第6話 心が満ち足りる事、餃子は二人で一枚じゃ足りない


 高校生男子ってのは、とにかく無尽蔵に腹が減る。これは十人に聞いたら八人くらいはそうなんじゃないかと思う。一応、寮では朝食と、夕食が出るし、昼は食堂と購買が開く。

 一応親からは食費と、多少の小遣いを毎月仕送りで貰っているのだが、正直全然足りないのでバイトをしていないと持たない。それこそちょっと遊びに行ったら、小遣いなんて吹っ飛んでしまう。

 何より、腹が減るのが一番辛い。自分は本当に燃費が悪くて、エネルギー切れを起こすと、すぐだるくなって動けなくなってしまう。なので、日々のバイト代は殆ど食費に消える。

 八代さんはテーブルにあったピッチャーを取り、プラスチックのコップに水を注いでくれた。

 いつの間にかマスクを取って、テーブルの隅に置いている。中性的で小綺麗な顔で、Ωだからか不思議と雄臭さを感じない顔だった。

 年齢はやはりちょっと上、くらいに見えるのに、仕草は完全に社会人のそれというか、何もかもそつが無いのがアンバランスだ。

「あっ、すいません、俺……」

 何かした方が良いと思うのに、この人は何でも先にやってしまって、手伝える所が無い。

「お待たせしました〜餃子二枚です」

 目の前にことんと置かれた皿は一枚だが、二人前の餃子が十個、パリパリに焼かれた焦げ目を上にして並んでいる。ごま油の香りに、ぶわっと一気に食欲が湧いた。

「志津くんお酢とラー油使う?」

 はっと我に帰ると、八代さんが甲斐甲斐しく、小皿に醤油を注いでいた。自分の分には酢とラー油を適度に入れている。そのタレが妙に美味そうに見えた。

「……はい」

「入れちゃって平気?」

「はい」

 妙に力強い返事になってしまったが、彼は気にする素振りもない。

 俺は割り箸を二膳取って、一膳は八代さんの前に置いた。

「ありがと」

 そう言いながら、小皿を俺の前に置いてくれる。ああ、お腹空いた。

「んじゃ、いただきます」

「いただきます」

 パシンと割り箸を割る音が重なって、俺は一応、八代さんが手を付けるのを待ってから、餃子に箸をつけた。

「あっつ!結構熱い!気をつけて」

「えっ、はい」

 どうやら中が熱そうだが、待っていられない。八代さんが作ってくれたタレにちょんとひたす。

 ツヤツヤの皮と、パリパリにの焦げ目が早く食べろと誘っている。一口に頬張ると、それ見た事かとばかりに灼熱の肉汁が溢れた。

「あっつ!うっま!」

 肉の旨味とネギの香り、もちもちした厚手の皮と、ゴマ油でパリパリになった焦げ目。正直最高だ。餃子の専門店にも引けを取らないんじゃ無いだろうか。

「だから言ったじゃん」

 八代さんはそう言いながらもなんだか凄く嬉しそうだ。餃子が好きなのか。

「いっぱい食べな、俺そんなに量入んないから」

  どうしてだろう、優しくて、母親が子供を見守るような目をしている。俺はそんなに子供っぽいのだろうか。


 なんだろうこの子。

 俺は高校生の男の子にぼうっと見入っていた。目の前には半分くらい減った餃子と、大盛りのチャーシュー麺と、ミニチャーハン。

 咀嚼音が心地よい。目の前の男の子は比較的細身だと思うが、それはもう吸い込まれるようにスルスルと体内に入っていく。

「めっちゃ美味しいですね」

 照れくさそうな、幸せそうな笑顔が愛らしい。何よりこの子、結構な量をかなりのハイスピードで食べている割に、食べ方がものすごく綺麗なのだ。なんというか、がっついている感じがしない。美味しそうに、丁寧に、ただし結構早く、心地よいくらいの咀嚼音と共に、極めて上品にラーメンを食べ進めている。

 俺はそんなに早く食べれないし、沢山食べれないし、ゆっくり麺を口に押し込みながら、なかば感嘆してそれを見ていた。

「八代さんラーメン啜れない人ですか」

 急に話しかけられてびっくりしてしまった。

「うん、なんか啜っても全然入って来ないんだよね」

 志津くんは綺麗な弧を描くタレ目を細めてへらっと笑って、

「俺もです」

とはにかんだ。

 なんていうか……育ちの良さが滲み出ている。一見ぶっきらぼうというか、立っているだけだとムスッとしているのだが、態度は紳士で、仕草は美しい。見目の良さとも相まって、神様が気合いを入れて作った感じがする。

 なんだか本当に、天使みたいな子だなあ。

 すっかり捻くれてしまった俺とは大違いだ。

「……志津くん、本当この間、助けてくれてありがとう、あ、食べながらで良いよ?」

 何か答えようとしてくれた様だが、食べながらで良いと言ったら素直にそうしている。

「本当にね、怖かったんだ俺。女の子も一緒だったし、本当は俺があの人達を止められたら良かったんだけど、……情けないんだけどね、どうにもならなくて」

 志津くんは、むぐむぐしていた麺をこくんと飲み込んだ。

「……失礼かも知れないけど、αの男からしたら、八代さんも女の子も変わんないです。女の子に乱暴な事するやつは最低です」

「いや、俺は一応全力で男の子だよ?」

 体格も違うし、力も普通の女の子よりは強い筈だ。でも、αのフェロモンにあてられると途端に恐怖が勝り身体は竦む。これがΩの弱さで、俺はこの身体がやはり好きでは無い。

「男の子ですけど、αは八代さんを守らないといけないんです。だって、その為に威圧グレアがあるんだから」

 澄んだ瞳は色素が薄くて、メープルシロップみたいだなあとぼうっと考えた。この子の言う事は清らかで正しい。でも、現実において、Ωのフェロモンを前にしたらこの子だって気が狂う。

 なんだか少し、お腹の下の方か痛んだ様な気がした。丁度昔、帝王切開で切ったあたり。

「……志津くんは素直で、良い子だね。君に守ってもらえる女の子は本当に幸せだろうなって思うよ」

 そう言われた志津くんは、ちょっとびっくりしたように目を見開いて、ぽそりと「ありがとうございます」とだけ言うと、また黙々と箸をすすめはじめた。

 顔が少し赤くなっていて、ちょっと照れているのが分かる。褒められるのは恥ずかしいお年頃なのかもしれない。

「餃子全部食べちゃっていいよ。あ、店員さん、杏仁豆腐二つお願いします!」

 そう言ったらまたキラキラした目で俺を見るから、俺はもう、この子のご飯係でいいからたまに会ってくれないかなって、そればっかり考えていた。

 だって、心が満ちるのだ。

 美しい優しい子が、一生懸命、丁寧に、美味しくご飯を食べている。

 こんなに満たされる光景って中々無いんじゃないかなあ。


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