とりあえず嫁探し

さくらみお

第1話


 与平よへいはその日も馴染みの酒場に辿り着くと、幼馴染おさななじみの五作を探した。


 五作ごさくはいつも通り、店の便所に近い座敷で一人、ちびちびと安酒を飲んでいた。


 そのまま座敷へと上がり、五作の前に座ると、与平はあからさまに大きな溜め息をついた。


「なんでえ与平、大きな溜め息吐きやがって。辛気臭えな」


「まーた、おっ母の『よめよめ病』が始まってさ」


「『よめよめ病』?……ああ、お前のおっ母、病気で目が見えねえからなぁ。でえ? 何を読めって? お前が隠し持っている春画かい?」


「そっちの読めじゃねえ。嫁っこの方の嫁だ」


「ああ、嫁っこの。『嫁嫁病』って訳か」


「そうだ。俺ももうすぐ三十だろ? なのに「嫁の一人も来やしない、嫁を連れて来い、嫁を連れて来い」って毎朝、毎昼、毎晩、呪いの様に言いやがる」


「へえー、そんなに嫁嫁言っているのかい! お前のおっ母はよっぽど嫁が好きなんだなあ! でえ? お前のおっ母は嫁が何人欲しいんだい?」


「とりあえず、一人で良いと思う」


「へえ、そんなに言っといて、たった一人で良いのかい!」


「ああ、そんなに言っといて、たった一人で良いんだと。俺もあのうるさい嫁嫁攻撃が収まるなら、たった一人で良いから欲しい」


「じゃあ簡単だ。俺に心当たりがある」

「なんだと? どこの誰だ?」


「おっ母の口うるさい攻撃が止まれば良いんだろう?」

「ああ、とりあえず、止まればいい」


「とりあえず、俺を嫁にしろ」


「………………お前、天才か?」


「ああ、都合が良いことに、お前のおっ母は目が見えねえ。俺だとバレないだろう」


「よし、善は急げだ。とりあえず、おっ母にお前を会わせたい」


「良し来た! とりあえず、会ってみよう」


 二人は村はずれにある与平の家に向かった。










「おっ母、ただいま~!」

「おかえり与平。嫁は来たかい?」


「おっ母、待たせたな。ついに嫁が来たぞ!」

「初めまして、嫁です」


「おおおお! 嫁が、正真正銘の嫁が来たああ! 与平、でかしたぞ!!」


 おっ母はサムズアップして二人を祝福した。


「ささ、二人とも、こっち来い。祝いの餅と酒を用意するからな!」


 与平と五作は囲炉裏いろりの前に胡坐あぐらを掻いて座り、おっ母の用意する餅と酒を待つことにした。


「それで与作や、嫁の名前はなんて言うんだい?」


「ご……とりあえず、ツウだ」


「とりあえずツウ?」


「ああ、とりあえずツウだ」

「とりあえずツウです」


「変わった名前だな。おれは目が見えねえ。とりあえずツウは、背丈はどんくらいだ?」


「六尺(約180㎝)です」

「ろ、六尺!? こりゃあ、おったまげたあ~!」


 おっ母は両手を挙げて驚いた。


「芸能人に例えれば、どんな顔か?」

「とりあえず……梅◯辰夫かな」

「とりあえず、辰夫です」


「へええ! 漬け物が美味そうな嫁が来たもんだ!……で、祝言はいつ行う? 明日か? それとも明日か?」

「とりあえず、明日で」


「そうか、祝言の後には、ハネムーンにも行くのか?」

「とりあえず、熱海に」


「そうか、熱海では子ども何人こさえるんだ?」

「とりあえず、努力義務で」


「そうか、そうか、そうか! 良かった、良かった! ほら、酒を飲め。餅も食え。餅を食って、丈夫な体にならねえと、子どもも産めねえからな!」


「おっ母、とりあえずツウのボディは俺よりも頑強だ」

「とりあえず、ムキムキのマッチョです」


「そうか、そうか! とりあえず、ムキムキマッチョか! 果てしなく強そうだ。これで我が家も安泰だ!!」

「とりあえず、安泰だ!!」

「とりあえず、安泰です」



 ――こうして、とりあえず嫁を貰った与平。

 とりあえず、嫁になった五作。

 とりあえず、嫁が来て喜ぶおっ母。


 とりあえず、全員幸せです。


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