第7話
湖からしばらく歩くと、大小さまざまな大きさの宮殿が建ち並ぶあたりに出た。東側と西側に、見た目も大きさもまったく同じ宮がある。周囲建物に比べてひと際大きな対の宮は、特に目を引いた。
朝堂殿から走り去ったときには気づかなかったのだが、城内には民間人と思しき平服の人たちがちらほらいる。また口元を黒い布で覆った医師に薬師たちが小走りに通りを往来している。民間人は医師の治療を受けにきた患者たちだ。それでここは元の後宮――愛鸞帝が即位後すぐに、薬事院として民たちに門戸を開いた場所なのだとわかった。
「朝堂殿から薬事院までは、この門を通るしかないのか。それにしても鷲星。はじめて来る場所なのに、よく私の居場所がわかったな」
元後宮のあった場所は、それ自体が穂楽に匹敵するひとつの町なのだと言われたら納得するほど、広大だった。
「まあな。それなりに長く金貸しをやっていると、とんずらしたやつの行きそうな場所がなんとなくわかるようになる」
「なるほど」
鷲星についてはまだまだ、知らないことがあるのだなと織風は思った。
鷲星についてはまだ多くを知らない。その過去についてこれまで、尋ねたことはなかった。
昔、大切な人がいたのだと言っていた。その人が自分を犠牲にしてまで鷲星を助けたので、もう織風には同じようなことをしてほしくないのだと。
大切な人。鷲星の大切な人はだれだったのだろう。友人か、それとも――。
関係性がどうであれ、かつて鷲星が「特別」だと思うだれかがいたと思うと、織風はなんだか、あせるような気分になった。自分でもどうしてそんなことをしたのかわからないが、そばを離れてほしくなくて、鷲星の手をぎゅっと握りしめた。
かつての大切な人がだれだったのか。ものすごく訊きたい。でも一度でもたしかめてしまえば、鷲星がどんなにその人のことを大切に思っていたのかを知ることになる。鷲星が織風を思う気持ちとどちらが気持ちの分量が多いのか、比べて落ち込むことになる。だから気になるけれど、訊く気にはなれなかった。
清華門のまえには、頻羽に剛毅、それに珠翡と樹雫が集っていた。鷲星が遁走した織風を連れ戻すのを、待っていてくれたらしい。
「さきほどは突然飛び出してしまい、申し訳ありませんでした」
門前に駆け寄り、織風は非礼を詫びる。
「鷲星とはちゃんと仲直りできたので、ご心配なく」
手をつないで歩いてきたので明白だっただろうが、あらためてのよろこばしい報告に、頻羽は安堵の表情だ。
「それはよかった。よかれと思って逆にきみに悪いことをしてしまったと、私も反省したよ」
一件落着して、剛毅もほっと安心した顔だ。
「おい」
面白くなさそうな顔をして、薬事院と朝廷の場とを隔てる外壁にもたれかかっていた珠翡が、腕組みを解いてずいっと織風のまえへと進み出る。
さきほどは式鬼と仲違いする天人に対して我慢がならず、つい声を荒げてしまっただけで、本当はこわい人ではないのだろうと思ったけれど、珠翡は子どものような見た目なのに、にらみを利かせる表情には妙な迫力があり、織風はついひるんでしまう。
「……さっきは悪かったよ。つい、言い過ぎた」
あいかわらず顔はむすっとしていたが、予想に反して謝られた。
「おまえとその式鬼の間に、なにがあったのか頻羽から聞いた。仲直りできたみたいで、よかったじゃないか」
「……はい!」
ねぎらわれて、織風は顔をほころばせる。
「ごめんね。僕からも謝るよ」
やや離れたところで静観していた樹雫が口を開いた。樹雫の声を聞くのは、これがはじめてだ。伏し目がちにした温和な表情に似合いの、やわらかな声音だった。こもりがちだが、澄んでいるので聞き取りづらさはない。
「珠翡がうっかり口を滑らせて、きみたちの仲をかきまわしてしまったね」
「いえ、珠翡さまが宝珠のことを教えてくださったおかげで、お互いに誤解が解けました。あのときに発覚して、むしろよかったのです」
「それならよかった」
樹雫は笑ってうなずく。
「誤解しないでやってね。珠翡があんなに怒ったのは、僕に負い目を感じているせいなんだ。珠翡は、本当はいい子なんだよ」
「に、兄さま……!」
突如として暴露話をはじめた樹雫に、珠翡は大あわてだ。
「僕は一度、天籍を抜けて人になった。そして珠翡の式鬼になり、永遠の命を得た。珠翡は自分のわがままで、僕に人としての生をあきらめさせたんじゃないかと、ずっと気に病んでいてね。だからこそ責任を持って永遠に僕の面倒を見るのだと誓い、天人と式鬼の絆の強さにこだわるんだ。そうだよね? 珠翡」
