26 証人

 老虎は頭を掻きながら口を開いた。


「あのじいさんは、おれのところにきて、どうしても鍵が欲しいって言ったんだ。職務上、それはできねーって何度も断ったんだけど。その目は真剣だったからさ。つい」


「つい、ってね」とスティールは目を細める。


「いやさ、悪いと思ってるんだぜ。おれだって。おれが渡さなければ、じいさん。死ぬことなかったんだろう? 反省してるぜ」


 老虎は頭をかいた。スティールは「そこじゃないんだよ。老虎」と呆れたような顔をした。


「職務違反だろう? んなもん、いつもじゃねーか」


「ここで話す内容じゃないよ」


 スティールは小声でぴしゃりと言い渡した後、「この件は軍内部の規定により、後ほど処理いたします」と咳払いをしながら言った。


「それはさておき、その時、タシットはどうしてその鍵を欲しがっていたのですか」


「さあ。主を助けるって言っていたぜ」


 そこでマジェスティが口を挟んだ。


「主に命令されていたのですね?」


「そんなん、知らねーよ。けど、命令なんてする暇なんてないだろう?」


「それは貴方の憶測です」


「それは、そうかもしれねーけど……。命令されていた風には見えなかったけどな」


 老虎は不本意そうに口を尖らせた。


「それも貴方の憶測です。彼は、主の指示に従わなくてはいけない立場。無理難題であってもこなさなければならない。だから貴方に鍵を寄越すように必死に迫ったのではないですか」


「確かに、じいさんは真剣だったけどよ。あの目は畏れというよりは、誰かのことを思っているって感じた」


「それは貴方の思いです」


 マジェスティはきっぱりとそう言い切ると、自分の席に戻っていった。スティールは老虎を見る。


「で、お前は鍵を渡したとき、タシットはどんな様子だったんだ?」


「大事そうに持って行ったぜ。だから、しばらく二人きりにしてやろうと思ったんだ。ところが、そこに天使の兄ちゃんたちが酒を運んできてくれてな。みんな差し入れが来たって喜んで、つい時間が経っちまった。それで、見回りに行ったら、じいさんはいなくなっていたってわけだ」


 スティールは逆にマジェスティを見た。


「あなた方がタシットを見つけたとおっしゃっていましたけれども。なにをしに牢獄へ行ったのですか。しかも牢獄を見回る騎士たちに差し入れだなんて」


「我々は夜通し仕事をされている方々への感謝の気持ちでしたことです。悪意など、あるはずもない。感謝の気持ちを表しつつ、罪人の様子を確認しにいったのが悪いことでしょうか。グレイヴは、闇に染まり魔力も強い罪人です。牢獄での様子が気になるのは当然のことではないですか。やはり身内ですから。まさかこっそり逃がしたりはしないかと心配になったのですよ」


 するとそこで、今まで黙っていたサブライム様が口を挟んだ。


「我々のことを見くびってもらっては困るな。マジェスティ殿」


「わかっております。けれど、現にこの師団長は鍵を渡しております。やはり我々が見回りにいって良かった」


 老虎の登場は僕に有利には働かなかった。むしろ、鍵を渡したというルール違反を逆手に取られてしまったのだ。


 スティールは忌々しそうに唇を嚙んだ後、老虎を下がらせた。彼はその際、ちらりと僕を見た。僕はうなずいて見せる。老虎もうなづいた。それから「あ、そうそう」とわざとらしい大きな声を上げた。


「そういや。牢獄にはもう一人いたんだっけな」


「もう一人ですって?」


 マジェスティは眉間にしわを寄せた。


「そうだよ。犬の兄ちゃんがよう。なあ、スティール」


「そうだな」とスティールは答えた。マジェスティは顔色を変える。


「あの獣人の少年は亡くなったはず」


「そうかい? おかしいな。おい、兄ちゃん、入んな」


 老虎の声が響くと、法廷の扉が開く。すると、そこには獣人の少年が一人いたのだった。


 尖った黒い耳、細長いしっぽは彼の証。あの時は土と血にまみれていてよくわからなかったが、褐色の肌に漆黒の瞳を持つ少年だった。






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