紋常時宗太郎はひ孫に道徳の授業を受けさせたい

 宗太郎は本来なら篤飛露に全てを任せるつもりだった。しかしいきなりこんな事をされては、納得できる理由を聞くまで続けさせる事はできない。

「まだ途中ですが」

 篤飛露は不思議そうな顔をして振り向く。

 自信の行動に一切の間違いは無い、そんな顔をしている。

「確認してなかった俺も悪かったが、そもそも何をするつもりだったんだ? てっきり暴れるのを落ち着かせてから、説得をするつもりだと思っていたんだが」

 祥銀司はビンタを受け顔を背けたまま、篤飛露の顔を見ないようにしている。おそらくだが怯えているのだろう、あの顔は。

「目的は、二度とこのような事ができないようにするためです」

「確かにそれは大事なんだが、見てた限りではただ殴りたかっただけとしか思えないぞ」

「それは、怪我などの後に残るものは一切使わず、痛みだけの拷問ができますので、それを使って逆らわないようにしてから、全てを白状させるつもりでした」

 このひ孫、拷問とか平気で使う。誰かに相談するべきだろうか。

「……それがさっきの、理不尽な事を言いながら殴り続ける、あれの事か。確かに顔が腫れたりはしてなさそうだが」

「はい。最終的には、蟄居にするつもりでした」

「……蟄居と言うと、江戸時代の刑罰の事か。中学生なのによく知ってるな」

「以前江戸時代生まれのやつから聞きました。蟄居なら家の部屋から出ないので、何もできないでしょう」

 蟄居というのは簡単に言えば家の一室から出る事を禁じる、武士向けの刑罰だ。調べれな有名な人物も多く受けている。

 確かに、自分の家では出来ないのでここが拠点なのだろう。それにもし家でやっていたのなら、間違いなく噂になり、対応は早くなっていた。

「しかし確か蟄居は謹慎に近い物じゃなかったか。別に誰かが見張りをしているわけでもないし、出ようと思えば自由に出れるのだろう。江戸時代の武士だから従っているだけで」

 従わなかった所で罰もないのに、従う理由がない。ひょっとして誰かに見張りをやらせるのだろうか。

 首をひねりながらそう言うと、篤飛露もそれには同意なのか頷きながら続ける。

「ですから、自主的に部屋から出ないようします」

「どうやって?」

 何か呪いでもかけるのだろうか。命令に従うようにする神通力は無かったはずだが。

 そう思って聞くと、ひ孫からはとんでもない答えが帰ってきた。

「部屋から出たら殴り続けるとトラウマを植えつけ、家から出ないようにします」

「鬼畜かお前は」

 言葉を聞いて宗太郎は反射的にそう言ってしまったが、ひ孫は、そうするのが一番良いのに何故この人は何でこんな事を言うんだろう、とでも言いたげな顔をしていた。

 誰かに相談とか言っている場合では無いかもしれない。曾祖父として、それ以前に年長者として、正していかなければならない。

(道徳の勉強をさせなければならないな、早急に、早急に)

 宗太郎は、そう心に誓った。

「しかし肉体的な罰を与える事ができない以上、多少の反倫理的な事であってもやるべきことではないのでしょうか」

「ダメに決まってるだろう。最後の手段としてなら行う可能性はあるかもしれないが、お前は初手で反倫理的な事をしようとしているじゃないか」

 長い人生を積んだが、黒幕より先にひ孫の説得が必要とは思わなかった。

「経験上、説得したところで時間がたてば口約束など無視します。新しい事件の被害者と無駄な時間が出ないようにする為には、可能性をつぶすこれが一番いいと思うのですが」

「可能性だろう。かもしれないでしていい事ではないよ。……祥銀司とは古い友人だ、私なら説得できるかもしれない。私と変わりなさい」

 納得しないだろうと思ったが、篤飛露は何も言わず素直に宗太郎の後ろへと移動した。

 内心はどう思っているのだろうか。それも少し気になったが、今は後に回すべきだろう。そう思い一旦この事については忘れる事にした。

「そ、宗太郎。なんなんだお前の孫は。躊躇なく老人を殴るわ、殴られたところは痛いけど全く怪我をしてないわ。……マシンなのか、人の心が無いのかお前の孫は。きっと若いのによほど悲惨な事件に関わって機械の心を手に入れたに違いない」