珠翡はきゅっと唇を噛んでうつむいた。見るからに自尊心の強そうな珠翡にとって、ほかの者の面前で繊細な心の裡を披瀝されるなど、針のむしろに座らされたように居たたまれない気分になっていることだろう。
「でも……。珠翡は僕に対して申し訳なく思う必要なんてないんだよ。むしろ僕のほうが、珠翡に負い目を感じてる。『人として生きてみるのも悪くないか』って、単なる気まぐれで蓮花天を飛び出して、そのことで珠翡を悲しませてしまった。だから僕の人生を珠翡に捧げることで、償いをしようと思ったんだ。これが僕の償い。僕の望んだこと。僕は人でなくなったことを、すこしも後悔していないよ」
「兄さま。ど、どうしていまになって、そんなこと……っ」
珠翡は顔を真っ赤にしながら動揺している。赤面しつつもどこか、安心して嬉しそうなところが見て取れた。
「うん。べつに言う必要もないかと思っていたんだけど。でも、気持ちを隠すことはときに誤解につながると、この二人を見ていて思ったんだ。たとえそれが、どれほど相手を思いやる気持ちだとしてもね」
樹雫は織風と鷲星に対して、片目をつぶってみせた。
「だから僕は、あえて皆のまえできみに思っていることを伝えようと思ったんだ。そうでもしないと珠翡はまた、僕がきみに気を遣って心にもないことを言っているんじゃないかと疑うだろう? 僕の気持ちは正々堂々、偽りのないもの。だれに聞かれても恥ずかしくないものだよ」
珠翡はううー、とうなり、しばらく悶絶したあとで、小さな頭をぽすんと樹雫の胸に押しつけた。珠翡と樹雫の間でもつれていた糸の玉も、その端からするするとほどけたのだ。
気持ちを通わせるべき相手と気持ちが通じ合い、なんとなく場がなごやかな雰囲気に包まれたところで、
「織風!」
大きな声で織風の名を呼びながら、突風のように飛び込んでくる者がいた。突き飛ばされる勢いで、織風は腰に抱きつかれてよろめいた。
「
思いがけない闖入者に、頻羽は目を丸くして叫んだ。珠翡は、げげっ、と顔を引きつらせている。
「そなたが織風だなっ!? おばうえに聞いたとおりだ。潤んだ黒目に、艶のある黒髪で、なんともうつくしい」
極北王は腰に巻き付いたまま、うっとりとした顔で織風を見上げる。
王と呼ばれた少年の年齢は、十四、五くらいか。腰まで長く伸ばし、半分だけひっつめにした髪を頭頂部で団子状に結い上げたところに、小さな冠をいただいている。艶々と輝く薄橙色の上等な衣服だ。王と呼ばれるところからして、愛鸞帝の血縁者なのだろうか。
「あのう……あなたさまは……?」
極北王は織風の腰にまとわりついて、意味深な笑みを浮かべたまま答えを返さない。この少年王はだれだろうと戸惑う織風に、頻羽がすかさず説明を加えた。
「こちらは極北王。愛鸞帝の遠戚に当たる王子さまだ。普段は穂楽にはおられず、南方の
妖魔討伐のお役目のため、永盛城を空けている期間が長かったせいだろう。城に定住している頻羽でさえも、極北王の帰還を把握していなかったらしい。
「つい三日まえだ。戻ってすぐに新たな天人と出会えるなんて、私は果報者だな」
「極北王」
こほんと咳払いをして、珠翡が極北王をじろりとにらむ。
「あなた、ついこの間までは頻羽にまとわりついていたのに。戻ってくるなり織風とは。早くも心変わりですか」
極北王には珠翡の嫌味も響かないらしい。悪びれない顔でにこにこ笑っている。顔だけ見るなら、少年らしく無邪気だ。
「頻羽もうつくしいので好きだぞ。でも織風にはまた、頻羽とは違った魅力がある。うつくしいものはいくら愛でても、減るものではないからな」
「我らは観賞用の美術品ではないのですがね」
どうやら珠翡は、移り気で好色な少年王を毛嫌いしているようだ。ひくひくと頬を痙攣させて嫌悪感を隠そうともせず、辛辣に切り捨てる。
悪びれない極北王はなおも、珠翡の神経を逆なでするようなことを言った。
「もちろん、珠翡もうつくしいぞ。ただ、見た目の年齢が私とそう変わらないだろう? 私の恋愛対象は大人っぽい美人だから、そなたには食指が動かぬというだけのこと。嘆くことはない」
珠翡が顔を引きつらせてなにか絶叫しかけたところで、背後からすかさず樹雫が口をふさいだ。兄の大きな手で顔の下半分を包まれた珠翡は、極北王への罵詈雑言と思われる言葉をうーうーうめいている。
「……それに、織風には欠けているところがあるから好きなのだ」
織風だけがかろうじて聞き取れるくらいの小声で極北王にささやかれ、ぎょっとした。
(欠けているとはどういうことだろう。まさか……。私に魄がないことを指して、そう言っている……?)
