紋常時篤飛露は後ろ回し蹴りをよく使う

 つい言ってしまった言葉を後悔しながら、篤飛露は襲い掛かる太祥をあしらっていた。

 言った言葉の前半は要らなかった、こういう言葉は知らない相手に言ったからこそ安心を与える事ができるのだ。

 アサリの両親からした娘のクラスメートにいきなりこんな事を言われたのだ、混乱や何を言っているんだこいつは的な感情が混ざった後に、心配されても不思議ではない。

 そもそもアサリの両親からしたら、篤飛露が出てくるのはおかしいと思うに決まっている。よその家庭の問題でもあるし、中学生が大人を守ろうとするのもおかしい。

 きっと大人二人が少しでも正気に戻ったら、関係無いけどいい格好を見せたかったと思って、離れるように言うのが当然だろう。

 これがただの家庭の問題ならば、篤飛露には頼まれた事以外には手を出す気はなかった。

 しかし太祥という男が出てきた時に篤飛露の事情が変わった。どうにかしてアサリとその家族を関わらないようにしなければならなくなった。

 太祥が出て来た時、篤飛露は感じた事のある気配がした。最初はそれがいつ感じたのかはわからなかったが、少し考えて先日に感じた気配なのだと思い出した。

 それは、この前に倒したテケテケ軍団と同じ気配だった。なぜ太祥から感じたのかはわからないが、思い出すとすぐに確信できた。

 妖怪があの男と入れ替わっているのか、それと取り付かれたのか。どちらにせよ取り押さえる必要がある、そしてそれは普通の人間にはできない。

 何よりこの篤飛露が関わっていた事件がここに続いていた、ならば篤飛露の手で終わらせなければならない。

 できればアサリに察してほしくて『今の俺の仕事』と言ったのだが、そこまで察する事を期待するのは無理があるだろう。

「アサリ、放すんだ。お友達を助けないと」

「でも、篤飛露が掴んでいろって言いました。私たちを守るとも言いました」

「アサリちゃん、お友達がケガをしたらどうするの。早くみんなで逃げないと」

「でも、篤飛露だから、仕事って、篤飛露が……」

 しかし篤飛露の言った言葉はちゃんと覚えているようで、両親はアサリを放して篤飛露を助けるために言い合っているようだ。

 やはりまっとうな両親で安心できるが、同時にまっとうな大人なので中学の篤飛露を放っておいて避難しようとしない。

 篤飛露としては、できれば三人で避難してほしいのだが。

 そう思いつつ親子の会話を聞きながら、篤飛露は近づいた太祥の向かう方向をずらす。

 やはり太祥もあの時の口裂けテケテケ女と一緒で、アサリの事しか見えていない。持っている鎌に気を付けながら近づいた太祥を逸らすようにして、篤飛露はアサリ達に近づかないようにしていた。

 篤飛露は一向に攻撃せず、できるだけダメージを与えないようにしているのは理由があった。

(こいつも爆発するかもしれないからな)

 そう思い、何もできずにいたのだ。

 今回の事件では何故か妖怪すべてが最終的に爆発していた。当たり前だが普通の妖怪は爆発しない。もちろん人間も爆発しない。

 しかしテケテケ軍団は例外なく爆発したのだ。

 こうなると目の前にいる人間が爆発しないという保証はない。爆発するとしたらどこまでダメージを与えたら爆発するのかがわからないのだ。

 経験上からどの程度の攻撃で妖怪は爆発するのかは見当はつけているが、人間と妖怪では違うはずだ、全く予測ができない。

 相手が爆発しないように戦う、これは一族の人にも同じ事をやった人は居ないような気がする。

「いいかげんにしろよクソガキが。……思い出したぞ、お前昨日、俺の事クズとか言っただろ」

「……なんだ、ちゃんと何かを思い出せるぐらいには知能ぐらいはあったのか。じゃあ今すぐ帰ったらクズ野郎じゃなくて、突っ込む事しかできないイノシシ野郎と呼んでやるぞ?」

「……こ、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」

 たったこれくらいの事で、正気を失ったような声を上げた。それを聞いて篤飛露は、標的がアサリから自分に変わったと感じた。

(ここまでは良いとして、この後はどうするべきか)

