姫芝春菜は弟妹と話をする

「……で、お姫様抱っこで抱えられて帰ってきて、ずっと顔を隠してたから家の鍵を出さなくて、しょうがないからチャイムを鳴らしたら私が出てきて玄関を開けて、家に入った、と」

 姉が話し終わると、アサリは大きく息をついて下を向き、胸を撫で下ろして心の中で快哉を上げた。

(よし、篤飛露はあの事は言っていません!)

 下を向く顔もほころんでしまったのか、春菜が怪訝そうに覗き込もうとしている。

 慌ててアサリは顔を両手で隠すとその下で表情を整え、喜んでる様子が見えないようにする。

「何も言わなかったけど、間違いはなかった?」

 あの事をいつ言われるか、それだけを心配していたため、事実と違う事を言われても口を挟まなかった。

 違うと言っても、大きな違いは一点だけだが。

「一個ありました。口裂けテケテケ女は包丁を持っていません、素手でした。名前に口裂け女が入ってるから包丁を持ってると勘違いしそうですけど、テケテケですから両手を使って移動します。包丁を持っては手で移動できません、ぱっと見ではテケテケとしか思えませんし」

「……口裂け、テケテケ……女?」

 同じ言葉をアサリから聞いた気がして考えると、一度聞いた言葉だと思い出した。

 さっき聞いた時は春菜の聞き間違いだと思っていたが、アサリの言い方を聞くと聞き間違いでは無かったかもしれない。

 しかし聞き間違いでは無かったのなら、意味が全く分からなくなってしまう。

 春菜が聞いた言葉の意味を考えていると、それを見ていたアサリは一つの事に気が付いた。

「テケテケってみんな知っている物と思ってたんですけど、お姉ちゃんは知らなかったんですね。年が五歳も違ったら文化も違うんでしょうか、でも口裂け女は知ってますよね。襲ってきたのはテケテケが口裂け女なんですよ。ちゃんと説明してないんですね、篤飛露は」

 そう言いながら怒り、篤飛露の文句を言うアサリ。

 テケテケも口裂け女も春菜は勿論知っている。どちらも雑誌などのホラー特集に出てくるお化けの定番だ。

 知らないのは二つが合体したような名前の女の事だ。

 二つともお化けの定番だ、つまり作り物だ、フィクションだ。

 だというのにアサリの言い分を信じると、お化けが実際に存在してアサリがそれに襲われた、という事になってしまう。しかもそのお化けは自分で考えたオリジナルお化けだ。

 お化けに襲われたと小学生でも言わない嘘をついて、一体何をごまかしたいのか。そもそもごまかせると思っているのか。

 篤飛露とアサリが喋った内容は同じかもしれないが、原因が違いすぎる。暴漢に襲われたなら大事件だが、お化けに襲われたと言われたら誰も信じてくれはしない。

 ここに居ない篤飛露に対して口を膨らませるアサリに、本当は何があって、何故本当の事を話さないのか、姉として聞き出さねばならない。今まで聞いたことすべてが信じられなくなり、問わずにはいられなかった。

「アサリちゃん、その口裂けテケテケ女は、篤飛露君が追い払ったんだよね?」

「違いますよ、追い払ったんじゃなくて篤飛露が最後に蹴ったら爆発したんです。初めて見たんですけど、化け物って最後は爆発するんですね、知りませんでした」

 そう言うアサリを見て、春菜は急に怒りがわいてきた。

 お化けに襲われて、クラスメートが助けてくれて、そのクラスメートはお化けを蹴って、蹴られたお化けは爆発した。

 小学生でも信じない事を、本当の事のように言っている。

 それはなぜか?

