24 開廷

 司法省の中にある法廷の間は、謁見の間の半分くらいの広さで、そう広くはない。司法省の中で指名している裁判員という者が三名、上座にある法檀に座り、裁かれる者は下座に跪く。それを取り囲むように傍聴席があり、右側には天使たち。左側にはサブライム様たちが座っていた。


 裁判長のディグリーは僕の姿を見ると、悲し気に眉を潜めた。僕は両手を縛られたまま、そこに跪く。隣には、その縄の先を握った騎士が一人立った。彼の後ろには、騎士の他にも魔法使いが数名控えていた。


 法廷が静寂に包まれると、ディグリーが木槌ガベルを打ち鳴らす。開廷の合図だ。


「開廷いたします。グレイヴ・ナイト・エア。貴方には二つの罪状が出ております。一つ目は王を暗殺し、国内に混沌を招こうとした。二つ目はグレイヴ家の執事、タシット殺しです」


(タシット……)


 僕は目を閉じる。


「それでは、マジェスティ殿。審理の内容について詳しくお話ください」


 マジェスティは僕をちらりと見ると、ゆったりとしたしぐさで立ち上がった。それから、静かな声で語り始める。


「グレイヴ・ナイト・エアは、大臣という職にありながら、世界を混沌へと導こうと企てました。王を暗殺し、そして死者の門を開く。人間のこの国に憎しみ、そして悲しみをふり撒こうしていたのす。王をはじめ、国民たちをも欺く無慈悲なる行為に、私は痛憤の思いを隠しきれません」


 彼は雄弁と語る。


「彼は先の大戦で国内を混乱に陥れたカースについていた悪魔、アンドラス侯爵を使い、魔族や獣人たちに憎しみの種を植えつけました。その証拠に、世界会議では、魔族と接触をしております」


 法廷がざわついた。マジェスティは満足気に笑みを浮かべて続ける。


「それからグレイヴは月の神殿での王暗殺を企てます。獣人たちを使い、王や騎士たちを危険に陥れた。話によりますと、その場に現れたビフロン伯爵を使っていた獣人は、とても彼と契約ができるほどの魔力の持ち主ではなかったそうです。グレイヴはビフロン伯爵と優位に契約できる立場にあります。つまり彼は、ビフロン伯爵を秘密裏に契約を交わし、首謀者と思しき獣人が契約しているように見せかけるという自作自演をしたのです」


 法廷はさらにざわつく。「なんと」とか、「狡猾だ」という非難めいた声も上がっていた。僕の後ろには傍聴席がある。この法廷は公開されているのだ。事情を知らぬ者が聞いたら、マジェスティの言葉は真理として捉えてしまうのではないか。かくいう僕ですら、「そうだったのだろうか」と思わされてしまうような力があった。


「二体の悪魔と契約するなど、闇に染まった者でなければできないことです。前例として、魔法省の大臣がいますが、彼もまた獣人と婚姻し、当時は闇に染まっていたと聞きます。悪魔と契約するには、それ相応の闇の適正がなければ難しいことです」


 僕は思わずエピタフを見た。彼は、いつもは動かさない眉を潜めて座していた。自分の祖父をこういう場面で引き合いに出されるのは面白くないだろう。


「確かに。リガードも二体の悪魔と契約していた」


「当時、獣人との婚姻は禁忌に近かったというのに」


「リガードの力が強すぎたのだ」


 人は、身勝手なことばかりを口にする。他人の事情を知りもしないで。自分が発した言葉で、相手がどれだけ傷つくかなんて、考えもしないのだろうか。僕はこぶしを握り締めて、そこにじっとしていた。


「グレイヴは闇に染まりし身です。なにせ、自分を幼少時代より育ててくれた執事までも手にかけているのですから。タシットは、騎士団の一人に鍵を貸すように必死に頼み込んだと聞きます。彼は、日頃からグレイヴ家当主として、至らない彼の世話で疲弊していたと聞きます。グレイヴ家のほかの使用人の話ですと、朝は早く、夜は遅く。休息の時間もないくらいに彼に尽くしていたそうです。彼は限界でした。私のところに相談に来た時、疲れ果て、惨憺たる状況でした」


 タシットは誰よりも早起きで、夜も遅くまで僕のことをみてくれていた。それは事実だ。彼の負担は僕が思っている以上に大きかったということは言うまでもない。今になって後悔しても遅いのだ。僕は甘え切っていた。この件に関しては事実だ。


「タシットはグレイヴ家の行く末を憂いていましたから。我々に救いを求めてきました。彼は我が主の悪行を見ていられなかったのでしょう。なぜ牢獄に足を踏み入れたかはわかりませんが、その時に、タシットが持参していた護衛用のナイフを奪い取られて殺害されてしまったというわけです。殺害現場を目撃していた獣人の少年も牢獄で亡くなりました。証人はおりませんが、あの牢獄にいたのはタシットとグレイヴの二人きりだったのですから。犯人は間違いなく彼ということになるわけです」


 マジェスティは僕に一瞥をくれてから、傍聴席に視線を向けた。


「このまま大臣職に置いておくことは賢明な判断とは思えません。彼は自らの持つ死者の門の鍵を悪用する可能性も高い。グレイヴから鍵を取り上げ、そしてしかるべき処罰をすることを進言いたします」


 傍聴席から盛大なる拍手が巻き起こった。聴衆たちはみな、マジェスティの言葉に浮かされていた。僕の後ろに控えていた騎士たちが「静かにしないか」と抑え込もうとしているが、興奮している聴衆を鎮めるのは至難の業だ。


 マジェスティは満足気に笑みを見せると、ディグリーを見た。彼は困惑したように顔をこわばらせた後、木槌ガベルを大きく打ち鳴らす。


「静粛に、静粛に。騒がしくする者は、妨害者とみなし拘束いたしますぞ」


 彼はカンカンと何度も音を立てて聴衆を牽制した。騎士たちも武器に手をかける。さすがにそうなると黙るしかないのだろう。やっと聴衆たちは静かになった。それを確認し、ディグリーは僕に視線を戻した。

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