19 糾弾
王との謁見の間に駆けつけた時、もうすでに他の大臣たちはそこに集まっていた。
「申し訳ありません」
遅れたことを謝罪し、自分の席に着くと、サブライム様が口を開いた。
「揃ったようなので始めようか。マジェスティ」
サブライム様はいつになく、険しい表情のまま、ふと視線を隣に向けた。僕はそこで初めてこの席上に天使の姿を認めた。
彼は見たことがある。確か、世界会議の席で一緒だったマジェスティだ。白銀色の長い髪を一つに結わえて、純白の羽を背負っている。きめ細やかな白い肌は、艶やかに光っていた。
目を閉じていた彼は、サブライム様の声に反応し、目を見開いた。青緑色の瞳は、そこにいる僕たちを静かに見渡した。
「マジェスティ殿は、先日の月の神殿の一件で、あの場から逃げた者を捕獲しているそうだ。そしてその者が貴重な証言をしているということを知らせにきてくれたそうだ」
(なぜ天使族が?)
そんな疑問が頭に浮かんだ時、不意に後ろから現れた二人の天使族が、黒い物体を床に放り投げた。それは一人の獣人だった。彼は全身、土と血にまみれ、両手を後ろで縛られた状態で床に転がされていた。
サブライム様は眉間に皺を寄せてマジェスティを見ていた。彼は眉一つ動かさずに話し始めた。
「妖精族への外交団がこちらの領土上空を通過した際に、この者を見つけました。傷つき、虫の息ではありましたが、問いただしたところ、王暗殺計画にかかわっていたということがわかりました」
僕は驚いた。見た目はまだ少年のような獣人だ。薄汚れてはいるが、三角のとがった耳が頭の上にくっついていて、腰のあたりからは細くて長いしっぽが生えていた。犬、だろうか。犬の獣人だ。
「それは有難い話だ」
サブライム様は、哀れにも床に転がされている獣人を見下ろした。その言葉には、なんの感情も見て取ることができなかった。天使族に対し、あまりいい印象を持っていないようだった。
僕は犬族の少年が気がかりでならない。彼の額から流れる血は、赤々とし、つい最近につけられた傷だと認識できた。明らかに天使族が危害を加えていたことは理解できる。罪人とは言え、その処遇は残酷なものだ。
少年は、早く治療をしないと、死んでしまうくらい、呼吸は浅かった。
「そうお怒りにならなくてもいいではないですか。差し出た真似をしたことは重々承知です。けれども、我々も心痛めているのです。人間界の混乱は、他種族にも影響は多大に及びます。やっと国内の治安が安定したと思ったのに、再び、騒動が起きているというのは由々しき事態でございますからね。我々も助力できることはしていきたいと思っております」
マジェスティは口元をあげた。天使という種族は、腹の内がよくわからない人たちだと思った。優しそうな笑みを浮かべているけれど、していることは魔族となんら変わりがないのではないか、と思った。
彼はふと後ろにいた部下に目配せをした。すると、一人が屈みこんで、伏している獣人の縄を解いた。
「さて、ここからが大事な話でございます。この獣人をこちらで色々と問いただしたところ、色々なことがわかりました。なんと、彼は今回の一件の黒幕を知っているというのです」
「首謀者を知っているというのか」
「ええ。そうだね? 君は見たのだ。首謀者が誰かを」
マジェスティは冷やかな視線で、獣人の少年を見下ろした。
「さあ、きちんとわかるように指し示せ。今回のことを企んだ者を」
するとすかさずピスが声を上げた。
「マジェスティ殿。我々の中に首謀者がいると言いたいのか。無礼なる行為であろう。突然、押しかけてきて」
「ピス」
そこでサブライム様が首を振った。
「まずは話を最後まで聞こうじゃないか」
「しかし」
ピスは面白くなさそうに、眼鏡を押し上げると、言葉を切った。マジェスティはその間にも笑みを浮かべたまま、そこに座っていた。気味が悪いと思った。
「さあ、首謀者を教えるのだ。そうすれば、お前の命は天使族で丁重に扱ってやる」
マジェスティの言葉に、獣人の少年は、ブルブルと震える腕を持ち上げた。そしてある一点を指さした。そう。その指先は、——僕のことを指さしたのだった。
そこにいたみんなが、僕を見ていた。
(どういうこと!?)
「な、なにを?」
僕は恐ろしくなって、思わず腰を上げかけた。しかしマジェスティは続けて言った。
「王よ。見ましたか。命を懸けている少年が嘘を吐くはずがありません。そうです。今回の一件は——貴方とアンドラス侯爵の企み。グレイヴ殿。アンドラスを呼びつけてください」
意味がわからない。一体、どういうことなのかと考えても、さっぱりわかるはずもない。僕はサブライム様を見る。彼は小さく頷いた。「アンドラスを呼べ」ということだ。僕は小さい声で彼の名を呼んだ。すると、アンドラスはたちまち姿を現す。
「なんだ。こんな場に呼びつけるとは」
彼は退屈そうに背伸びをしたかと思うと、僕の膝の上にどっかりと腰を下ろした。
「ちょ、ちょっと! 重いよ」
「ならお前がどけばいい。おれの座る席がないではないか。失礼な奴め。席ぐらい準備してから呼びつけろ……。おやおや。これはこれは、天使殿がどうしてここに? 珍しいこともあるものだ。人間の世界になんの御用かな?」
彼の視線はマジェスティを見ていた。じっとまっすぐに。
「貴方と、貴方の主の罪を糾弾しにきたのですよ。アンドラス侯爵とは、カースという災厄に加担していた悪魔です。そんな悪魔と契約を結ぶなど、大臣としてあるまじき行為では? 悪魔に罪はないとは言え、大戦では自国に多大なる損害を与えた存在ですぞ。グレイヴ殿。それこそが、貴方が王宮に謀反を企てている証拠だ」
周囲が騒がしくなる。
「確かにそうだ」
「なぜアンドラスなど……」
僕は唇を嚙み締めた。反論しない僕をいいことに、マジェスティは今度はアンドラスを見た。
「グレイヴ殿は、アンドラスを使い、魔族や獣人たちに憎しみの種を植えつけ、今回の騒動をあちらこちらで引き起こしているのでしょう」
きっぱりと言い切るマジェスティに、アンドラスは笑い出す。
「それよりもお前たちのほうが随分と怪しい動きをしているのではないか。人間へ介入をするというのは、お前たちにとって、都合の悪いことが起きている証拠だな」
マジェスティは「我々の都合ではない。世界の都合ですよ」と答える。しかし、アンドラスは目を細めると「それがお前たちの都合だということだ」と言って、テーブルに足をどっかりと乗せた。
謁見の間にいた大臣職以外の者たちが騒然となった。
「確かに、アンドラスは危険な悪魔だ」
「カースと組んで、かなりの損害を被ったぞ」
「なぜグレイヴはアンドラスなどという悪魔と契約をした」
僕は焦っていた。これはとても不利な状況だった。僕はアンドラスを押し退けて、声を上げた。
「僕たちは関係がありません。どうして関係があるというのでしょうか。あの時、あの場にいた黒兎の獣人は、王の命だけでなく、この僕が所持する死者の門を開く鍵も欲していました」
「そんなことはなんとでも言えます。茶番だ」
「どこに証拠があるのですか」
僕はマジェスティに反論する。しかし彼は「そういう貴方の言い分にも証拠はありませんね」と言った。彼の双眸が、僕を冷ややかに見降ろしていた。
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