常紋時篤飛露の妹弟はミラクルかわいい

「……殺してください」

 夜を走る車の後部座席に乗り、両手で顔を隠したまま下を向いて、アサリはそう呟いた。

 篤飛露はどう言うべきかを考えていると、それより先にハンドルを握っている紋常時凛冴が声をかけてきた。

「ごめんごめん、まさかヒロ君のお友達が何も着てないとは思わなくて。でも布団はかぶってたし、ヒロ君は後ろに居たから見えていなかったし、そんな事を言うほどの事でもないって」

「……篤飛露は、お母さんからヒロ君って呼ばれているんですね……」

 あっけらかんとした謝罪に対して何を言うべきなのだろうか。

 何を言えばいいのかわからないので、アサリは篤飛露に対してそう言う事しかできなかった。

 何しろ篤飛露の母、凛冴が部屋に入った時、アサリが何も着ていなかったのは自分で脱いだからである。

 母親が来ると言ってくれなかった篤飛露が悪い、そう言ってもいいかもしれないが、普通はいきなり人の家で脱がないと言われたらそれでおしまいだ。

 篤飛露はもともと食事を済ませたら実家の方に移動するつもりだったらしく、アパートに帰ってからいつの間にか連絡を取っていたらしい。

 親同士で話し合いも済ませており、今日は篤飛露の家に泊って明日の早朝に帰る事でまとまっていると言われた。

 確かに、もう中学生なのだから女子が男子の家に二人きりで泊った事がばれてしまったら、何を言われるのか想像できる。

 叱られるのか泣かれるのか、万が一ではあるが喜ばれるかもしれない。諦められて無視をされ、何も言われない事もありえるだろうが。

 どちらにせよ、そうゆう事をしたのだと思われても当然だ。

 だからそう思われないように、迎えに来てもらって移動するという流れになっていたのに、凛冴が来る少し前にアサリがやってしまった事。

 それを考えてしまうだけで、顔を見せる事すらできなくなり両手で隠さずにはいられなかった。

「お母さん、ねぇ。女の子にお母さんって言われた事は無いけど、言われたら来るものがあるかも知れないかも。何て言うのか、ママとはニュアンス? が違うって言うか。家の娘もその内ママって呼ばなくなるのかねぇ。……ちょっと言って見てくれないかなぁ?」

