『箱』
苺香
第1話
浦島太郎は蓋を開けてしまってお爺さんになったのだが、彼女は蓋を開けないように厳重に保管していた。
閉めたままにも関わらず、彼女はお婆さんになった。
彼女の住まいには似つかわしくないヴィクトリアン柄の重厚で、煌びやかなもの。
四つ折りの古新聞を重ねて放り込めるほどの大きさで、彼女の住まいの天袋の一角に存在していた。
隠されていたものの、こちらが押しつぶされそうな何かを放っていた。
話し出すと憎悪しか感じられなかった、彼女の夫ののど仏の骨と共に、若かりし頃の彼女の姿が映ったセピア色の写真。
古びた雑巾のようなものは、おそらく娘が就職し初めての給与で買ってくれたと話していたタオル地のハンカチかもしれない。
誰かの連絡先だと思われるものに興味本位でダイヤルすると、電話に出た彼は
「カウンセラー」だと名乗った。
カウンセラーが自身の自宅の電話番号を教えるなんて、いったいどんな関係だったのだろうか。
ただ、彼女が、奥深くしまい込んでいたので、彼女自身が自分の足で立って生きていこうと強く誓っていたのだろうと想像した。
時代に翻弄され、順風満帆とは言えない生涯だったが、彼女は清く正しく優しく強い女性だった。
そして、彼女はその苦悩の中で幸せだったに違いない。
浦島太郎はつづらだったが、彼女のものは、舶来品の赤い美しいものだった。
『箱』 苺香 @mochabooks
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