頻羽は配慮のある人だ。織風の悩みについて、本人に許可を求めないままにだれかに話すとは考えられない。ましてや余計なことを言わない剛毅が口を滑らすはずもない。
なにを指しての「欠けている」発言だったのか。真意を問い質そうとしたところで、極北王の笑顔が機先を制した。
「織風、気に入った。私の愛人になれ」
「ええっ……」
極北王はかわいらしく小首をかしげながら希代の漁色家めいたことを言い放つ。無邪気な少年の顔との落差がすさまじい。
「私はいずれ、この国の詔帝となるべき男だ。正妃は娶らねばならんが、妾妃にも、愛情は均等に注ぐことを保障する」
ううーっ! と獣のようにうなる珠翡を、樹雫は苦笑しながら押さえ続けた。手を離した瞬間、口からありとあらゆる罵詈雑言が飛び出して、珠翡は極北王への不敬罪に問われるだろう。
「あの、極北王。私には好きな人がおります。だから王のお気持ちには、応えられないのです」
それ以前に、私は男だがいいのだろうか。この国では、男が側室になることがあるのだろうか。ああでも、凌雲国の後宮制度は、愛鸞帝が即位されたときに廃止になったのではなかったっけ。
勢いに押されて誘いをことわるのが精一杯で、あとから極北王の発言の違和感に気づいた織風だった。
「好きな人というのは、まさかその男ではあるまいな?」
ごみを見るような目で、極北王は鷲星を睥睨する。
「なんだ。貧乏くさいし学もなさそうだな。織風よ。あと数年もすれば私はいま以上にいい男になる。いまのうちから懐いておいたほうが得だぞ」
「極北王!」
樹雫の拘束から抜け出した珠翡が声を荒げる。
「いい加減になされよ! 織風は鷲星のことが好きなのです! あなたのものには、なりません!」
「珠翡さんよ。どうやらあんたとは気が合いそうだ」
目にぎらぎらと嫉妬の炎をたぎらせた鷲星はぽん、と珠翡の肩を叩き、すぐさま織風を腕のなかに抱き寄せた。鷲星の放つ怒りの霊気で、外壁が瓦解しそうな勢いだ。
鷲星と極北王の間で、ばちばちばち、と見えない火花が散ったところで、
「極北。あまり天人たちを困らせるでない」
織風の背後から、愛鸞帝が歩んできた。今度は左右をお付きの侍女に固められて、うしろには兵も数名、引き連れている。
「おばうえー」
愛鸞帝が間近にやって来ると、極北王はとたんに甘えるような声を出した。
「
愛鸞帝はいかめしい顔つきで、ふうっと息を吐く。
「魂と魄は互いに作用する。魂がおのれのふるまいを選択し、その結果が魄に刻まれ、またその人の本質たる魂に影響を与える。冗談めかしてふるまっている姿は、いずれあなたの本質になりかねませんよ。帝位継承候補たる者、ふさわしいふるまいをいまから身につけなければ」
「はあーい」
極北王は調子よく返事をしたあとで、懲りずにすぐさま織風に話を振る。
「なあ、織風。織風はどの宮に住んでいるのだ?」
織風は体のまえでちょいちょいと遠慮がちに手を振る。
「いえ、永盛城に宮を賜るなど、滅相もない。私は蓮花天におりますゆえ、地上にはたまにしか降りてこないのです」
「そして残念だったな。地上での定宿は、俺の家だ」
ぐっと織風の肩を抱き寄せて、鷲星はべーっと舌を出す。鷲星が敵意を剥き出しにするのを無視して、極北王は織風に笑いかけた。
「織風。蓮花天には帰らず、永盛城にとどまってくれないか? 私が穂楽にいる間だけでいいから、な?」
極北王のわがままは、織風を困らせた。織風が返答できずにいるのをいいことに、極北王はさっさと愛鸞帝を口説きにかかる。
「ねえ、おばうえ。かまわないでしょう? 妖魔の出現が増えているいま、すこしでも多くの天人に知恵を借りたい場面でもありますし」