 標的が変わったなら篤飛露がアサリから離れれば、太祥もそれについて行くかもしれない。しかし離れれば再び標的がアサリに戻る可能性もあるため、うかつな事ができない。

 いっそ生き残る事に賭けて爆発するまで攻撃してみようか。

 このままでは太祥の攻撃をかわしす事しかできず、悪戯に時が過ぎ去る事しかできない。なのでついそんな事を考えてしまった。

「あ、篤飛露、もう持ちません、お父さんを放してしまいそうです、そしてお母さんは私にしがみついて放そうとしません!」

 アサリがら悲鳴に近い声で言われたが、まだ篤飛露にはこの場を解決する方法が無かった。

 やはりで一度アサリ達とは離れた方がいいだろう。

 そう考えていると悟られないように気を付けながら、アサリに返事を返す。

「アサリ頑張れ、後でお礼にたこ焼き三パック買ってやるから!」

「それはこの間にみんなで食べましたから、別のにしてください。あと三パックは多いです!」

「この間って言うか昨日の事だけどな! 多かったら家族みんなで食べればいいだろ!」

「それはそうですけど、それはそうと昨日と今日の出来事が特殊すぎませんか私!?」

「アサリがそうなら俺もそうだ、というかこれぐらいなら大人になれば普通だ!」

「私は今は子供ですから多いんです!」

 アサリは両親を近づかないようにしながら、篤飛露は鎌に気を付けながら太祥をいなしつつ、お互いを見ずに言い合っていた。

 篤飛露が体の向きを少しづつ変えると、逆上した太祥はそれに気がついていないのか追いかけ続ける。

 いつしか太祥はアサリ達には背中を向けるようになっており、篤飛露はアサリ達から遠ざか事には成功したようだ。

 そうして篤飛露は、改めてこれからどうするかを考える。

(しかし、昨日はアサリと行動していて助かったな)

 どうするべきかがまだ決まらないため、篤飛露は余裕が有るのかそんな事を考えてしまった。

 もし昨日一緒に帰らなかったら篤飛露がこの騒動に巻き込まれる事は無かった、そしてアサリが一人の時にあいつ等と出会っていたら、一時的にでも攫われていた可能性すら有ったのだ。

 それが防げたと思うと、みんなで一緒に遊びに行って本当に良かったと思わずにはいられなかった。

 さらに考えたら罰ゲームでアサリの荷物持ちをしたのが始まりだった、アサリを助けたのは結局はアサリ自身かもしれない。あの量のノートは全部使うのに卒業までかかりそうだが。

 そこまで考えていた所で、一つの事が篤飛露の心の隅に引っかかった。

(ノート……。そう言えばあいつらはノートの事を言っていたな?)

 香奈実と紅山は明らかにノートを持っている事を知っていたように言っていた。そしてノートを書いて、使うと言っていた。

 考えてみれば書くのにノートを使うと言ったのではなく、書いてからノートを使うと言っていた。

 つまり、ノートを何かに使うのが目的だった。そしてその為に中身を全部書く必要があったから、昨日の夜にわざわざ書いたのではないだろうか。

 聞いた話だが常紋時家の子供は、幼い時には直感的に何かを閃く事があるらしい。

 結局何の事を言っているのかがわかりにくいので、終わってから『あれはこう言う事だったのか』と思う事がほとんどらしいが。

(終わったらノートをおじいちゃんに渡す、とも言っていたな。誰の事だ?)

 そう考えながらも、篤飛露は動きを止める事は無い。

 単調な太祥の攻撃は予備動作が長いうえに動きが遅い、これではむしろ反射的にカウンターをしないように気を付けなければならないぐらいだ。

 それに気を付けながら、あの二人がよく会う人でお爺さんなら大雅の事だろうかと考える。

 他にもおじいさんと呼べる人は親戚に何人かいるが、二人が一番なついているのは大雅だろう。

 つまり、大雅にも関係があるという事だろうか。

 感じた気配もそうだったが、テケテケ軍団の事件も関係あるのだろうか、そう思った所で篤飛露に閃くものがあった。

(……今まで感じ続けていた気配は、テケテケ軍団の気配じゃなくて捕書の気配だったのか!)