 アサリの心境を考えて元気を付けようとしているのか、そもそも何も考えていないのか。ルームミラーでちらちらと見ながら、凛冴は能天気に頼んでくる。

「あ、はい。……篤飛露、君の、お母さん」

「駄目、篤飛露君は無しで。お母さんだけでもう一回最初からお願い」

 言われたとおりに言ったつもりだったが凛冴のイメージとは違ったようで、やり直しを要求された。

 意味は分からなかったが断る事が何故かできず。言われた通りにやり直すと凛冴はとても満足そうに笑って、数回お代わりを要求してきた。

「何をやらせているんですか……」

 呆れたように篤飛露がそう言って止めようとすると、また笑いながら凛冴が答える。

「ごめんごめん。もうおばさんだからねぇ、中学生の女の子と話す機会がないから、つい余計な事を頼んじゃうのよ」

「そんな歳でもないでしょうに」

「あー、確かにまだギリギリ二十代だけどね。……もう子供が三人も居るからねぇ。そんなに子供が居たら年は関係なく、お姉さんからおばさんになっちゃうのよ」

「とにかく、香奈実が何年かしたら中学生になりますから、我慢しててください」

「残念無念」

 そう言って会話が終わってしまった。二人は家族だから何も言わなくてもいいかも知れないが、アサリは友達の親と無言でいるのはいごこちが悪い。

 しかしそもそもこの年代の人には、当たり前だが知り合いはいない。先生の中には同じぐらいの年の人はいるが、立場が違うので同じように話はできないだろう。

「あの、篤飛露のお母さん、すごく若いですね」

「ありがとう、アサリちゃん」

 とりあえず差しさわりの無いらしい言葉を言ってしまったが、凛冴は全く気にせず返事を返す。

 実際に凛冴は化粧はほとんどしていないようだが、しわなどは全く見えず、アサリの母親とは年が離れていそうだ。

 そう思い本心から言ったのだが、どうもお世辞と思われたらしい。

 言ってから、移動にせかされてまだ自己紹介もしていないのに、名前を知られている事に気づいた。それを察したのか篤飛露が少し後ろを向いて答えを教えてくれる。

「前に俺の保護者と会った時に名前は言っただろ、今日も連絡した時に名前を言ってある。名前を言ってないとアサリの親に連絡できないだろ」

 そう言われて納得したが、同時にアサリは違和感を感じた。

 それが何かを考えようとしたら、車が止まり凛冴から到着したと言われる。

 車を出るとマンションのすぐそばだった。そのまま歩いて八階建てのマンションに入る。

 神社の神主とはそんなに給料がいいのだろうか、そんな中学生にはふさわしくない事を考えてしまう。

「わかってると思うけど、もう夜だし大声は出さないでね。家の二人も寝てるはずだし」

 そう言われたのでアサリは声は出さずに頷くことで返事をした。それを見た凛冴はよろしいとにっこりと笑う。

「二人っていうのは俺の妹と弟だ。妹はもう誕生日が過ぎたから五歳で、弟は十月になったら四歳になる。明日の朝になったら紹介するよ」

「年子なんですね」

 お互いに小声で喋りながら、篤飛露はアサリのを含めた荷物を持って歩き、アサリはその裾をつまんで歩く。

 もちろん別の荷物を持っている凛冴にもそれは見えていたが、何も言わずに先頭に立ち、アサリを家族が待つ家へと招待する。

 六階の家につくと凛冴は荷物を脇に抱え、鍵を開いて中に入る。鍵を開ける音が聞こえたのだろう、男性が一人廊下かに出てくるところだった。

「ただいま~」

 見覚えがある男性から何かを言われる前に凛冴がそう言うと、男性、紋常時厚典もそれにこたえる。

「はいおかえり、篤飛露をもおかえり。そして姫芝アサリさん、いらっしゃい。少し前に会ったけど覚えているかな?」

 つい最近の事なのでアサリもこの人の事は覚えている。

「はい、あの時はありがとうございました。今日もすみませんがお世話になります」

「気にしないでいいよ、と言っても夜も遅いし気にするのは当然か。ある程度は聞いてるけど、家だと思ってできるだけ安心して、リラックスしてほしいけどね。……篤飛露が初めて友達を家に連れてきたんだから、落ち着いたら改めて大歓迎しよう」

「は、はい」

 何を返すべきなのか、結局そう答えるしかなかった。

 前に篤飛露の家を探した時、同じ小学校だった人は誰も知らなかった。それはつまり誰も家に入れていない事になるのだが、アサリはそこまでは考えていなかった。

 やっぱり篤飛露には友達がいなくて、親に心配を掛けさせているのでは……。でもじゃあ夏志や国江の事はどう思っているのだろうか。

 そう思い、篤飛露の顔を見る。

 何を考えているのかの察しがついたのか、篤飛露はアサリの頭を掴んで前を向けさせる。

「ほら、いつまでもここに居てもしょうがないから、さっさと中に入るぞ。……とりあえずリビングでいいですよね」

「確かに。喋るにしても立ったままだとね」

「そうだな。一旦座って落ち着こうか。何か飲む……」

 三人が靴を脱ぎ、そう言ってリビングに入ろうとすると、部屋の奥からドタドタと二人分の足音が聞こえてくる。

「あ~、起きちゃったかぁ」

「まあ、予想はしていたかな。篤飛露が来たし」

「二人とも、おにいちゃん大好きだからねぇ。寝てても絶対起きるのは何でなんだろ」

 そう夫婦がのんきに話していると、すぐに幼児二人の姿が現した。

 多分二人とも篤飛露の半分も無い身長をしており、揃ってとも薄い緑のパジャマを着ている。

 小さいので二人とも男の子にも女の子にも見えるが、さっきの話から察するに比較的大きい子が妹で小さい子が弟だろう。

 名前は聞いていなかったな。そう思っていると篤飛露を見つけたのか、二人で走って殺到し大声で叫びだした。

「おにいちゃんだなんでいるのなんでなんでなんでいるのねえなんでなんできょうきんようびなのねたらきんようびになるのげつようびはなくなったのおにいちゃんいるもんなんでなんでなんで!」

「なんでー」

 おそらくだが、弟の方は姉につられて言っているだけらしい。二人とも篤飛露にしがみつこうとする。

「ほら、まだ夜だから静かにしなさい」

 父親にそう言われて幼児達は慌てて振り向くと、両手で口をふさいでコクコクと大きく頭を上下に動かした。

(……かわいいですね……!)

