姫芝アサリは決闘を申し込んだ

 空中へと舞い上がっているアサリがまずした事は、スカートを両手で抑えさらに足も使い、捲るのを防ぐ事だった。

「ふにゃー!!」

 猫の声が顔のさらに上から聞こえた気がしたがが、猫は居なかったはずなので、篤飛露は聞こえないふりをする。

 体が空中へと舞い上がったが、重力には逆らえずすぐに落ちるアサリ。そのまま床に落とされるかと思ったが、床には落ちず地面すれすれで止められた。

「今日は教室だから制服が汚れそうでここで止めたけど、あの時はここまま地面まで止めなかった、というわけだ」

 篤飛露はそう言いながら足を床につけさせ、倒れないようにアサリを立たせる。

 突然の行動に驚くが、友美が納得するような声でいう。

「さっき力いっぱいって言ったのは、力いっぱい持ち上げた、って事か」

「あの勢いで落としたら、そりゃ痛いわ。謝らないとだめだろ」

 夏志もそう言い非難して、それに合わせて聞いていたクラスメート達も関係者にような顔をして参加してくる。

「それは酷いよね、公園だって地面に落ちたら制服が汚れそうだし」

「て言うかまず何で空中に飛ぶ?」

「やっぱり空を飛んでるって、そういう意味では?」

 関係者ではない分さらに好き勝手に言っているが、それに混ざるようにボロを出させるために紗月が口を出してきた。

「じゃあ、その後はもう帰っただけ?

「そう」

 何も考えず、反射的に答えを出したように聞こえた。

 ならば次の質問も正直に隠す事なく答えるだろう。そう思い、続けざまに質問する。

「じゃあ、アサリちゃんをお姫様抱っこで家まで歩いていたのは、紋常時君でいいの?」

「そう」

 何でもない事のように言った答えだったが、お姫様抱っこと言う言葉を聞いた人々は一瞬その意味が分からず黙り、そして意味が分かった後は周りの人と顔を合わせて騒ぎ出す。

「ちょ、紋常時君、何やってんの!?」

「何って、アサリが立てないって言うから抱えたんだよ。遅くなったから早く帰そうと思って」

「いやいや、何でそこでお姫様抱っこ、肩をかすとかあるだろ

「それはあまり言いたくないけど、身長差がな」

 口々に非難するが、一番の被害者が何も言っていない事に友美が気づいた。

「ほら、アサリもちゃんと言わないと。ちゃんと言わないと、将来DVとかされるから」

 そう友美が声をかけるが、空中を舞った後、立たされてから微動だにしない。

 そういえば今朝もドアの前で似たような事があったな。そう思った瞬間、アサリは再起動を始める。

「超酷いじゃないですか超酷いんですよね超酷いんですよ! 何で実行するんですか普通実行しませんよね趣味で実行するんですか実行するにしても普通はちゃんと説明して同意を得てから実行してください心の準備がいりますからやっぱりそういう趣味なんですね怖がっている女の子が大好きなマニアックな趣味なんですね!」

 篤飛露に向かって大声を上げる。口を出す暇がない、一気呵成の声だ。

 そしてそれを聞いた紗月は。

「アサリちゃん、大声で何てことを言うかな……」

 そう、自分の言っていた事は脇に置いて、顔を覆いながらそう言った。

 しかしそんな悲しんでる友達を無視して、アサリは篤飛露に食ってかかる。

「悪い悪い、床に置かなかったらいいかな、って」

「いいわけないじゃないですか。痛くしなくても許可を取らないと犯罪です。確かに終わった後に思い出したら楽しかったと思うかもかもしれませんが、やはりはっきりとした言葉で同意を得てからするべきなんです」

「おい、アサリ、一回止めて、何を言ってるのかを考えようか」

「いいえ、こういう事はその場で言うべきです。良いですか、教室であんな事何て普通はしませんされません。ひょっとして篤飛露は何をしても私なら最終的に許してくれると思ってませんか?」

