23 因果応報


 日が昇ったのだろう。牢獄から地上へと続く階段に、うっすらと日の光が差し込んできた。どうやら、相当疲弊していたみたいだ。こんな状況だというのに、僕はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。


 目が覚めて周囲を見渡すと、向かい側の牢獄に獣人の少年の姿はなくなっていた。見回りに来た騎士たちが見つけてくれたのだろう。


「よかった……」


 ほっとした。少し眠ったおかげで、頭が冴えていた。腹がグウと音を立てる。やだな。こんな時でも腹は空くらしい。なんだか笑ってしまった。すると足音が聞えたかと思うと、老虎が顔を出した。


「腹減っただろう。これ」


 老虎は懐からパンを取り出した。


「すまねえ。奴らの目を盗んでだから、これしかねぇ」


「ううん。ありがとう」


 僕は彼からそのパンを受け取ると、必死にそれを口に入れた。老虎は僕に背を向け、僕が食べ終わるのを待っていてくれた。


「いいよ。行こう」


 そう声をかけると、彼は物憂げな視線で僕を見下ろしていたが、腰にぶら下がった鍵で牢獄を開けた。


「おれが余計なことしちまった。あのじいさん。どうしてもあんたを助けたいってしつこいから。鍵を渡した。おれがあそこで踏みとどまっていたら、じいさんは死ななくて済んだよな」


 軋んだ音が響き、そして僕は牢獄から足を踏み出した。


「違う。老虎のせいじゃない。悪いのはすべて天使たちだ。僕たち人間の大事な人生に関与してこようとするあいつらを、僕は許さない」


 僕を見ていた老虎は、なにか言いたそうにしていたけれど、首を振ってから歩き出した。


「けど、どうすんだよ。裁判始まっちまうぞ」


「いいじゃない。好都合だよ。ねえ、老虎。ルールっていうものは、守るためにあるけれど。うまく使うって方法もあることを知っている?」


「うまく使うだって?」


 老虎は首を傾げた。


「おれは破るのは得意だけどよ」


「そうだね。そういう風に見える。エピタフに怒られるでしょう? あの人もルールの塊みたいなものだもんね」


「そうでもねえ。あいつ、ああ見えて、大胆なことするからさ」


「そうだね。たまには力押しも必要かもしれない。けれど、僕には僕の流儀がある」


「あんたの流儀は、そのルールをうまく使うってことか?」


「そういうことだね」


 彼はにやりと笑うと前を向く。


「いいぜ。そういうの好きだ」


 僕も前を向いた。それから老虎に一つ、頼み事をした。老虎は「任せろ」と言って頷いた。それから先、僕たちは言葉を交わすことなく、王宮の庭を歩いて行った。


 因果応報とでもいうのだろうか。タシットに言われていたことを思い出す。


 ——どんな判断も、全て最終的には貴方に返ってきます。


 そういうこと。僕は僕が裁いてきた罪人の立場に置かれたということだ。


(アンドラス。大丈夫かな。あいつ、暴れ悪魔だから。きっと天使族に酷い目に遭わされているだろう。待っていて。僕が助ける。今度は、必ず僕が助けるから)


 老虎が大きな扉を開くと、そこは法廷だった。中には、すっかり皆が着座し、被告人である僕を待ち構えているところだった。色のない、殺風景な法廷は、僕の登場にしんと静まり返っていた。




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