紋常時宗太郎は曽孫よりひ孫と言った方が好き

 篤飛露の右足の飛び蹴りは、八尺テケテケ様をよろめかせるだけに終わった。

 しかし蹴りが当たった瞬間に致命的にはならないと理解した篤飛露は、左足を使いもう一度八尺テケテケ様を蹴り、後ろに飛ぶ。そして飛びながら体を半回転させて空中で止まり、すぐにきりもみを入れた三度目の蹴りを叩きつける。

 一回目の篤飛露の蹴りでよろめていた八尺テケテケ様は二回目の蹴りではその場に立つ為に腰を落としている。

 そうした事で篤飛露の三回目は避ける事ができなっている。きりもみが入った蹴りを受けた八尺テケテケ様は十メートルは後ろの壁に吹き飛ばされ、最後に爆発してはてた。

 八尺テケテケ様も爆発するのか、見ただけなら大きい人と変わらないんだけどな。体勢を整えながら篤飛露はそんな事を考える。

 最後にもう一度気配を探し、八尺テケテケ様が本当に消えているのかを確認してから、この事件の黒幕である老人を見る。

 老人はあの八尺テケテケ様を、そして口裂けテケテケ女を生み出した人物だ。

 篤飛露は見るだけで何も言わない。喋るのは篤飛露がここまで連れてきた、もう一人の老人の仕事だからだ。

 二人ともかなりの歳をとっており、篤飛露が連れてきた老人は祖父ではなく、さらに上の曾祖父にあたる。

 その紋常時宗太郎は篤飛露から少し離れた場所で立っており、微動だにせず何も言わず、その様子をただ眺めているだけだった。

 宗太郎はもう九十才をこえ、全てを引退した身である。しかしこの地で何らかの計画がされていると知り、そしてその黒幕が古い友人である事を知ると、宗太郎は老体に鞭打って篤飛露を連れ、中学校から少し離れた部活専用のグラウンドの地下にある本拠地まで乗り込んで来たのだ。

 暫く誰もが、宗太郎もが黙っていた。友人が計画したことを信じられなかったのか、それとも友人の計画が全て終わった事を教えるのを躊躇っているのか、いっこうに口を開こうとしない。

 やがて黙っていられなくなったのか、この犯人の黒幕、白賀川祥銀司が喋りながら旧友を睨みつける。

「……宗太郎、口裂けテケテケ女や八尺テケテケ様を倒して計画を邪魔をしていたのは、本当にお前だったとはな。何十年と前から準備していた計画を、子供のころの友人が砕くとはな! あの神社の神主は祈祷師のような事をしていると聞いた事が有ったが、まさかこの歳で実際にお目にかかろうとは思わなかったぞ。だがまだだ、計画を粉砕したければこいつを倒して見るがいい。この、だいだらテケテケぼっちをな!」

 ついさっき八尺テケテケ様がぶつかった壁がゆっくりと動く。壁から何かが剝がれたかと思ったらゆっくりと動き始め、やがて一体の大きな巨人となった。

 五メートルは有るのか、この場所の天井ぎりぎりの大きさである。ひょっとしたらあのだいだらテケテケぼっちがこの大きさなのは、天井に合わせているからかも知れない。

 しかし、口裂けテケテケ女や八尺テケテケ様もそうだったが、だいだらテケテケぼっちに足が無かった。

 おそらく『テケテケ』が付いているのは足がついていないからだろう。祥銀司がどうやって化け物から足を取ったのかは分からないし、そのような方法があると篤飛露が聞いた事が無い。

 だが、篤飛露にとってそれはどうでもいい事だった。

 化け物が誰かに危害を加えようとするなら、その前に倒すだけだ。

 だから、だいだらテケテケぼっちが腕だけを使い近付こうとした時、篤飛露も動いた。

 だいだらテケテケぼっちは見かけによらず遅くはない。人と殆ど変わらない速さだ。

 しかし篤飛露は人間の限界を超える事が可能だった。だいだらテケテケぼっちが数歩動いた所で篤飛露も近付いた。

 走りながら力を貯め、だいだらテケテケぼっちのすぐそばまで走る。そして止まらずに両手を前に出し、篤飛露が動いた全てのエネルギーをだいだらテケテケぼっちにぶつけた。

 両手から出た神通力はだいだらテケテケぼっちを砕く事は無かった。

 しかしその衝撃を受けるとだだらテケテケぼっちは立っていられなくなり、後ろに倒れようとした。

 それを見た篤飛露はすばやく移動し、だいだらテケテケぼっちが体の全てを地面につける前に蹴り上げ、空中へと躍らせた。

 空中を移動できないだいだらテケテケぼっちは何もできなくなる。篤飛露は蹴り上げた後だいだらテケテケぼっちよりも速く空中へと踊りだし、両手を組むと神通力に全体重を乗せ、上がって来ただいだらテケテケぼっちに叩きつける。

