姫芝アサリは篤飛露を心配しすぎている

 姉と兄を両側を支えられ、アサリは警察署の一室で座っていた。

 アサリも警察に向かうと聞かされて、親から学校に行くようにと言われていたた春菜と拓南は『この状況で学校に行って勉強なんかできるか』と、まっとうな事を返した為、両親もアサリは不安だろうから二人と一緒に居た方がいいと思い直し、姫芝一家全員がこうして警察署へと案内されたのだった。

 今は両親は別の場所に連れて行かれており、篤飛露も鎌に刺された左肩の手当てを受けているため一緒にはいない。

 篤飛露は地面には血は落ちていなかった為、最初に見た警官は変わった服の柄だと思ったらしい。当然それは血だと分かったのですぐに病院へと運ばれる予定だったが、篤飛露が大丈夫と言い張って拒絶し、かかりつけの医者にしか見せないと言い張って病院には行こうとはしなかった。

 なので保護者を通じてかかりつけの病院に連絡し、これが終わったら行く事を確約してからとりあえずは警察署で簡単な手当てを受ける事になった。

 ずっと篤飛露は大丈夫だと言い続けていたが、ここに来る途中で偶然アサリはその傷を見てしまった。

 昨日にはもっと酷かったで篤飛露の傷跡を見てはいるが、だからといってたった今ケガしたばかりの傷を見て大丈夫だと言われても不安にならないわけが無い。

 姉と兄に支えられて今は別の場所にいるが、もし二人がいなかったらきっと篤飛露から離れようとはしなかっただろう。

 今何時なのだろうか、アサリはそう考えたが調べる気にはなれなかった。篤飛露の手当てに時間がかかっているとは考えたくないからだ。

 春菜はアサリの手をずっと握りながら何も言わず、一緒にドアを見つめて篤飛露が姿を現すのを待っている。拓南は手を掴んではいないが、姉と同じような顔をして同じくドアを見つめていた。

「篤飛露がケガをするなんて、信じられません。……どうしましょう、篤飛露が実はひどい大ケガで、急に倒れたりしてしまったら……」

 誰に言うわけでもないが、不安のあまりそう呟いてしまう。それを元気づけようと春菜が明るく声をかける。

「だ、大丈夫だよ、そんなに酷いなら無理やりでも病院に連れていくはずだし、それに警察に捕まりそうだった時だってケガしたとは思えない様子だったし」

「そうそう、全然ケガしているようには見えなくて、最初に見た警察官もあれは柄だって思ったぐらいだし。きっと大した傷じゃないって」

 兄もそう言ってくれたが、篤飛露の体を見た事があるアサリにとってはそんな言葉で安心できるはずもなかった。

「いいえ、篤飛露は昔はケガを沢山してますから、きっと我慢も上手なんです。今まで生き残っているのでこれぐらいなら大丈夫と思って、普通の人なら死んでしまうようなケガでも平気なふりをしているんです。……どうしましょう、突然急に篤飛露の筋肉という筋肉が全部ちぎれてしまったら、篤飛露の骨という骨が全部砕け散ってしまったら……!」

「いや、それはならないだろ。多分というか、絶対に」

 アサリの言葉を聞いた二人はその内容に、場を和ませようとしているのかと最初は思ってしまった。しかしアサリは真剣な顔を崩さないまま喋るのを止めない。

「篤飛露ならそのぐらいあっても不思議ではありません! ……もしそうなってしまったら、巻き込んだ私が責任を取らなければなりません。動けなくなった篤飛露にご飯を食べさせて、お風呂にも一緒に入って、四六時中一緒に居て色々とお世話をしなければいけません。だから当然ですが私は篤飛露と一つ屋根の下で一緒に暮します、それはもう義務なのです、権利なのです。でも他の人に迷惑をかけるわけにはいきませんから、私は篤飛露と二人で人里離れた遠い所で畑を作りながら余生を過ごそうと思います。二人で、ええ、二人きりで」

「……余生ってお前、意味わかってるのか?」

「……アサリちゃん、ムチャクチャ乗り気じゃない?」

 妄想とも言える内容に姉と兄はさすがに呆れた。

 何にせよ責任感を持つのはいい事なのだろうが、それに篤飛露を巻き込むのはよくないだろう。

 あんな内容なのに真剣な顔をしているアサリを言うがままにしておくべきか、それともさすがに注意すべきか、春菜がそう思い悩んでいるとドアが開き、話の中心の篤飛露が連れられて入って来た。