 その答えに、春菜はすぐに辿り着いた。

 つまり、今日言われた事は、二人が言った全ての事は、嘘だったのだ。

「そんなの信じられるわけないでしょ!」

 気が付くと春菜は大声で怒鳴っていた。

 怒鳴られたアサリは驚いて何かを言おうとするが、春菜はまだ嘘をつくつもりかとさらに大声を上げる。

「お、お姉ちゃん。……本当に篤飛露は」

「まだ言うの、本当の事を言いなさい!」

 春菜は言いながら立ち上がりアサリに詰め寄る。怒鳴られたアサリが体を小さくして何も言わないでいると、春菜は椅子に座り直し心を落ち着かせると、今度は問いかけるようにゆっくりと話しかけた。

「アサリちゃん、例えば私がお化けに襲われたってアサリちゃん言ったとして、信じないでしょ。お姉ちゃんはアサリちゃんには本当の事を行ってほしいの。さっきは怒っちゃったけど、本当の事を言ってくれたら、絶対に怒らないから。友達と二人で口裏をあわせたんでしょ? 篤飛露君と一緒にいて、時間を忘れたから遅くなったんでしょ?」

 春菜は思う、拓南が言った事は本当の事だった、と。友達と遅くなったならそう言えばいい、言わなかったという事は、知られたくない事をしていたのだ。

 そしてそれをごまかすために大げさな嘘をついたのだろう、その為に二人で水をかぶるまでするとは、ひょっとして予想よりもっとすごい事をしていたら、どうすればいのだろうか。

 そう考えながら待っているが、アサリは下を向いたまま何の反応もしなくなる。

 十数分が過ぎてようやく、下を向いたままでアサリは小さく口を開いた。

「……本当の事を言ったのに、信じてくれてないじゃないですか」

 ここには居ない誰かを責めるような声でアサリは呟いた。小さな声だったが、その声ははっきりと春菜にも聞こえていた。

「アサリちゃん、信じるから。本当の事を言ってくれたら、お姉ちゃんはちゃんと信じるから」

 春菜がそう言うが、アサリはその言葉を聞いたことで逆に信じられる事は無理だと悟った。

「本当の事は……、ずっと篤飛露と一緒に森水公園に居ました、時間を忘れてから二人で話し合って口裏をあわせたんです、全部お姉ちゃんの言う通りです、ごめんなさい。……もう部屋に帰りますね」

 姉を見ずにそう言うと立ち上がり、リビングのドアを開けて自分の部屋へ戻ろうとする。

「ちょっと、待ちなさいアサリちゃん、本当の事を言いなさいって言ってるでしょ」

 やけになっているような言い方に、春菜はまだ終わってないと言うが、アサリは振り向かないで言葉を返した。

「私は同じ事しか言えません。それを信じられないなら、お姉ちゃんが言った方でいいじゃないですか。明日にでもお姉ちゃんが考えた事を篤飛露として本当の事にしてきますから、後で私がした事を教えてください。……こんな子、捨てられるのも仕方ないですよね」

「アサリちゃん!」

 妹の言葉に、姉は声の出る限りの大きさで怒鳴りつける。アサリはそれには反応せず、リビングのドアを閉め自分の部屋へと帰っていった。

 一人になるとアサリを追いかける力が無くなり、春菜は大きなため息をつくとソファに体を沈みこませた。

 妹にあそこまで言わせてしまった。そう思うと指一本も動かしたくなくなる。

「姉貴、声がでかい。アサリはアサリで俺と顔を合わせても何も言わないし。姉貴が何か酷いこと言って、アサリもへそでも曲げたのか?」

 だというのにこの弟は、全身から力が抜けているこの姉に向かって、まるで責めるかのような口調で言ってくる。

「……ひどいことなんか言ってないもん」

 本当の事を言ってほしい、春菜はそれだけしか言っていない。なのにアサリはあんな態度を取っている。

 顔を見ずに言うと、拓南は正面へと移動する。

「大学生が弟に対する態度かよ、それが。中学生の妹と姉妹ゲンカする年でもないだろ」

「姉妹ゲンカじゃありませんー、アサリが嘘をつくから説教をしようとしたら逃げ出したんですー」

 大学生とは思えない態度に、拓南は何をやってるんだ、とあきれてため息をつかずには居られなかった。

「説教をするなら怒ったらダメだって、ネットでもよく言ってるだろ。叱るのはいいけど怒るのはダメだって」

「怒ってませんー。しつけですー」

「あんな大声で言っておいて怒ってないは通じないよ。アサリが何を言ったか知らないけど、姉なんだからさ、怒った事は謝って、仲直りして来いよ」

「無理」

 にべもなく言う声に、今度は拓南が怒りそうになる。しかし自分も怒ってしまったら収集がつかなくなり、両親が帰ってくるまでずっとこの雰囲気で過ごさなければならなくなる。