 だいだらテケテケぼっちは上がる速度よりも速い速度で床に叩きつけられ、一瞬の間をおいて爆発した。

 今回の事件では全ての化け物が爆発している。だからこのだいだらテケテケぼっちも最後に爆発する事は予想できていたので、篤飛露は床に立っている二人とは離れている場所に落としている。

 篤飛露は宗太郎は勿論だが、祥銀司についても常に気配で確認している。二人が無事なのを確認しながら、危なげなく着地した。

「ば、ばかな……。ばかなばかなばかな。なんなんだ、なんなんだそいつは、宗太郎、そいつは一体なんなんだ!」

 だいだらテケテケぼっちはが爆発するのを見て、祥銀司は叫んでいた。

 宗太郎に叫びながら詰め寄ってくる。

「ひ孫だよ」

 答えたのは詰められた宗太郎ではなく、そのひ孫である篤飛露が端的に答えた。

「ひ孫だと、そんな訳があるものか。そもそも人間があんなに飛べるはずがない、移動できるはずがない、殴る蹴るで妖怪を倒せるはずがないのだ!」

 そう篤飛露の言葉を否定するように叫ぶが、篤飛露は気にしないような、涼しい顔で答える。

「年寄りはすぐに自分が世界の全てを知ってると思い込む。もう遅いかもしれないが、どれだけ年を取ろうともこの世界には知らない事は無数にあると知るといい」

「そうゆう問題か! この天井まで飛べるなら即ギネスに載れるわ!」

「記録を載せるのが嫌いな人もいる」

 宗太郎のひ孫と宗太郎の幼馴染が大声で言い合っているな。二人見ながら宗太郎はそんな事を考える。

 先ほど言っていた事を考えると、祥銀司が用意した化け物はだいだらテケテケぼっちが最後だろう。

 被害者は篤飛露の友人だけで、他は何も起こっていない。

 つまりそこで言いあいをしている十代と九十代の争いが終われば、この件は解決となる。

 篤飛露の友人についてはフォローが必要な場合があるかもしれないが、それは今この場ではどうにもできない。クラスが同じの篤飛露に注意してもらい、何があれば対処するしかできないだろう。

 後は、祥銀司は何の目的だったのか、それを聞かなければならない。

 そう思って近付こうとこうとすると、その前に祥銀司が宗太郎の前にずかずかと歩きよってきた。

 あと数歩の所まで近付こうとしたところで、篤飛露が二人の前に立つ。間に立たれて祥銀司は止まるが、篤飛露を押しのけるようにして顔を宗太郎におしだす。

「宗太郎、なんだこいつは。まさかお前の神社は、サイボーグでも作っているのか!」

「……昔、そんな漫画を一緒に読んだな。今でもそんな事はできないよ」

「ならば何故、ワシのテケテケ軍団を倒せるのだ。たった一人で、術とか使わずに殴るとか蹴るとかだけで。せめて術を使った派手なビームで戦かわなければ納得できん!」

「ビームって……」

 喋り続ける友人に何も言えず、顔にも出さなかったが、宗太郎は心の中で困り果てていた。

(ワシも知らんがな。何で篤飛露あんな動き出来るの?)

 先ほどから宗太郎が身動き一つしていないのは、余裕が有るわけでは無く単に固まってしまっただけだった。

 篤飛露はここに来るまでに、テケテケ軍団とやらを殴る、蹴る、ボディプレスで破壊しつくし、階段は宗太郎を支えながら飛び降りつつテケテケ軍団を見かけたら壊しながら移動し、ここの扉は前蹴りで開けた。

 今現場で指揮をとっている宗太郎の六男、紋常時大雅からは篤飛露は強いとは聞いていた。聞いていたが、強さのベクトルがかなり違いすぎた。

 宗太郎は九十代なので、十三歳の篤飛露が産まれた年より前にもう引退していた。だから篤飛露の戦いを見るのは今日が初めてだったが、物理的な攻撃は予想外だ。

 そもそも宗太郎には神通力は殆ど使えない。紋常時家では神通力が大きい者と小さい者がほぼ交互に生まれる。宗太郎も例外ではなく、父も息子も強い神通力を使ったが、本人に使える神通力は小さい。