 その様子を見ていると、アサリはそう思わずにはいられなかった。正確には従姉だが、アサリと春菜は確かに血がつながっている。図らずもそれが証明されてしまった。

「じゃあおにちゃんなんでいるの、ここでおやすみなさいするの、あしたもあさもいるの?」

「いるのー」

 二人は篤飛露へと振り向いて小声でそう聞いてくる。そしてそれを聞いた篤飛露もしゃがんで、小声で返す。

「用事があるから今日はここに泊って、朝になったら俺も行ってきます、だ。だから明日の朝まで一緒だな」

 それを聞いた幼児たちは両手を上げてバンザイと言いそうになったが、慌てて両手で口をふさぎ直し声を出すのは我慢する。

 しかし我慢が出来なっかのかその場でぐるぐると回りだすと、すぐに篤飛露の周りと走る場所を変えて走り出す。

 弟の方も真似をしているのか一緒に回りだしたが、姉はまだまだ納得できなかったらしい。廊下の奥へと走りだし、二回往復をしたところで今度はでんぐり返りをしてしまう。

 おそらく弟の方はまだでんぐり返りができないのだろう、トテトテと歩いて追いかけると姉が回転した所で止まり、尻もちをついて両手で床に触る。そして立ち上がるとまた姉を追いかけて、また尻もちをつき、床に触れる。

(……超かわいいですね……!)

 おそらくここにいる四人全員がそう思っているはずだ。

 しかしでんぐり返りでの往復でもテンションが落ちなかったのだろう、帰って来た姉は今度は横になるとバンザイをし、彼女の最終奥義、ブリッジでフィニッシュを決めた。

 ちなみに弟の方はまだブリッジもできないので、姉の横に寝そべって両手両足を大きく広げた。

 その顔は、二人ともとても楽しそうだった。

「で、やり遂げた顔をしてブリッジをしている方が妹の香奈実で、楽しそうに横になって少し腹を浮かせているのが弟の紅山だ」

「……何事も無かったように言いましたね」

 ともあれ、二人の名前は教わった。アサリは自己紹介をしようと二人の前に行きしゃがむと、姉弟は体勢を変えて上半身だけを上げてアサリを見る。

 じっとアサリを見つめるので喋ろうとするが、それより先に香奈実の方が喋り始めた」

「おねえちゃんだおねえちゃんだおねえちゃんができたー。くざん、おねえちゃんができたよ!」

「……え?」

 言い方からしておそらくアサリの事を本当の姉と思っているらしい。まだ幼児ならそう思っているのも仕方がないかも知れないが、普通に説明したら分かってくれるだろうか。

 どう言おうかと考えていると、幼児弟が幼児姉に本当の事を教えてくれた。

「おねえちゃん、おねえちゃんはね、おねえちゃんだけど、おねえちゃんじゃないの。なんかいもねむっておきたら、おねえちゃんはおねえちゃんになるの。だからね、おねえちゃんはおねえちゃんじゃないおねえちゃんなの」

「そっかー、ざんねんむえんだなー」

 幼児ではない人は何を言っているかよく分からなかったが、幼児姉は意味が分かったらしい。

 これが姉弟の絆か。

 アサリは幼児姉弟を見ながら、つい姉と兄の事を思い出してしまった。

「お前たち、ご挨拶と自己紹介をしなさい」

 二人で何かを理解しあってアサリが口を出せないでいると、父親が少し叱る口調でそう言った。

 叱られた幼児たちは慌てて父親に向かって元気よく返事をした後、アサリに向かって口を開く。

「じょうもんじかなみです。このまえたんじょうびをして、ごさいです。らいねんろくさいです。そのつぎはななさいです。そのつぎははっさいです」

「じょうもんじくざんです。さんさいです。もうすぐよんさいです。はやくよんさいになりたいです。かんばります」

 そう言って、二人そろっておじぎした。

(……ミラクルかわいいですね……!)

