姫芝アサリは勝ったが勝った気がしなかった

「私の勝ちですね!」

 一学期の中間テストが終わり、今日ですべての答案用紙が帰ってきた。

 つまり、今日は決戦の日。

 放課後になるなりすぐに立ち上がり、アサリは篤飛露の席の前に立つ。胸に一枚のプリントを抱えて、そして高らかに自分の勝利を宣言した。

「……ああ、勝負だよな。みんないるけどここでするのか?」

 まだクラスメートは殆ど教室に残っている。ここで勝負をするからには当然他の人にもテストの点数が分かってしまうのだが、アサリは気にしてないのか分かってないのか、篤飛露を見下す様な言葉を告げる。

「当たり前です。さては篤飛露、負けるのを他の人に見られるのが怖いんですね!」

「……アサリがそういうなら、異存はないが」

 そう言うと、机の中から採点がすんだ答案用紙を裏にして取り出す。アサリが持っているのプリントは裏しか見えないが、状況から言って答案用紙だろう。

 早速それを表にしようとしたが、さっきまで自分の席に居た友美と紗月が慌てて声をかける。

「アサリ、点数を見られてもいいの?」

 心配そうにそう言ったが、アサリは自信満々に答えた。

「大丈夫です、私は見られて恥ずかしい様な点数は見せませんからね。それより丁度いいです、二人は私が勝利する場面を見届けてください!」

 そう言われるが二人ともどうしても心配になってしまう。何しろアサリはテストの点数が特別良いとは聞いたことがない。それに対して篤飛露はいつも高得点だ、休みが多くても誰も心配してないのはそれが大きいからだ。

 アサリは英語は得意だし、去年の同じクラスだった友美もそれは知っている。しかし英語が得意というだけで、何でこんなに自信を持っているのか。

「友美がいいなら、途中まで聞いた俺達も見てていいよな?」

 そう言って、夏志と国江も参加する。

(俺は許可してないだけどな)

 そう思ったが、それを心に留めるだけにした。

 篤飛露はテストの結果を全く気にしてないし、アサリもそれを認めたように大きく頷いたからだ。

「じゃあ行きます、私のターンです。私の点数を見て驚くといいんです。そして篤飛露が負ける事を知って震えて、そして……えーと、……震えてください!」

 そう言って抱いていた答案用紙を机に置いた。

 書いてある文字を見ると、英語の答案用紙だとすぐにわかる。そしてそれには、丸しか書いていなかった。

「すごい、これってアサリちゃん、百点とったの!?」

 満点を見て全員が驚いた。驚愕の声を聞いて暇そうなクラスメートも何事かと集まってくる。

「なるほど、それであんなに自信があったのか」

「確かに、これなら姫芝の負けは無いな」

「アサリ、紋常時君に恥ずかしい思いをせさたいって動機は不純だけど、頑張ったんだね。嬉しいよ私は」

 口々に褒めている、友美はうっすらと瞳に涙まで浮かべていた。

 集まってきた人達もそれを聞いて驚きの声を上げる。そしてその声がさらにまた人を呼び、ついには別のクラスの人も集まってきてしまう。

 胸を張っていたアサリだったが、集まる人が増えるにつれてだんだんと顔が赤くなり、ついには我慢できなくなったのか小さくなって机の上に突っ伏してしまった。

 それを見て篤飛露は集まった有象無象を蹴散らそうと立とうとしたが、その前に友美と紗月がアサリを隠すように動き、夏志と国江が大声で言った。

「お前ら関係ないだろ、野次馬は散った散った」

「女の子が恥ずかしがってるでしょ」

 殆どが興味全部で集まって来たのだろう、集まっていた人達は言われてすぐにいなくなった。篤飛露はそれを確認してから声をかける。

「アサリ、あいつらならもういなくなったぞ。顔を上げろ」

「……本当にもう居ません? みんなで声を出さないようにして、私を驚かそうとしていません?」

「勝負の最中だぞ、しないしない」

「でも、私に意地悪な事はする為なら、それくらいしそうじゃないですか」

「じゃあ今日はしない、約束する。ほら、俺の答えだ」

 そう言って篤飛露は机に少し音をたてながら答案用紙を置いた。

 それを聞いてアサリはゆっくりと顔を上げ、首を左右に回す。アサリをガードをしているのか友美と紗月が少し後ろに立っているが、近くには誰もいない。居るのは対抗したのか篤飛露の後ろに回っている、夏志と国江だけだ。

