紋常時大雅は又甥と姪孫と甥孫のどれで呼ぶべきか考えている
紋常時大雅はかすかな音を聞き、篤飛露が飛ぶように跳ねながら出入り口まで上がってきていること知った。
二十年ほど前に寄付された中学校にある部活専用のグラウンド。その管理部分の壁の一つに地下への階段が隠されていた。
部活専用なので授業中は誰もいないため、誰かが入っても見つかる事は少ないだろう。そしてもし誰かに見つかったとしても、寄付した本人ならば何とでも言うようはある。
大した執念だ、大雅は素直にそう思う。二十年前から計画を進め続ける事など普通の人間は無理だ、そこまでかかってしまっては大抵の人は途中で諦める。
一体どんな理由があり、何をしようとしていたのか。甥の息子が出てくれば、はたして全てが説明できるのだろうか。
そうなればいい、そう思いながら使われていない部室のような所で待つと、両脇に一人づつの老人を抱えながら篤飛露が飛ぶように姿を見せる。
勢いよく飛びすぎたのか、空中で半回転して一階の天井を一度蹴った後、大雅の前に着地する。
抱えられた一人は大雅の父親だが、もう一人は知らない顔だ。篤飛露が抱えている以上、被害者か加害者のどちらかは間違いないだろう。
そう当たり前な事を考えながら顔を見ていると、見た事があるような気がしてくる。最近は親戚以外で老人と知り合いはできていないのだが、ひょっとして昔に知己をえた人なのだろうか。
「ご苦労、成果は?」
考えていたことはおくびにも見せず、抱えられている父親は無視して篤飛露に問いだした。
「会った妖怪は全て消滅、黒幕は確保しましたが根本は捕書と思われます。捕書は現時点では離れておりそれがいつかは不明、詳細な報告はご隠居が報告します」
大雅を真っすぐ見つめながらそう言った彼は、怪我どころか汚れ一つない。言われた報告は半分聞き流してその事を確認すると、かすかに頷き、まだ抱えている老人二人を下ろすように促す。
「後は親父に任せるから、取り合えずそれは放せ。放しても逃げられないように注意していろ、老人とジジイだから逃げらないとは思うが一応な。あと分かってると思うが老人には怪我をさせないように気を付けろ」
そう言われて篤飛露は少し腰を落とし、抱えられていた二人が立つようにする。腰を放すと宗太郎は何事も無く立ち上がったが、もう一人の老人は立ち上がらずそのままへたり込んだ。
「どうした祥銀司、怪我はしていないだろう?」
「怖かったんだよ馬鹿野郎。やっぱりお前のひ孫はサイボーグだろ、空を飛べるんだろ!」
「空を飛んでないぞ、手すりをジャンプで上がってたんだ。こう、ぴょんぴょんと飛ぶ時に音がしてただろう」
「気にしてられるか馬鹿。大体ジャンプで手すりを蹴ったところで人間が上がれるものか。サイボーグじゃなかったらロボットか、それとも宇宙人に改造されたのか!」
「いかんな、年をとっても生きてるならニュースには敏感にしないといかんぞ。ロボットとか昔のSFじゃあるまいし、まだまだ先の話だよ。と言うかまだロボットでも空は飛べないぞ。いいか、外国で生まれたパルクールと言うスポーツがあってだな……」
相手が黒幕にしては妙に仲良く話している。そう思いながら二人の会話を聞いていると、大雅は老人が誰だったかを思い出した。
「祥銀司と言うと、確か白賀川さんか」
父親の幼馴染で、行事等で何回か大雅も会った事がある。最後に会ったのはいつかは覚えていない、少なくとも学生の頃だったはずだ。
「はい、そう聞いています」
篤飛露が肯定するが、まさかと言う心境だった。
黒幕が知り合いと言うのも大きいが、それ以上にその歳が大きい。
「あの人はたしか親父と同い年だから、九十すぎだよな。あの歳なら手下がいただろう、連れてきてないのか」
「手下は全て妖怪でした。本人はもう居ないと言っていますが、連れて行ったら拷問で白状させましょう」
祥銀司の事は親の友達と思っているのが大きいので、どうしても粗末にはしないようにとしてしまい、事の顛末を調べるのが苦労しそうだと思ってしまった。
しかし篤飛露は違うようで、初手で拷問と言い出した。
(道徳の勉強をさせなければならないな、早急に)
親子は知る由もないが、奇しくもも二人のの考えは完璧に一致していた。
後で必ずやるとして、今は別にやる事がある。
「もう朝が近い。調べは一旦後にして、部活で人が集まる前に戻るぞ、親父」
「分かった。車か?」
聞かれた大雅は近くの道路に止めてあると言いながら、黒幕らしき人の横に立った。
「色々と聞く事がありますので、一緒に来てくれますね」
確認するような声で言われて、祥銀司は素直に頷いた。宗太郎と話している内は元気があったが、大雅が近付くと途端に力を落としている。
大雅と宗太郎で逃げられないように脇を固めながら車へと歩き、少し離れた所では篤飛露が何かが襲ってこないかと辺りを見張っている。
後部座席の真ん中に座らせた事で祥銀司も逃げ出さないように監視されている事に気が付いたが、当然か、と小さく呟き、それについては二人は何も言わなかった。。
「篤飛露、お前は助手席だ。早く乗れ」
そう言って、一向に車に乗ろうとしない篤飛露を急がせる。今は誰にも見られてないが、いつ人が来るかはわからないのだ。
いつもなら何も言わず乗るのだが、何故今日は乗らないのか。何かが襲てくると思っているのだろうか。
「すみません、行きたい場所が有るので一旦離れます」
背中を向けたまま、篤飛露はそう言った。まるで何かを心配していて今すぐ確認したい。そんな雰囲気を醸し出している。
篤飛露が何処に行こうとしているのか、大雅にはすぐに見当がついた。なので生徒を叱る先生のような口調で又甥に告げる。
「今日は土曜日だ、この時間に家からは出ないだろう。家にいるのは確認してある、お前が行って何をするつもりだ」
「……すいません、一目見てから、本家に行きます」
そう言うと止める暇も無く篤飛露は駆けだし、すぐに空に消えて見えなくなる。本気を出して走ったら彼には誰も追いつけない、何しろ篤飛露は人の家の屋根だろうが電信柱の上だろうが空中だろうが、平気で走れるのだから。
「ヒロ、行っちゃいましたね」
「……行く所は分かっているんだ、あいつならすぐに着くだろう。俺達が本家に戻る前に先に戻って来るかもしれない、俺達も戻るぞ」
「あいな」
大雅は運転席の相棒と話した後、指示して車を進ませる。
相棒の珊瑚は二十代の女性に見えるが、実際は付喪神だ。珊瑚の付喪神だから、名前も珊瑚。安直な名前だが、つけたのは大雅では無い。
まだ通行人はいないが、すぐに出てくるだろう。グラウンドの近くに民家は無かったが少し走れば新配達人を見かけ始める。
「確か大雅、だったよな。あれは君の孫なのか?」
宗太郎と話していた祥銀司が声をかけてきたので、そちらに顔を向ける。雰囲気だけでも思い出そうとしたが、さすがに昔すぎて全く分からない。
仕事でもプライベートでも付き合いが無い、父親の友人。ならばそんな扱いだろう。
「最後に会ったのはずいぶん前ですけど、俺の事を覚えていますか」
「似てるよ、父親と。性格は似てなさそうだがな」
事件の犯人とは思えない、懐かしいと感じているだろう声。父の友人が久しぶりに遊びに来て、昔の話を語り合う、そう聞こえても違和感は無い。
「いや、顔も似てないぞ。そいつは身長がわしより十センチは高いからな!」
「息子が大きくなったからって怒るか。喜ぶ事だろう、普通は」
そこに怒った父親が加わる。身長について怒っている幼馴染に、事件の黒幕はあきれた顔をする。
ほぼ間違いなく祥銀司はこの事件の黒幕だが、同時に宗太郎の友達でもある。そして捕書に捕らえられたのならば、ある意味では犠牲者と言ってもいいだろう。
どう言葉を使うべきなのか、少し考えてしまう。
「あいつは甥の息子ですよ。私は結婚もしてないし、子供もいません」
とりあえず、仕事の時のように話すことにした。
移動中は老人二人は喋り続けるので、時折生返事を返しながら誰もいない助手席を眺める。
考えればまだ完全に解決してはいない事件で、篤飛露が離れたのは相当珍しい事ではないのだろうか。
怒られるのは分かっているだろうに、それでも動かずにはいられかった。それほど大事だと思ているという事か。
うかつな行動に怒るのは当然だが、同時に篤飛露の行動を喜ぶ事でもある。
「珊瑚、あいつはお前に任せた」
「え、ちょっとタイさん」
唐突に運転中の珊瑚に声をかけた。有無を言わせない口調で。
言われた珊瑚は文句を言うが、大雅は全く気にしていない。珊瑚の言葉にいちいち反応しては時間がいくらあっても足りなくなる。
「俺は後始末で忙しい。きっちり篤飛露を叱っておけ」
「そうやって面倒ごとはすぐ人に押しやって。ヒロをほったらかしにして、ぐれてもいいんですか」
珊瑚は篤飛露については甘い。一時期は放そうとせずべったりで、昔は一緒に風呂に入ろうとして嫌がられた事も多い。
「そしたらあいつの親の責任だ、俺は関係ない」
「……い~だ、だから親になれなかったんだよ」
軽口のように言うが、大雅以外には重く受け止める人もいるだろう。その事について珊瑚に注意しようとしたが、自分以外には言わないだろうと止める事にした。
大体大雅に子供がいないのは、珊瑚を選んだからでもあるのだ。
面倒ごとは全て珊瑚に任せる事に決めると、大雅はもう一度外を見る。
篤飛露が見ようとしている、それを思い浮かべながら。
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