第23話
僕らは、晴れて城戸優斗と深咲雪乃として、交際することになった。
この一年間、雪乃は僕に対してかなりの嘘を重ねていたことを話してくれた。
真央さんや蜜柑さんは、花山院の出身ではなく、高校時代からの雪乃の同級生らしい。
うっかり名前を出してしまったからには引っ込みがつかなくなり、二人に協力してもらって僕を騙し続けていたらしい。まあ、僕がそんなに気にも留めていなかったのは言わなくてもいい事だ。
「いや~急に嘘をつくことを頼まれたときはびっくりしたよ」
「まあ、そんなことよりも二人ともおめでとう」
笑い話にしてくれたのはありがたい事だけれど、かなり迷惑をかけてしまったから、雪乃は二人にスイーツバイキングを奢らされるらしい。僕も後で、少しだけ雪乃に渡しておこう。
雪乃が飯生さんの姿をしていたころの写真や動画は、全て飯生さんの姿で残っていた。しかし、記録上では飯生さんは既に亡くなっているので、書類などの細かいところは雪乃の名前に変わっていた。
とても、都合のいい話である。これもサービスだろう。
「なんだか、二人の写真が無くなったみたいで寂しいね」
「これから、たくさん写真を撮ろう」
「まずはアルバイトを頑張って、カメラが欲しいな」
僕らはこの三ヵ月の間に撮った写真をまとめて、アルバムとして保存しておくことにした。
「若菜、ゆっくり眠ってね」
「雪乃の事は心配しないで、僕が世話するから」
「ちょっと、なにそれ~」
そして、飯生さんの命日に雪乃は毎年、お墓参りと飯生家を訪れていた。
雪乃は飯生さんと同性の友人な点もあいまって、家にお邪魔する機会が多かったらしい。そのおかげで飯生さんの両親とも顔見知りだった。
墓地は山の中腹にあり、ちょうど僕らの住む与国町を見渡せるくらいの高さだ。ここから、僕と雪乃を見守ってくれていたのだろう。
今年からは、僕も一緒にお墓参りに来ている。
「まあ、こんな風に仲良くやれてるから心配しないでね」
僕らは、しっかりと彼女のお墓を掃除して、花を手向けた。
「花の種類って、あれでよかったの?」
僕らがお墓にそえたのは、一般的であるカーネーションにしておいた。彼女の好む菜の花も準備したかったが、菜の花の花束はどこにもおいていないらしい。
「まあまあ、見てよ」
雪乃が、僕の手を取って強く引く。僕はそれに身を任せて、山の裏側へ……
「ここから、あの花畑が見えるんだよ」
雪乃が指さす先には確かに、僕らがかつて訪れた公園の菜の花畑が、景色の中でもひときわ存在感を放っていた。その花言葉に似合うように、輝いていた。
「あの花畑も見えるから、きっと若菜も満足してくれるよ」
「そうだね」
僕はもう一度だけ、初恋の人に手を合わせて、彼女が天国で幸せに暮らしていることを願った。きっと、彼女なら天国でも人気者だろうから、心配はしていないけれど。
「まあ、いらっしゃい。さあ、あがって……ってあれ?」
飯生さんのお母さんは、雪乃の後ろを見て不思議そうな表情を浮かべる。しかし、
「もしかして、雪乃ちゃんの彼氏?」
「えへへ、まあ」
飯生さんのお母さんはすごく優しく僕を迎えてくれて、この人と飯生さんの血がつながっていることは、素直に受け入れられた。
雪乃が飯生さんのお母さんに耳打ちすると、お母さんが階段をのぼっていった。
「リビングでかけておいて~」
どこかあわただしいところも、なんだか飯生さんに似ている。
「いったい何を話したの?」
「う~ん、すぐにわかるとおもうよ」
すぐに飯生さんのお母さんが戻ってきた、手に持っていたのは一つの便せんだった。
「それって手紙ですか?」
雪乃と飯生さんが目を合わせてニヤニヤしている。
「いいから読んでみてよ」
僕は言われたとおりに、封を破いて中身を取り出した。
「……これってさ」
僕は耳まで真っ赤になっているんだとわかるくらいに、顔が熱い。それを見て、二人は声をあげて笑った。
「あはは、耳まで真っ赤だよ。そうだよ、これは若菜が書いたラブレターだよ」
僕の手に握られているのは、飯生さんがおそらく中学時代に書いたラブレターだった。
宛名の欄には、城戸優斗と記されていた。
「実はね、中学時代に二人は両思いだったんだよ。私と若菜で、よく優くんの話をしてたのは憶えてるなあ。ああ、ちなみに若菜は優くんの事がタイプだったらしいよ」
「若いっていいわね」
やっぱり僕は、女性二人を相手にするといじられ役に徹するのが良さそうだ。
雪乃がトイレに行っている間に、僕は飯生さんのお母さんと話していた。
「すみません、仏壇に手を合わせるのが遅くなってしまって」
「いいのよ。雪乃ちゃんから事情をきいてるから大丈夫」
「そうですか……」
「それより、雪乃ちゃんのことを幸せにしてあげてね。あの子も、それを願っているはずだから。まあ、心配はしていないけどね」
トイレから戻ってきた雪乃には、二人で話したことは内緒にしておいた。
「思い返せば、僕らの関係って流れ星のおかげで復活したんだね」
飯生さん家からの帰りに、僕は急にそんな話をしたくなった。
「そうだね。優くんに教えてあげたかいがあったよ」
彼女が言うには、僕に流れ星の伝承を教えてくれたのは雪乃らしい。かなり昔のことなので本当の事かはわからないけど、そんなことは重要ではない。
「幼馴染の特権だね。ねえ、もしも流れ星を見たら何をお願いする?」
それは難しい質問だった。大学の単位は欲しかったし、雪乃と出かけるための資金も欲しい、でもそんなことを願う必要はない。
「僕は、この幸せがずっと続きますようにって願うかな」
「なんか、最近はそういうセリフをすっと言えるようになったよね。悪い男だ」
「雪乃は?」
「私は、人魚さんがいつか救われますようにってお願いするかな」
それは素敵なお願いだった。やりかたはともかく、僕らを結び付けてくれた人魚。
彼女は漁師と上手くやることはできなかった。姿を変えて愛する人のために尽くしていた雪乃からすれば、共感できる部分もあるだろうし、僕も感謝はしている。
「そっか、じゃあ僕もそうしようかな」
いつか、人魚が幸せになることを祈っていよう。
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