 何の気配を感じたかは、気配を持つその物を見るしかわかる方法がない。

 今までテケテケ軍団を見る度に同じ気配を感じていたのでそう思っていたが、実はテケテケ軍団を作った原因となった捕書の気配ならば、全員が同じ気配を持っていてもおかしくはない。

 捕書は最初は祥銀司が持っていた。おそらく捕書の能力でテケテケ軍団を作った事で、テケテケ軍団にも気配が移ったのでそれを感じていたのだろう。

 祥銀司からも離れた事で捕書の気配は薄くなり、今太祥から気配を感じるという事は、どうゆう訳か今はこの男に取り付いているのだろう。

(あの男が捕書に取りつかれているから、書き終わったノートに捕書を捕まえるつもりで書いてたのか、あいつら)

 書き終えたノートは、大意では本ともいえる。本ならば捕書をそれに移すことができる。

 昨日は確かに太祥と会って少しだが会話もしている、それで気配がかすかに移り、幼児二人にもわかったのだろうか。

 太祥にどこで取りついたについては、後で調べればいい。

 今やるべきことは決まった、まずはアサリが持っているノートを渡して貰う事だ。

 そう思い、一瞬でもアサリに視線を向けるのがまずかった。

 アサリにノートを渡してもらう為に一旦少し距離を取ろうとした所、太祥が後ろを向いた。

「こっちが先だよ、バーカ!」

 そう言いながら太祥はアサリの方へと走る。

 最初から油断させる為に篤飛露を追っていたのかもしれないが、今はそれを考える余裕はない。

 篤飛露にとっては前を走る太祥を倒すのは簡単だが、どれぐらいのダメージを与えれ爆発するのかがわからない為転がす事もできない。

 だから篤飛露は攻撃することを諦め、これが一番良いと考えている方法をする事に決めたのだ。

「アサリ、俺がこいつを止めるからノートで顔面をぶん殴れ! あいつらがその為に書いたノートだ!」

「え、ノートって。……え、その為って、え、殴れって、え?」

 突然そう言われてもアサリは理解できないのは当然だろう。しかし丁寧に説明している時間は無い。

 太祥の脇を通り、アサリ達の前に篤飛露は立つ。壁に隠れるようにしゃがみながら移動している為、撮られる事は無い。

 アサリ親子はもちろん太祥からも突然現れたように見えたようだが、篤飛露の予想通り勢いを止める事は無く突き進んでくる。

 やはり捕書に取りつかれているため、目標以外は気にしていないのだろう。太祥が鎌を振り上げ、篤飛露は肩の力を抜いた。

「篤飛露っ!」

 その光景を見て、アサリ以外は衝撃的のあまりに動けなくなっていた。

 太祥の持った鎌は篤飛露の左肩へと食い込み、上着が血を吸み赤く染まり始めた。

 しかし篤飛露はそれだけの傷を負っても何も言わないどころか顔色一つ変えない。それどころか左肩から出る血をそのままにして太祥の右手を片手で掴むと、もう片方の腕で肩を押さえつけ太祥を動けなくした。

 そのまま篤飛露が両腕に力を入れると太祥は立っていられなくなり、片足が膝で立つようになる。

 太祥の顔は、アサリでも十分届く位置になっている。

「アサリ、ゴー!」

「訓練された軍用犬ですか、私は!」

 篤飛露が何故そんな事を言ったのかはわからないままだろうが、その声にアサリも何かを感じたのだろう。言いながら両親の腕を放し、ずっと持ったままのノートを振り上げるとアサリは一気に走った。