 姉に見せてしまったら、突然な心臓発作で入院してしまうのではないのだろうか。

 そんな事を考えて反応が遅れたが、分からないように平静を保ちつつアサリも挨拶をかえす。

「姫芝アサリです。お兄ちゃんと一緒の十三歳で、もうすぐ十四歳になります」

 そう言って笑うと、姉弟も笑いを返す。

 この時間が続けば、世界から戦争は無くなるに違いない。

 そんな姉を継ぐような事を考えていると、二人の父親の厚典がこの時間を終わらせようとする。

「それじゃあもう寝なさい。いつもはもう寝ている時間だろ」

 時間を考えれば当然なのだろうが、一度起きてしまった幼児達はもう寝る事ができなくなってしまっていた。

「おきたもん、だからもうあさだもん。おにいちゃんとあそぶもん。おねえちゃんだけどまだおねえちゃんじゃないおねえちゃんともあそぶもん」

「ぐるぐるしてー」

 父親が諭すように言ったが幼児達全く従う気は無く、二人は目の前のアサリに掴みかかると、香奈実は右腕から、紅山は左腕から、一斉に上り始めた。

 さすがに幼児とはいえ、もう五歳になった子供と今年で四歳になる子供、二人を同時に抱えるには少々重たく倒れそうになる。

「こらお前ら、良いって言われないと上ってはダメだって言ってるだろ」

 だからその前に篤飛露がそう言いながら、妹弟を両腕で持ち上げて抱える。

 抱えられた二人は怒られたはずなのだが、気にせず楽しそうに笑い今度は篤飛露を上ろうとする。

「外が暗いでしょ、まだ夜だからもう一回寝なさい。明るくなったら起こしてあげるから」

 母親もそう言って寝かそうとするのだが、一度起きた幼児たちは必死でしがみつき駄々をこねる。

「いやいや、おにいちゃんとあそぶもん、おにいちゃんにのぼっておりてのぼるもん。おねえちゃんとのぼるもん」

「ぐーてやってぱーってやって、ちょきちょきするのー」

 そう言ってとうとう篤飛露の顔にしがみついた幼児。

 仕方が無いから無理やりにでもひっぺがそうか。両親がそう思っていると、顔に長女と次男を付けた長男が待ったをかける。

「さっき起きたならまだ充分に寝ていないはずだから、しばらく遊んでいたらそのうち眠るでしょう。それまで遊んでていますよ」

「そうかな。ヒロ君も眠いでしょ?」

「大丈夫です。……今日は遊んであげなかったから拗ねてるかもしれませんし。それに二人とも喋る時に漢字を使ってませんから、多分すぐに眠りますよ」

「……全く、篤飛露は甘いんだからな」

 言われて篤飛露は苦笑いで返し、上っていた二人を顔から外して床に置いた。

「ほら、何して遊びたいんだ?」

 そう言われて二人は両手を掴み、何をして遊ぶのかを言い始める。しかし突然二人は止まると、アサリの前に立ちじっと目を見つめる。

 一緒に遊びたいのか、それとも一緒には遊びたくないのか。真顔で見る幼児達に少し怯んでいると、香奈実が両手を突き出してきた。

「おねえちゃん、のーとちょうだい」

「……ノート?」

 突然のーとと言われて何を言われたのか良く分からなかったが、すぐに今日買ったノートの事に思い当たった。

「香奈実、ノートなんかいらないだろ」

 そう言うと、何故か紅山が返してきた。

「あのね、のーとにかくの。かいたらつかうの。だからのーとがほしいの」

「くざん、わたしがいうからいっちゃだめでしょ」

「ぼくもいうもん」

「まったく、くざんはしょうがないなあ」

 そう言って説明をしているかもしれないが、何が言いたいのかアサリには全く分からなかった。

 ひょっとしたら家族ならわかるかもしれない。そう思い振り向くが、両親も兄も『何を言っているんだこの子たちは』とでも言いたげな顔をしていた。

「篤飛露、ノートで遊びたいようですから、買った分から一冊を渡してあげてください」

