第4話 悪い人ってのは、大抵普段は優しいから怖い

 翌々日。

 俺のバイトは夕方四時から九時で、休みは変動するが概ね月曜日と木曜日という感じだ。

 今日は金曜日。学校の寮を出て、自転車で山道を下る。しっかり舗装されているので降りるのは快適だが、マウンテンバイクでも帰りは中々心臓破りだ。出勤する時はそれこそ、十五分くらい。帰りはもうちょっとかかる。

 いつも通り出勤すると、マネージャーが笑顔で駆け寄ってきた。三位入賞おめでとう、とかそういう世間話が一通り続く。このぽやぽやとした女性は、悪い人じゃないが話が長いのである。

「どもっす……」

 少し照れくさくて、俺はタイムカードを切って早々に仕事に入ろうとした。納品はまだ来ていないが、陳列を整えたり、在庫を整理したりと仕事は無限にある。

「あっあとねぇ、昨日青空店の八代くんから電話あったよ。志津さんは居ますかって」

「え?」

「また、掛け直すって言ってたよ」

 そうだ、あの人はあの後無事に家に帰れただろうか。

 部長さんが、送って行ったので平気とは思うが、わざわざ電話をくれるなんて、律儀な人である。あちらさんは正社員、こっちはただの学生バイトだ。そんなに気にしなくてもいいのに。


「志津くん、電話ー!食堂の電話使って!保留してあるから」

 バックヤードで仕事をしていると、PHSを耳につけたマネージャーから、そう声を掛けられた。多分八代さんだろう。ちょっとめんどうな半面、少しだけワクワクする様な気持ちもある。

「はーい」

 適当な返事をして食堂の電話を取る。何て言って良いかわからなくて、取り敢えず、

「はい、お電話代わりました、志津です」

 と言ってみたがこれで合ってるだろうか?あれ?部署名とか言った方が良い?

『お疲れ様です、青空店の八代です。あの、先日は助けていただいてありがとうございました』

 そっか、社内の人だとお疲れ様ですとか言うのか。ちょっと恥ずかしい。

「……お疲れ様です。あの後大丈夫でしたか?」

『お陰様で。本当に助かりました。あの、よろしければ何かお礼がしたくて、来週の木曜日、そちらのお店に応援に伺うんです。ご出勤ですか?』

「あ、俺、木曜日週休日で……」

 前述の通り、木曜日は元々休みなのだ。偉い人が店舗巡回で来ると、マネージャーが嘆いていたのを思い出す。その対応の応援ということだろう。

『そうなんですか……では、木下さんにお願いしておくので……』

 電話口の声が、少ししゅんとしたような気がした。自分が居ないとなれば、きっと木下マネージャー伝いに何か渡されて、それで「お礼」は終りだろう。そうしたら、もう二度と八代さんには会えないかもしれない。

 そもそも他の店の社員なんて滅多に来るものでは無いのだ。

「……俺、木曜日来ます。学校も近いんで」

『学校?』

「近くの学生寮に入ってるんです。だから、直ぐ出てこれます」

 そうしたら、またこの人に会える。別に下心があるとかではなく、もう少しだけ話をしてみたかったのだ。

 一昨日、食堂でしていた内緒話を思い出す。

 

