姫芝アサリたち女子三人はかしましいと言う言葉を知らない

 日曜日、六人は戦っていた。

 どこで食べようかを争っているのだ。

 今は一時半、そろそろどこの店も客が少なくなる時間だが、同時に昼の営業が終わり始める時間でもある。

 朝早くから電車とバスを乗り継いでショッピングモールに到着すると、まず本屋でアサリはノートを買った。そして篤飛露に持たせた。

 アサリはそれで満足したのか、その後は店をめぐって服や雑貨を見た後にクレーンゲームやコインゲームで遊び始める。

 昼食はゆっくり食べたいとの意見が出た為、屋台のたこ焼きで急場をしのぎ、この時間まで待っていたのだ。

 そして丁度いい時間になったと話し始めた時、重大な事に全員が気が付いてしまった。

 どこで昼食をとるのかを決めていなかった、と。

 それに気が付いた時、全員が倒さなければならないライバルである事を理解する。

 アサリは牛丼を食べてみたいと言い、篤飛露は、定食が良いと言う。そして夏志がカレーが食べたいと言えば友美がパスタが食べたいと言い、そして国江がそれならステーキがいいかなと言って紗月はじゃあピザでと言った。

 最後の二人はわざとだろうが、どちらにしろ決めなければならないのは確かだ。

 そしてショッピングモールの片隅で、第一回六人で入れる場所はどこだろう大会は開催された。

「とりあえず、カレーは無しで」

「無いね」

「なんでだよ、カレーおいしいじゃん」

 真っ先に希望を排除された夏志がうらめしげに文句をたれると、それを聞いたそれぞれが自分の理由を教えてくる。

「俺は今日の夜と明日の朝がカレーの予定なんだよ。だから今はカレーだけは食べたくない」

「いいだろ、カレーなら昼夜朝の三回連続で食べるぐらい平気だろ」

 食い下がると、あきれた声で友美は別の理由を教えてくれる。

「私たちの着てる服を見て分かりなさい。特に今日のアサリは白をメインにしてる服だから、カレーが付いたらどうするの」

「まさか今日のお昼にカレーを食べるとは思わなくて。……あと正直に言いますと、お店のカレーって辛くないから食べれないんです」

 アサリは申し訳なさそうにそう言った。

 制服の時と違い、白いズボンと薄い青色のシャツ。その上に春用の白いパーカーを着ており、髪をポニーテールにまとめている。

 今の服装はアサリを活動的に見えはするが、白が多い今の服装はカレー屋に行ける服装ではない。

 最後にポツリと言った言葉が聞こえた紗月は、小学校が同じなので思い出したように昔の事を話す。

「アサリちゃん、超辛党だもんね。給食でカレーが出た時に、名前が同じだけの別の料理と思っていた、って言ってたもんね」

「給食のカレーって甘口と言うか、みんなが食べれるように辛くないじゃないですか。あそこまで味が違うと、脳が同じ料理だと認識しないんで食べられるんですけど。考えたらカレー屋さんはどうなんでしょうね、私は」

「私は一度アサリの家で食べた事あるんだけど、あれはすごかった。分けられたカレーにスパイスをいれてたんだけど、香りだけでもうすごくて。家族の人は何も言わないからドッキリか何かと思ってたんだけど、一口貰おうとしたらお姉さんから真顔で『止めなさい』って言われて」

 あれはすごかった。そう言いながら懐かしがるように頷く。それを聞いて逆に興味を持ったのか、夏志が尋ねる。

「食べなかったのか?」

「結局食べたら信じられないぐらい辛くて、すぐにアイスを貰って助かったんだけどさ。あの時は普通に食べてるアサリが本当に信じられなかった。辛口専門店じゃなきゃ無理だと思う」