「……孫じゃない、ひ孫だ。あと当たり前だが人の心はちゃんとある、猫とか好きだし」

 そう、神社で遊んでいると猫が集まるらしい。だからきっと大丈夫、まだ間に合う。ひ孫の心を信用する。

「そう言えばさっきも言ってたか、ひ孫か。……ひ孫にしては大きいな、あの大きさならもう二十歳は越えているのだろう。いや、孫が早くに子供が産めば、そんなものなのか」

 篤飛露が離れたせいか、祥銀司は喋り始めた。まるで、久しぶりに会った旧友との世間話のような内容だ。

「あの子は十三だ。誕生日がまだだから、今は中学二年生だな」

「中二だと。という事は来年になってもまだ中三なのか、あれで!」

 会話をしている二人とも、楽しそうに見える。さっきまでのやり取りは、まるで無かったかのようだ。

 だが、実際には違う。一歩間違えればどうなっていたかわからない、恐ろしい事件があった可能性もあったのだ。

 二度とこんな事をやらないように、話をしなければならない。

「そうだよ、絹小春が結婚した歳よりかなり若い。あの子は確か十八だったろ、式を挙げたのは」

「……」

 そう言うと、祥銀司は顔をゆがませて何も言わず横を向いた。思い出したく無いのだろうが、宗太郎は構わず話を続ける。

「今でも思い出せるよ、あの結婚式は。親戚でもないから本来なら呼ばれなかったはずなのに、お前を抑えるためだけに呼ばれたからね。正直に言って出なければよかったとも思ったが、幸せそうなあの子の顔を見たらやっぱり来てよかったと思ったよ。あと、お前が意外と暴れなかった」

 とうとう後ろを向いた祥銀司の後頭部に向かって思い出話をすると、今は顔を見えないせいか、自然とあの頃の顔を思い出した。

「幸せなものか! あの事故を盾にして、無理やり結婚させられて……。そうだ、あの顔は無理やり作っているに決まっている。家族に迷惑をかけたくないからと、結婚して我が家から離れたに決まっているのだ!」

 後ろを向いたまま、大きく怒鳴った。それを聞いていた篤飛露は抑えようと動こうとしたが、宗太郎は後ろを見ずに片手で制する。

「なあ、祥銀司、本当にそう思うのか? あの笑い顔が偽物だと、本当にそう思っているのか?」

 ゆっくりと言う。尋ねると言うよりは、説得するように。

「……事故について、紬郎は何もしなかった。わずかばかりの金を貰ってそれで終わらせたんだ。裁判をせず、報いも与えず。……きっと絹小春を嫁にするのが都合がよかったのだろう、あんな怪我をすれば他に嫁げないからな。……そうだ、あいつはきっと金も貰えると思って結婚したんだ!」

 自分で言った事を信じたのか、祥銀司は振り向くと同意を得ようと掴みかかる。両肩を激しく揺さぶるが、それを全く気にせずに宗太郎は話し続ける。

「そうじゃないのは、本当はわかっているだろう。都合がどうこうと言うが、結婚してからも歩こうと努力して、よく夫婦で散歩していたそうじゃないか。まあ、夫婦の仲を見せつけるのは都合がいいかもしれないがな。それに七十年は前の裁判だぞ、鉄道も国営だし、女子学生が被害者ならろくに勝てない時代だ。噂でしか聞いていないが、裁判所からは相手にされなかったそうだよ」

「それでも! ……それでも、それだからこそ、そうすれば……」

 だんだんと声が小さくなり、やがて誰にも聞こえない程に小さくなると、膝を床についた。

 宗太郎は思う、おそらく一度は納得していたんだろう。そうでなければ七十年前の事を今になって言い出さない。

 しかし自分より先に逝かれた事で小さな疑念が起こり、さらに『何か』がそれを大きくし、今回の事件が生まれた。

 その大きくした『何か』を聞けば解決に近付くだろう。全てが失敗したと知った今なら聞くことができるはずだ。

 宗太郎は尋ねる。

「祥銀司、何故こんな事をしたのか、いや、そもそも何故こんなことができたのか。さっきの言いようからしてお前は紋常時家の御役目も知らなかったはずだし、お前の家や関係者も知らなかったのだろう。しかし何で妖怪を捕まえて、あまつさえ自由に操れる事ができたんだ」

