても何をさせればいいのか、わかないのが当然だろう。

 今この場にいる大雅は言ってみれば唯一の専門家で、元々その為に呼んだわけでもある。

 姫芝家と白賀川家、そして常紋時家。

 今回の事件に関わったこの三家は、大雅の考えに従う事になった。

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