「と言うわけですので、すいません、瀬神田さん。代わりじゃないですけど、私も牛丼は次の機会にしますから」

 アサリに小さく謝られてさらに自分の希望も撤回された。これ以上言ったら単なる我がままになってしまう。

 そう思った夏志はカレーを諦めて、同時に後二人を道連れにする事にした。

「じゃあステーキとピザもダメだろ。『それなら』とか『じゃあ』とか言ってたし」

 そう言われた二人は文句を言わず、からかったのがばれたかと笑いながら了承する。

「まあ、ランチでもステーキは高いし。行くなら親と行くよ、了承」

「ピザは別に良いと思うんだけどな。まあ、トッピングでまた時間をかけても嫌だし、了承」

 今日は了承が流行っているのだろうか。アサリはそんな事をは考えてしまう。

 定食にするかパスタにするか、多数決で決めようかと言おうとしたら、その前に篤飛露は一つの提案をする。

「考えたら、ファミレスなら全員希望通りになるんじゃないか? あそこならカレーもパスタもステーキもピザもあるし」

 そう言われて、アサリはファミレスという物の存在を思い出した。

 行ってみたい。

 アサリはそう言おうになったが、何故か他の人たちを見ると迷っているようなので言うのを止めた。

「ファミレスか、確かに全部あるだろうけどなあ」

「電車を使ってここまで来てるのに、ファミレスか」

 どうせならめったに行けない専門店で食べてみたい。三人がそう言ったが紗月は一つの事に気がついていた。

「……でもよく考えたら、ファミレスってそんなに行かなく無い? 私の所は家族でファミレスには行かない主義の家族だし、中学生だけじゃ行ったらダメってお母さんから言われてるし。……って言うかファミレスって結構お金がかかるから頻繁には行けないし」