極北王は愛鸞帝の功利心を微妙にくすぐりつつ、ねだった。
「たしかに、そうね」
愛鸞帝はふうっとため息を吐く。血筋の少年の放埒に顔をしかめつつも、かわいらしく思うところもあるのだろう。強くは出られないようだ。
「織風。もし急用がないのなら、しばらく永盛城にいてはもらえないかしら? 極北王の言うとおり、いまはすこしでも多くの天人の力を借りたいのです」
愛鸞帝は軽く頭を下げた。
「むろん、あなたと鷲星は妖魔討伐には派遣いたしません。でもその代わり、妖魔の横行している原因について忌憚のない意見がほしい。極北は半月後に那張に戻る予定です。せめて、それまで」
極北王はぱっと顔を輝かせる。
「織風! おばうえの許可も出た。私がいいと言うまで、勝手に永盛城を離れてはならぬぞ!」
詔帝の命令を無下にすることは、たとえ天人であろうと許されない。
きらきらと瞳を輝かせて見つめてくる極北王と、どす黒い気炎を立ち昇らせながら、血走った目で極北王ににらみを利かせる鷲星との板挟みになり、織風はめまいがしそうになった。
「なんなんだ、あんのガキゃあっ! 陛下の血縁だかなんだか知らねえが、甘やかされてんのをいいことに、やりたい放題しやがって……!」
愛鸞帝に付き添われて、極北王が去ると、鷲星は天に向かって吠える。嵐のようなやりとりにくたびれたらしい頻羽が、こめかみをもみながら言った。
「極北王は愛鸞帝の異母兄弟の子に当たるお方だ。未来の詔帝などとうそぶいておられたが、愛鸞帝には嫡子もいらっしゃる。極北王は帝位継承候補者の末席だ」
頻羽は術で光の筋を出現させ、空中に簡単な系図を描く。
「愛鸞帝の父君は先帝の堯天帝、母君は正室の
やや複雑な家系図を、織風は懸命に目で追った。愛鸞帝と西宮妃の三女は、母親違いの姉妹に当たる。すると極北王の縁戚関係は、義理の伯母と甥ということになるだろうか。
「それも、庶子のようだからな」
珠翡がふん、と鼻を鳴らして補足する。
「不義の子として生まれ、ずっと母親と二人暮らし。自分が凌雲王朝の血筋に連なる者だということも知らなかったみたいだ」
「ほおー。そんなやつが、どうして王室に戻れたんだ?」
話をしているうちに怒りが収まったらしい。平素の飄々とした口ぶりに戻った鷲星の問いには、樹雫が答えた。
「ちょうど一年まえだったかな。極北王が一人で、永盛城にふらりとあらわれたんだ。なんでもお母さまをご病気で亡くされたそうで。『おまえはかつての西宮妃に連なる者。私が亡きあとは、愛鸞帝を頼りなさい』って、亡くなる直前に知らされたらしいよ」
樹雫の答えに鷲星は一瞬顔をしかめたあとで、「ふーん」といかにも興味なさそうな生返事をした。
「あんな馬鹿と愛鸞帝にちょっとでも血のつながりがあるなんて、めまいがするけど。でも一応、母親が西宮妃から賜った耳飾りを持っていたらしいからね。それが証拠になった」
面憎い相手のことは話題にするのさえ忌々しいのか、ぶすっとした顔の珠翡が、ふらりとあらわれた少年がすんなりと王室に受け入れられたいきさつを補足する。
「ずっと母子二人で、貧しい暮らしぶりだったようです」
思うところがあったのか、めったに口を開かない剛毅が、めずらしく自ら話し出す。
「王室から出て行方がわからなくなっていたとはいえ、血縁者のすさんだ生活に目が行き届かなかったことに、陛下は責任を感じておられる。だから母親代わりのつもりで、極北王に愛情を注いでおられるのです。民間の出だからといって区別することなく、帝位継承候補者の一人として、ほかの候補者と同等の教育をほどこし育成されている。極北王と母君への申し訳なさからつい、甘やかしてしまうところもあるのでしょう」