 関係ない人が居ない事を確認してから、ようやく篤飛露の答案用紙を見る。

 八十九点。得点の場所にはそう書いてあった。決して悪い点数ではなく、むしろ良い方だ。

 しかし当たり前だが、それでは百点には勝てない。

 実はアサリは、篤飛露も満点を取っているのではないか、ひょっとしたら何かをしてそれ以上をとっているのではないのか、そう心のどこかで不安に思っており、自分の答案用紙を見ても安心はしていなかった。

 だが、それは間違いだった、杞憂だった。篤飛露は八十九点だったのだ。先生が採点に間違えいたとしても、今日の授業は終わっており、答え合わせも終わっている。今更何を言ってもて手遅れだ。

 アサリは自分の勝利を確信し、不安そうな顔からゆっくりと満面の笑みをに変わった。

「私の勝ちです、勝ちですよね、勝ちでいいんですよね。私が篤飛露に罰ゲームをさせるほうなんですよね」

 後ろを振り向き、そばに居る二人に確認するように尋ねる。

「アサリ、ユーアーウィナー」

「アサリちゃんの勝ち、それは人類には小さな一歩かもしれないが、アサリちゃんにも小さな一歩だった」

 そう言って三人は、悔しがる篤飛露の顔を予想して楽しそうにはしゃぎ始める。

 しかしアサリの予想に反して篤飛露はそんな様子を見せず、それどころか小さい音だが拍手すらしていた。

「……篤飛露、負けあのに何でそんな嬉しそうなんですか?」

「友達が良い点を取ったんだから、褒めるに決まってるだろ?」

 そう篤飛露は、それが当然だろうと言わんばかりの顔をする。

 その顔を見て、自分は篤飛露が低い点を取って喜ぶ、心が小さい人みたいじゃないか。最初はそう思ったが、何故そんな態度を取っているのか、そう考えたがすぐにピンときて、指を突きつける。

「分かりましたよ。私を褒めて機嫌を取って、罰ゲームをしないつもりですね。でも許しませんよ、そうは問屋は下ろしませんよ。絶対に篤飛露は恥ずかしい事をしてもらいますからね、教室といいあの時と言い、私だけ恥ずかしかったなんて許さないんですからね!」