 それを聞いて友美と夏志も、そう言えばと同意する。

「確かに。食べるなら家で作るのが安いし」

「俺が行こうって言っても、友美がダメって言うからな。年に何回だよな、行くの。月一も行かない」

 これで決まりそうだ。そう思っていると国江がアサリに声をかける。

「姫芝さんもそれでいいのかな、牛丼は無いかもしれないけど?」

「大丈夫です。何が有るのか、今から楽しみですね」

 不自然にならないように、アサリは笑顔にしてから頷いた。そしてアサリに見えないように篤飛露が少しだけ笑った。

「じゃ、それでいいな。場所は俺が近い所を知ってるから、そこいいだろ」

 そう言いながら篤飛露は先に歩き始めると、ファミレスには十分としない内にたどりついた。

 中に入ると食事の最中の人はあまりおらず、何かを飲みながらゆったりしている人がほとんどだ。

 六人で座れるように許可を取ってから机を移動すると、メニューを見てどれにしようかとワイワイと話しだす。

 アサリは牛丼は無かったので悩んだ末にドリアを頼んだが、夏志はカレーを頼むか頼まないかを悩んでいた。

「ドリンクどうしよう、チケット無いとそこそこするんだよね」

「確かに、あんまり行かないからチケット持って無いんだよね。場所を知ってたし篤飛露君は持ってない?」

 それが何なのかアサリは知らなかったが、みんなは知っている前提で進んでいる。

「俺は何枚か持ってるけど。他にチケット持ってない奴は?」

 篤飛露がそう聞くと全員が持ってなかったので、しょうがないなと六人分のドリンクチケットを取り出す。

 それを見て、悩んでいる夏志とアサリ意外は、その姿を見て拍手をしてほめたたえた。

「じゃあ化粧直して来るか、国江は注文して、ついでに私の分のメロンソーダ取ってきといて。氷は二つで」

「後で金払えよ」

 注文を終えるとそう言って女子三人が立ち上がる。こういう時は黙って従うものだ、男子三人は既にそれを知っていた。

 しかしアサリはそれを聞いても何の事を話しているのかわからなかった。

 友美が夏志に払うとは一体なんだろうか。そう思っていると、篤飛露も同じような事を聞いてくる。

「アサリは飲み物はお茶がいいのか? それとも炭酸系か?」

「えっと……。ご飯中はお茶でお願いします」

 どうも何を飲むかを決めるらしい。何を頼めば分からなかったが、お茶と言えば無難だろう。

 篤飛露に何かを言われるかと思ったが、意外な事に何も言わずにわかったと言われただけだった。

 アサリは少し驚いた顔をしたがそれに誰も気がつかず、国江は紗月に声をかける。

「……紗月さんの分も取ってきとこうか?」

「荷物は有るのに席に誰もいなくなるのもあれだし、後で終わってから一緒に行こう」

 そう言って決まったら、女子三人は揃って化粧室へと移動した。

 鏡を見て髪や服装をチェックする。今日は風も強くなく、髪や服に目だった崩れは無い。櫛で軽く整えるだけでアサリの身支度は終わった。

「で、アサリちゃん。買った荷物を紋常時君に持たせた感想は?」

 鏡の前から移動しようとすると、入れ替わりになった紗月が尋ねてくる。顔を見ると、楽しんでいる顔をしていた。

 今日の目的はアサリが買った荷物を篤飛露に持たせて、それを他の人たちに見せる事だ。その為に、別に今はいらないがそのうち使うであろうノートを大量に買ったのだ。アサリだけではなく姉と兄の分も含めて。

 何しろノートはそこまで高くないので、重いと言わせるためには結構な数が必要になる。だから当然、結構な金額も必要になる。

 買ってくるからと姉兄から預かったお金にアサリの貯金を足して、五十冊買った。兄は五冊でアサリは十冊、姉はなんと三十五冊だ。兄はともかく姉はそんなに使わないかと思ったが、資料をまとめるのに使うらしい。

 大学は歴史が古くデータにもなっていない資料もあるため、実物の本を読みながら調べる物も多いとか。

 多分それは捏造だろうと思ったが、篤飛露に屈辱的な顔をするために受け入れた。今度ノートが必要になった際には支払って分けてもらおう。

 そう思ってまでして準備したのに篤飛露は何事も無かったかのように持ち上げ、重そうに持っているようには見えない。

「……量を倍にするべきでした。帰りにまた買いに行きましょう」

「多分だけど、倍にしても平然と持ちそう」

「まあ、多すぎではあるから持ちにくくは有るかも」

「じゃあ何か重い物を買います。漬物石とか」

「それどこで売ってるの、そして買ったら使うの?」

「……通販で買えるみたいだけど、買う?」

 そう言って笑いながら、席には戻らず会話を続ける。友美と紗月には聞きたい事が有ったからだ。

 二人は会話を続けながら待っていた、アサリがその言葉を口にするのを。

「全く、あれでは篤飛露に彼女はできそうにありませんね」

 篤飛露はいつもアサリをからかって、意地悪ばかりしている。この前には帰っている最中に突然いなくなり、隠れていたのだ。

 アサリがそう言うと、予想以上の言葉を聞いて二人は一気に詰め寄った。

「じゃあ、アサリが彼女になったら良いんじゃない」

「そうそう、アサリちゃんをからかうとかじゃなくて、すごくお似合いだと思うよ?」

 急に勢いが変わり、たじろいてしまったアサリは一歩後ろに下がった。しかし言われた言葉には横を向いて否定する。

「だ、誰が誰の彼氏ですか。前も言いましたけど、もっと優しい人がいいんです。篤飛露みたいな意地悪な人、誠心誠意に心を入れ替え一生大事にしてくれると言われない限り無理なんです!」

