姫芝アサリは嘘をつく

 姿を現した二人に東明と実奈恵の大人二人は警戒して、アサリを背中に隠した。

 アサリの姿が見えなると衣佳実は不機嫌になった事を隠そうともせずに、苛立った声で喋りだす。

「ねえ、早くアサリとお金を返してよ。昨日は結局男と逃げたんだし、もういらないでしょ」

「そうそう。あと、そこの奴からは今日までは金を取らないけど、あんたらに今まで世話をさせてやった分はきっちりと貰うからな」

 そう言われたが、聞こえたアサリはこの二人が何を言っているのか理解できなかった。

 両親なら何を言っているのかがわかるだろうと見てみると、怒りのあまり何も言えなくなっているような顔をしている。

 篤飛露は何故か怪訝そうな顔をして眺めておりおり、三人の味方は何も言えないような気がして来た。

 しかし昨日からの騒動の中心はアサリなのだ。当然その事を理解しているし、朝から乗り込んできた二人にははっきりと告げなければならない事も知っていた。

 庇ってくれている両親の前に出て、昔は一応保護者であった人と向かい合う。

「ずいぶん早いですね。ひょっとして、昨日から寝ていないんじゃないんですか?」

 最初に言った言葉に誰もが無言になり、全員がアサリに注目する。

 あまりにも平然とした、予想外な言葉だからだ。

 最初に返事ができたのは衣佳実だったが、それを聞いた篤飛露は。

(こいつが一番面の皮が厚いな)