「いや、だから褒めただけだって。罰ゲームは普通にやるから、何をすればいいんだ?」

 責めるように言ったのだが、あっさりと否定される。アサリは毒気が抜けたような顔になり、突きつけた指は行き場をなくしてしまった。

「じゃあ、そうですね、……えーっと……」

 結局指はそのままで要求を告げようとするが、何故かそれっきり言葉が出ない。

 しばらく待っていたが何も言わないのを見て、紗月がある疑問を問いかけた。

「アサリちゃん、何をさせるかを実は考えてないでしょう」

「そ、そんな事はありません、ちゃんと篤飛露が恥ずかしい事を考えています。それはもう、篤飛露が穴を掘って王様の耳はロバの耳と叫ぶぐらいに恥ずかしい事をです」

「恥ずかしいかな、それって」

 殆ど確認するような言葉にアサリは大げさに否定する。それが逆に他の全員に心の中で『考えてないんだ』と思わせた。

「じゃあ、俺は誰の耳がロバの耳と言えばいいんだ?」

 そう言われてアサリは言葉に詰まる。友美の言う通り、何をするかまで考えていなかったからだ。

 勉強を優先しテストが終わってから考えようと思っていたのだが、テストが終わると友美と紗月の三人で買い物に行こうと約束したため、その計画を考えるのに夢中だった。

 テストが終わってから答案用紙が返って来るまでの間、一回でも聞かれたら思い出していたのに、つまり篤飛露が悪い。

 そう心に決めたが、今はそういう場合ではなかった。

 昨日までの事を考えていると、アサリは一つ案が思い浮かんだ。

「……そうです、篤飛露には買い物の荷物持ちをやってもらいます!」

 三人で買い物に行くのなら、きっと荷物が出るだろう。女子三人の荷物を運ぶ、それは男子としては屈辱な事ではないだろうか。

 そう思い自信気に言ったのだが、篤飛露を見ると予想外に動揺しており、さらにその後ろの二人も『一つを二人で』『予行練習』と言いながら動揺している。

 篤飛露はともかく、何で友美と紗月までこんな顔をしているのか。後ろの二人に聞いてみようと振り向くと、聞く前に二人の方から声をかけてきた。

「アサリ、まさかここでそう言うなんて。……まさか、一気にそこで決める気か!」

「確かに、罰ゲームだから紋常時君は逃げられない、そして恥ずかしくなるなら何してもいい。……策士、アサリちゃんは古今東西屈指の策士!」?」

 二人は口々にそう言うが、何を言っているのかまるで分らない。そう疑問に思っていると、篤飛露から答えが帰ってきた。

「まさか、スーパーでかごを持てって言ってるのか? さすがに二人でスーパーで買い物は恥ずかしいけど、それはアサリも恥ずかしくないのか?」

 そう言われてアサリは自分の言葉足らずなのだと分かり、慌てて否定する。

「ち、違います! 日曜日に友美さんと紗月さんとで買い物に行くからその荷物持ちになってくださいと言ったんです!」

 そう言ったら篤飛露ではなく、友美から声が上がった。

「え、私たちも一緒なの?」

 二人きりで行けばいいのに。そうゆう意味で言ったつもりだったが、友美の声はアサリにはそう聞こえなかったようで、少し声を小さくして小首を傾げて尋ねる。

「ダメですか? 篤飛露は力が強いからたくさん荷物を持ちますし、一家に一人いたらきっと便利ですよ。何かあったら置いて逃げれば良いんですし」

「そうは言ってもねぇ」

 そう言いながら、紗月は考えるような顔をしている。

 今紗月の中では、待ち合わせの時に理由を付けて二人きりにしてこっそり尾行するのがいいのか、それとも最初は一緒に居て途中でわざとはぐれて二人きりにしてから尾行した方がいいのか、どうすれば面白いのかと考えていた。

 そんな事を考えている紗月は気付いていないが、横に居る友美は彼女の事ををじっと見ていた。そして紗月が何を考えているのか、友美との本格的な付き合いは一学期からの短いものだが、既に彼女がどういう人かの大体を理解している、ほぼ正確に予想していた。

 夢田紗月は、割と面白い事を優先する。

 友美は口にこそ色々出すが、実際の二人の行動は見守るべきだと思っている。紗月とはやりたい事が反対なため、紗月が何かを言われる前に口を開いた。

「夏物見に行くんだから、そんなに荷物は無いでしょ。三人分の荷物をいっぺんに持たせて混ざっても困るし、別のを考えた方がよくない?」

「……」

 言われてアサリが黙っていると、学校以外で行動するこの二人を見たい紗月が助け船を出す。

「でも、女子三人に男子一人なら男子は恥ずかしくならない?」

「そのくらい誰も気にしないと思うけど。紋常時君はどう思う?」

「まあ、時間と場所によるかな。下校途中で制服のままで行きつけのスーパーに行って二人で夕飯の材料を買っていたら知り合いにばったり会った、とかだったら嫌だけど、それ以外は別に」