 何も知らない人に、知識や力を与える。それをした『何か』を突き止めなければならない。

 もうすべてを諦めているいるのだろう、祥銀司は素直に話し始めた。

「……本だ。ずいぶんと古い、多分だが江戸時代かもしれない。蔵を整理する時に見つけた」

「それに書いてあったのか、妖怪を捕まえる方法や改造できる方法が?」

 そう尋ねると、首を横に振った。

「あんな文字読めるか、さっきは江戸時代と言ったが適当だ。家が江戸時代の時に庄屋だったからそう言っただけで、ひょっとしたら室町かもしれないし、飛鳥時代かもしれない」

「未発見の飛鳥時代の本が見つかったら国宝になるかもしれないぞ。それで、読めないのにその本は関係あると思うわけか。それは持っているのか?」

 言われて祥銀司は口には出さず、腕を放すと一方を指さした。指の先には机が置いてあり、そこに向けて篤飛露が歩き出す。

 その間、祥銀司はぽつりぽつりと話し始めた。

「絹小春もあの男も亡くなって、自分の事も考え始めてな。それで蔵の物を残す物や寄付する物、捨てる物に分けようと思ったんだ」

「それで本を見つけたのか。しかし、さっきも言ったが読めないんだろう?」

「ああ読めない。しかし何故かわかったんだ、どうやって妖怪を見つけて、捕らえて、作り変えて、思い通りに操れるのかを。そして同時に思ったんだ、あの子の無念を晴らそう、その為の方法は全てを理解している、と」

「で、二十年前から計画していたのか。やり方はわかっても、時間がかかったわけだ。……篤飛露、読めそうか?」

 机から本を取った篤飛露は、斜め読みしながら帰ってくる。

「江戸時代の黄表紙ですね、誰が書いたかまではわかりませんが、調べればわかるでしょう」

 宗太郎の方は調べながらなら江戸時代の本も読めるが、篤飛露は資料も無しに読めるのか。そう思いながら本を受け取り、中身を見る。

 全く分からなかった。

 何で中学生なのに読めるのか、最近は学校でそんな事をしてるのか。そんな事を考えるが、口はもちろんしない。

「……読んだところで何も分からないな。捕書かと思ったが違うのか、それとも中身は消えていたのか」

「消えたのが正解でしょう。力を与えたのは間違いないようですし、二十年間あれば何処へでも行けるでしょう」

「……いつ消えたかはわからないな。昔すぎて探すのは無理そうだが、一応組合には連絡だけでも流そう。できる事もそれぐらいだな」

 曾祖父に同意して頷く篤飛露。

 目の前の二人のやり取りを聞いていたが、内容については祥銀司にはまるで分からない。

「ホショだの何だの、一体お前たちは言っているんだ」

「知らないとなると、一部を与えられただけなのは間違いなさそうだな。……お前はな、捕書に捕らわれたんだよ」

 捕書とは、名前の通り捕まえる書の事だ。これが捕りついているている書を読むことで、読んだ人間を捕まえる。捕まった人間は心の傷を見つけられると、増幅される。

「それじゃあ、その捕書とやらにいいように操られていたのか……」

 説明を受けると、絶望したような顔になっていた。

 操られているとは一度も思っていない、しかしそれはただ気が付かないだけで、捕書の思い通りになって、妹への感傷を操られていたのか。

 そう思っていたが、またも宗太郎は否定する。

「捕書はな、何かをさせるといった目的は持っていないんだ。捕りついた相手が自分でも気が付いていない心の傷を見つけて、増幅させる。そして実行できるように方法を与えるが、それだけなんだよ。実行するのはあくまで人間の意志で、言ってみれば、魔が差しやすいだけなんだ。捕書はしいて言えば、手伝いをするだけの妖怪なんだよ」