 と思ってしまう。

「そ、そうそう。アサリを早く迎えに行きたくて、昨日は眠れなかったの。だからほら、早く一緒に帰りましょう?」

 その言葉におそらく嘘は無いだろう。早く帰った後にどうする気なのか、それは次の男の言葉で大体を察する事ができた。

「俺達と帰ったら楽しい事が沢山あるぞ。俺の友達も誘って、知らない事を沢山教えてやれるからな」

 そう言われて両親が暴走しそうになったが、アサリは後ろを向いて小さく頷き顔だけで、ここは任せてほしい、と頼み込む。

 それにしても、この二人には隠そうとする気は無いのだろうか。

 もしくはアサリの事をまだ小学三年生の頃と変わっていないと思っているのだろうか。確かに身長はそこまで増えていないが、それ以外では色々とできる事は増えているのに。

 具体的に言うと、元母親と別れる事とか。

「さっき聞いて思いだしたんですけど、太祥さん、でしたよね」

「おう、やっと思ういだしたのか。まあ遊んでやったのは昔の話だからな、許してやるよ。後で一緒に遊ぶんだからな」

「別に許してもらわなくてもいいんですけど。所で聞きたい事が有るんですけど、楽しい事とか知らない事とか、具体的に何をするんでしょうか?」

 太祥は偉そうに言っていたが、次のアサリの言葉で何も言えなくなってしまう。

 中学生ともなれば言い方からして何を言っているのかは大体の人はわかるのだ。

 何も言えないでいると、代わった衣佳実が満足そうな顔になる。

「やっぱり、アサリは私の娘だから色々わかってるんだ。じゃあわかるでしょ、その内そのおばさんとは意見が合わなくてケンカして、その家に居られなくなるって事もさ」

「あんたはまたそんな事を!」

 最初は娘に任せるつもりだったがそう言われてしまっては我慢ができなくなり、実奈恵は口を挟んでしまった。

「だって、娘が母親に似るのは当然でしょ。昔に私と同じ事をもう一回するのは面倒だから、アサリを帰した方がいいって言ってやってるの」

 自信気にそう言って、自分の姉を見下すような顔をする。

 それに対して反論しようとするが、その前にアサリの顔が目に入り、大丈夫、と無言で言っているのが聞こえた気がした。

 だからあえて何も言い返さないでいると、アサリが母親を助けるように言う。

「実はですね、まだお母さんには言っていない事があるんです。これを言ってしまったら追い出されるぐらい大変な事で、言えなかったんですけど」

 やっぱり昔から姉妹喧嘩をしていたのか。

 そう思いつつアサリが会話を始めると、満足そうに衣佳実が返事をする。

「やっぱり、その人から捨てられるって思ってるんでしょ。でも私ならアサリを捨てるなんて絶対しない。何でも聞いてあげるから、言ってごらん?」

「でも本当に大変で、迷惑をかけてしまうような事なんです。私が迷惑をかけてもあなたは本当に許してくれるんですか?」

「許す許す、アサリが一緒に帰ってくれるなら何でも許しちゃうから」

 内容を聞いてもいないのに許すんだ。

 その言葉は口にはしなかったが、アサリは自分が間違ってないと改めて感じていた。

 この二人がどうして今になって来たのかはわからないが、目的は中学生でも簡単に予想ができた。

 だから、どんな反応を返すのだろうか。

 信憑性を付けるために一度篤飛露に向かって大きく頷いてから、あの二人に言った。

「実は私は今、お腹の中で赤ちゃんを育てているんです」

 さらにダメ押しに右手でお腹をさする。

 これを聞いてどうするのかと思っていたら、まず一番に反したのはあの二人のどちらでもはなく、アサリの後ろにいる父だった。

「ど、ど、ど、どう言う事なんだアサリ! そ、それはつまり、そう言う事なのか!?」

 父親の反応はアサリも予想していなかった。

 しかし考えてみたら、中学校の娘がこんな事を言ったら父親としては当然かもしれない。

「ちょっと落ち着いて、ね」

「こんな事を言われて落ち着いていられるか! そっちこそ何ででそんなに落ち着いていられるんだ!」

 父親の事は母親に任せて、アサリは振り向かない事にした。今話をするべきなのは後ろの人たちではなく、前に居る二人だからだ。

 アサリはそれ以上は何も言わずあの人達が何を言うかを待っていると、突然衣佳実が笑い出した。

「ほら、さっきも言ったでしょ。アサリは私の娘だって。中学生でこれなんだから私よりすごいかも。でも大丈夫、私に任せてくれたらちゃんと相手から慰謝料とか色々ぶんどってきてあげるから。ね、太祥」

「おう、任せろ任せろ。たっぷりとぶんどってきてやるからな」

 まずお金か、やっぱりわかりやすいなぁ。

 呆れたような顔にならなうように気を付けながら、後ろを見ないようにする。

 後ろから聞こえる音で察するに、いつの間にか篤飛露もそっちに回って語彙を無くした暴れる父を二人がかりで押さえているらしい。

 まだ話は終わってないので多分もっと暴れるに違いないが、篤飛露がいれば大丈夫だ。

 そう確信しているので、アサリはさらに続ける。

「でも私、子供が欲しいんですよ。昨日その覚悟も決めたんですよ」

「そうなの。でも大変よ、赤ん坊を育てるのは」

「でももう十か月になってますから、そんな赤ん坊を失う事なんて、私にはできません」

「十か月! じゃあ、養育費も貰わなきゃ。早く相手の親にも連絡しなきゃね」

「それがですね、相手は勘当されてしまったんですよ。なので相手の親は何も支払いません。私達は一緒に暮らしたいですから、できればこの家に住みたいって言おうと思っていたんです」