「すごい限定的。それなら他の事を考えて別の日にしたら?」

 篤飛露の言葉を聞いて、買い物に一緒に行っても意味は無さそうだと友美が言う。すると紗月が否定してきて。

「でも、女の子を三人も連れてたら恥ずかしくならない。今までそんな経験なさそうでしょ?」

「平気なんじゃないの、むしろ自慢するとか」

 二人は視線を合わせ、誰も知らない水面下の攻防を繰り始める。それを終わらせたのは誰でもない当の本人だった。

「でも私は、篤飛露に言う事をきかせたいんです、そして私に命令されて屈辱的な顔をしている篤飛露をみんなで見たいです」 

 中学二年生にしては小さい見た目をしているが、それとはうらはらにとんでもない事を言っているアサリ。

 全員がアサリを見つめる。自分が何を言っているのか、アサリはおそらく分かっていない。

 そう思い友美は、どうせここに居るのだからと幼馴染をより一層巻き込むことにした。

「……じゃあ夏志、あんたも来なさい。アサリの言った事を考えるとそうなるでしょ」

 アサリの言った事を考えると、恥ずかしい事をさせたいと言うよりも、命令をしてそれに従うのをみんなで見たい、という事だろう。

 ならば人数が多い方が良い、紗月もそれには同意なのか、国江に声をかける。

「じゃあ佐古田君も呼んだ方が良いでしょ。ここで呼ばなかったら仲間外れみたいだし」

 急に言われて二人は顔を見合わせる。完全に高みの見物だと思って面白おかしく見ていたのだが、ここにきて急に関係者にされてしまった。

「まあ、日曜日は用事もないし良いけど。国江は?」

「僕も大丈夫。で、何処まで買い物に行くの?」

 驚いたが、考えれば友達と遊びに行くだけか。そう考えると特に考えることなく二人はあっさりと了承した。

 一緒に行ったらアサリと篤飛露が何かしでかして恥ずかしくなるかもしれないが、その時は逃げようと二人ともアイコンタクトで心が通じた。

 そして四人で時間や待ち合わせ場所を話し始め、気が付いたらアサリは蚊帳の外にと追い出されていた。

「……あれ、つまりどういう事になったんでしょうか?」

 話についていけていないアサリ。しょうがないのと言わんばかりに友美が優しく教えてくれる。

「どうって、日曜日にアサリが紋常時君に命令して、私たちがそれを見る。それでいいでしょ?」 

「……そう、ですよね。それでいいんですよね。篤飛露もそれでいいんですよね?」

 本当にそれで合っているのか、そう思っているのかアサリは不思議そうな顔をしている。

「まあ、俺の方はアサリがいいなら文句は無いけど」

 篤飛露も納得をしている、ならばこれでいいのだろう。そう決めるとアサリも話し合いに近付こうとする。

 何しろ午前中から買い物に行くのだ。昼のラッシュを避けるためにランチは早めに取るのか、それともおやつを取ってしのいでから遅めのランチにするのか、いろいろと決まらなければならない事はたくさんある。