 汚れた服は捨てたのか、ズボンは変わっていないが上半身は真っ白のシャツを着ている、多分警察が用意してくれたのだろう。

 その服装にに少し驚きながらアサリは声をかけようとするが、それより先に拓南が声をかける。

「あつ」

「紋常時!」

 言いながら拓南が駆け寄ってしまい、アサリはあっけにとられてしまい動きを止めてしまう。

 しかしそんな妹は気にしてないのか、二人は仲良さそうに話し始める。

「……拓南さん、一応、初めましてですね」

「そうだ、初めましてだった。だけどやっぱり去年の集会の時に見た覚えがあるな、一年にでかい奴が居るって部活でも少し話題になったし」

「俺も覚えています、去年の集会の時に県大会三位だって表彰されてましたよね」

「チーム全員で表彰されただけだけど、俺の事をよく覚えていたな。……あ、アサリの兄だからか」

「そんな所です」

 そう言って初対面のはずなのに、元々知り合いの様によどみなく会話をしている。

 その様子に驚いているがいつまでもぼんやりしているわけにもいかないので、まだ動けないアサリに代わって春菜が二人に尋ねる。

「拓ちゃん拓ちゃん、紋常時君と初対面ってさっき自分でも言ってたよね。何でそんなに仲がいいの?」

「ああ、確かに会った事は無いけどさ、ちょくちょく連絡はしてたから。特に昨日は何回もしたし」

 そう言われたが今まで聞いている事だけしかできなかったアサリは、会ってもいないのに何故連絡が取れるのかと不思議に思ってしまう。

 無理やりに兄にそれを聞こうとしたが、アサリの発言を納得したような姉が遮った。

「あ、そっか。あの時確か拓ちゃんが連絡先持って行ってたもんね。それで連絡してたんだ」

「そう、最初はあの時。あの後すぐに連絡はしてたんだよ」

 姉はそう言ったが、そんな顔をされてもアサリは当然納得できない。

 アサリは仲間外れにされたような気分になってしまう。

「何でお兄ちゃんが篤飛露の連絡先を知っているんですか、私は知らないんですよ!」

 怒った顔をして、自分は拗ねているんだと教えるように言った所、今度は拓南が不思議そうに言う。

「何でアサリは知らないんだ、お前の彼氏だろ?」

「ち、違います。篤飛露は私に付き合おうとか愛してるとか結婚しようとか言ったなら受けますが、そういうのは言われてませんから、篤飛露は私の彼氏でも伴侶でもありません!」

 急にそんな事を言われてアサリは慌てて否定する。意味を考えずに否定しながら篤飛露をちらりと見たが、全く動じていなかった。

(こっちは顔が赤くなってるかもしれないのに!)

 そう思って心の中で文句をつけるが、さすがに口にはしなかった。

「拓ちゃん拓ちゃん、アサリちゃんは思春期になってまだ間が無いから。そうゆう事をアサリちゃんに言う時は気をつけないと」

「そうゆうものか。……所で姉貴、自分であんまり言いたくないけど、俺も思春期だよ、一応」

「女の子と男の子は違うの。全く、デリカシーが無いんだからこの弟は」

「そう言う事は彼氏の一つでも作ってから言ってくれよ、思春期が終わった姉貴」

 そして姉弟ゲンカを始めてしまいそうになり、二人はアサリの最初の質問に答えてくれそうになかった。

 なので二人に代わって経緯を知っている篤飛露が答えを教えてくれた。

「前に一回アサリの家に言っただろ、その時に連絡先を渡していたんだよ」

 そう言われてまず思い出したのは、お姫様抱っこでかかえられたあの時の事だ。

 慌てて首を振り頭から消し去ると、それから後の事を考える。

「……確かあの時は、お姉ちゃんしか居ませんでしたよね。そしてお兄ちゃんが篤飛露の連絡先を知っている。……まさか、お姉ちゃんを通じてお兄ちゃんをナンパしたんですか!?」

「そんなわけあるか。後の事を色々と考えたら連絡先は要るだろ、親と話す時とか」

「……そうかもしれませんけど。……でも篤飛露の家を探した時に、私は連絡先を知りませんでしたよ?」

「それはそっちの家の都合だろ。実際拓南さんとは連絡できるんだから」

「私が知らないのにお兄ちゃんが知ってるっておかしいですよね、どう考えても」

 そう言ってアサリは拓南を睨みつける。兄に取られたとでも言いそうな顔だ。

 アサリは何も言ってはいなかったがその雰囲気に気付いたのか、姉弟ゲンカは中断して拓南が顔を向ける。

「そりゃ、アサリはクラスメートで仲がいいって思ってたからな、連絡先を知らない何て思わないだろ?」

「でもあの後私は篤飛露の家を探して、最後には人づてに聞いた篤飛露のお父さんの居るという神社にお父さんと一緒に行ったんですよ。その前に教えてくれてもいと思います」

「父さんと一緒に神社に行くとしか聞いて無いからな。もう連絡してて、実際に会うって話だと思ってた」

 そう言われたらその通りかもしれなと思い、何も言えなくなる。

 しかし気分的には納得できそうになかったので、とりあえず全部を篤飛露にぶつける事にした。

「……篤飛露もです。何で私に無断でお兄ちゃんはと連絡してるんですか、そんなの私は許していません!」

「……許さないって言われても、なあ……」

 その言いように助けを求めたが、姉は楽しそうに、兄はそっぽを向いて、篤飛露を助けようとはしてくれそうにない。

 しかし篤飛露が謝るのもおかしな話かも知れない。そう思って困っていると、篤飛露の後ろのドアが開き案内して来た警察官と共にアサリの両親が入って来た。

 この場に居た全員が顔をそちらに向け注目がそちらに移った為、篤飛露は心の中で胸を撫で下ろしたのだった。

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