 アサリの動きを見て太祥は暴れようとするが、全く動けないように篤飛露が両腕で押さえこむ。

「アサリ、昔こいつからやられた分まで叩きつけてやれ!」

 向かってくるアサリが躊躇しないように、篤飛露はそんな事を言った。しかしアサリに言いたい事は有ったがそれは昔の事ではなく、昨日の事についてだ。

「昨日あんな事が無かったら、私はあんな事をしなくて済んだんですよ!」

 何について言ったのかは篤飛露意外は分からなかったが、ともあれアサリが持っているノートは太祥の顔面に正確に叩きつけられた。

 当然だが女子中学生からノートを叩きつけられた所で大したダメージにはならない。

 しかし篤飛露にはわかった。捕書の気配は太祥の姿から消え、代わりにアサリが持つノートへと移っている。

 同時に封筒のような物が太祥の懐からこぼれ落ちたが、おそらくそれがさっきまで捕書が住みついていた場所なのだろう。

 少ししてアサリと太祥は同極の磁石の様に反発し、よろめくアサリを篤飛露は両手で支え、腕を放された太祥もふらつきながら後ずさった。

「……まあ、何だ。あの事も時間がたてば忘れるだろ、色々と。……多分」

「時間がどうとかじゃなくて、篤飛露が今すぐ忘れて下さい、あれは!」

「わかった、一応努力はしてみる」

「……ふにゅ~」

 いつの間にか篤飛露はアサリを後ろか抱きしめており、隠しきれていないがアサリはそっぽを向いて真っ赤な顔を隠そうとしている。

 昨日の件についてはアサリが勝手にやった事なのでそんな顔をしているのだろうが、他の人にはその事は分からない。

「それよりも、これはもうアサリが持ってたら危ないな」

 そう言って篤飛露はノートを取り上げた。手にして確信したが、確かにこのノートには捕書が住みついている。

 大抵の物に耐性がある篤飛露ならば何とも無いが、妖怪などと関係がなく捕書の事も知らない人ならば、いつの間にか取りつかれてもおかしくはない。

 そして祥銀司や太祥の様に知らない内に取りつかれた人は、自覚が無いので自分の目的を突き進もうとする。

「そうですよ、ケガをしたじゃないですか、大丈夫じゃないですよね!?」

 あまりにも平然と喋っているので忘れそうになったが、篤飛露は肩から血を流している。慌ててアサリが振り向くと、確かに左肩の服が赤く染まっていた。

「いや、大丈夫。鎌が落ちた時に血も止めたから」

「何を言ってるんですか篤飛露は!」

 大した事ないように篤飛露は言ったが、当たり前だが普段はこんな事は起こらないのだろう、アサリの両親はそろって衝撃のあまり固まったままだ。

「それよりも、もう一回だな」

 そう言ってアサリを抱えて後ろを向くと、もう一度両親の元へと放り投げた。

「あ、あつひ……」

 急な行動に思わず名前を呼びそうになったが、すぐに向かってくる太祥の姿がアサリにも見えて声が止まった。

 今度は実奈恵に受け止められたアサリを確認し、何故か篤飛露はそのままの姿でいた。

「危ない、早く逃げろ!」

 まさかそこで動かないで太祥から庇おうとしているのか。

 そう思い東明が叫んだが、もちろん篤飛露にはその気は無かった。

 篤飛露は足音から、どこを走って居るのかもその速さも見ないでもわかる。

 だから計っているのだ、前を向くタイミングを。

「お前だけは絶対に殺す殺す殺す殺す殺す!」

 ありがたい事に声まで出してくれた。ここまでそろえば失敗する事はありえない。

 タイミングを合わせて振り上げられた篤飛露の右足は、太祥の顔面に正確に当たった。

 後ろ回し蹴りだ。

 そしてそのまま篤飛露は右足を上げると、すぐに太祥の頭へと叩き落とされた。

 踵落としである。

 二つの足技を喰らった事で太祥は意識を保てなくなり、そのまま地面へと沈んだ。

「今までやっていた分の報いの、ほんの一部だ」

 小さな声だが篤飛露は口にせずにはいられなかった。誰にも聞かれないように言ったし、どんな顔をしているかも見られていない。

 倒れた太祥をさらに蹴り飛ばすのは何とか我慢できたが、いつの間にか腰を抜かしてしゃがみ込んでいるアサリの元母親はどうするべきだろうか。

 そんな事を考えているとパトカーの音が聞こえてくる。朝から住宅地の道路でこんな事があったのだ、近所の人が呼んだのだろう。

 すぐに複数のパトカーが止まると警官が次々と出て来る。

 そして紋常時篤飛露はその場で現行犯逮捕されそうになったが、姫芝春菜と拓南の姉弟の尽力によって辛くも逮捕からは免れる事に成功した。

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