 たくさん有りますから。そう言うと篤飛露一冊を渡しながら、この場合はは何を言うのかと問いかける。

「じゃあ、ほら。お前たちおねえちゃんに言う事があるだろ?」

『ありがとう、おねえちゃんだけどまだおねえちゃんじゃないおねえちゃん!』

 そう言って二人は部屋へと入って行く。それを追いかけて篤飛露も入り、この場に三人だけになった。

 追いかけるべきだろうか、それとも何か言われるまで待っていようか。

 そう考えてどう動こうかを悩んでいると、凛冴がアサリの後ろから肩を掴んだ。

「アサリちゃん、まだお風呂に入っていってたでしょ。三人は放っておいて入っちゃいなさい」

 お風呂と言われて、反射的に今日自分がした事を思い出してしまった。

 篤飛露にお風呂に入ると言っておいて、あんな事を言ってしまったのだ。顔を真っ赤にしてしまったが、なるべく知られないように前を向いたまま返事をする。

「大丈夫です、あの子たちも遊ぶって言ってましたし。それに着替えもありませんから」

「大丈夫大丈夫、あの二人はお兄ちゃんが居れば満足するから。それと着替えは……。はい、これ」

 言いながらアサリの正面に立ち、持っていた荷物を渡す。

 車から降りる時に篤飛露が持とうとしたら、篤飛露が持ってはダメだと言われた荷物だ。

 受け取って中をのぞくと、自分のようによく似たパジャマが入っていた。

「……え?」

 重さからしてパジャマ以外も入っている。

 家で使っている物と同じ物を買ってくれたのかと思ってしまったが、もちろんそんなわけが無い事はアサリにもすぐに分かった。

「最初にアサリちゃんの家に行ってお話をしてきてね。ご両親もお姉さんもお兄さんも心配されてたけど、ちゃんと見てるから安心してください、家になら絶対にその人は来れませんから、って言って、何とか納得してもらって、そしたらそれを渡されたの」

 そう、凛冴は優しい声で言った。

 二人をまだ両親と言っていいのだろうか、二人を姉や兄と呼んでいいのだろうか。

 普段の生活から、それが当然だと思っていいはずだ。しかしどうしても頭の片隅で不安になり、考えてしまう。

「心配……、しているんですよね……?」

 だからつい聞いてしまった。

 それを聞いた厚典は頷いて。

「私は電話だけどね、最初は怒鳴られたよ。お宅の子がうちの娘を誘拐した、とね。心配してないとあんな事は言わないよ」

「……すいません、そんな事を言っていたんですね」

 考えたら篤飛露は最後に『アサリは貰って行く』とか言いながら、村娘を強奪する山賊のポーズをしていた気がする。

 しかし自分で掴まっているのに、そんな事を言うとは。

 頭を下げて謝ると、凛冴がアサリの頭を上げて軽く肩を叩き、しょうがないよと言い始めた。

「中学生の女の子をクラスメートの男の子が家に泊めようとしたら、そりゃあ父親としては怒鳴りつけるでしょうよ。正直今からでもヒロ君を殴って連れて帰るって言われてもおかしくないし」

「篤飛露を殴るのは止めます、絶対に。私が悪いんですから」

 唐突に自分がやってしまった事をより詳しく思い出す。

 あの時アサリは、その気だった。そんな娘を心配して当然だった。展開次第では心配した通りになっていた。

 さらに顔が真っ赤になり、それを隠すために荷物で隠した。

「じゃ、こっちにいらっしゃい」

 凛冴は見ないふりをして案内を始めると、アサリは素直に通りついて行く。

 アサリが篤飛露と二人きりでやっていた事。父親である厚典は知る由もなかったが、母親である凛冴はだいたいの事を察していた。

 そしてアサリも、大体の事を凛冴に察されている事を、察していた。

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