25 再会
「グレイヴ様……じゃなかった。グレイヴ。貴方にも発言する権利があります。それから沈黙する権利もあります。ただし、貴方の発言は、最終的な判断に大きく影響が及びますので、重々承知の上でご発言ください。なにかありますか」
僕はディグリーの目を見つめ返しながら「ありません」と答えた。彼は驚いたような顔を見せてから、咳払いをした。
マジェスティは、満足気に笑みを見せたかと思うと、隣にいた天使になにやら指示を出す。すると彼は銀色の箱をマジェスティに手渡した。アンドラスたちが捕まっている箱だ。
彼は箱を抱えたまま、僕の元へとやってくると、僕がかぶっているフードを外し、僕の素顔を晒した。国民の傍聴席のみならず、大臣たちの席からも声が上がる。僕の素顔を知るものは少ない。
(ごめんね。タシット……。お前が守ってくれていたものをこんな場面でさらすことになろうとは)
「彼は死の女神に寵愛された闇なる存在。その証拠がこれです」
そうだ。僕の瞳は色が違う。右目は淡い青緑色。左目は猫の目みたいな黄金色。左目はヘイディズから授けられた死者の門を開く鍵になっている。グレイヴ家当主は、恨まれやすいから素顔を隠すという理由よりなにより、この鍵を人の目に触れないように素顔を隠すのだ。
僕は、どうしようもない気持ちを抑えるのに必死だった。それなのに、マジェスティは更に銀色の箱を開封した。
すると、漆黒の煙が出現し、そこにはアンドラスの姿が立ち現れた。彼は傷だらけだった。あちこちの服が破れ、悪魔が苦手とする銀の剣が三本、背中に突き立てられ、アンドラスのからだを貫いていた。両手には銀の手枷。足には銀の足枷。銀の鎖でつなげられているヤミも傷だらけで元気がなかった。
「マジェスティ殿。この場に悪魔を連れ出すのは危険なのではないですか」
ディグリーはアンドラスの姿に恐怖しているようだ。顔は青ざめ、腰が引けている。聴衆たちも誰一人言葉を発しない。それだけアンドラスはみんなから畏れられている存在なのだろう。
「アンドラス……!」
僕の声に、彼は閉じていた目を開く。
「おお。無様な姿よの。床に這いつくばって。主のそんな姿を見るのも一興だ」
「そういうお前もね。随分と派手にやられているじゃない」
「悪魔は死なぬが。少々、この銀は苦痛だな。早く解放しろ。お前が弱すぎるから、このようなことになったのではないか」
「わかってる。主としてお前を助けるよ」
僕はじっとアンドラスを見つめた。彼もしばしの間、僕を見ていた。それから、「ふ」と口元を上げたかと思うと、からだから、紫色の炎を上げた。
「こんな枷なぞ、すぐに外してやろう。我はアンドラス侯爵なり。三十もの軍団を預かる破壊の悪魔ぞ! こんなことをしてただで済むと思うな……!」
アンドラスの咆哮にも似た声とともに、法廷内が悪魔の臭気に包まれた。マジェスティの配下が慌てて腰の剣を抜くと、アンドラスに襲い掛かった。それと同時に、僕は繋がれていた縄を引きちぎり、彼の元へと駆けた。
「早く黙らせろ!」
マジェスティの声が聞こえるが、関係ない。僕は床を蹴り、からだを回転させて、アンドラスの背に刺さっている剣に左手を伸ばした。
(取った……!)
そう思った瞬間。思い切り激しい刺激がからだじゅうを駆け巡り、僕のからだは大きく弾かれた。床にからだが叩きつけられて、激痛が広がった。切った口元から血が流れた。それよりなにより、痛む左手を見る。手のひらから手首にかけて、大きな傷ができ、そこから血が止めどなく滴り落ちていたのだ。
(あの剣には仕掛けがある)
罠——。僕がアンドラスを助けようとすると踏んで掛けておいたトラップ魔法。天使とは優しい笑みの裏で、僕を陥れる策を幾重にも張り巡らせる狡猾な存在だということを思い知った。
マジェスティの配下がアンドラスに四本目の剣を突き立てた。アンドラスの口元から血が溢れたのと同時に、アンドラスの臭気は一気に彼に吸い込まれるようにして消え去った。彼は再び瞼を閉じ、動かなくなった。
ディグリーは腰が抜けてしまったようだった。聴衆たちの中には逃げ出そうと、出口に押しかけ、混乱が起きていた。しかし、マジェスティは「見よ」と叫んだ。
「今のが悪の証拠なり。この悪魔は、人々を恐怖に陥れる、恐ろしき存在。それを助けようとグレイヴは聖なる力が宿った銀色の剣に触れた。しかし、どうだ——」
彼は僕の左腕を持ち上げると、高々と掲げた。
「聖なる剣に触れたこの左手は、剣に拒絶されたのだ。これこそが、彼が闇に染まりし証拠なり。——私の話は以上になる」
マジェスティを睨みつけると、彼は口元を上げて勝ち誇ったような笑みを見せて、自分の席に帰っていった。
ディグリーは法衣を正し、ぶるぶると震えながら、「それでは、この意見に反論する者はおりますか」と言った。
法廷内が静まり返ると、傍聴席からは、「そんなものあるものか」とか、「今のを見ただろう。悪魔め」という声が聞こえてきた。しかし、しばらくして、サブライム様の隣に座っていたスティールが手を挙げた。
「あの、ちょっといいですか」
「はい。スティール様」
ディグリーは、ほっとしたように表情を緩めた。
「今回、私はグレイヴの身の潔白をここで証明したいと思うのですが、いいでしょうか」
「身の潔白などあるものか。今のを見てもまだ、グレイヴが無実であるとでも言うおつもりか」
マジェスティは声を上げるが、スティールは「あのですね」と続けた。
「確かに、マジェスティ殿の言っていることは理路整然としてはおりますが、証拠はあるのでしょうか。世界会議での魔族との接触も、月の神殿でのことも、牢獄でのことも、誰一人として、見ていた者はいないです。そうなってきますと、貴方の言っていることも、こちらの言い分も、どちらも証明できるものではないということじゃないですか」
スティールは肩を竦めて見せた。
「裁判長。タシットに鍵を渡したとわれる師団長をここに証人として招いてもよろしいでしょうか」
ディグリーは「お願いします」といった。すると、後ろの扉が開いて、老虎が姿を現した。
彼は僕の隣に立つと、まっすぐに前を向いていた。スティールは彼に嘘偽りなく話をするようにと説明し、昨晩の様子を話すように促した。
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