 なので宗太郎は親戚筋から強い神通力を持つ嫁を貰い、一般な宮司としての仕事は宗太郎が行い、それ以外は殆どを嫁に任せていた。

 殆どなので宗太郎も数度は参加した事がある。あるのだが、殴る蹴るではなかった。

 宗太郎も参加した限りでは神通力を使い攻撃した者しかおらず、物理的な攻撃をした者は誰もいなかった。

 多分、篤飛露が特殊なのだろう。

 嫁が肺炎で亡くなってもう十年になる。宗太郎より五年も若いのに何で先に逝ってしまったんだ。今生きていたならきっと一緒に居てくれて、色々教えてくれるのに。

「御隠居、それでどうしましょうか?」

 現実逃避をしそうになっていた宗太郎を篤飛露の言葉が現実に引き戻す。

「どうするか、か……」

 幸いに動じた様子を見せずに済んだので、改めてこの出来事の始末を考える。

 当たり前の話だが神社に罰を与える資格は無い。何かをすればそれは全て私刑である。

 だが、警察に突き出したところで追い払われるだけである。テケテケ軍団を作っていたと訴えた所で、痴呆が進んでいると家族が呼ばれておしまいだ。

 罰はひとまず置いておき、宗太郎には先に聞く事があった。

「祥銀司、なぜこんな事をしたんだ。……こんな、こんなアホな事を」

 九十を過ぎる老人がなぜこんなことをしたのか。そもそもテケテケ軍団とは何だ、妖怪から両足を切り取って何がしたかったのか。何かをさせるのなら足があった方が良いに決まっているだろう。ひょっといて、妖怪に足が有ったのが気に食わなかったのか。しかし幽霊には足がないが妖怪は足があって当然だろう。

 何を考えていたのかはまだ分からないが、巻き込まれた人物が一人いるのは確かなのだ。篤飛露が助けなければ、愉快でない事になったのは確かだろう。

 宗太郎の問いに、祥銀司は顔を背けて何も言わない。彼が喋りだすまで待つつもりだったが、しかし篤飛露は我慢しなかった。

「おい爺さん、黙って喋らないならお前の集めた妖怪みたいに両足引きちぎってみようか? さっきの動きを見る限り普通に歩けるみたいだけど、年を取ると歩くのは疲れるだろう。歩かなくても誰からも文句が出ない形にしてやろうか?」

 篤飛露がここに来るまでに何をしてきたのかは、祥銀司はも知っている。言葉を聞いて思わず後ずさりをしようとするが、恐怖のあまり足がもつれたのか、小さな悲鳴を上げながら地面に倒れた。

「篤飛露。やりすぎだ、というか犯罪だ。両足引きちぎるとか中学生が使っちゃいかん」

 注意するのは今更な気もするし、その資格も無いかもしれないが、ひ孫が恐ろしい事を言ったならば大人として指導はしなければならない。

 大人でも使ってはいけない言葉な気もするし。

 曾祖父がそう注意すると、ひ孫は素直に謝罪した。

「申し訳ありません、ご隠居」

 篤飛露は宗太郎はの事をご隠居と呼び、あまり付き合いが無いせいか堅苦しい言葉を使う。

 宗太郎の家は息子と孫の家族が住む、さらに孫にも学校に通っている娘がいる。つまり、四世代同居である。なので盆と正月には親戚一同集まるが、逆に言うとそれ以外では集まらないようにしている。

 先祖代々管理している神社には宗太郎はもう殆ど入らないので、何があれば神社に集まる篤飛露とは年に数回しか会わない。

 だからなのだろうか曾祖父とひ孫というよりは、遠くに住む親戚の付き合いがあるお爺さんと、年に何回か親族の家に遊びに来たら偶々会った中学生、ぐらいの関係性ように感じる。