 そう思っていると篤飛露が、アサリにとっては不思議な事を言い出した。

「じゃあ次は国語にするか。次は俺からだな」

 そう言いながら英語の答案用紙を片付けると、代わりん国語の答案用紙を机に置いた。

 九十五点、間違えたのはわずか二問だけだった。

「……何でしょうか、これは?」

「だから、国語。アサリもほら」

 篤飛露の言葉を聞いて、アサリは返事の代わりに不思議そうな顔をして、首をかしげる。

 しばらく二人とも黙ったままでいると、根負けしたのかアサリは反対側に首を動かした。

「……何をやってるの、そこの二人は」

 友美は二人が話し合いに参加しない事に気が付いて、どうしたんだ視線を送る。そこには互いを見つめ合い、全く動かない二人が居た。

 言葉だけなら甘酸っぱい空気のようにも思えるが、その様子は全く無い。アサリは純粋に不思議そうな顔をしている。

 さっきの言葉にも二人とも返事をせず、代わりにアサリはもう一度反対側に頭を移動した。

「……にらめっこ?」

「それは何と言うか、真顔で見つめて、シュールなにらめっこだよね」

 紗月が尋ねて、国江が呆れた顔をする。

 そう言われても二人は返事を返さない。しょうがないので紗月は、アサリの後ろへと移動し両肩に手を置いた。

「何をする気ですか!」

 肩に置かれた腕が下に動こうとしてるのをアサリは感じ、反射的に紗月と向かい合うように立ち上がり、距離を置いて注意を払う。

 紗月には、前科が有るからだ。アサリはそれを忘れていない。

「……何をする気だったんですか?」

「返事をしてくれないから、大丈夫なのか確認しようかと思って」

 理由は言わないが両手を抱きしめ、アサリはじりじりとさがる。それに呼応するように、紗月もじりじりと動いた。

「……私に何をするつもりだったんですか?」

「……言っていい?」

 まるで一流の格闘家のように、紗月が動けばそれに合わせてアサリが動き、アサリが動けばそれに合わせて紗月が動く。

 見ている人々には永遠に続くのかと思われたが、あるきっかけであっさりと終わりを迎えた」。

「アサリ、足元」

 向かい合っていたため地面を見る事が出来なかったアサリは、誰かが地面に置いてあるバックに足を取られ、体が後ろに傾く。

「え、ちょっと、……ほっ」

 そう言いながらバランスを取ろうとするが無駄なあがきなのか、ゆっくりと倒れそうになる。

 お尻から倒れれば二つに割れるだけですむ、そうアサリは覚悟を決めたが、その前に篤飛露が両腕ごと持ち上げ、そのまま膝の上にふわりと下ろした。

「……」

「……」

「……」

 篤飛露の膝の上から動こうとせず、紗月を見つめるアサリ。アサリの言葉を待っているのか二人が黙っていると、友美は今日のアサリは忙しいなあ、と思いながら口にはせず、代わり別の言葉を喋る。

「で、アサリは紋常時君と何をやってたの、見つめ合い宇宙?」

 言いながら紗月に二人から離れるように指だけで促す。紗月が少し離れると警戒を解いたのかアサリは喋り始める。

「篤飛露が変な事を言うんです。国語がどうとか」

 喋るアサリはまだ篤飛露の膝の上のままだった。

 それを見た全員は、アサリは言外に「篤飛露の膝の上に座るのは当たり前ですけど、どうかしましたか?」と言っている顔に見えた。

 この二人は、変な事を行っている。テスト勝負を決めたあの日から、二人はスキンシップが増えている事は全員が気づいていた。

 しかし今日は、これは桁が違う。もっと幼いか、あるいは大きくなってないと恥ずかしくてできそうにない。

 しかし篤飛露も膝に異性のクラスメートを乗せた事を気にせず、頭の下へと話しかけていた。

「いや、英語が終わったから次は国語でいいだろ。何処が変なんだ?」

 アサリも上を向き、会話を続ける。自然過ぎる二人を見ていたら、ひょっとして男女がこの体形をしているのは当たり前の事なのだろうか、そう錯覚してしまいそうになる。

「勝負は私の勝ちで終わったじゃないですか。それなのに次は国語とか、何で不思議な事を言うんですか?」

「確かに英語はアサリの勝ちで終わったから、次の科目をやろうって言うののどこが変なんだ?」

 何故か会話が嚙み合っていない二人。

 このままでは終わらない気がする。そう思った友美も口をはさ事にしたむ。

「確かに、まだ残ってるし日曜の話をする前に先に勝負を終わらせる方が良いか」

 他の三人も同意して篤飛露の机に集まる。それを見てアサリは動揺し、止めようと両手を前に出した。

「な、何ですか残ってるって。もう終わりましたよね、私の勝ちですよね?」

 アサリが膝から落ちそうになったので、お腹を腕で抑える。ようやく何を言っているのか見当がついた篤飛露は、顎をアサリの頭に置いて確認するように言う。

「アサリ、勝負は英語で百点を取ったから終わりだと思ってるだろ」

「だって、私百点だったんですよ。篤飛露が百点取ってないなら私の勝ちですよね」

 その二人の会話を聞いた全員が、アサリが何を勘違いしているの分かった。

 最高得点で勝負のつもりだったのだ。

 しかしアサリ以外の全員がそうは思っておらず。

「普通は最高得点じゃなくて、合計得点か、勝った科目の数の合計だ。だけどアサリは英語で勝って罰ゲームを決めたから、科目ごとに一回一回罰ゲームを決めると思ったんだけどな」