 アサリからは見えないが、後ろでそれを聞いて東明の動きが止まっていた。

 篤飛露を見て、まさかお前が? と言ってるような顔をしている。

「じゃあ丁度いいから家で一緒に暮らしましょう。さすがに生活費は要るけど、子供が生まれるならきっと働いてくれるし、姉さんも払ってくれるでしょ」

「補助とかは色々あるらしいんですけど、それでも足りないらしいんですよね。でも相手も中学生ですから、働けないんですよ」

 それを聞いた東明は顔が鬼のようになり、やっぱりお前か? 的な表情になる。

 しかしここで何かを言ったらアサリを邪魔することになるので、篤飛露は本当の事を言うわけにはいかなかった。

「大丈夫だ、俺の知り合いに頼んで働けるようにしてやるから。色々都合があるから名義は俺が働いてるって事にして、給料も一旦俺が預かるけどな」

「うん、それがいい。ちょっと遠くの場所に行ってもらうかも知れないし、アサリにもちょっとやってもらうけど、補助もあるし赤ん坊の為だから大丈夫でしょ」

 そう言いながら、二人とも楽しそうに笑っている、お金が手に入ると思い込んでいるのだろう。

 だから、もっと思い込ませる。

「だそうですけど、篤飛露はそれで大丈夫ですか?」

 急に後ろを振り向いて、父に睨まれている篤飛露を見てそう言った。

 あの二人からは見えなかったので、つい自然と顔が笑っているのがアサリもわかった。

 篤飛露や父にはアサリの顔を見る余裕は無かったようだが母は違ったようで、呆れた顔をしている。

「やっぱりお前じゃないか!」

 飛ぶ鳥を撃墜するような勢いで東明は叫んだ。もし今彼が銃を持っていたら、きっと飛ぶ鳥を撃っていた事だろう。

「お、落ち着いてください、アサリのお父さん。よく考えてください!」

「何がアサリのお父さんだ! お父さんと呼ばせてやるから百発は殴らせろ!」

「それ許してない?」

「許さんがアサリの為に許す気になる為には百発殴ったら許す気になれるはずだ!」

「言ってる意味が通じてないような」

「とりあえず今ここで殴ろうとするのは止めてください、お父さん」

「そう呼んでいいのは殴り終わった後だ!」

 そう言いながら抱きつき合い、何やら三人で楽しそうにしている気もした。

 アサリはそっちに混ざるのも楽しそうだが、そういうわけには当然いかない。あえて聞いていないふりをして、殴られようとしている篤飛露に問いかける。

「確か篤飛露は、手切れ金に貯金を持って来てますよね。それを費用にするんですよね」

 ダメ押しにアサリがそう言うと、あの二人はさらに隠そうとしなくなった。他に行く所が無いので何を言っても平気だと思っているのだろう。

「じゃあまずそれを確認しないと。いくらぐらい入ってるの!」

「色々揃えなきゃいけないからな。ほら、そんな大金なら大人が管理しないと、いくらぐらいあるんだ?」

 一体いくら入っているのかを楽しみそうに聞かれたので、アサリもそれに応えるように、精一杯の大ぼらを吹く。

「確か、勘当の時に持って出たのが一億円ぐらい入った通帳ですよね。必要なたびに篤飛露がそれからお金を出せばいいと思うのですが、駄目なんですか?」

 大金に目がくらんでいるのは誰に見てもわかった。

 普通に考えたら中学生がそんな大金持っているはずが無いのに、この二人は手に入れようと躍起になっている。

「何か急に要る場合もあるでしょ。中学生がそんなに持ってるなんて、いいから早く渡しなさい!」

「ちゃんとお前らにも少しは使ってやるからな」

 そう言われて渡す人間がいるのだろうか。

 思わずそう言いたくなったが、何とか我慢する事が出来た。

「でも、篤飛露のお金ですから」

「いいから早く渡しなさい。できたのは私の孫でしょ、じゃあもうこれは私のお金でしょ!」

 そんな訳が無いだろうに、自分で何を言っているのかわかっているのだろうか。

 しかしここまで言わせれば、もう十分だった。

 元母親が来たのはお金の為で、アサリもその為に使おうとしていた。

 アサリの事を金づるとしか思っていない。

 もうこの二人が何を言っても誰も信じないだろう。

 言動を思い返したらこの二人も自分でわかるはずだ。

 そう思い、アサリは母と呼んだ人に大きくため息をついて、本当の母ならわかって当然な事を言った。

