あえずのトリはいずこ?
篠騎シオン
久しぶりの彼との時間
とりあえず、何から始めようか。
掃除か、それとも買い物か。
ううん、迷っている時間もないよね。
私は時計をちらりと確認して、準備にとりかかる。
さっき、付き合っている大鳥先輩から電話があった。
『仕事が早く終わりそうだから、今日は君の家に行けそうだよ』
付き合って数年、彼がうちに来るのはいつも突然。
鳥類の研究をしている彼の仕事は山の状況や天候に影響されやすいので、予定が立てづらいのだ。
その影響で約束が何度か流れた末に、二人で話し合って決めたのがこの形。
私は、突然の来訪でも彼が来るのが嬉しかったし、そういうの全然負担じゃない。
むしろいつもワクワクしている。
今日は可愛らしくてふわふわした人気の白い子を見に行くと言っていたけれど見つかったのかしら、そんなことを考えながらさっと室内の掃除を済ませた後、冷蔵庫へと向かう。
普段から彼が突然来た時に備えてしっかり掃除しておいたので、短時間でも問題なし。普段の私、ぐっちょぶ。
冷蔵庫の食材はそれなり。
作れる料理はと思いを巡らす。
メインとスープと、あとはサラダっぽいのも欲しいかな……うーん迷うな。いろどりも考えたいし。
今日は中華で攻めてみようかな?
鍋にお水を張って火をつける。
火が湧くまでの間に、野菜室からきゅうりとトマトを適切な大きさに切っていく。
鼻歌を歌いながら料理をしていると、電話が来る前から何とはなしに流していたテレビ番組の内容が聞こえてきた。
なんでも、全力で隠れる歌手を生放送で探し出し、番組のラストに歌ってもらおうという企画らしい。
今も、新人のアイドルグループが歌っている右上に、その様子が映し出されている。
ほら、ちょうど裏でマラソンを走るテレビのように。
なかなか斬新な番組だな、と思っていたら、お湯が沸く。塩を入れつつ、その中に肉を滑り込ます。
タイマーをかけて、今度はタレを作りにかかる。同時に一緒に保管スペースから、文明の利器、便利な誰でもできちゃうパウチ型の
「っと、スープを忘れるところだった」
献立は、中華攻め。
料理は大鳥先輩と付き合ってから本格的に始めたのだけれど、昔に比べたら作れるものが格段に増えた。ちょこちょこ文面の利器にも頼るけれど!
スープの具材の用意と、タレをシャカシャカ、それから豆腐をサクッと切り終えたところでタイマーが鳴る。あとは余熱で火を通せばお肉は一旦大丈夫そう。
うちのキッチンはコンロが一口しかないので、結構大変。
先ほどの鍋を鍋敷きの上に避け、スープを作りにかかる。
スープは結構簡単。
各種調味料と、わかめをin。
あとは卵でふんわり、といっておきたいところだけれど、今はちょっと我慢。
時間が経つと、ふんわりが崩れちゃうからスープもいったん後回し。
「よいしょっと」
二つ目の鍋を再び横に移動させて今度はフライパンの出番。
文明の利器の麻婆豆腐の素をいろいろ合わせて炒めて、それから、まな板の上で待機していた豆腐の皆さんを、ざーっとフライパンにダイブしてさらに混ぜる!
いい香りがしてきて、お腹がグーッとなる。
彼から再び連絡。
『電車に乗ったよ』
ということはあと30分くらいかな。思ったより早い!
もうすぐ会える。
幸せで少し鼻歌を歌ってはたと気づく。
ちょっと待って私、ものすごく普段着で化粧もしてない!!
フライパンを握りながら一瞬の思考停止。
今日は会うのをやめようかと少し頭をそんなことがよぎる。
でもでも、大鳥先輩に会える日はそんな多くないし。ご飯も作ったし。
今日出会えてたら白いあの子の写真も見せてもらいたいし。
美味しそうにぐつぐつ主張してくる
ええい、きっとなんとかなる!