 そしてこの雰囲気のまま両親が帰ってきたら、きっともう二人で出張なんて行く事は無くなるだろう。

 数日だけ両親が居ない時間、それが拓南にとって特別な時間だ。無くなるのは絶対に阻止しなければならない。

「……じゃあ二人とも、父さんと母さんが帰って来るまでケンカしたままなんだ。姉貴は長女なんだから絶対怒られるぞ。怒られる前にアサリと話して来いよ」

 そう言われても春菜は一向に動こうとしない。無理やりにでも運んでいこうかと思っていると、顔を向けないまま、小さな声で話し始めた。

「……アサリちゃんが、私がアサリちゃんを捨てるって言ったの。今話しかけたらアサリちゃんが、お姉ちゃんがアサリちゃんを捨てちゃうと思うかもしれないから、いかないの」

 そう言われて拓南は、何で姉がこんな態度を取っているのが分かった。

 わがままを言ったら春菜に捨てられる、アサリはそうと思っているらしい。当たり前だが実際に妹を捨てる事はありえない、しかしアサリはそう思っている。

 そしてアサリがそう思っている事を知って、春菜もショックを受けているのだ。

「いや、じゃあなおさら仲直りして来いよ。アサリの部屋に行って、絶対に捨てないとか言えばアサリも分かるだろ。何年姉妹やってるんだよ」

「それで拒否されたらどうするの! 家を出て行って篤飛露君の家で暮らすとか言ったら拓ちゃんはどう責任を取ってくれるの!」

 説得を試みたが、こっちを向いて大声で拒否された。

 このめんどくさい姉をどうすればいいのか。とりあえず次からはこの姉も出張に連れて行ってくれないか、と考えてしまったが、それはこの場では現実逃避にしかならないのは理解している。

「そもそも、何でアサリはそんな事を言ったんだよ。アサリがそんな事を言うって事は、よっぽどの事を言われたんだろ」

 拓南はそもそもの原因を聞いていない。察すにアサリが言われた事が始まりのようだが、春菜は大したことは言っていないという。

 しかし二人がこうなるという事は、春菜が気が付かないだけでよっぽどの事を言ったのに違いない。

 姉の弟して、妹の兄として、この二人を仲直りさせなければならない。

(……俺が家出したら、二人で仲直りして俺を探してくれるか?)

 そう思ったが、二人とも気がついてくれなかったら拓南までショックを受けてしまう。姉の顔を見ながらそんな事を考えていると、春菜がようやく原因を教えてくれた。

「アサリちゃんがね、遅くなったのはお化けに襲われたからだって言うの。だから本当の事を言いなさいって」

「……お化け?」

 言われた言葉を理解できるのに、拓南は少しの時間がかかった。あの妹がそんな言葉でごまかそうとするとは思えないからだ。

 何を言っていいか分からず返事をできないでいると、春菜は大声で拓南に文句を言ってきた。

「ほら、そうなるでしょ、拓ちゃんもそうなるでしょ。妹からお化けに襲われたなんて言われたら、誰でも怒るかそうなるに決まってるでしょ!」

「……とりあえず、もうちょっと詳しく教えてくれよ。姉貴の大声しか聞いてないし、何があったのかさっぱり分からない」

 そう言われて、春菜はあらましを説明する。

 最初の、アサリが説明している時はこんな事になるとは思いもしなかった。

 途中でアサリが怖くなったのか様子がおかしくなったので、春菜が喋った事をアサリに確認してもらう、そうやり方を変えた。

 そして喋るのが終わると、アサリは最後の説明は間違いで、襲ったのはお化けだと言い出したのだ。

「……大体は同じなんだな。犯人が女かお化けかの違いだけで」

 聞き終えた拓南は、何とも言えない顔をする。

 確かにそんな事を言われたら、姉が怒るのも当然だろう。しかし妹は冗談にしてもこんな事を言うとは思えない。ここでこんな事を言ったら怒られるに決まっている。

 それにしても口裂けテケテケ女とは、一体どこから出てきたのか。

「ところで、拓君はアサリが襲わた事は全部嘘だって言って無かったっけ?」

 部屋に戻る前は、アサリと篤飛露が帰りが遅くなったことをごまかすために嘘をついている、と言い張っていたはずだ。しかし今の様子を見ると、アサリが何者かに襲われた事は本当の事と思っているように聞こえる。