「全部嘘に決まっているじゃないですか。妊娠して十か月とかもうすぐ生まれます、普通は信じませんよ」

 父親は信じてしまったようだが、アサリは昔に誰からか聞いた事を覚えていた。

 こうゆう時の男親は基本的に役に立たないと思った方がいい、と。

 あそこにいる元母親も産んだはずなのだが。きっとアサリについては興味を無くして、お金を手に入れようとしか思っていなかったのだろう・。

「……うそ、なのか……?」

「そうです。アサリがあいつらの目的を白状させる為についた嘘で、お父さんが考えたような事は何も起こってません」

 いつの間にか篤飛露に支えられている呆然とした東明に、呆れた顔の実奈恵がため息をついて言う。

「さっきアサリちゃんも言ってたけど、親が信じるのはおかしいでしょ。子供が二人もいて何で信じるかな……」

「……じゃあ、まだお父さんと呼ぶのは許さんからな!」

 両親と篤飛露が娘を置いてけぼりにして、やはり仲良くなってる気がする。

 やはり元母親を無視してあっちに混ざってしまおうかと考えたが、そういうわけにもいかないだろう。

「嘘、嘘なの。アサリは母親に嘘をつくの、そういう育ち方をしてたんだ」

 厭味ったらしくそう言われたが、もう何言われてもアサリは全く気にならなかった。

 母親は嘘だと最初からわかってくれていたのだ、母親ではない人に何を言われても毛の先ほども感じなかった。

「そうですよ、私はこんな育ち方をしたんです。……あなたは母親では無いので、あなた達には絶対に付いて行きません。お金が欲しいなら別の方法を考えてください、といいますか、働いてください」

 そう言われて衣佳実は何も言えなくなった。

 アサリにも目的を知られてしまったと思っているようだが、そんな事は全員がわかっていた。

 まだこの場に居続けるようなら、帰るように篤飛露をけしかけえみようか。

 そんな事を考えていると、太祥が運転席に体を入れる。

 おとなしく帰るのか。

 意外そうにそう考えていたが、やはりというべきか車から出てきてアサリを見る。

 その右手には、大ぶりの鎌を持っていた。

「くそがくそがくそが! お前らはさっさと金を出せばいいんだよ!」

 正気を失った声で、怒りを隠そうともしない。アサリはもちろん衣佳実すらも離れようとする。

「何をやってるんだお前は。誰かがケガをしたら犯罪者になってしまうんだぞ!」

 確かにまだ鎌を持っているだけだ、ここまでならまだ犯罪者にはならないだろう。

 これ以上をやったら別だが。

「知るかくそが、だったら金を出せや! こっちは金が要るんだよ、死にたくなかったら金をよこしな!」

 ここまで言えば完璧な犯罪者だ。

 さすがにそれはまずいと思ったのか、衣佳実も声をかける。

「太祥、まずいよそんな事を言ったら……」

「うるせえ! 元々お前があいつをさっさと連れていかないからこうなるんだ。客はもう準備できてるんだよ!」

 そう怒鳴りつけた後、太祥はアサリに近づこうとする。

 それに慌てて東明が駆け寄ろうとするが、その前にいつの間にアサリの後ろに居たはずの篤飛露が後ろから両手で抱える。

「ちょ、これ」

 アサリが何かを言おうとしたが、篤飛露はそれを無視して後ろを向いて両親の元へと放り投げた。

 両親が受け止めてくれると信じているのだろう、結果を見ないですぐに前に向き直っている。

「おっと」

「ナイス旦那」

 無事にキャッチする事ができて両親は一安心でいたが、抱えられて投げ出され結果も見ずに前を向かれたアサリは怒って当然だった。

「篤飛露!」

 降ろされてから文句を言うが、篤飛露は前を向いたままだ。

「アサリ、腕をつかんで両親を守ってろ」

 それどころか、そう言って命令してくる。

 しかし反射的にアサリは両腕で両親それぞれの腕を力いっぱい握りしめてしまったが、そのまま篤飛露に叫んだ。

「篤飛露はどうするんですか!」

 その言葉に篤飛露は振り向かず、背中を向けたままに言う。

「両親が子を守って子が両親を守る。ならそれを守るのが、今の俺の仕事だ」

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