第14話



「すいませ~ん。ちょっとシャッターを押してもらって良いですか?」

 僕たちがBE KOBEのモニュメントを背景とした写真を撮るために順番を待っていると、ちょうど僕たちの前にいた男性に声をかけられた。どうやら一人で写真を撮るために来たらしいのだが、三脚を忘れてきたそうだ。

 僕は彼の持っているカメラが明らかに良いお値段がしそうだったので怖気づいてしまったが、彼女は性能がいいカメラを触ることが出来るのを嬉しそうにしていた。

「えっと、ここを回せばズームが出来て、これで光を調節するから……」

 男性もカメラに興味を持ってもらえたのが嬉しかったのか、彼女にいろいろ教えていた。

 ただ、男性が僕たちと同じくらいの年齢だろうという事があって、僕の気持ちは決して良いものでは無かったが、彼女が楽しんでいることに比べればそんなことはどうでもいい。

「じゃあ、撮りますよ~はい、チーズ!」

 さすがに良いカメラを使っているだけあって、太陽の角度はそこまで良かったわけでは無いが、その光をうまく調節することによってより景色を際立たせていた。最近はスマートフォンに搭載されているカメラの発展が目覚ましいとは言っても、餅は餅屋ということわざにあるように、突き詰めるならやはり本来の用途を持つ物に頼るべきだ。

 ただ、僕はそんなものを持ってはいないので、彼女がカメラを構える瞬間を、カメラに収めておいた。うん、やはり光が入ってよく見えないや。

「良ければ、お二人の写真も撮影させてください。このカメラはWi-Fiにも対応してるんで少しだけ時間を貰えれば、携帯にも転送できますよ」

 へぇ、最近の物はずいぶんと高性能らしい。数年後くらいにはカメラで電話くらいできるようになるんじゃないだろうか。いや、それはスマホと変わらないか。

「はい、笑って笑って~はい、チーズ!」

 彼の撮ってくれた写真の出来が、先ほど彼女が撮った物とはまるで別物だったのだが、それを言うと彼女がいじけるので、言わないでおいた。

 僕のそんな感想など、言葉に伝わることなく彼女は満足しているようだ。

「どう?私もカメラの才能あるのかな~」

「いや、お上手ですよ。良ければ、僕はここで少し休憩してますので、二人でここら一帯を撮影してきてみては?」

「え!良いんですか⁉」

 

 優しい男性の優しさによって、僕は今、人生で初めてモデルをやらされている。

「オッケー!じゃあ、次はこっちね」

 彼女に手を引かれ、僕は神戸ポートタワーやオリエンタルホテルをバックにここ数年分くらいの写真を撮られることになった。男社会では、そんなに頻繁に写真を撮ることは無いのだ。

