28 告白


 マジェスティは珍しく顔色を悪くしていたが、すぐに思い直したように、自分の配下を振り返った。


「お前……ッ! まさか。天使でありながら、そのようなことをしていたのか?」


「も、申し訳ありません。しかし。私は——」


 まったくもって見苦しい演技だと思った。配下のせいにして、この場を乗り切ろうとしているということか。みんなが彼に注目をしている中、マジェスティは配下を責めた。しかし。それを制止したのはサブライム様だった。


「見苦しいぞ。マジェスティ。たとえお前の配下の者がしでかしたとしても、お前の不始末には違いない」


 彼の目は怒りに燃えているようだった。法廷に入ってからずっと感じていた。サブライム様の怒りの感情。彼はじっと押し黙り、それをひた隠しにしていたのだ。


 その言葉には、ここにいる誰一人として反論することもできぬほどの力があった。


「裁判長。どうやら判決を待つ必要もないらしい。閉廷だ。天使族は世界会議のルールに則り、大天使に送り返すとしよう」


「なにをバカな。証拠など、どこにもない。タシットは死んだ。牢獄の少年の証言だけでは脆弱。なんの意味も成さない——」


 スティールは「いい加減にしろ。見苦しいぞ」と叫んだ。


「もう一人、生きている奴はいる。おい、入っていいぞ」


 スティールの声と同時に、法廷の扉が開くと、そこには月の神殿の現場監督をしていたカラが立っていた。どうやら、体調が回復したらしい。ほっとした。


 彼はおずおずと中に入ってくるが、すぐに僕の姿を見て駆け寄ってきた。


「ああ、なんとお労しい御姿でしょうか。裁判長。このお方は、あの戦場の中で、私に応急処置を施してくださいました。地下で作業をしていた博士たちの身も守ろうとされていました。どうか。どうか。心優しいグレイヴ様に恩赦をお願いいたします」


「そ、そんなものは演技だ。自分の立場をいいようにしようと……」


 マジェスティの言葉は歯切れが悪い。先ほどまで雄弁に語っていた人物とは思えぬくらいに、狼狽えて、情けなくその声が震えていた。スティールは「お前の罪は明白だ」と冷ややかに言い放った。


「ここに生き証人がまた一人増えた。グレイヴを陥れるのは不可能だ。それよりなにより、お前が黒幕なら、全ての辻褄が合うのだ。悪いが、我々の司法大臣は邪な心を持つような男ではない。むしろ、彼は自らの命より、人の命を優先する男だ」


 マジェスティはがっくりと肩を落とした。落胆——。いや、違う。彼の肩は震え笑っていた。彼は笑っていたのだ。


 スティールは警戒するようにマジェスティを見つめていた。彼はクツクツと笑い続けていた。


「こんな茶番はうんざりですよ。まったく。面倒なシナリオだった」


「マジェスティ」


 彼は笑いながら両手を広げた。


「ああ、そうだ。今回の一件は全て私の策。人間は力をつけすぎた。他種族にとって、それは脅威となる。人間とは仲間内で争うべき存在。今まで通り、人間族と獣族で争っているくらいがちょうどいいというのに。サブライム王。貴方が余計なことをしてくれたばかりに、私がこんな面倒なことをしなければならなくなったのではないか!」


 マジェスティはサブライム様を睨みつけた。サブライム様はその場で座ったままマジェスティを見下ろしていた。


「まったく。世界会議で魔族がしくじらなければ、こんなことにならなかった。あの時、この男から死者の門の鍵を奪えていれば」


 僕は彼を睨みつけた。


「あの時、あの二人を仕向けたのはお前だったか」


「そうだ。魔族というのは頭が悪いからな。うまいものが食えると言えば、すぐに飛びつく。悪魔との契約も終えていない新米大臣など、あの程度で充分だと思っていたが。まさかアンドラスが手を貸すとは」


 あの時、アンドラスに塵にされた魂を思い出し、僕は唇を噛みしめた。


「そんなにこの鍵が欲しいのか。お前たち、天使は……」


「欲しいわけではない。私が望むのは、人間たちの混沌だ。死者の門。死する者だけが潜れるため、生者はたどり着くことができない。だがしかし。お前が持つ鍵を使えば、今、ここで門をこじ開けることができる。死者の門を開き、ナベリウスを黙らせ、死者をこの世に招き入れる。それが私の真の目的だ」


「お前になど、鍵を渡すものか。僕は鍵を守る。ナベリウス同様、死者の番人なのだから」


「それだ。それが可笑しな話だ。お前如き弱気存在が扱える代物ではない。さあ、渡せ。その鍵を私に渡せ」 


 マジェスティは両手を広げ、そして天を仰ぐ。法廷内が神々しい光に包まれたかと思うと、彼の手には細長い槍が立ち現れた。彼は槍の柄で地面を突く。すると、そこから激しい振動が波紋のように広がり、法廷が大きく揺れた。


 ものすごい揺れだった。傍聴席にいた者たちは立っていられなくて、みんなが地面に這いつくばった。


「最初からこうすればよかったのだ。私が、直々に手を下せば——」


 まるで光の塊。僕には眩しい存在。マジェスティは翼を羽ばたかせると、あっという間に僕の目の前にいた。


「さあ、鍵を寄越せ」


 彼の指が、僕の右目に触れようと伸ばされた。僕の両手は魔法を封じる縄で縛られていて、抵抗することは叶わない。


 彼の指先が。眼前まで迫った——しかし。それは僕に届くことはない。細長い輝くような剣が閃光を放つ。それと同時にマジェスティの腕が、大きく弾かれて飛んでいった。


「やれやれ。やられたふりをするのも楽ではないない。退屈過ぎるものだ。こんなもの、さっさと叩き切ればいいものを。まったく。未熟な主を持つと苦労するものだな」


 耳元で気だるそうなアンドラスの声が聞こえた。顔を上げると、僕はアンドラスに抱きかかえられていた。彼のからだを貫いていた剣は、そこにはない。彼は口元を上げて、艶やかな笑みを見せた。僕は軽く息を吐く。


「遅いよ。アンドラス。寝坊だね。ご褒美を与えたつもりだったんだけど」


 アンドラスは軽く笑った。


「我儘な奴め。先ほどは『大人しくしていろ』と言ったではないか。お前のせいで、からだ中に力がみなぎり、寝たふりをするのは少々苦痛であったぞ」


 右手を切り落とされたマジェスティは、自らの腕を拾い上げると、それをからだに戻す。彼は僕たちを憎々し気に見ていた。


「忌々しい悪魔め。封じられたフリをしていたということか」


「舐められたものよ。完全に封じたいのであれば、剣四本では足りぬぞ。お前たちが本気でかかったとて、おれを止めることはできぬ」


「やはり悪魔。人を欺くのが得意らしい。しかし、お前の力を侮っていたようだ。いや……」


 マジェスティは目を細めて僕を見詰めていたが、はっとしたように目を見開いた。


「お前か。お前がアンドラスに力を与えた——。そうか。そういうことか……!」


 彼は怒りに支配された瞳を僕に向けていた。いつもの冷静さを欠くその色。しかし僕は怖くはなかった。





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