賢王の愛鸞帝でさえ、人情に左右されることがあるということだ。
「天帝に誓って絶対にありえないけど。万が一、あいつが詔帝になったら凌雲国は破滅だ」
珠翡が眉間に深いしわを刻む。
「私もありえないとは思っている。でも陛下の功利をたくみに読んで、織風が永盛城にとどまるように要求をとおすなど、意外と頭がまわるところがあるのも事実だ」
「そこなんだよなあ」
極北王の狡さを認めざるを得ない珠翡と頻羽は、そろってため息を吐いた。
「なーるほど。まあ半月後には、また那張州に戻されるんだろ? せいぜい、それまでの辛抱だ。なに、ガキが遊び気分で迫っているだけだろう。深く取り合うなよ、織風」
その人物評から、極北王などおそるるに足りんと楽観したのか。鷲星は余裕の笑みで、頭の後ろで手を組んだ。
「とはいえ勝手に城を去るのは、陛下の面目が立たないからまずかろう。織風と鷲星。よければ、我らの
「いいのですか?」
「ああ。二人では持て余す大きさでな、部屋も余っている」
花酔宮とは、頻羽と剛毅が賜っている城内の宮だ。信頼する頻羽のそばであれば城にとどまるのも悪くないと、織風は安心した。
「鷲星、いいだろうか?」
「ったく、仕方がねえなあ。せいぜい、宮廷の豪勢な食事を楽しむことにするよ」
鷲星からも滞在許可がもらえてほっとしたところで、織風は気になっていたことを尋ねた。
「あの……。頻羽さまと珠翡さま。このところ妖魔が続々と復活しているのは、本当に愛鸞帝の治世になにか問題があるからなのでしょうか? 天帝が次期詔帝との交代を望んでいるなんてことは、ないのですよね?」
織風が心配そうに問うのに二人とも首を振り、「ありえない」と頻羽は言葉でもきっぱりと否定した。
「この国の史学者として私は、愛鸞帝の奮闘ぶりをずっとおそばで拝見してきた。あの方は凌雲王朝史上、まぎれもなく一番の賢王だ」
「それなのに、どうして妖魔の出現が増えるのかわからないから、俺も困っているんだ。早く陛下を安心させたいのに」
珠翡は沈鬱な表情でくやしさをあらわにし、がしがしと髪の毛をかきまわした。
「織風の情報で、人為的に妖魔の封印が破られているようだということはわかったんだけど……。『一体だれが、なんの目的で?』っていう決め手がないんだよねえ」
樹雫も途方に暮れたように首を振る。
「妖魔の出現で得をするやつはいるぜ」
鷲星にその場の注目が集まった。得意げな笑みとともに、自信に満ちて鷲星は答える。
「穂楽にいる術士。金赤星の出現でなにかよくないことが起こると触れまわり、いざ妖魔の横行が活発になったら、それ見たことかと騒ぎ立てる。おかげで、やつに占ってもらおうと大金払うやつがあとを立たなくなった」
なあんだ期待させるなよ、と一瞬あきれるような顔をしたあとで、思うところがあったのか、珠翡が顔を引き締めた。
「発生した事象を自分の占いに都合よく絡めているだけの手合いだとは思うが……。念のため
珠翡と樹雫はうなずきあい、永盛城内での仮住まいとして賜っている房へと帰っていった。
日が暮れて、空が茜色に染まった。
常ならばきれいな夕焼けだと見とれるはずなのに。血を流し込んだような空の色に、なぜか織風の胸はざわついた。
花酔宮に仕える使用人に鷲星がちゃっかり夕餉の支度を言いつけて、
「うめえー! 織風、これ食ってみろよ」
きのこの薬膳汁煮込みが、鷲星は一番気に入ったようだった。笑顔で勧めてくる。
織風が箸を取ろうとしたところで、部屋にぞろぞろと人が入り込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます