姫芝アサリはとりあえず篤飛露のせいにする

「篤飛露のバカバカバカ、バーカ」

 アサリはベッドにうつぶせになり、マクラを力いっぱい抱きしめながら篤飛露に文句を言い続けていた。

 姉は妹の言う事を全く信じてくれなかった。信じないどころか、大声で怒鳴り、そしてなだめるように言い、本当の事を言えと迫った。本当の事しか言っていないのに。

 アサリは、春菜が信じてくれないのは篤飛露のせいに違いない、そう思っている。

 篤飛露はアサリに対して何度も本当の事を言えと言っていた。だからその通りに本当の事を言ったのに、言われた春菜が怒り出したのだ。

 篤飛露の言うとおりに話したら春菜が怒りだしたのだから、篤飛露が悪いに違いない。

 きっと、アサリと春菜がケンカをするように篤飛露が仕向けたのだ。湖に落としただけでは気が済まなかったのだ。

 今頃ケンカをしていることを考えて、ブランデーを飲みながら楽しそうに笑っているに違いない。親はビールばかり飲んでいるのでブランデーを見た事は無いが、昔の映画では悪人の定番だったらしい。だから篤飛露も飲んでるに違いない。

 酒を飲むなんて、中学生のくせに!

 アサリが部屋に戻ってから、マクラに小さく頭突きをしつつそんな事を考えていた。

「…………ありがとうって言ってないですから、意地悪でもしたかったんですか?」

 暫くして飽きたのか寝ている姿を仰向けにし、マクラを上に投げると、お腹で受け止めた。

 改めて、紋常時篤飛露の事を考える。

 新学期には入院していておくれ、登校するようになっても半分ぐらいは休んでいる。登校できない時は授業ノートを見せてもらっているらしいが、成績自体はかなりいいらしい。

 そして今日知った、化け物を倒してることを。

 地球を五回も救っていると言っていたのはともかく、何度も化け物と戦っているのは間違いないだろう。帰っている最中に話してくれるはずだったが、途中でアサリが頭に血を上らせたので、結局殆ど話さなかった。明日教室で話してくれるだろうか?

 そもそも、何故篤飛露は戦っているのだろうか。フィクションなら色々と理由が有るが、中学生の戦う理由はなんだろう。

 考えられるのは、篤飛露しか戦えないからだ。この地球は狙われている、敵を倒しのは、世界で篤飛露だけなんだ!

 なんてどうだろう。

 篤飛露が戦っているのなら才能や何か、特別なものを持っているのではないのだろうか。

 それを持っている人が少ないから中学生にも戦わせている、中学校に通える範囲で。休みが多いのは学校よりも優先する場合が多かったから。

 地球を救う為に、出席日数を犠牲にしたぜ!。

 そう言えば、男子にはカッコイイのかもしれない。アサリ的には全然カッコ良くないけど。

 しかしそうなると、篤飛露は実は就職している事になるんじゃないのだろうか?

 きっと人に知らせない秘密な会社とか、ひょっとしたら公務員かもしれない。国の権力を使って中学生でも働いてもいいとか。そうだとしたら給料とかも入っているかもしれない。

