08 光の短剣
その瞬間。悪魔の握っていた剣が弾き飛んだ。はったとして振り返ると、そこには師団長である老虎がいた。悪魔の剣は、僕たちから随分と離れた地面に突き刺さっている。そして、その近くにもう一本の剣が突き刺さっていた。
老虎は、あんなにも遠くから、矢でも射るかのように剣を飛ばして、悪魔の細い剣を弾き飛ばしたらしい。
「老虎……っ!」
彼はあっという間に僕たちのところまで駆けてくると、僕のからだを抱きかかえてその場所から退いた。
「野生の虎か」
悪魔は口元を上げる。
「クソ野郎。お前、悪魔だな」
「獣族は知性が魔物と同等レベルとも聞くが。どうやら、少しは頭が働くらしい」
「馬鹿にするんじゃねぇぞ!」
老虎は僕を地面に座らせると、懐から短刀を取り出す。すると、その短刀は眩いばかりに光輝いた。それは神々しい光。暖かく、灰色の世界を包み込むような光だった。悪魔はその光が嫌いだ。顔を背け、腕で顔を隠す。
「なんだ、それは。お前のような者が持つ代物ではないな」
「へへ。悪りぃな。ちょっと拝借してきたんだよ。光の魔法が込められている特性銀ナイフだぜ? 嫌いだろう?」
悪魔は「ち」と舌打ちをしながら、ますます後退していった。そこに遅れてタシットたちも駆けつけてきた。
「エア! ご無事ですか!」
彼は老虎が悪魔を退かせている間、僕のところにやってきた。
「まったく、貴方という方は」
「ごめん。つい……」
「おいおい、説教は後にしてくれ。こいつ、どーすんだよ?」
老虎は悪魔を見た。彼は苦々しいとばかりに老虎を見ていた。
「お前、見たことがあるぞ。あの大戦にいたな。白兎と一緒に」
「おう、そうかよ。おれはお前のことなんて見覚えねーな」
悪魔は、老虎を恨めしそうに見つめた後、狼を一撫でした。すると、狼は大きな遠吠えをし踵を返す。
「エア。今日は邪魔が入った。また会おう」
彼は灰色の世界に出現した漆黒の闇に溶け込むように姿を消した。
悪魔の気配が消えると同時に、老虎の持つ短剣の光も消えた。どうやら悪魔にだけ反応する短剣のようだ。彼はそれを鞘に納めると、僕とタシットのところにやってきて膝をついた。
「あんた、そんな顔してたのか。顔隠してるから、なんか見せられねー事情でもあんのかと思ってたけど。綺麗な顔してんじゃねーか」
「師団長のほうが隠した方がいいんじゃないですか」
後ろにいた騎士の一人が笑う。老虎は「うっせー! 悪かったな!」と笑った。僕も釣られて笑ってしまった。すると、タシットがすかさずフードを僕に被せた。
「好ましくありませんから」
「わかってるよ」
僕が身支度を整えるのを待ってから、老虎は膝を地面につき、
「すまねえ……じゃなかった。申し訳ありませんでした。我々がついていながら」
僕は首を横に振った。
「いいよ。老虎。いつもの話し方で。畏まられると、話しにくい」
「エア。いくらなんでも、それは……」とタシットが止めるが、僕は首を横に振った。老虎は僕の命の恩人だ。
「ううん。いいんだ。本当に感謝します」
タシットは半分呆れたような顔をしていたけれど、すぐに思い直したのか、老虎に頭を下げた。
「戦うことなく悪魔を撤退させた腕前。御見それ致しました。感謝します。師団長。いや、老虎様」
「ちぇ、確かに。おれなんて大したことしてなーからな。こいつは、預かりもんだ。もしかしたら役に立つかも知れねーってから、持っていけって、くれた人がいて。だからおれの力じゃない」
「そんなすごいものを与えてくれるご友人がいるのですか」
「友人つーか。なんつーか。大事な人だ」
はにかんだ老虎は、どこか子どもっぽい感じがして、可愛らしくも見える。きっと本当に好きなのだろう。その人のこと。なんだか羨ましくも思えた。
しかし。一息つくとやってくるのはタシットのお説教だ。
「まったく。どうして外になど出られたのですか。部屋からは一歩も出てはならないと言いましたよね」
タシットは怒っていた。それは当然のことだろう。こんなことになったのは、元はと言えば僕が外に出たからだ。
「ごめん。助けを求める人の声がしたから。つい——罠だったんだけどね」
タシットは呆れたようにため息を吐いた。
「貴方のその人の好さ。いつか命取です。まったく。心配ばかりかけさせて。私は命がいくつあっても足りません。お部屋にいらっしゃらなかった時のあの衝撃。心臓が止まるかと思いましたよ」
「おいおい。その辺にしてやれよ。じいさん。反省しているみたいだぞ」
「貴方は黙っていてください!」
仲裁に入ってくれた老虎が、今度は怒られる。後ろにいた騎士たちが笑っているのが見えた。
「老虎を怒らないでよ。ごめん。本当に。タシット。今回ばかりは、僕も反省しているよ。安易な行動をとると、みんなに迷惑をかけるってこと、身に染みて理解したから。それよりも、会議、大丈夫かな」
「大丈夫です。事務局に見つかっていれば、もう今頃はエリアから出されていることでしょう。そんなことよりも」
ふとタシットの細い指が、僕の頬を撫でた。
「血が出ています。貴方が無事でいてくれて本当によかったと思います」
いつもは無表情で業務ばかり優先しているタシットの瞳が少し潤んでいるのに気がついた。僕の心配をしてくれた? なんだかくすぐったい気持ちになった。
「さあ、行きましょう。後半の議事が始まります。遅刻です。さっさと終わらせて帰還したほうがよろしいようでしょう。これ以上面倒ごとに巻き込まれるのは避けたいところです」
「そうだね」
僕は老虎たちに囲まれて、神殿へと戻った。身支度を整え直してから、議場に入ると、すでに後半の議事は始まっていた。僕は悪魔の席に視線を遣った。そこは空席。悪魔の代表者は誰だったのだろうか。あの悪魔は一体……何者だったのだろうか。
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