2、星祭り(2)

昼食をワゴンに乗せて入ってくる者が、紗の布越しに見える。

こちらとは目が合わない。


「神子さま?」

ワゴンを置いて、奥の浴室へ向かって行った。

探してるわ…。私の目の前を通って行ったのに…。これが『隠匿の布』、秘密の道具。


姿が向こうに消えたのを見届けて、布から出て、鈍色の布を隠す。


「あら、美味しそうッ」

ワザとらしく声を張り上げた。


「ああ、よかった! 隠れんぼですか? イタズラも大概にしないと司祭さまが怒りますよ」

自分が罰せてれるかと肝が冷えたのだろう。申し訳ない事をした。


「ごめんなさい。もうしないわ」

心の底から真剣に謝った。


「これっきりにして下さいね」

やれやれと言った具合に困り顔で許してくれた。

「ありがとう」

しっかりお礼を言う。これでこの件は誰にも知られない。


食事が終わったら、夜に備えて休むと言えば、ここには誰も来なくなる。




『隠匿の布』を使って城を出た。

抜け道は前の神子さまの手記にあった。歴代の神子さまも使ったようだ。


路地に入ると布を肩掛けの鞄に突っ込む。

斜めにかけてる布紐をぎゅっと掴む。


勇気を出して、元気よく駆け出した。


路地を出ると、祭りの賑わいで目眩がした。

音と光りと匂いで満たされていた。


中央の噴水広場に楽団と踊り子たちが居るはずだ。聞き込みして知ったのと手記の情報だ。

求めていた音のする方へ駆けて行く。


駆ける足取りもステップを踏んでいた。

くるくるルンッと踊りの輪に入る。音が身体を突き動かし、足が勝手にステップを踏む。


覚えてる。

知ってる。

母がいた。

父がいた。

皆が笑ってる。


この国があの星々に滅ぼされるのはやはり嫌だ。

手を取って、皆と踊った。

くるくると舞った。


私も『星の神子』なのだと思った。


私の命の限り祈ろう。

この国がいつまでも栄えるように。

皆が笑えるように…。


手を取られた。

踊り手の手ではなかった。

ステップは踏んでいても輪から徐々に遠ざかって行く。

路地で私よりも年長の青年が目の前にいた。手を握ってるのは彼だった。


何かを感じた。

感じたが言葉に出来ない。もどかしい…。


手を取られたままその青年が、見上げる姿がスッと目の前から消えるように下になり、片膝をついて跪いた。


「神子よ。目通り叶ってよかった。我は『知』の者。ただもう私だけになってしました」

悔しそうな表情。

きっと何か教会か国からの妨害を受けながらも神子たちの『約束』を果たそうとしてくれてたのだろう。


彼の手に手を添え、両手で包むように掴んだ。


言葉にならなかった。

涙がひと雫頬を伝った。

この湧き上がる気持ちはなんなのだろう。


「あと、あと少しで出来ます。だから……。自分が完成させます。完成させたら、あなたとここで踊ってもいいだろうか?」


『星祭りで踊る約束は求婚を意味する』と言われてる。

私は彼とあったのは、今、この瞬間だ。

何も彼を知らない。


だけど、「ええ、ご一緒に」と応えていた。


あの抽象的に書かれてた何かを彼が完成させる。

私はそれで自由に動けるようになるらしい。


来年の星祭りでも踊る事は可能だろう。

秘密の道具を使わずにここに来れるかも知れない。

否、塔に住むのではなく、ここで暮らしてるかもしれない。故郷の田舎町に帰れるかもしれない。両親のお墓に行けるかもしれない。


希望。

私の希望。

星の神子たちの希望。


「お見かけした感動のまま手を取ってしまいました。勇気を出して良かった。近いうちにきっとッ」

名残惜しそうに手が離れて行く。指の先まで気持ちが残ってるような仕草に思わず懐に飛び込んだ。ヒシと抱きつき、油のような…薬品の匂いなのだろうか。不思議な匂いが彼からした。


肩に手が掛かったが、抱きしめられる訳ではなく、手が彷徨っているようだった。


パッと離れて、手を振って踊りの輪に帰って行く。

振り返ると、路地にポツンと残った彼が寂しそうだった。


「きっとッ!」

駆けながら、手を振った。



そっと塔に戻った。時間に間に合った。

楽しい時間だった。膝が笑ってる。

あの青年と踊れる日を思うと心が温かくなった。


今年の祈りは、こと更強かったかもしれない。


だからだろうか…。「時がきた」と司祭が嬉しそうに溢した言葉を拾った時、何かしらゾッとした。良からぬ事の予感。


祈りの儀が終わって暫くは司祭たちは忙しい。

私はちょっと暇。ゆっくり休養するのだとされている。

だが、今年はもう一つの儀式をするかもしれないと周りが慌ただしい。


休養日の私の部屋に突然、今まで見た事もない女性たちが数人やってきた。

こんな事は初めてだった。

王女さま付きの侍女らだと紹介された。儀式の為に必要なのだとか。


嫌な予感しかしない…。


普段ここに居ない者がいる事で、塔の者たちが上手く動けずにいた。要するに隙だらけになってる。


どう見ても湯浴みの準備だ。

『どちらのご予定なのでしょう』『殿下ならお若いですし…』『子を成せば安泰…』『初めての事だから…』

漏れ聞こえてくる囁きが途切れ途切れ聞こえて来た。


祈りの儀式の後は感覚が研ぎ澄まされてるので、常人では聞こえない声も聞こえるのだ。

塔の者なら知ってるのか、いつもに増して静かにしてくれてる。

だから、休養日があるのかも…。


どうやらピンチです。


んー、もう直ぐこちらに来そうな感じ。

秘密道具を手にすると、そっと被って気配を消す。部屋の扉が開いたタイミングで抜け出した。

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