 顔を少し赤くしながらそう言うが、二人はそれを肯定と受け止めた。

「逆にそれを言われればいいんだ。意地悪って言ったもちょっとからかうぐらいだし、あのくらい普通だと思うけど」

「そうそう、普通普通。むしろちょっと見かけよりも子供みたい」

 二人から言われたが、アサリは納得できなかった。

「口だけじゃなくてちゃんと心を込めないとダメです。それに篤飛露、私だけに意地悪してるじゃないですか。何で私だけなんですか、全く!」

 思い出したのかアサリは怒ったような顔になる。しかしそれを聞いた二人は逆にあきれた顔をして顔を見合わせた。

「いや、それは……」

「何でって、ねぇ……」

 やっぱり分かっていなかったか。二人がそう呟くと、それをを聞いたアサリが詰め寄ってきた。

「分かるんですね、篤飛露が私だけに意地悪をしている理由が。止めさせるので教えて下さい」

 そう言われて、どう言うべきかを二人は考えてしまう。言ってもいいが一体どこまで言うべきか。

 全部言ってもいいのだが、おそらく信じないだろう。

 それに見ているだけでも分かるほどで、多分間違いは無いと思うのだが、本人から直接聞いた事は無い。

 そう思い、紗月は話を少し変える事にした。

「確かに紋常時君はアサリちゃんにだけ意地悪するけど、優しい事もするでしょ」

「優しい事ってちょっと重たい物を持ったりとかの、少し困った時に助けてくれるぐらいです。誰だってやりますよ、あれぐらい」

 この間の事は多分篤飛露の仕事だろう、だから優しいわけでは無い。もちろん誰にも言えないので、言ったのは心の中だけだ。

「やっぱり気が付いて無い。あれぐらいって言うけど、アサリちゃん以外は誰もそこまで優しくされた事ないからね」

 そう言われるが、アサリはからかわれているのだろうと全く信じはしない。

「どうゆう事ですか。私以外にも親切をしているんですよね?」

「それが違うの。いつもアサリちゃんが困りそうな時は、その前に助けるために紋常時君がいつの間にかそばにいて、そしてアサリちゃんが何も言わなくても助けてくれるでしょ」

「……からかうためにそばに来るだけでは?」

「確かにからかいながら助けれくれるけど、もう一度言うね。常時君君が自分から助けてくれるのは、アサリだけなの」

 少し言い含めるように言われ、少し動揺してしまう。しかしアサリは意地になっているのか、頑なに否定した。

「で、でも、篤飛露がですよ。誰も頼んだらそれぐらいしますよ」

「そう、頼んだら助けてくれる。言い換えたら、頼まないと助けてくれないの。でもアサリちゃんには何も言われなくても助けてくれる。自分からアサリちゃんを助けようと自分から動いているの」

「……」

 そこまで言われると何も言えなかった。何も言わないでいると紗月は言葉を続ける。

「私と紋常時君が去年同じクラスなのは知ってるでしょ。体が大きいからいろいろ頼まれてたけど、頼まないと何もやらないから、女子からは気が利かないってよく言われてたの」

「篤飛露がそう言われたんですか!」

 自分にとって篤飛露は確かに意地悪はするが、その分こまごまと助けてくれた。

 しかし他の人には違ったようで、信じられないアサリに小学校が同じだった友美も例を挙げて紗月に同意した。

「五年生の頃はもっとひどかった、何かあっても自分には関係無いって言ってたし。体育の時に誰かが倉庫の鍵を無くしてみんなで探した事が有ったんだけど、途中で一人いなくなった事が有ったの。それに先生が気づいて、それで教室まで行ったらそこにいて。当然先生からは怒られたんだけど、次は帰りの会だから教室に戻った、助けてほしいならそう言えばいいのに。って、それが当たり前みたいに言ってさらに怒られてね」

「……信じられません」

 まるでアサリには想像もできない。ショックを受けていると、それに気づかず友美は続ける。

「それで鍵を探しに混ざるかと思ったら、倉庫には行かないで真っすぐグラウンドに入って、さっさと鍵を見つけたの。だから当然紋常時君が隠したんじゃないかって思われて、しばらくみんなから無視されたの」

「それで、どうしたんですか」

「それが無視されても全く困ってなくて。そしたら休んだんだけど、二週間ぐらいも休んだのよ。それでまた登校した時にいろいろ有ったんだけど。……まあ卒業する頃にはましになってたと思うけど、中学生になっての行動を聞いた時は、正直信じられなかった。……話がちょっと違うかも知れないけど、とにかく今の紋常時君はアサリの前とそれ以外じゃ、全然違う」

 そして二人はアサリをじっと見る。

 二人の視線に何が言いたいのか、アサリは理解できたがあえてその事には何も言わず、後ろを向いて声をかける。

「……話しすぎですよね、遅くなりましたしそろそろ戻りましょう。もう料理ができてるかもしれませんよ」

 そう言うとアサリは返事を聞かず化粧室から出る。

 追いかける二人には、都合が悪くなったので話を切り上げた事は考えなくてもわかった。

 アサリが困っているのか、それとも喜んでいるのか、去り際の顔が見えなかったのでどう思っているかはわからなかった。

 そして少し遅れて友美も紗月も席に戻ると、アサリはもういつもの顔に戻っていた。

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