私はほぼ完成した
頭に浮かんでいたのはお気に入りの服。
けれど、クローゼットの中にそれはない。
「クリーニングにとりに行くの忘れてるよ……」
お気に入りじゃなくてもなんでも、とにかくこのふわもこの室内着よりもマシなものを引っ張り出してバタバタと着ながら今度は洗面所へ。
ふわもこをランドリーバックに押し込んで蓋をして仮封印をし、鏡の前で大急ぎでメイクで顔を整えていく。
ノーメイクでもきれいだよって言ってくれるけど、やっぱり好きな人の前では素敵な顔でいたいものね。
とり急ぎのメイクを整えられたところで、彼から『そろそろ着くよ』のスタンプ。
このスタンプは駅に着いたときにいつも送ってくるやつ。
かわいい、白いもこもこのそれに、思わず顔がほころぶ。
「ダメ、にやけてる場合じゃなかった!」
気をとりなおして、私はキッチンへダッシュ。
この短時間で少し冷たくなった&蓋についた蒸気の水で少々べちゃべちゃしてしまった麻婆豆腐に火を入れて水気を飛ばしつつあっためてさらに盛り付け。
スープを温めている間にきゅうりたちにタレをかけて、卵を溶いて。
麻婆豆腐とサラダと、とり皿、それから箸をリビングのテーブルに設置。
ぎりぎりのラインをせめつつ、ふわっと卵の中華スープを完成させたところで、チャイムの音。
「はーい」
スープの盛り付けは泣く泣くとり止めて、私は玄関へと向かう――の前にテレビの電源をオフ。テレビの中はというとトリの歌手が優雅に歌っていた。企画は成功に終わったらしい。
私のとりくみも大成功だ。
私は意気揚々と彼を玄関に迎えに行く。
ドアを開けると、彼は大きな可愛いふわふわのぬいぐるみを抱えていた。
「これよかったら、トリさんのぬいぐるみ。行った先の近くのお店で見つけて、あげたくなって」
その子はとてもかわいくて、それから彼からのプレゼントが嬉しくて私はぬいぐるみをうけとってぎゅっと抱きしめてお礼を言う。
「ありがとう」
「どういたしまして、ことりさん」
ああ、やっぱり大鳥先輩大好き。
ちなみに、ことりっていうのは私の名前。
苗字と名前にトリが入っていたことが私と彼が付き合ったきっかけなんだ。
私、彼と結婚したら大鳥ことりになるんだよなぁとたまに妄想するのは内緒。
それから一緒に作った料理を食べた。調査中に出会った白い鳥たちの話も聞かせてもらったりしながらね。どうやら先輩はしっかりとあのふわふわの鳥たちに出会えたらしい。自然に好かれてる人だし、動物にも好かれるし、運もあるから、きっとそうだろうと思っていた。……先輩はとてもいい人で、とりたてていいところのない私となんで付き合ってくれてるんだろう、なんて話を聞きながら思ってしまう。
けれど美味しい美味しいとうなずきながら食べてくれる先輩の姿を見ていたら、なんだか私の心は満たされていくのだった。
「どれも美味しいよ。流石ことりさんだ」
素敵な彼と美味しい食事と、可愛いぬいぐるみと。
私はふんわりとした楽しい気持ちで、きゅうりとトマトの胡麻ダレ和えを口に運ぶ。
胡麻ダレ和え。
――きゅうりとトマトの胡麻ダレ和え!?
そしてそこで思い出す。
キッチンの端で私を待つ、余熱調理中トリ肉のことを。
トリ和えず……やってしまった。
完全に失念してて、
「ごめん、本当はこれ
しょんぼりと下を向きながら告白する。
大鳥先輩は見た目に反していっぱい食べるから、少し重めのサイドにしたのに忘れてしまうなんて。とり返しのつかないことを……!
「大丈夫。気にしないで」
下を向く私の方に優しい声でそう言いながら大鳥先輩が近づいてくる。
かがんで優しくて大きな手で私のうつむく顔を自分の方にそっと向けさせる。
「でも、まだお腹が空いてるから。別のものを食べようかな」
「えっ」
私が戸惑った瞬間、唇がふさがれる。
大鳥先輩は、たまにちょっと肉食だ。
そこから先は二人だけの秘密。
でも、これだけは言えるかな。
私は、先輩の
あ、後日談として、可哀そうなトリ肉さんはなんちゃって鶏ハムとして美味しくいただきましたので、ご心配なく!
あえずのトリはいずこ? 篠騎シオン @sion
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