 もうちょっと付き合いを増やすために、盆の前に一度遊びに行ってみようか。篤飛露の妹弟にも会いたいし。

 しかし今はそんな事を考えている場合ではない。歩きながら篤飛露を腕で横にやり、倒れたままの祥銀司の正面に立った。

「こんな地下に設備を作り妖怪を組織して、時間も金もかかっただろうに。・……祥銀司、もう一度聞くぞ。お前一体何がしたかったんだ?」

 昔から付き合いがあるからなのか、正面に立つのが宗太郎に変わると、その顔を睨みつけた。

 宗太郎も真っすぐに視線を投げ返す。

 互いに睨み合っていたが、先に祥銀司が顔をそらし、ゆっくりと喋り始めた。

「……絹小春だ」

 そう言われて、宗太郎はすぐに誰の事を言っているのか分かった。

 湾塔絹小春。旧姓は白賀川。少し記憶を手繰り寄せ、祥銀司の妹の名前がそうだと思い出した。

 子供のころは何度か一緒に遊んだ事は有るが、宗太郎の妹の友達という間柄が大きい。嫁いだ後は行事では会っていたがあ、それ以外では殆ど会っていない。

 十年ぐらい前に亡くなっており、葬儀には宗太郎も参列した。死因について詳しく聞いては無かったが、不自然な事は無く病気だったと葬儀の際に聞いているが。

「まさか、あの子は妖怪が原因で亡くなったのか!」

 思わず祥銀司の肩を揺らし、問いかける。

 人間が原因ならば警察が出てくるだろうが、噂になる事すら無かった。

 だとすれば妖怪の仕業なのだろうか、そうならば警察にはどうにもできない。この地なら妖怪の仕業ならばまず出てくるのは宗太郎たちだろう。しかし絹小春に対しては誰も動いていなかったはずだ。

 他にも妖怪を対処するのは何人かいるが、どれもつてが無ければ会うことは難しい。

 つまり、妖怪の仕業と知りながらもそれに対応する存在を知らなかった祥銀司は、自分で罰を与える為に組織を作ろうとしていた。

 そうゆう事だろうか。

 しかし、祥銀司が作った口裂けテケテケ女は中学生に襲おうとしていたと聞いている。それともあれは作っている途中で逃げ出したから襲っていたのか。

 様々な事を考えるが、帰ってきた答えは考えもつかなかった事だった。

「そうだ、あの事故が無ければあんなに早く絹小春は死ななかった。だから復讐するのだ、あの忌々しい電車を、線路を、駅を、全てを残さず滅ぼしつくし、この世界から電車事故を駆逐するのだ!」

 その言葉で何を言っているのか、記憶とつながるのに暫くの時を要した。

「……確かあの子が事故に遭ったのは十四か五の時だと思うんだが、他にも遭っていたのか?」

 もう何十年の前の話、戦後と言って差支えが無い時期に、絹小春は電車の事故に遭っている。

 電車が通過していた時に踏切が下がらなかった為に起こった事故で、宗太郎は若かったので電車会社が悪いらしいとしか聞いていない。

 見舞いには数度行った記憶があり、その時に足は動かなくなったが生命に別状はないと聞いたはずだ。それから数年して嫁入りし、子供が産まれた後には宗太郎が神主として働く神社に歩いて連れてきている。

 婿と子供を見せに来たと言う絹小春は、自分の足で歩けるように努力している、と話していた。

 それからは季節のあいさつや、互いに子供が生まれた時は連絡をしていたが、少なくとも『あんなに早く亡くなった』と言うほど早くはない。十年ぐらい前だから、七十歳は越えてるはずだ。

(いや、自分を考えたら早い方なのか?)

 そう思っていると、祥銀司はさらに口調を荒くして怒鳴りつける。

「あの事件はお前も覚えているならば分かるだろう。この憎しみを、この怒りを、憎悪を!」 

 やはりあの事件で間違いない様だ。祥銀司の動機は分かった、分かったのだが。

「そうは言うがな、お前の妹が亡くなったのは十年ぐらい前で七十歳は越えたはずだろう、十代の事故とは関係無いんじゃないか。それに人によって違うかもしれんが、さすがに七十歳を越えたら早すぎるとは言わんだろう」

 宗太郎も祥銀司も九十歳を過ぎている、二人とも長生きしていると言って間違いない。

「そんな事は無い、あの子はワシの妹だぞ。兄が死んでから妹が死ぬ、それが宿命の定めだ、全自然の節理だ、全宇宙で決められた掟なのだ!」

「言いたいことが分かるようで分からんよ。病気とかもあるんだし、ここまで生きてれば年下の人が亡くなった事はたくさんあるだろう。生きた人の、それこそ宿命の定めだよ」

 何かに取りつかれたかのような声に宗太郎もあきれてしまう。あきれながらもなだめようとするが、何も聞いていないのか全く収まる様子は無く、それどころかさらに大きく喚きながら今度は床を叩き始めてしまう。