 逆に春菜は最初はアサリが襲われた事を信じていたが、今は全てが二人の嘘だと思っている。

 いつの間にか、二人の言い分が逆になってしまっていた。

「アサリを連れて帰ってきたの紋常時だろ、見ているうちに思い出したんだよ。去年に女子が貧血で倒れそうになった時、一年が助けてくれたってクラスで噂になったんだ。そいつは珍しい名字だって話になって、それで一年からも聞いた事が有ったのを思い出したんだよ。背が高い奴だったろ」

「確かに中学生二年生にはあんまり思えなかったけど、会った事も無いのにそんな事ぐらいで信じるんだ」

「いい奴っぽかったしな。それに考えたら、アサリを一人で帰らせた方がそいつには面倒がないだろ」

 確かに、ごまかすつもりなら篤飛露の事は知れらないようにした方がいい。今まで篤飛露の事は家族に殆ど知られてないのだから。

「それはアサリちゃんが腰が抜かして一人で帰れないから、家までお姫様抱っこで家まで来たかららしいけど」

「家に着くころには治ってたんだろ。途中か、家に入らないで玄関の前で帰ればいいだろ。アサリが帰ったら友達と遊んでたって言って謝れば、怒られておしまいだよ。襲われたって言ったら大事になりそうなのは、あの年ならわかっているだろうし」

「だから、それは、つまり……、中学生には不適切な事をやっていて、離れたくなかったんじゃぁ」

 そう言われて拓南は、あきれたように口を大きく開けた。

「姉貴はもう少しアサリを信じてもいいんじゃないかなぁ。まだ子供なんだから、そんな事するわけないだろ。それとさ、今更だけど中学の後輩から連絡が来たんだよ。夕方頃に帰ってるアサリを見た、って連絡が。遅いって姉貴から言われたから帰ってたのに、そこから誰かと会っていちゃついてたら怒られるってすぐわかるだろうし」

 言われて、春菜はうつむいた。

 一体何が正しくて何が間違いなのかさっぱり分からない。

 もういっそ全てを忘れて、無かった事にしてしまおうか。

「じゃあ拓君はお化けを信じるんだ」

「それは確かに、信じないけどさあ」

 姉は下を見て、弟は上を見る。そして姉弟で考え込む。

「……とりあえず、拓君がアサリちゃんの様子を見てきてよ」

「だから姉貴が行きなって。早いうちにちゃんと、姉貴はアサリを捨てないって伝えなよ。アサリが言葉のあやで言ったかもしれないけど、一人にしてたら怒った姉貴に本当に捨てられると思い込むかもしれないぞ」

 何とかしてこの姉妹を仲直りさせようとするが、姉は下を向いたまま体を左右に動かし始め、すねたような声を上げる。

「お姉ちゃんはアサリちゃんの言葉にショックを受けてます~。だからいけませ~ん。拓君が行きなさい~」

 体を揺らすのに合わせてソファが音を立てる。その音を聞きながら姿を見ていると、この姉が三人で一番幼く見えてしまう。もう大学生になったというのに。

 そんな姉を見たくなくなり、ため息をつくと壁を向いてどうしようかと考える。

 一応は拓南はアサリの兄なので、拓南が言ってもアサリを落ち着かせて話し合いをさせる事はできるだろう。しかし拓南が間に入ってしまっては、春菜が何を言ったとしても拓南が言わせているからだと思われかねない。そうなったらアサリの心に何かしらの傷が残るかもしれない。