——最悪だわ……別れて正解だよ、もっと大事にしてくれる人探しなよ

――そんな人居ないよ、俺こんな体だもん


 彼はどんな恋愛をして、どんな事に傷ついているのだろう。

 これは興味だ。Ωの男性への純粋な興味。下心なんか無いし、何より俺は、男と付き合うなんて考えた事も無い。

『じゃあ、俺六時に終わるから、その後どこかでご飯でもご一緒しませんか?もちろんご馳走しますので』

 八代さんは少しほっとした声でそう言った。

 あまり考えていなかったが、八代さんはどうしてこんなに丁寧にお礼とやらをしたいんだ?余程礼儀正しいのか。

 または、何か余程後ろめたい事があって、罪悪感を拭う為に俺になにかしたいのか。

 そういう類の自己満足かも知れないと思って、軽く頭を振る。酷い被害妄想だ。流石に考え過ぎだろう。いちいち言動の裏を探ってしまうのは悪い癖だ。

「分かりました。じゃあ六時過ぎに外で待ってます」

 電話を切る。

 なんだか、妙な高揚感が身体を巡った。新しい出会い、自分の周囲には居なかったタイプの人だし、何か面白い話が聞けるかもしれない。

 全く知らないに等しい人と食事に行くというのに、不思議と緊張もしなかった。

 早くあの人に会いたい。


 バイトを終えて、心臓破りの山道を上り、自分の部屋に帰ると、ちょうど同室のかけるが着替えをしている所だった。

「おう、おかえり。スマホ見た?」

「んー見てないや……何、どっか行くん?」

 ドンキで買った派手な星柄のブルゾンをばさっと羽織り、明るい色の金髪を器用にニット帽に押し込む。

「お前も呼ばれてんべ?」

「はあ……?」

 リュックからスマホを引っ張り出すと、確かにSNSの通知が酷い事になっていた。グループのメッセージを開き、「了解です 」の羅列を上に上にと追っていく。

『埠頭十五番二十三時』

 オレは渋々『了解です』と送信した。疲れているのに勘弁して欲しい。

「何? 誰とやんのこれ?」

「西高の奴等。あっちから因縁つけてきたんだって」

 カケルは誰かに聞いたのか、訳知り顔でベッドに座った。オレを待つつもりだろう。

 めんどくさい。めんどくさい事この上無いが、先輩に逆らうと後々もっとめんどくさいのも分かっている。

「向こうさん『ヤクザ連れてくる』って騒いでたらしくてさ。まあチンピラだろうけど一応リョージさんにお願いして仕切ってもらうみたいよ」

「めんど……」

「しゃーないよ、長いものには巻かれろってさ」

 リョージさんは一昨年まで在学していた先輩で、在学中から地元のヤクザに可愛がられていたらしい。それで卒業後はそのまま杯を貰ってしまった。

 これはこれで就職なのだろうが、自分も変に目をつけられると厄介だ。ただでさえこの成りである。目立ちたくは無いが、嫌でも人目には付く。

 リョージさんは俺も含めて派手なヤツが好きだ。カケルも明るい金髪に、やたらピアスが開いて、良く風紀委員に捕まっている。

 要ははみ出しものの中から新芽を探しているのだ。人不足はどの業界も変わらない。それが例え暴力団でもだ。

「何人くらい集めてんの?」

「相手さんがどんくらい来るか解らんから、とりあえず二十人くらい声掛けてるみたいよ。寮長も了承済み」

「あの野郎まともに仕事しろよ……」

 田舎の学校のOBは総じて強い。門限の取り締まりすら掌握されているとなると、流石にお手上げだった。


 結局、来たのは西高の自称不良が五人くらい。

 あと自称ヤクザが一人。まあ予想通りどう見てもチンピラだ。

 喧嘩を売って来たのは西高の連中であるが、流石に人数が違いすぎると思ったのか気まずそうにしている。

「まあ多勢に無勢も可哀想だし五対五でやれば?」

 リョージさんは笑いながら言った。スラックスに派手なワイシャツを着崩して、何かの資材の上に座っている。

「はあ!? なんだてめぇ勝手に仕切ってんじゃねえぞ!!」

 自称ヤクザが何故かブチギレた。リョージさんはストンと立ち上がって、大股で二歩くらい助走をつけて、そのチンピラの頭に手をかけると、顔面に膝蹴りを思い切り入れた。

「ごっ……ふ、ちょ、まて、」

 鼻、折れたかも知れんなあれは。内心ドン引きである。リョージさんは何か言おうとしていたチンピラの顔面を、拳で無惨にボコボコにする。流石に相手が気を失った所で止めて、そこから「さあやるかー」となった。

 チンピラはまあ平気だろう。大方顎を殴られて脳震盪起こしたとかそんな所だ。リョージさんは喧嘩が上手いし、引き際も心得ている。わざわざ殺すような下手は打たない。

「五人か〜どうしよっかなあ」

 ぐるっと当たりを見回して、リョージさんは近くに居た男を指差した。多分三年、名前は知らない。

「いーち……にー……さーんー……しーいー……」

 気まぐれに指をされた奴らが前に出る。

 最後に、俺と目が合った。リョージさんはβだと聞いている。俺がαなのもバレていた。

「ご!」

 ご指名なので、渋々立ち上がった。

 西高の奴等はと言えば、五対五の条件に気が大きくなったのか妙にオラついている。馬鹿だなあ、わざわざ痛い目に遭わなくたって良いだろうに。

 一番ガタイの良い奴が、開始の合図も無く飛びかかってくる。

「ぎゃっ!」

 妙に血の気の多い相手の腹に、とりあえずしこたま強く蹴りを叩き込んだ。胃に当たったのか、晩飯を吐いている。汚いからもう起き上がらないで欲しい。

「リンチは禁止な〜仲良く喧嘩しろよ」

 リョージさんのやばいところは、一見面倒見が良くて優しい所である。

「ふざけんなっ!」

 倒れた仲間を見て、激昂したのか俺のところにわざわざ来たのが居たので、とりあえず拳を頬に叩き込む。振り返りざまに肘が別の相手の腹を撃ち抜く。

 五対五なんてあっという間だ。伸びた奴等を更に痛めつけるなんて事はしない。喧嘩は引き際が肝心。程よく理性を保って楽しい学生生活を。 

「やっぱアキラは強いなあ」

 リョージさんが笑っている。背中に寒いものを感じる。この人は子供の面倒も見てくれるが、大人の、本当に恐ろしい面倒事もしている人だ。

「……どもっす」 

 不本意に暴力を重ねる度、リョージさんの近くに一歩、また一歩と踏み出しているような心地がした。

 

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