 やはりわざとなのだろうか、そう考えてしまったがそんなはずがないと信じ、紗月はアサリに止めに入る。

「だからアサリちゃん、一旦ストップ、ストッープ!」

「いいえ紗月さん、私は止めません。篤飛露にちゃんとわからせるために、止めてはいけないんです。……良いですか、確かに学校でするかもしれませんとは言いましたが、それはマットの上とか、柔らかい場所でです。あれが楽しいと言ったのは、痛くないからだと言ったはずです、教室では痛いに決まってるではないです。今後は柔らかい所で許可を取ってください、そうすれば私も気分が向いたら許可を出す場合がないとは言いませんから」

 説教をするアサリだが、篤飛露は返事をせずに、自分も巻き込まれてしまった、とでも言いたげな顔をする。

 何も言わない様子に見かねて、友美は篤飛露に変わってアサリを分からせる事を決めた。

 ここは友達が言うべきだろう、そして男子が言うべきでは無いだろう。

 そう思い、友美は優しく口を開いた。

「アサリ。周りを向いた後、自分が何を言ったかを、もう一度よーく考えてみようか」

「?」

 不思議そうな顔をしてから、言われた通りに見渡した。

 人によって程度は違うがほぼ全員が顔を赤くしており、いつの間にか誰も大声を出さず、小声で話している。

「自分が何を言ったか、ちゃんと覚えてる?」

 今度は紗月からそう言われ、何故こんな事を言われているのかと思いながらも考える。

 アサリとしては篤飛露の文句しか言っていない。他に言うとするならば篤飛露への説教だ。

 その為に自分が何を言ったのか、しばらく考えた後に。

「……!?」

 ようやく自分が何を言っていたのか、理解したアサリは真っ赤に茹で上がった。

「今考えれば、もっと前に止めるべきだった。ありがとう、新田さん」

「いえいえ、私らも調子に乗りすぎたと思っている所です、はい」

 そう言い合っていると、まだ顔を赤くしているアサリが篤飛露に指を突きつけ怒鳴りつける。

「あ、篤飛露が悪いんです、そうに決まってます。篤飛露のせいでこんなの恥ずかしいんです、篤飛露はもっと恥ずかしい事をして下さい!」

「嫌だよ、恥ずかしい」

 大声で言われたが、それが当たり前のような声であっさりと拒否する篤飛露。拒否されたアサリはさらに怒りを大きくして、上履きを脱ぐと椅子の上に立った。

 これにより篤飛露よりも身長を高くすると、アサリは見下すような顔をして高らかに宣言する。

「嫌なら、休んでいた分のノートは見せません!」

 自信満々にそう言ったアサリ。

 それを聞いた篤飛露は全く動ぜずに後ろを振り向き。

「じゃあ国江、放課後にノート見せて」

 さすがにそれはどうだろう。その場に居るほぼ全員がそう思った。

「さすがにそれはどうかと思いますよ!?」

 アサリに至っては口に出していた。

「いや、見せてくれないなら他の人に見せてもらうだろ、そりゃぁ」

 それは考えなくても当たり前の事だ、しかし言われた国江が首を横に振って断る。

「さすがに僕からは見せないかな。姫芝さんはノートとは別に、休んです篤飛露君に渡す用のノートを書いてたし。……あと巻き込まれたくないし」

 最後の本音は小声で言ったが、中身はちゃんと周りにも聞こえている。そもそも別に隠すつもりは無く、むしろだからこっちを巻き込むな、顔でそう言っていた。

「でもアサリは見せてくれないって言ってるし……、まあ三日ぐらいのノートだし、無くてもいいか」

 どうせノートぐらいだし。とそう言って篤飛露は改めてアサリに顔を向けた。

 アサリはノート事を知られたく無かったのか、それとも別の理由なのか、椅子に立ったままではあるがさらに顔を赤くしてじっと下を向いている。

 泣き出すかもしれない。

 下を向いて顔が見えないようにしているアサリ。篤飛露はそんなアサリを見て、今までになく動揺していた。

 もう昼休みが終わりそうなのに、このままでは泣いてしまうかもしれない。

 アサリの要求は恥ずかしい目にあえという事だが、あんな恥ずかしい目にあうには相当な事をしなければならない。

 そもそも恥ずかしいとは何なのだろうか、他に何か無いのだろうか。ここは三階だが、ベランダから飛び降りれば全てをうやむやにできないだろうか。