「ねえ、次は僕が撮るよ。ほら、代わって」

 カメラに触ってみたいこともあったが、今の彼女を少しでも質の良い写真におさめておきたいという気持ちもあった。

僕も子供じゃないから、この瞬間が永遠では無いことも分かっている。だからこそだ。

「も~しょ~がないな~。可愛く撮ってね」

 しぶしぶといった雰囲気は、言葉だけだ。まるで大根役者の演技を見ているようで、ちょっとだけおかしくなる。

「ほらほら、そんな高性能のレンズ越しに見たら、火傷しちゃうかもね」

 そして、それなりに付き合いを継続しているから、彼女への理解も少しずつではあるけれど、深まっていった。

 例えば、彼女は機嫌が良いときにいわゆるブリッ子のような行動が増える。

 まあ、実際に彼女の言う通りなので、適切な表現は自分の可愛さを自覚するだろうか。

「はい、チーズ」

 それを聞かされるのは、少し恥ずかしくも思うけれど、彼女のこういった冗談が僕らが二人でいる時間の価値を高めていることは間違いない。

 もはや僕は、彼女がどんな隠し事をしていても、どんな嘘があろうと愛せるくらいに、彼女の事を恋い慕っていた。それは、とても幸せな事だ。

「お~けっこう上手じゃん。じゃあ、次は神戸タワーをバックにして」

 彼女のそんな気まぐれな一言で、カメラマンとモデルの立場が一転した。


「ありがとうございました、楽しかったです!」

 カメラからデータを転送してもらい、彼女は心よりの笑顔でカメラを貸してくれたお兄さんにお礼を言っている。僕もそれに続いて、頭を下げた。

「いやいや、写真を撮ることを楽しんでもらえたら嬉しいよ。じゃあ、二人とも新婚旅行を楽しんでね。またどこかで」

 彼はまったく気取ることなく、僕たちに背中を向けて駅の方に歩き出した。

「新婚って……」

「私たちってそう見えるのかな?」

 晩婚化が叫ばれて久しいけれど、大学生の間に結婚するカップルもまれにではあるけれど、存在はしている。いわゆる、学生結婚というやつだ。

 夫婦に見える、というのは褒め言葉として受け取っても良いだろう。

 息、波長、雰囲気があっていないと、この若さで夫婦に見られることは難しい。

「そうだといいね」

 僕らは、その意味を理解して、顔を合わせて笑った。

 そこには、ほんの少しの照れ隠しと、言葉では表しきれない喜びが内包されていた。


「うわ~中華の匂いがする」

 南京町は、まるで別世界に来たかのように騒がしくて、少したじろいでしまう。

 赤や黄色、橙色の看板が多くて、太陽の光に照らされてそれらが更に色めき立つ。あまり長くここに居続けると、目がチカチカしてしまいそうだ。

「お兄さん、小籠包食べていかない?美味しいよ」

 客引きも、他の店とは違ってかなり積極的で、歩いているだけでかなり声をかけられる。それらも、南京町の明るさをより強調している。

「ねえねえ、せっかくだから食べようよ。もう、お腹空いて我慢できない」

 彼女は僕の袖をつかみ、いまにもよだれをたらさんとする勢いで、小籠包から出た湯気を浴びていた。その香りに誘われて、逃れられる人なんていないと言わんばかりに。

「毎度あり~」

 

「ん~美味しい。幸せってこういう事だな~」

 ずいぶんエコな幸せである。まあ、幸せを感じる機会が多いのはいい事だ。

「この幸せを分けてあげましょう。はい、あ~ん」

 僕の幸せもずいぶん安上がりである。小籠包は元々、美味しいものだけれど彼女に食べさせてもらう事でよりおいしく感じる。こんなことなら、きっと何を食べても美味しく感じられるだろう。

「いろんなものがあるねえ、やっぱり旅行は楽しいね」

「そうだね。他にもいろんなところに行けたらいいね」

 遠くを眺めてそういった彼女の姿が、どこか諦めを含んでいた。


 その後、僕らは異人館やハーバーランドで過ごした。

 そして、再びメリケンパークに戻ってきている。もちろん、昼に見た光景ももちろん綺麗ではあったけれど、やはり夜景が有名な場所なので、これを見ずには帰れない。

「いや~たくさん回ったねえ」

 メリケンパークにハーバーランド、異人館に南京町と神戸の有名な観光地はあらかたおさえている。もちろん、他にも探せばいろいろ遊ぶところはあるのだろう。

「他にも掬星台って場所もあるんだって。免許をとったらもう一回神戸に来て、レンタカーを借りて行ってみたいな」

 彼女が見せてくれた観光マップに載っていた写真は、確かに綺麗で、僕は早いうちに免許を取得することを決意した。

「風も穏やかで、なんだか落ち着くねえ」

 昼と違って、周りにいるのはカップルばかりだ。これまでなら僕はこんなところにいる事はできなかっただろうけど、今の僕はここにいても違和感がない。

 ポートタワーが赤く輝いている事や、海洋博物館が緑色に輝いていることは写真や本だけでは知ることに限界があっただろう。

「旅行に来れて良かったね」

「うん、めちゃくちゃ楽しかった!」

 彼女の笑顔は、僕の庇護欲を掻き立てる。彼女の髪型が崩れることもいとわず、僕は髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でた。

「ちょっと、急にどうしたの。くすぐったい」

 周りにも同じような事をしている人しかいないのだから、これぐらいの事をしてもいいだろう。時間も忘れて、僕らははしゃいでいた。

「あ~やっぱり優斗といると楽しいなあ」

「僕もだよ」

「なら、これからは会える日は連絡するね」

 その言葉をきっかけに、僕らは夏休みの空いてる時間をほとんど彼女と過ごした。

 もちろん、彼女には僕以外にも交友関係があるし、僕にも大学内の友達とたまに出かけることは会った。また旅行をするためにアルバイトを始めた。

 もちろん、ずっと一緒にいたかったけれど、それが不可能なことはわかっているので、その分はこまめに連絡を取り合った。

 そのおかげもあって、僕らの仲はさらに深まっていった。

 

 その日はちょうど、二人でプールに来ていた。夏休みのキャンペーンとして入場料金が安くなっていたので、電車を乗り継いでそのプールを訪れた。

 帰り道、いつものように別れる場所が近づいたころだった。

「今日は、疲れたけど楽しかったな。えっと、次はいつ空いているんだっけ」

 雪乃はスケジュール帳を確認して、次の予定を告げる。

「じゃあ、次のイベントは与国祭りか~」

 与国祭り、それは僕らがくらす与国町で最も有名なイベントであった。

 もちろん、僕はその日にそんなことが起きるとは思ってもいなかったけれど。

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