「手伝い……。つまり、元々電車を破壊したいと思っていたという事なのか、俺が」

「多分な。絹小春が電車事故を起こして足が不自由になったのは事実だろう。事故の詳しい原因は何であれ、電車に対して恨みを持つのは、妹思いのお前なら納得できるよ」

 妹思いと言うよりは今で言う極度のシスコンと言うのが正しいとも思ったが、祥銀司は九十代だ、シスコンと言う単語を知らないだろう。宗太郎が知っているのもそう言われてる孫がいるからだ。

 なので口にはしなかった。

「確かに、あの事故がきっかけで結婚したとは思っていた。いや、電車が無ければいいと思っていた。だが壊す……、壊す? そうだ、電車を壊せば社会が混乱する、困る人が大勢出て来るじゃないか。何故俺は電車を壊しつくし、この世からすべて無くなるのが正しいと、そう思っているんだ!」

 誰に言うわけでもない、自分に向かって責めるように叫んでいる。

「お前は昔から、絹小春が本当は望んでいない結婚をしたと少しでも思い込んでいたんだな。捕書にはそこを突かれた。昔の事だ、それに二人とももう居ないから今更どうこうはできない。だから原因となった電車に全てをぶつけたんだな」

 そう言われて、祥銀司は立っていられなくなったのか膝をつき、ゆっくりと腰をついた。

 捕書が憑いていないならばこれ以上電車への恨みが大きくなる事は無い。それどころか祥銀司の姿を見ると恨みは全て霧散しているように見える。

 しかしその代わりに、体から生きる意志も無くなっているかのようにも見えた。

 二十年近くもも心の支えにしていた感情が消えたのだ。年齢も考えれば、もう生きる意欲も無くしてしまってもおかしくないのかもしれない。

「祥銀司、飲むか」

 ならばどうするか。ある意味では祥銀司も被害者なのだ。旧友ならば助けなければいけない。

 宗太郎は無理やり顔を向かせると、とんでもない事を言い出した。

 予想をしなかった言葉に祥銀司はもちろん、篤飛露も目を白黒している。

「飲もうとは、酒の事、だよな?」

「当たり前だろう。いい大人がジュースを飲もうとでもいうのか?」

「それはそうだろうが、歳を考えろ、歳を。お前は自分が何歳だと思っているんだ」

「お前と同い年なんだから、お前が自分の歳を忘れてない限り俺の歳も覚えているだろう」

 宗太郎は旧友を元気づける方法を知っていた。

 妹が結婚する時も、祥銀司が結婚する時も、家族が亡くなる時も、嬉しい時も悲しい時寂しい時も、二人で、それ以上でも酒を飲んでいた。

 しかし絹小春の葬式の時は酒を飲んでいない。

 それが間違いだったのだ!

 あの時一緒に酒を飲んでいれば、きっと捕書からの誘惑なぞ跳ね返すに決まっている。

「そうじゃなくて、この歳で酒など飲んだら病気になってしまうだろう。それどころかぽっくりあの世に行ってしまうかもしれん」

「俺は八十年以上毎日飲んでるんだぞ。今更飲むのを止めてしまったら、体がびっくりしてそれこそ病気どころか、ぽっくりあの世に行ってしまう」

「ちょっと待て、八十年間前からならお前。十代前半から飲んでいたという事にならないか?」

 祥銀司は思い出す、若いころは何かあるたびによく一緒に飲んでいた、と言うか何かあるたびに付き合わされていた事を。そう思いながらあきれた顔をした。

「江戸も明治もそんな法律無かったぞ。お前だって正月とか飲んでたじゃないか」

「あれはお屠蘇だ新年行事だ、それ以外では一滴も飲んでないわ。そもそもお前も俺も昭和生まれだ、江戸も明治も関係あるか!」

 つい先ほどまで真剣なやり取りをしていたとはとても思えない二人を見て、篤飛露は理解できないとでも言いそうな顔で暫く見ていた。

 いつしか二人は、笑い合っている。

 それはいいのだが、後一つ大事な事を聞かなければならない。

 声を上げ、篤飛露は尋ねた。

「それで、テケテケ軍団とやらはもう居ないのか。うろついて人間を襲いそうなやつは」

 この場では篤飛露が全て倒してしまい、もう居ないだろう。外ではアサリを襲った一匹だけしか見つからず、今も数人が何かあった時の為に外を回っているが何も起きていない。しかし居ないなら居ない事を確認しなければ、事件は終われない。

「……ああ、そのひ孫が全て消滅させたからな。ついでに言うともう作るのもできなさそうだ、どうやって作ったのかも思い出せん」

「外にももう居ないのか、篤飛露の友達を襲ったのがそもそもの原因だ」

「外に逃げたのは一匹だけだ、洗脳が甘くて足を短くする途中で逃げたやつだな。そうか、あれがきっかけか。それで良かったと言うべき、か」

 正気に戻ったためか、祥銀司はほっとした顔をする。

 しかしそれは篤飛露の逆鱗に触れた。

「じじい、俺が間に合わなかったらアサリがどうなるかと思ってんだ。四肢を切り落としてから手と足を逆に付けて、歩くときは手で歩くようにしてから、これで良かったと言わせてやろうか」

「篤飛露、怖い怖い。できてもそんな事絶対にしちゃだめだからな」

 篤飛露の顔は本気の顔つきだった。祥銀司が怯える前に宗太郎は先手を打つ。

「……すいません、頭に血が上りました。……もうすぐ夜が明けるはずです、もう居ないというなら本家に戻りますか?」

「そうだな、朝になる前に撤収するか。祥銀司は改めて聞く必要があるから一緒について来い」

 言われた祥銀司は声は出さなかったが素直にうなずいた。

 少しづづだが篤飛露から離れようとしており、トラウマを与える事は成功しているようだ。

「所で、階段しかないんですが外まで歩けますか?」

「そう言えばここに来るのも階段だったか。なぁ、エレベーターとか無いのか?」

 そう聞かれて、何故か祥銀司が自慢げに答えた。

「そんな物は無い、ここは最初は防空壕として作ったらしいからな。エレベーターも考えられたらしいが、それでは大勢が一度に避難できないだろう。買い取ってから作ろうかとも考えたが、費用が掛かりすぎるし、そこからワシの計画がばれる恐れもあったからな」

 防空壕という事は、この場所は戦中に作ったという事になる。それにしてはやけに天井が高いが、本当にここは防空壕なのだろうか。

 結局使わなかったこの場所を土地ごと買ったと祥銀司は説明する。

 なんでも地下に空間が有るからとずいぶん安く買えたそうだ。そして買う時は空間を埋めると言って買ったらしい。それなのに地下の深くに秘密のエレベーターを作ったら、怪しくて仕方がない。

「じゃあ、まさか毎回歩いて行ったり来たりをしているのか、お前?」

「当たり前だ。このくらいも歩けなくなったら復讐ができるはずがない、そう思っていたんだ」

 それを聞いて感心していたが、突然はたと思い出した。

「そんなに古いなら、階段腐ってないか?」

「腐ったぐらい自分で直せ、それくらいできるだろう」

「お前本当に九十過ぎか?」

 今度は立場が逆になり宗太郎が祥銀司の歳を確認する。確かに九十歳過ぎに大工仕事は普通はさせないだろう。

 内容だけなら学生が言いあっているようにも聞こえるが、実際には老人二人組だ。放っておけばいつまでも続きそうな気もする。

 外では何かあった時の為に見回りしている者や待機している者がいる。ここからでは通信が使えず、連絡するにはある程度は上がる必要があるだろう。

 二人は一旦放っておいて連絡できるまで一人で上がってもいいのだが、どうせまた降りて二人を運ぶのだ。篤飛露は二度手間は好きではない。

 言い合っている二人を両脇に抱えて、篤飛露は階段へと歩き始める。

 二人とも騒ぎ始めたが、どうせすぐにおとなしくなるだろう。

 そう思いながら篤飛露は、上に向かって大きく飛び跳ねた。

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