 やはり春菜が行った方がいいのは間違いない。

「ショックって言うなら、アサリの方がよっぽどショックを受けてるだろうよ。なにせ姉貴はアサリを全然信じてないんだからな」

 そう言うと、何故か音がしなくなった。何があったのかと春菜を見てみると、姉は動きを止め真っすぐに拓南を見つめている。

「……アサリちゃんがショックだった?」

 何かを考えるように、独り言に近い言い方で呟いた。その言い方に拓南は少し頭にくる。

「そりゃそうだろ、要するに姉貴がアサリを全然信じてないんだからな。それに何かに襲われたのは間違い無さそうだろ? ショックを受けてて当然だよ」

 少し強めで言ったが春菜はそれを聞いてないのか、拓南の肩をつかみ揺らし始める。

「そうだよ、きっとアサリちゃんはショックを受けてたんだ、なのにあんなことを。……どうしよう、ねえ、どうしよう拓君」

 すがるような声で言う姉の姿は、今まで一度も見た事がなかった。昔、家族で出かけた時に目の前で子供がトラックに轢かれたのを見た事があったが、その時でもここまでうろたえていなかった。

「だから怒鳴った事は謝って、アサリと仲直りしろって。それで解決だろ?」

 揺さぶられるままにしながら、適切な答えを返しているつもりだったが、春菜は大きく首を横の振った。

「そうじゃなくて、私の前からショックを受けてたんだよ。アサリちゃんは襲われたショックで、人じゃなくてお化けに襲われたって思い込んだんだよ」

「……何の話だよ?」

「聞いた事が有るでしょ、事件とかにあった人がショックで何も覚えてなかったり、記憶を改ざんするって。アサリちゃんもそうなんだよ」

 それを聞いて春菜の言いたいことは分かった。つまり冗談や嘘ではなく、お化けに襲われたのがアサリにとって本当の事なのだろう。

 実際にそうなった人とは会った事は無いが、フィクションではよくある事だ。

 本当に有る事なのだろうか、しかし実際に有ったからそこフィクションでも使われているのかもしれない。

「つまり、アサリの中ではずっと本当の事を喋ってたのに、姉貴は全然信じてくれないと思って、すねたわけだ。……だけどお化けに襲われたと言っても誰も信じてくれないって、アサリも分かりそうだけどな」

「そうかもしれないけど。私はずっと信じるから本当の事を話してって言ってたのに、アサリちゃんにとっては本当の事を言って怒鳴られたんだから、あんな態度になるのは当然だよ。それに、アサリちゃんは家族に嘘をついた事なんて一度も無いのに。……どうしよう、アサリちゃんが家出したら。どうしよう、家出どころか紋常時君と心中するとか言い出したら!」

 この姉の思い込みが多いのは知っていたが、いつもに増して発想が飛躍しすぎている。

 家出の方はともかく、中学生が心中するとは考えないだろうし、篤飛露とやらも心中に巻き込まれるのは嫌だろう。

「姉貴、その時は紋常時にも説得を手伝ってもらうから、アサリが心中とか言い出す前に行ってきなよ」

「わかった」

 そうゆうと姉は立ち上がり、早足でリビングから出て行った。

 拓南はそれを見届けてから、喉が乾いたので水を飲むことにした。姉とずいぶん話していたせいか、コップの水を一息で飲み干す。

 もう二人ともリビングには戻らないだろうから、一階の戸締りを確認しておこう。そう思い拓南もリビングから出ようとすると、ドアの向こうから春菜がじっと見つめていた。

「……何?」

 怪訝そうな声で姉に声をかける。不安そうにしているが、もうアサリ会って、酷い言葉でも言われたのだろうか。

 話しにくそうにしているが、まっていると春菜が話しかけてきた。

「拓君も一緒に行かない?」

 その言葉に、拓南は腰が砕けそうになる。何かを言われたと思ったら、その前の話だったとは。

「俺が行ったら話がこじれるかもしれないだろ。一階の戸締りはしてくるから、早く行きなって」

「拓君のケチ」

 そう弟に言葉をぶつけると、姉はようやく二階へと向かっていった。

「姉貴、大学生だよな。……大学生なんだよなぁ」

 今日は疲れたのは両親がいないせいなのだろうか。もしそうならあと数日を過ごした後に自分はどうなってしまうのだろうか。

 自分がショックを受けてしまいそうだ。拓南はそう思いながら、肩を落として玄関へと向かった。

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