 篤飛露がそう言うと、全員が頷く。アサリはここにきてようやく、自分が危機に陥っていると気が付いた。

 英語以外の科目は勝負にもならない。アサリは心の中でそう断言する。

 何しろアサリは勝つ為に英語に全てをかけている。そしてその結果英語で百点を取った。そしてその代わりに英語以外の点数は、クラスの平均得点を下げるのに一役かっている点数だった。

 どうしたらこの危機を乗り越えられるのか。必死で考えた結果、アサリは一つの結論に達した。

「……好きにすればいいじゃないですか、国数社理の四回分、篤飛露の好きにすればいいじゃないですか!」

 それは、諦める事だった。

「……まるで俺が悪いみたいな言い方だな」

 少し困ったように言う篤飛露。

 彼は気が付いて無いかもしれないが、実はこれがアサリの目論見通りだった。

 全員の見ている前で言えばアサリに同情が集まり、酷い事はできなくなるだろう。そして負けを認めいやいやながら従うようにすれば、アサリは点数の公表を回避できるかもしれない。

 最初に篤飛露の提案で酷い事はしないと決めていた。そして本当に嫌なら拒否してもいいとも。

 まれに見る得点を取ってしまった以上、アサリは誰にも見せるわけにはいかなかった。アサリはその為なら何でもするつもりだった、許容範囲内で。

「ほら、早く言ってくださいよ、私にさせたい恥ずかしい事を。私の覚悟が決まっているうちに、篤飛露のマニアックな趣味をみんなに知らしめて下さい!」

 そう言いながら両手を広げ、アサリは自分の背中を篤飛露の体に力いっぱい押し付ける。

 押し付けられた篤飛露はできる限り後ろにさがろうとする。それを見ている四人ともが、その状況は恥ずかしくないのか、そう言いたくなった。

 しかしその前に篤飛露が口を開いた。

「一回一回勝負とは思ってなかったから、五回分は考えてないしな。アサリがするのは一回でいいぞ」

 勝った、アサリは心の中で快哉を上げた。アサリの作戦は成功したのだ。

 そう思ったがもちろん知られるわけにはいかない。少しホッとするように、安心するように、笑わないように、顔を引き締めた。

「という事は、五回分ぐらい恥ずかしい事をさせる気ですね。でもだめですよ、本当に嫌ならしなくていいって言ったのは、篤飛露ですからね」

 心の中の喜びは見せないようにしていたが、やはり隠しきれてなかった。体が勝手に動き、さらに篤飛露へと押し付ける。

 それに対してさらに逃れようとするとアサリは思っていたが、予想は外れて篤飛露は後ろからアサリを抱きしめた。

「あれはまさか……、あすなろ抱き……だと……!」

 紗月が驚きの声を上げる。一人で騒いでいるのだが、誰も何を言っているのか分からないので聞かなかった事にした。

 篤飛露も紗月の言葉は気にせず、アサリの肩に顔を置いた。頬と頬とがくっつきそうになり、今度は三人も騒ぎ始めた。

 しかし二人は普通の事のように、平然と喋り続ける。

「大丈夫、誰でもできる事だ。最初は恥ずかしいかもしれないけど、すぐに慣れる」

 くっついてる二人より、見てるこっちの方が恥ずかしくなりそうだ。そう夏志が文句を言いそうになったが、それを予想していた友美が何かを言う前に口をふさいだ。

「それで篤飛露は、私に一体何をさせる気ですか?」

 帰ってきた答えを聞いて、何だそんな事か、とアサリは思ったが友美と紗月は違ったようで、何故か二人して篤飛露の肩を大きく叩きつけた。

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