 そう思い動こうとするが、その前にアサリは椅子から飛び降りた。そしてそのまま篤飛露へと詰め寄り。

「じゃあ勝負です。ノートが無くても平気なら中間試験で勝負をしましょう!」

 両手で篤飛露の胸蔵を無理やり掴むと、予鈴が鳴り響く中で挑むように宣言した。それを見た篤飛露は、昼休みが終わる直前に泣く様子が無いアサリを見て一安心していた。

「……いいぞ、別に」

 何故そんな事言いだしたのは分からない。篤飛露は他の人にはわからないようにしながら、もう泣き出さないように、刺激を与えないように注意しながら、アサリの提案に同意する。

「そして篤飛露が負けたら罰ゲームです、恥ずかしくなってもらいますからね!」

 勝負を断れなかったせいか、気分を良くしたアサリはさらに注文を加えている。

 今の篤飛露は幼児に泣かれた大人のように、アサリの全てを受け入れる事しかできない。しかしそれを知られないようにしながら、言った事について確認する。

「それはいいけど、罰ゲームで具体的に何をさせるつもりなんだ?」

「それは今日からじっくりと考えますので、テストの後で発表します。篤飛露も何をさせられるのかを考えながらびくびくしていてください!」

(考えてないのかよ。そんな事を考える前に勉強しろよ)

 聞いたクラスメート達は口こそ挟まなかったが、そう思わずにはいれられなかった。

「じゃあアサリが負けたら、俺が考えた恥ずかしい事をするのか?」

 そう言われたアサリは急に後ずさり、さっきまで立っていた椅子を掴むと二人の間に置いた。

「……篤飛露が考えた恥ずかしい事を、私にさせたいんですね。……やっぱり、そういうマニアックな趣味なんですね……」

「いや、罰ゲームするなら条件は同じにしないとダメだろ?」

「それは……、そうですけど……」

 言っている事は正しい、それはすぐに理解できた。しかし何故かアサリは、篤飛露からそう言われるとは考えもしなかったのだ。

「別に酷い事はしない。……お互い軽いものにしようか、そして本当に嫌なら断ってもいいい。条件をそうした方が良くないか?」

「……確かに、負けるつもりはありませんが、篤飛露が勝つて私の恥ずかしい所を見るために卑怯な事をするかもしれませんし」

「別に恥ずかしい事をさせるつもりはないけどな。じゃあその方向で」

 そう言って、もう終わりと言わんばかりの顔をした。その篤飛露の顔を見て、アサリは何かに納得したような声を上げる。

「知っていますよ、篤飛露は私との勝負に負けるので、先に保険をかけたんですね。さっきのがその保険なんですね。でもいいです、問題ありません、勝つのは私ですから。公平に、そうフェアプレーで行きましょう」

 そして二人は近付いて、熱い握手を交わした。

 友美がふと時計を見ると、もう昼休みが終わる時間だ。予想をしていない方向に話が進んだが、最終的にはいい方向に終わったのではないのだろうか。

 これなら今日はもうケンカはしないだろう。

 そう思っていたら二人は最後に、聞いたら誰もが膝から腰が崩れ落ちそうな事を話し始める。

「フェアプレーなんだから、先週分のノート見せてくれ」

「公平にですからね。お姉ちゃんにルーズリーフを貰って、渡す用に書いてあります」

 そう言って、アサリはカバンからノートを取り出して渡した。

『おい!』

 四人だけではなく、ここまで黙って聞いていた教室のほぼ全員が、叫ばずにはいられなかった。

 どんな茶番だ、言っていた事覚えてないのか、イチャイチャを見せびらかすのが目的なのか、そういうプレイか。

 一斉に口を開くので、何を言われたのか聞き取れられない。

「もう昼休み終わるぞ」

 その中でいつの間にか篤飛露は、自分の席に座り教科書も準備してからそう言った。

 それについて誰かが文句を言おうとしたが、すぐにチャイムが鳴り、同時に担当の先生がドアを開いた。

 それを見て、それぞれが慌てて自分の席に戻る。

 椅子に座ったアサリは心の中で叫んでいた。

 絶対に勝ちますよ、と。

 そして篤飛露は思っていた。

 お姫様抱っこの件はごまかせた、と。

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