「そもそもあの男が、紬郎が悪いんだ。足が悪くても構わないと恩付けがましくし絹小春を嫁にしおって。両親も両親だ、絹小春は歩けるようになるようにと毎日練習をしているのに、それを無視して紬郎の元へ嫁がせたのだぞ。あろうことか、お礼を言いながらな。何がこんな娘を嫁にしてくれるのは他に居ないだ、例えあの事故が無かったとしてもワシがキッチリ面倒を見るに決まっているだろう。あの子はまだ十六歳だったんだぞ、それなのに無理やり嫁に行かされたんだぞ。そんな事をされて、この世の全てを怨んでいたに決まっている。この世の全てを怨まなければ、あの子はあと三十年は、いや五十年は生きていたに決まっている!」

 そうなったらギネスの大幅更新だな、篤飛露がそう言ったが祥銀司は聞いていないらしく、自分で言いながら興奮しているのか、動きがどんどん大きくなる。

「ご隠居、どうしますか?」

 篤飛露は喚き続ける老人を無視することにして、この場で言うならば上司というのがもっとも正しいであろう老人に尋ねた。

「とりあえず、言った事が本当ならば原因は分かったな。分かったんだが……」

 言ってみれば完璧な私怨だ、これを一体どう納めればいいのか。

 組織か何かを作ろうとしたのかもしれないが、それは篤飛露が完全に破壊しつくしている。人間は祥銀司以外にいないようだし、再び組織を作ろうとしても先に寿命が来るのが早そうだ。

「聞く限りではその妹の人を無理やり嫁にした人が悪そうなので、連れてきたらどうでしょうか?」

 予想外な事を言う。先ほどは祥銀司に恐ろしい事を言っていたのに、ひょっとして祥銀司に同情しているのだろうか。

「無理だよ。絹小夏が亡くなる前に、旦那の紬郎さんの方が亡くなっている。確かワシらの三歳ぐらい上だったかな。七十歳を越える前に亡くなったはずだから、もう二十年近くだな。連れてこれないよ」

「大丈夫です。頼めば少しぐらいなら地獄からでも連れてこれます」

 誰に頼んだらこんなことできるの、閻魔?

 そう返しそうになったが、口にするのは止める事にした。頼む相手が誰なのかを聞きたくなかったからだ。

 篤飛露は曾祖父に対して今まで冗談を言った事が無い、口にするからにはできると思って間違いないだろう。

 ひ孫と冗談を言いあうようになるのと寿命で旅立つのは、どっちが早いんだろうか。そんな事を考えてしまう。

 考えてみれば篤飛露と二人で話したのは、今が初めてではないのだろうか。

「本当に天国や地獄があるかどうかは知らないけど、本当にあるなら地獄には居ないと思うよ。あの子を無理やり嫁にしたと勘違いしているみたいだけど、実際は二人は恋愛結婚に近いんじゃないかな」

「恋愛結婚、ですか?」

 言われた事に少し驚いた顔をするが、そんな顔をする篤飛露も見るのも初めだ。

 ひひ孫が産まれるまでにもう少し仲良くなろう、あと十年ぐらいなら生きれそうだし。そう宗太郎は心に決めた。

「元々は絹小春が紬郎さんに惚れていてね。小さい時から好きだとかで、学校に通う年になってもちょくちょく遊ぼうとしていたらしい。紬郎さんの方は仕事をする頃になると、年が少し離れていると言って離そうとしていたんだけどね。そうこうしている内にあの事故が起こって、紬郎さんはとても後悔したんだ。別にその時に一緒に居たわけでもないし、全く関係のない場所で仕事をしていたらしいけどね。こんな事になるならもっと一緒に居ればよかった、と。紬郎さんの方も本心では憎からず思っていたみたいだしね」

「それで、結婚ですか」

「それがね、今度は絹小春の方が『こんな体では結婚できない』と言いだしてね。七十年ぐらい昔だからね、今とは全く違う常識だったんだよ。まあ結局なんやかんやあって結婚したんだけど」