 ……給料を貰ってるなら、アサリを引き取ってくれるだろうか。

 春菜に、自分を捨ててもいいと言ってしまった。もう妹ではいられないかもしれない。

 アサリを捨てようとするなんて、春菜の普段の言動を考えればそんな事はありえないと分かり切っている。

 万が一に、億が一に、京が一に春菜がそう考えたとしても、両親が捨てるわけが無いし、兄も捨てようとはしないだろう。

 だけど春菜がアサリを疎ましく思っていたら、それが原因で家族に軋轢が生まれてしまったら。

 そうなったら、アサリはここに居られなくなる。

 そしたら、篤飛露は引き取ってくれるだろうか。

 クラスメートというだけで化け物と戦ってくれた。ならば居場所が無くなったクラスメートを、助けてくれるだろうか。

「……いや無理ですって」

 当たり前だが篤飛露が良くても、その家族が許すはずがない。会った事はないけど。

 いや待てよ、中学生に戦わせている家族なら案外許可するかもしれない。引き取る代わりにアサリも戦わせるとか、戦えなくても何かをやらせるとかで。

 もしそうなったら、篤飛露と一緒に戦うことになるのだろうか。出会ってまだ、一か月とちょっとなのに。

「……だから無理ですって」

 空想に空想を重ねた、ただの妄想を否定する。こんな事を考えても何もなりはしない。

 そもそも、親戚でもない男子と一緒の家で暮らせるわけが無いのだから。

 化け物に襲われる、なんて事が無ければよかったのに。

 あの時、篤飛露を見かけても無視して帰ればよかったんだ、そうすれば襲われる事も無かった。

 だからアサリの通学路に居た、篤飛露が悪いに決まっている。

 確かに篤飛露は助けてくれたし、腰が抜けたアサリを家まで運んでくれたが。

 しかしアサリを抱っこできたのだから、むしろこれは篤飛露にとって得では、ご褒美ではないのだろうか。

 いや、そうに決まっている。

 ならば篤飛りは、アサリにお礼を言うべきだ。

 そんな事を思いつくと同時に、アサリはある事に気が付いてしまった。

 部屋に帰ってからというもの、アサリはずっと篤飛露の事を考えている。

 それに気がつくと、大きく首を横に振る。

(これじゃあまるで、篤飛露の事しか考えてないみたいじゃないか)

 こればっかりは、誰にも聞かれないとしても、口から出す事はできなかった。

 そう思い、慌てて姉の事を考える事にする。

 春菜はアサリの言う事を全然信じてくれなかった。春菜がアサリを信じてくれなかったのだから、アサリも春菜を信じられなくなってもいいはずだ。

 もう春菜は信じない、アサリはそう心に決めた。明日になって春菜が晴れていると言ったら傘をさして学校に行こう。雨が降っていると言ったら雨に濡れて学校に行こう。曇りと言ったら・……傘をさせばいいか。

 もしその結果で風邪を引いたのなら、全部春菜が悪いのだ。何しろアサリが今日あった事を説明しただけなのに、アサリを全く信じてくれない。それどころか、大声で怒鳴りつけてきたのだ。

 会って以来あんな怒り方をするなんて、全く知らなかった。

 ちょっと口裂けテケテケ女に襲われて、それをクラスメートが爆発するほど蹴りを入れて助けてくれたって言っただけなのに。

「……口裂けテケテケ女ってなんですか……」

 改めて、その言葉を口にした。

 家に帰って風呂に入り、夕食も食べ終わった。その後姉と色々な話をして、最終的にケンカになったが、時間がたち、今はアサリは落ち着いている。

 そして冷静になった事で気が付いてしまった、話した全てがおかしい事に。

 化け物に襲われた事は、現実ではありえない。

 口裂けテケテケ女と言っても、誰かが考えた都市伝説か何かとしか思えない。

 クラスメートが化け物を爆発させて助けてくれたと言われたら、特撮番組の話としか思えない。

 仮に姉から同じことを言われたら、アサリは何と返答するだろうか。少なくとも現実ににあった事だとは思わない。

 笑うか、それともあきれるか。どんな返答をするにしても、それが本当の事と言い続けられたらきっと怒ってしまうに違いない。

 つまり、姉と同じ反応をするだろう。

 アサリは、姉は全く持って正しかったのだ、そう結論を出した。

 悪いのは空想としか思えないような事を言ったアサリであり、アサリがそう言ったのは篤飛露が本当の事を言えと言ったからだ。

 結論、つまり篤飛露が悪い。

 気が付けば、考えが最初に戻ってしまっていた。

「……お姉ちゃん……、謝りに行った方がいいんでしょうけど」

 一番悪いのは篤飛露だが、ケンカをしたのはアサリだ。姉には謝って篤飛露に怒る、それが適切な行動だとはアサリは思っている。

 しかしアサリは、姉が信じてくれなかった事がどうしても心から離れなかった。

 動こうという気持ちより動きたくない気持ちの方が大きく、アサリはどうしてもベッドから起きられなかった。

「アサリちゃん、入ってもいいかな?」

 そうやって動かないままでいるうちに、いつの間にかドアの前まで来ていた姉が、ノックをしながら話しかけてきた。

 別れ際のような怒っている様子は無い。むしろ優しく、やわらかな声だ。

 アサリが冷静になったように、春菜も落ち着いたのだろう。しかも動けないアサリとは違い、話をしようとここまで来てくれている。

 しかし動けなかったアサリには、どうしていいか全くわからなくなってしまった。

 改めて姉と会って、どう話しかけられるのか、どう話すのか、何をどう言ってしまうのか。

 ドアの前に春菜が来たことで混乱してしまい、姉どころか自分の行動すらも全く分からなくなってしまっている。

 アサリは姉に返事すらもできず、布団の中に丸くなって潜り、隠れる事しかできなくなっていた。

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