3、里帰り(1)

身一つ、この道具以外は何も持ち出せなかった。

でも、あそこに居れば、王族と子を成すような事をしなければならない。

嫌だ。

あの王様たちは好きになれない。

国の事は愛してるだろうけど。私の事は道具か何かみたいに見てて、人として見られてる気がしない。

そんな人たちに触られるなんて想像も出来ない。


私の祈りの力が増したからだろうか……。

『星の神子』の血を王族に取り込みたいと思ってるのだろう。もし生まれた命は命として迎えられるのか甚だ疑問。ゾッとする。


人の気配を探りながら、少しずつ進む。

耳が敏感になってるのが役に立ってるが、油断は大敵。


奥の方が騒がしくなってきた。

私がいなくなった事に気づかれたようだ。

息を潜めて耳をそばだてる。周りから音が遠退いて、奥へ向かって行った。


手薄の裏門のに人が来る前にと先を急ぐ。

天は私に味方してくれてる。


街まで出てきたが、ここからどうしていいか分からない。

祭りの余韻でまだ騒がしい。

音が耳いっぱいに満たして、頭の中を掻き回すように渦巻いてる。目眩が起きてきた。


ふらふらしながら逃げなければと足を動かす。

視界が悪い鈍色の布を剥ぐように外し、小さくまとめて抱えてふらふらしていた。


酔っ払いも多いからか誰も気にもしないようだ。


トンと何かにぶつかった。

幌の掛かった荷馬車。

もう立ってるのは無理だった。

その中に潜り込んだ。





「オットウ、女の人が寝てる」

子供の声がする。小さな子の声ではないが、大人の人の声でもない。

「別嬪さんだな。その辺に転がす訳にもなぁ…」


痛む頭をなんとか持ち上げて、開けれない瞼を無理やり押し上げ、声のした方を見た。

クシャッとした渋顔は許して欲しい。私は本来こんな顔しないのよ?


ウチは何処だい?」

『オットウ』と言われた男の太い渋い声が自分に向けられてる。

勝手にここに潜り込んだ事を怒られてる感じはしない。心配してくれてる。


頭に浮かんだ町の名前を告げた。

私の故郷。父と母が眠る土地。


そのまま荷馬車の床と接触していた。




揺れてる。

緑の匂いがする。甘い香り。

身体を起こすと目の前に赤い物が現れた。

ピカピカに光る林檎が山盛り。

思わず手が伸びていた。


赤い実を両手で包むようにする。

ひんやりしてた果実は、体温を奪って瑞々しい香りが立ってくる。


「いい林檎だろ? オレが選んだんだ」

籠の向こうに座ってる影が声をかけてきた。

まだ少年ぽさが残る青年がいた。


「いい香り…」

溢す言葉と同時にお腹が鳴った。

恥ずかしいッ。


「食べていいよ。オレも食べるから」


ひとつ掴んで服に擦り付けて、シャクっと齧りついて、いい音を立てながら咀嚼する。

釣られるように動作を真似て齧り付いた。


水分をたっぷり含んだ欠片が口いっぱいに入ってくる。

夢中で次々と齧りついて食べた。


「美味しい…」

芯だけになった物を手に感想が漏れた。

感想を述べる間もなく最後まで食べてしまった。息継ぎをしてたかどうかも怪しい。

嗚呼、恥ずかしいッ。


「ありがとう。ーーーーオットウ、お嬢が目を覚ましたよッ!」


私の手から芯を取ると、荷馬車の前に移動して行った。


隙間から見える空は夕暮れをしめしている。

随分と寝てしまったようだ。


「おお、良かった。もう直ぐお嬢さんの町に着くぞッ」


王都から随分離れたと分かった。

私の故郷はこんなに近かったんだ…。


「丸一日寝てたから、どうしようかと思ってたんだ」

戻ってきた青年が告げる。

ん?

夕方じゃなくて、明け方?


「私、そんなに寝てたの?」

「うん。呼吸は落ち着いてたからそのままにして、途中仕入れとかしてた。オットウが疲れてんだろって言ってた」

「……疲れてた、かも…。スッキリしたわ」

「良かった」

可愛い笑顔。エクボが片方に出てる。ちょっとそばかすがある。短くした茶髪の髪と茶色の目。


あっ、私何も持ってない…。お礼のしようが…。

慌てて身体を探った。

着てる物は華美な物ではない。シンプルな物。いい布だと思うが…、脱ぐ訳には…。彷徨う手が耳の触れ、あっ!と思い出した。祈りの力を増すとかでつけていたピアス。小さいが珍しい宝石が付いてたはず。

落とさないように慎重に両耳のを外した。


「私、何も持ってなくて、コレ…お金に変えて?」


青年は不思議そうな顔をしながら受け取ってくれて、また前に向かった。

戻ってくると返してきた。

「ついでに運んだだけだし、別に迷惑かけられてないから」

要らないとの事だった。


何かお返ししたいが、もう直ぐ町に到着してしまう。

何かお礼をしたい事を伝えると、暫く考えてくれて、「売り子して?」と笑顔で返してくれた。


その町でこの林檎を売り捌くつもりらしい。




「美味しい林檎ですよ〜」

通りの端で林檎を売る。

まずまずの売れ行き。布を借りて三角巾にして髪を覆うように着けた。腰に巻いてエプロンにもした。

ぱっと見、町娘のようだ。


私は言葉を交わしながら、林檎を渡す。

楽しい。

生きてると思える時間だった。



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