「そうなんですか」

 多分だが、もう篤飛露は興味をなくしていた。結局は不幸な結婚では無かったのだから当然かもしれない。

 しかし、長々と話したのも一応は理由がある。

「で、その結婚式の時に私も呼ばれたんだよ、親戚でもないのに。主に暴れそうなあいつを抑える為にね」

 誰に言うわけでもなく、祥銀司は今だに喚き散らしていた。

 同い年の宗太郎は、年が年だけに血圧を心配してしまう。

「妹の結婚式で、今みたいな事をやったんですか?」

「いや、暴れはしなかったし大声でも言わなかったよ。横で私が聞いてたから小声で済んだと思うよ。しかし結婚には一番反対していたらしいし、納得していないとは思っていたけど、まさか今もとはね」

 妹の結婚式に兄はいったい何をやっているんだ、あの頃はそう思っていたが、まさか何十年もそんな気持ちを持っていたとは。

 動かせる妖怪はまだあるのか、今まで何をしてきて、今後はどうするつもりだったのか。

 聞かなければならない事はたくさん有るが、歳を考えると尋問や拷問はできない。

 まずは、説得をしなければ。古い付き合いだ、分かってくれるといいのだが。

 そう思っていると、意外にも篤飛露が声を上げた。

「ああゆう人をどうするかについては、似たような経験があります。任せてもらえませんか?」

 聞いた宗太郎は少し驚いた顔するが、すぐに何か考えがあるのだろうと思い至った。

 一時期に篤飛露と一緒に行動していた大雅から聞いた話では、歳に比べて考えられないほどの経験を積んでいると聞いている。

 しかし似たような経験とは一体どんな経験なのだろうか。

 篤飛露はまだ中学生だが、経験が多いならある程度は任せてもいいかもしれない。。

「分かった、見てるからやってみなさい」

 何かあれば止めるつもりだが、まずは見守ろう。そう思い、大きくうなずいた。

 それに、この中学生が今まで何をしていたのか。それが少しでも見えるも知れない。

「では」

 そう言うと篤飛露はいまだに喚いている祥銀司の前に立ち、無言で睨みつける。

 祥銀司は前に立たれた事にすぐに気が付き、喚き声の目標を篤飛露に向ける。

「お前は……。そうだ、お前が悪いのだ。お前さえいなければ計画を実行し、全世界から電車を無くす事で事故で傷つく者を無くしたのに。お前が居るから、お前のせいで、電車事故で悲しむ者が増え続けるのだ!」

 暫くの間、篤飛露は言われるがままに聞いていた。言っている側の方も言われている側もどう思っているのだろうか。宗太郎はそんな事を考えながら見ていると、篤飛露が動いた。

「黙れ」

 篤飛露はそう言って、ビンタで頬を打った。大きく音を響かせ打たれた祥銀司は、顔を横を向け少しの間何も言わなくなったが、すぐに前を向き直しさらに大声で声を上げようとしたが。

「ただ暴力をふるえば黙るとでも思っているのか、そんな」

「黙れ」

 声を無視した篤飛露は今度は反対側を打ち、喚くのを止めさせた。

「そんな事では決して計画を諦めず何度でも」

「黙れ」

 無理やり止めれらた祥銀司は、諦めないのか何度も顔を正面に向けて言い続けようとする。

「全てが暴力、暴力を振るう事しか知らな」

「黙れ」

 しかし篤飛露は内容を聞いていないのか、全く変わらない顔と口調でビンタで打ち続ける。

「いいか、この計画が実行され」

「黙れ」

 右、左、右、左、と順番はきっちりとしている。そして音は大きいが、頬が赤くなっている事も無い。

 これが経験を活かした成果なのだろうか。見ている事に決めている宗太郎は、そんな事を考えてしまう。

「いい加減む」

「黙れ」

「ちょっとお」

「黙れ」

「人のは」

「黙れ」

「た」

「黙れ」

 篤飛露が無表情で叩いているビンタの音と、それに合わせて言っている言葉。二つは全く変わらなかったが、祥銀司が喋る言葉は少しずつ減ってきている。

 最終的に祥銀司は無言になり、ただ睨みつけるだけになっていった。

「……」

「……」

 喋るのを待っているのか、篤飛露も睨みつけるだけになっている。

 これからどうするつもりだろうか。喋らなくなったのだから、今から説得できるかもしれない。

 それならば今からが自分の仕事だろう、宗太郎はそう思ったが目の前で予想外の事が起こった。

「喋れ」

「ぶふぉ!」

「ちょっと待て」

 予想しなかったビンタを受け、祥銀司は悲鳴を上げて床に倒れる。

 老人に対する云われ無き暴力を目の前にして、宗太郎は反射的に篤飛露を止めずにはいれらなかった。

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